深淵から来る者たち

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11、ムーンフラッグ(後編)

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 黒くカラリーングされた02式戦闘機がフィルミナの乗る91式艦載機の背後についた。
 マルス・ワンのコールサインを持つ黒い機体は基地配備を前提に設計された主力最新機だ。機体も大きく出力も高い。
 正確な照準がフェルミナ機を捉えようとしていた。
 混戦時には使用を避けていた追尾ミサイルも戦域に目標物が減った今なら使える。
 黒い02式はミサイルの有効射程距離に入ろうと速度を上げていった。
 物理的法則を再現した仮想空間では出力も正確に動きに反映される。時に違和感を感じるほどリアルさは精度が高い。
 02式に照射されたレーダー波が91式を捉えた。同時にフェルミナ機のコクピット内にロックオンの警告が鳴り響いた。
 発射された追尾ミサイルがフェルミナ機に食いついてくる。
 フェルミナは後方に大量のフレアを放った。熱追尾するタイプなら凌げる可能性は高い。幸いこの賭けは当たり、追尾ミサイルがフレアに接触して爆発した。仮想の宇宙空間で爆発の閃光が周囲を照らす。
(うまくいった!)
 しかし、敵はまだ後方から食いついてくる。
 油断は禁物。ファーストアタックだから敵にはミサイルの残弾もある筈だ。なんとか引き離さないと!
 フェルミナは気を引き締める。
 だがぴったりと91式の飛行ラインをトレースしてくる敵機にフェルミナは驚く。自分がここまで追い詰められるのは新人の時以来だったからだ。
 敵は腕がいい! フェルミナは焦りで高まる気持ちを抑えて考える。
 大きく機体を傾けると体にGがかかった。
 再現度が高いのはシュミレーターとしては高性能なのだろうが、ここまでリアルにする必要があるのだろうかとフェルミナは思う。
 この仮想空間では本当にリアルだ。全てはが数値化されリアルに再現されていく。数値化できるものは何でも……つまり理論上で出来る事は仮想空間では必ず再現できるという事だ。
 その時、フィルミナはある事を思いついた。

 フェルミナ機とマルス・ワンの距離が詰まっていく。
 機体の切り返しが雑になってきたのをマルス・ワンのパイロットは見逃さなかった。相手はきっと集中力が途切れたのだと察する。
 ドッグファイトで負けるのは先に集中力を落とした方だ。
 02式がここぞとばかりに91式をロックオンした。
 なかなか楽しいドッグファイトだったがこれで終わりだ。
 勝利を確信したマルス・ワンがミサイルを発射の準備をした。二度目のロックオンだ。相手のパイロットもさぞ焦っていることだろう。マルス・ワンのパイロットがほくそ笑む。
「フォックスツー・ハット」
 撃ち放たれたミサイルがフェルミナの91式に急接近していく。フレアも種切れで逃れる術はない。
 マルス・ワンのパイロットが戦果を見届けようとした時だった。
 突然、91式のミサイルが切り離された! 宇宙空間に放出された数発のミサイルが追尾してきたミサイルの進路を塞いだ。
 宇宙空間に爆発が起こった。その爆発の閃光でマルスワンは、一瞬、フェルミナ機を見失う。
 その隙をついて91式の機体を反転させたフェルミナは、粒子機関砲のトリガーを引いた。
 粒子機関砲を撃ちながら正面から突っ込んでくるフェルミナ機にマルス・ワンは驚く。
 こんなドッグファイトはデータにはない。
 20ミリ粒子弾が02式の機体左主翼に命中した。その衝撃で機体はバランスを崩す。コントロールを失った機体が大きく右に流れた。
 今度はフェルミナのターンだ!
 フェルミナは、機体をクイックに旋回させるとマルス・ワンの背後についた。
 マルス・ワンは必死に逃れようとしたが、損傷した機体では十分な推進力を得られないし、思うよう飛ぶこともままならなかった。
 照射されたレーダーがマルス・ワンの02式をロックオンし、トリガーに指がかかる。
(いただきだ!)
 止めの射撃をしようとしたその時、正面のコクピットに一瞬、デジタルノイズが入る。瞬間に異様なものが映り込んだ。
 突然の現象にフェルミナはトリガーから指を離してしまったが、ノイズはすぐに収まった。
(しまった! 敵は?)
 機能は正常に作動していた。敵機はロックオンはされたままだ。
「フォックスフォー・ハット!」
 粒子機関砲のトリガーが引かれた。超高温の20ミリ粒子弾が02式の機体を貫通していく。
 だがその時、再びデジタルノイズが起き始めた。今度は収まる気配をみせない。画面も静止画面のままだ。
「なんで!」
 さすがにフェルミナも口走る
 そしてとうとうコクピットは暗くなり、正面に“ノーシグナル”の白い文字が表示された。

 航宙戦艦キリシマの艦内でムーンフラッグを観戦していた乗組員たちからブーイングが起きていた。
 仮想空間での映像が突然映らなくなったのだ。どうやらキリシマが正常通信の限界宙域を越えたのだ。
 シュミレーター内の映像が切れたのもそのためだ。
 フェルミナは、次の戦闘には進めず無念のリタイアとなる。撃墜スコアも3止まりとなっていた。切断タイミングのせいか、最後のマルス・ワン撃墜はカウントされていないらしい。
 シュミレーターのドアが開き、フェルミナが降りてきた。
 隣に並ぶもう一台のシュミレーターからウォーカー大尉も出てきた。フェルミナの顔を見ると肩をすくめてみせる。
「そっちはどうだった?」
「最後の相手がすごく手強かったです。勝ったと思ったんですけど……タイムアップでした」
「仕方がないさ。後で録画を見てみよう」
「はい」
「どうした? そんなに悔しいのか」
「え……? あ……いや、あの、大尉のシュミレーターにおかしな映像は映りましたか? ノイズが出た時とかに」
「いや、気が付かなかったが。そっちのには映ったのか?」
「ええ、まあ。実は……」
 フェルミナが言いかけた時、シュミレーター室の中に航空隊の仲間が入って来た。代表パイロット二人の健闘を称えるためだ。
 歓声と拍手が二人を迎える。
「きっとつまらないバグさ。気にするな。それより、録画映像を観ようぜ」
 そう言ってウォーカー大尉はフェルミナを手招きする仕草をみせた。
 フェルミナはぎこちない笑顔で小さく頷く。
 シュミレーターの階段を降りながらフェルミナはデジタルノイズの中に一瞬映り込んだ異様な映像を思い出していた。
 撃墜寸前の敵機に重なるように映り込んだのは悪夢に出てくるような怪物の姿だった。
 あれは本当にバグだったのだろうか……?
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