料理がマズいと言われ続けて限界がきたので、もっとマズいものを作って差し上げたら旦那様に泣かれてしまいました

九条 雛

文字の大きさ
3 / 5

第3話:ドキドキの実食タイム

 デミアルド様のお父様は、とても厳めしい見た目の怖そうな方です。
 彼よりも頭一つ分は背が高く、肩幅は二倍以上はあります。

 何より金細工で飾られたその立派な角は存在感が凄まじく、親子で並び立つとデミアルド様の角がおもちゃに見えるほどでした。

 料理中のトリップ状態から戻ってきた私は冷静になり、自分が何をしでかしたのか震えながら顧みます。
 今からあの方に先ほどの料理(?)をお出しするなんて、国へ帰るどころか死刑になりに行くようなものではないのでしょうか……。

「ご無沙汰している。エルネット嬢、息子との生活は順調か?」

「……はい」

「ほう、それはよかった。あまり急かすつもりはないが、孫の顔を見るのが今から楽しみだ」

 デミアルド様のお父様は、低く渋いテナーボイスでそう仰られました。

 ごめんなさいお義父様。
 子どもを作るどころか指一本触れられてはおりません……。

「して本日は、そなたの手料理が振る舞われると思ってよいのかね?」

「は、はい……」

「ふむ? そう緊張せずともよい。以前に食べたそなたの国の料理は素晴らしいものであったが、何もあれと同じ物を出せと言っているわけではないのだとも」

 お義父様はそう仰ってくださいますが、彼の中でハードルが上がっているのは明らかでした。
 期待の眼差しから逃れるために顔を伏せると、そんな私にデミアルド様の冷ややかな声がかけられます。

「親父殿、あまり期待をかけないでやってくれ。どうやら彼女の国では本来、料理は男しかしないものらしいのだ」

「ほう? それは初耳だが」

「なに、俺は他ならぬ妻からそう聞いているぞ。そうだろう? エルネット。そうでなければおかしいよなぁ?」

「…………」

 もちろん、そんなことを言った覚えはありません。
 私は彼の皮肉に対し肯定も否定も返すことなく、にこやかな微笑みを顔に浮かべて言いました。

「本日は、デミアルド様の大好物を作りましたのよ。ぜひご堪能くださいましね」
 
「はあ? 俺の好物だと……?」

「む……? こやつの、好物……?」

 デミアルド様とお義父様が、揃って訝しげな表情をなさいます。
 夫のほうはともかくとして、どうしてお義父様まで疑問符を浮かべていらっしゃるのでしょうか……?

 ……まあ、ともかく。
 もう後戻りはできません。

 広い食堂の入り口から給仕の方々が現れて、私たちが着くテーブルの上に例のスープを並べていきます。
 ごろごろと怪しげな食材の入ったそれはスープというよりもはやシチューで、紫色にぽこぽこと泡立つ液体には謎のとろみがついておりました。

 魔族の給仕の方々は皆、麻布で顔を覆っています。
 恐らくは、匂いを吸い込むと咽てしまいそうになるからでしょう。

「こ、これは……!?」

 戦慄したご様子で、お義父様が声を漏らします。
 私は、もうどうにでもなれ……! という気持ちで努めて不敵な笑みをデミアルド様へと向けました。

「いつもの味付けでは物足りないと仰いますので、私あなたのことを想って一生懸命に作りましたのよ? さあどうぞ、お召し上がりになってください」

 そう言いながらも心の中では、大変なことをしでかしてしまったな……と焦りと後悔が激しく渦巻いておりました。
 きっと私はこれまで以上に酷くなじられ、お義父様からも厳しいお叱りを受けることになるでしょう。

 でも、もはや私は限界なのです。
 魔族と人間族の将来なんて知ったことではありません。もう国へ帰らせて……っ!

 ――しかし、デミアルド様の反応は、私の予想とは大きく違うものでした。

「…………」

 彼は黙ってスプーンを手に取ると、震えるそれでシチュー(?)をすくい、ゆっくりと口へと運びました。

 一口、二口……三口。
 デミアルド様の口の中へと、謎の液体が消えていきます。
 彼は、もはや何だか分からない肉をもきゅもきゅと咀嚼しながら何事ゆえか何度も頷き、そしてつっと、その頬を涙が伝いました。

 ……え!? 何あれ!? 怖っ!?

 理解不能な光景に、今度は私のほうが慄きます。
 デミアルド様は感極まった様子で天井を仰ぐと、声を震わせて仰いました。

「これだ……これこそは、母上の味だ」

 ??? は? え? はい? 今何と?

 私が困惑した瞬間でした。

「ッッッ、この、マザコン息子がッ!! その腐った舌をなおせとあれほど言っただろうがッ!! それが事もあろうに、自分の妻になんて物を作らせているのだッ!!」

 お屋敷が崩れてしまうかと錯覚するほどの大音量で、お義父様の怒鳴り声が響き渡りました。

あなたにおすすめの小説

貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました

ゆっこ
恋愛
 ――あの日、私は確かに笑われた。 「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」  王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。  その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。  ――婚約破棄。

いざ離婚!と思ったらそもそも結婚していなかったですって!

ゆるぽ
恋愛
3年間夫婦としての実態が無ければ離婚できる国でようやく離婚できることになったフランシア。離婚手続きのために教会を訪れたところ、婚姻届けが提出されていなかったことを知る。そもそも結婚していなかったことで最低だった夫に復讐できることがわかって…/短めでさくっと読めるざまぁ物を目指してみました。

結婚から数ヶ月が経った頃、夫が裏でこそこそ女性と会っていることを知りました。その話はどうやら事実のようなので、離婚します。

四季
恋愛
結婚から数ヶ月が経った頃、夫が裏でこそこそ女性と会っていることを知りました。その話はどうやら事実のようなので、離婚します。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

婚約を解消したら、何故か元婚約者の家で養われることになった

下菊みこと
恋愛
気付いたら好きな人に捕まっていたお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

離縁され隣国の王太子と海釣りをしていたら旦那様が泣きついてきた。私は別の隣国の王太子と再婚します。

唯崎りいち
恋愛
「真実の愛を見つけた」と言って、旦那様に一方的に離縁された侯爵令嬢。だが彼女の正体は、大陸最大級の鉄鋼財閥の後継であり、莫大な資産と魔力を持つ規格外の存在だった。 離縁成立から数時間後、彼女はすでに隣国の王太子と海の上でカジキ釣りを楽しんでいた。 一方、元旦那は後になって妻の正体と家の破産寸前の現実を知り、必死に追いすがるが——時すでに遅し。 「旦那様? もう釣りの邪魔はしないでくださいね」 恋愛より釣り、結婚より自由。 隣国王太子たちを巻き込みながら、自由奔放な令嬢の人生は加速していく。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

「やはり鍛えることは、大切だな」

イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」  その日、一つのお見合いがあった。  ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。  クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。  そして互いに挨拶を交わすその場にて。  ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。  けれども……――。 「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」