3 / 104
第一章
出会い・宿屋にて3
しおりを挟む
腰を若干回し、ぐるりと店内を見渡すと各テーブルには料理の他に大体何かしらの酒がおいてあって、客たちは笑顔で話に興じている。
敵国セディシアの国境がすぐそこに位置しているにも関わらず、この街には戦争の魔の手は街には忍び寄っていないと感じられた。
同盟軍のおかげで平和が保たれている証拠だ。サニは固かった表情を少しだけ和らげた。
そのとき、不意に男がぶつかってきた。
男の身長が高かったので、腹あたりに額がこつんと当たる。
その反動で男が持っていたワイングラスがぐらりと傾き掛けた。
「っと……」
咄嗟にサニは、舞術で培われた抜群の反射神経でそれを素早く支える。
グラスの液体の揺れが収まるとさっと手を離し軽く会釈すると、ずれた椅子を直しカウンターに向き直った。
「あれ、おかしいな」
目の前で男が首をひねったので、サニも「え?」と聞き返す。
「俺の計算だと、ワインが俺のシャツにこぼれて『あっ汚しちゃいました!』『いいよいいよ、気にしないから。でもこれも何かの縁だし、一杯ご一緒させてくれないか?』って運命的な展開だったのに。その機敏さは、想像していなかった」
活気にあふれた、ハリのある声ではっきりと発音する。
抑揚があるので聞き取りやすいのだが、言っていることがなにしろおかしい。
つまり会話するきっかけを作るため意図的に仕組み、自分からぶつかってきたということだ。
なんだその、はやりの恋愛小説みたいな言い寄り方は。
しかも自らばらしてどうするというのか。
怪訝な表情になりながら、前髪の後ろで垂れていたほつれ毛を後ろに流して思い当たる。
今日の自分は腰まで届く髪を耳の下で緩くシニヨンにまとめ、外套をまとっている。
体型も成人男性と比べると大分華奢だ。もしかして女性と間違えているのではないか。
「あの、私は男ですが」
「ああ、知っている。それが何か問題があるのだろうか? 美しいに男も女もないはずだ」
クレメントは王権制ではなく、七州の領主が円卓を囲み政を執る珍しい制度の国で、他国と比べ自由な法律で知られる。
そういえば同性婚も認められていたな、とこのとき気づく。
そこで初めてサニは顔を上げ、男の頭頂部に目を向けた。
凜々しい眉毛の下の大きな二重の瞳は灰色で柔らかな印象だ。
短髪の黒髪は外側に向かって跳ねていて、見た目はしっかり男らしいのに茶目っ気のある笑顔はどこか少年っぽさが残る。
腰に剣を携えてはいるがかなり軽装だし、歳もまだ二十代半ばといったところだ。
放浪者ではないようだが大方そこら辺の三流騎士かと予想する。
敵国セディシアの国境がすぐそこに位置しているにも関わらず、この街には戦争の魔の手は街には忍び寄っていないと感じられた。
同盟軍のおかげで平和が保たれている証拠だ。サニは固かった表情を少しだけ和らげた。
そのとき、不意に男がぶつかってきた。
男の身長が高かったので、腹あたりに額がこつんと当たる。
その反動で男が持っていたワイングラスがぐらりと傾き掛けた。
「っと……」
咄嗟にサニは、舞術で培われた抜群の反射神経でそれを素早く支える。
グラスの液体の揺れが収まるとさっと手を離し軽く会釈すると、ずれた椅子を直しカウンターに向き直った。
「あれ、おかしいな」
目の前で男が首をひねったので、サニも「え?」と聞き返す。
「俺の計算だと、ワインが俺のシャツにこぼれて『あっ汚しちゃいました!』『いいよいいよ、気にしないから。でもこれも何かの縁だし、一杯ご一緒させてくれないか?』って運命的な展開だったのに。その機敏さは、想像していなかった」
活気にあふれた、ハリのある声ではっきりと発音する。
抑揚があるので聞き取りやすいのだが、言っていることがなにしろおかしい。
つまり会話するきっかけを作るため意図的に仕組み、自分からぶつかってきたということだ。
なんだその、はやりの恋愛小説みたいな言い寄り方は。
しかも自らばらしてどうするというのか。
怪訝な表情になりながら、前髪の後ろで垂れていたほつれ毛を後ろに流して思い当たる。
今日の自分は腰まで届く髪を耳の下で緩くシニヨンにまとめ、外套をまとっている。
体型も成人男性と比べると大分華奢だ。もしかして女性と間違えているのではないか。
「あの、私は男ですが」
「ああ、知っている。それが何か問題があるのだろうか? 美しいに男も女もないはずだ」
クレメントは王権制ではなく、七州の領主が円卓を囲み政を執る珍しい制度の国で、他国と比べ自由な法律で知られる。
そういえば同性婚も認められていたな、とこのとき気づく。
そこで初めてサニは顔を上げ、男の頭頂部に目を向けた。
凜々しい眉毛の下の大きな二重の瞳は灰色で柔らかな印象だ。
短髪の黒髪は外側に向かって跳ねていて、見た目はしっかり男らしいのに茶目っ気のある笑顔はどこか少年っぽさが残る。
腰に剣を携えてはいるがかなり軽装だし、歳もまだ二十代半ばといったところだ。
放浪者ではないようだが大方そこら辺の三流騎士かと予想する。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる