深淵から来る者たち

zip7894

文字の大きさ
3 / 39

3、火星の地

しおりを挟む
 太陽が火星の地表を照らし始めた。
 火星の本格的開発が始まって半世紀。その後、テラフォーミングが開始され10年程が経っていても気温は地球には及ばない。
 しかしドームで覆われた古代遺跡の発掘現場ロメオ145は人間が快適に生活できる気温に保たれている。
 直径5kmのドームの中には60メートル以上も逆椀状に掘られていた。遺物が見つかっていない場所には人工重力装置を備えた居住区や研究用施設、倉庫が建てられていた。
 その周辺を掘削用用の重機や作業用のオートワーカー【※1】たちが休みなく動いている。
 それを見下ろすように武装した機動歩兵たちや機動歩行兵器が厳重に警備をしていた。
 居住区の窓越しからそれを見ながらこんなことが必要なのか、とヘルマン・ペイジは疑問に思う。ある時期から武装警備の強化がされたが正式な理由は知らされていない。心当たりがあるとすれば新しい発見がされた事だ。

 ヘルマン・ペイジ博士が火星に来たのは25年前。
 目的は、発見された火星古代文明の痕跡の調査だった。
 過酷な環境での生活は困難を極めたが、人類以外の知的生命体の研究はそれを乗り越えるだけの魅力があった。

 発端は住居地区を建設中の現場だった。
 最初に発掘したのは周期表にない元素を持つ金属だった。
 それを皮切りに同じ場所から様々なものが発見されていく。
 金属の解析を進めていくと製造技術からして明らかに地球人類よりも高い文明を持った知性体であることが推測された。
 国際宇宙機関の研究機関が調査を始めたが、本格的に調査が進んだのは巨大な複合企業が介入してからだ。
 大量の資金と人員が遺跡調査に投入された。
 結果、様々な新しい理論、技術が発見される。
 そこから得たテクノロジーが今では宇宙船やステーションに欠かせない人工重力装置や新しい合金、高密度のセラミック、様々な合成物質の開発の基礎となっている。これらの技術によって人類の科学技術は飛躍的に進歩したのだった。
 多くの技術開発がされたが、その殆どの技術特許を持つのが巨大複合企業カサーン・ベイ社である。
 カサーン・ベイ社は、博士の研究のスポンサーでもあった。
 そして今、同社が建造を続ける火星の静止軌道上に浮かぶ巨大な人工物“アビスゲート”。
 人類が太陽系外の宇宙へ進出する大きな足がかりとなる予定だった。

 気がつくとメールが受信されていた。
 相手は“アビスゲートの建造、特にワームホール装置に携わるザビーネ・ジャンルからだった。
 ザビーネとは7年前から交流があり、相性が良かったのか専門分野は違うものの仕事関係以上の友情で結ばれていると感じていた。
 メールやチャットでのやり取りは日課となっているが意外なことに一度も顔を合わした事はない。どういうわけかカメラを使った映像も音声でさえもザビーネは送ってこなかったのだ。
 だがペイジ博士は気にしなかった。文字のやり取りの方が好きだったし、ザビーネとの会話は楽しいものだったからだ。
 やり取りは専門的な問題についてや、火星での生活や笑えるジョークなど他愛のない話にまで及ぶ。
 最近の話題は、武装した兵士の数が増えている事や軍関係の物資や艦船の行き来が頻繁になっていることについての臆測だった。
 確かにワームホールを人工的に発生させる事を危険視する者たちもいた。
 だが、彼らにこの大規模なプロジェクトを妨害できるほどの力があるとも思えない。仮にあったとしても艦隊規模の航宙戦闘艦を配備は大げさ過ぎる。
 彼らは一体なんの驚異に備えているのだろうか?
 ペイジには思い当たる事がひとつあった。
 “アビスゲート”周辺の警戒が厳しくなったのは遺跡で“あるもの”が発見された頃とほぼ同じ時期だ。
 それを原因と捉えるか偶然と捉えるかで研究のモチベーションも多少なりとも変わってくる。
 偶然ならば気にすることはない。
 だが、これが原因ならば軍は、火星の知的生命体とその文明を長年研究してきたペイジも知らないを知っている可能性がある。そしてそれを警戒しているのだ。
 そんな事を考えながら、ペイジは窓から建物の下に横たわる巨大なを見下ろした。
 すべてはこれが発見されてから変わり始めた。
 乾いた土に横たわるのは20mを越える巨人の亡骸だ。
 それは、人類が初めて目にした地球外生命体の姿であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...