異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第三十五話

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 「撤退だ~」

  
 誰からともなく声が上がり第七部隊、及び全軍が撤退する事になった。撤退の手順としては各前線部隊に対して後衛の部隊が前進し撤退を援護、そして撤退してきた前線部隊が陣を構え後衛の部隊が撤退するという、みの虫の様な撤退をする。
 
 「ソフィアさん、第八部隊が前に来ます。アラナと一緒に下がって下さい。クリスティンさんとオリエッタは二人を守って」
 
 「ですが~、第八部隊は下がってます~」
 
 なに!?    後方にいるから良く分かる。第八部隊は第七部隊の援護もしないで下がりやがった。このままだと他の部隊より突出していた第七部隊は完全に孤立する。
 
 「……第八部隊は逃げたようですね」
 
 クリスティンさんに言われなくても分かってる。回復役の遅れといい、撤退といい、フクロウ団は何をしてるんだ。それとも指揮を取っている馬鹿貴族様か。
 
 「クリスティンさん第七を率いて撤退して下さい。クリスティンさんの言うことなら大体の男は言う事を聞くでしょう。オリエッタ、ルフィナ寄越すから二人で守って撤退するように。プリシラさんと殿をするから僕達の事は気にしないように」
 
 一気に言い放って撤退しようとしている人を潜り抜けて前線に戻る。ちょうどプリシラさんとルフィナが一緒になって戦っているようだ。
 
 「ルフィナ、撤退だ。後方に怪我をしたアラナがいるから援護して逃げろ」
 
 「せっかく面白くなってきたのである。もう少し殺させて欲しいのである」
 
 知るか!    ボケ!
 
 「あっちでは第八が前に出ないのでクリスティンさんが撤退の指揮を取っています。手伝ってあげて下さい」
 
 「まだまだ殺し足りないのである。ゴーレムは面白くないのである」
 
 知るか!    ボケ!   「あっちでは第八が~」、同じ事を二度言って、頬っぺたをつねったらやっと事の重大さと僕の怒りが分かってくれたみたいで素直にクリスティンさん達の所へ行ってくれた。
 
 「プリシラさん、デートの時間です」
 
 「知るか!    今は言い寄られてるんだ!」
 
 プリシラさんを囲んでいる小型のゴーレムのうち二体を舜殺したらショートソードがポッキリ折れた。安物のだったからね。無理をさせ過ぎたか。
 
 「みんなは先に戻るように話をしましたが第八が前に出て来ません。殿が必要です」
 
 僕はその辺りに落ちてる中で一番丈夫そうなバスターソードを手に取り、穴の開いた盾を捨てた。流石に重い、せっかくの速さが殺されるかな。でも盾が無い今は丈夫そうな刀が欲しくなる。
 
 「まだ百以上はいるぞ。小型のゴーレムも増してるし、それを二人で殿るのか!?」
 
 「そうです」
 
 「離れれば投石されるだろうし、大型のゴーレムが出てくるかもしんねぇ、それでもやるのか!?」
 
 「そうです」
 
 周りの敵を薙ぎ払いながらも会話が出来るプリシラさんに比べ、初めてのバスターソードに僕は「そうです」位しか言えなかった。
 
 「それなら派手に行こうぜ」
 
 撤退とは逆の方向、敵に向かって暴風の様にプリシラさんは突き進んだ。
 
 「撤退!    撤退!    殿はやるからお前らみんな逃げろ」
 
 僕は出来るだけ大きな声を出して周りの傭兵達に聞こえるように怒鳴った。ここまで残っているのは撤退のタイミング逃した者達。第七部隊を薄皮一枚で守ってた人達と言ってもいい。
 
 プリシラさんが正面に走ったのなら僕は横へ。中央の主力のいる方へ。主力がどの辺りにいるか知りたい。
 
 逃げる味方。追う敵。その間を裂くように敵を薙ぎ払って行く。それほど進まなくても撤退して行く味方の隙間から、主力の位置が見えたが上手い具合に後退している。第八部隊とは凄い違いだ。
  
 見るものは見たしプリシラさんを連れて逃げよう。中央が引いた今、いつまでも残っていると全ての敵の注目を集めそうだ。
 
 「プリシラさん、そろそろ逃げましょう」
 
 やっとの事でプリシラさんに追い付くと、ライカンスロープの姿ながら楽しくて仕方がないという表情をしていた。長く連れ添っているから分かるんだけどね。
 
 「あんまり減らすと敵ごと投石されますよ。体力は残ってますか?    家に帰るまでが戦争なんですからね」
 
 「ハッハー、まだまだ行けるぜ!」
 
 背中合わせに側に寄って見たその黒い剛毛の隙間から、小さな傷口がいくつもあった。殿をやるのに無理をさせてしまいました、ゴメンね。
 
 「このまま左翼の森の方まで行きましょう。時間稼ぎは充分です」
 
 「よっしゃー。遅れるなよ」
 
 これ以上、無理はさせられない。先に露払いをするのは僕だ。チートの速さを使って重いバスターソードを振り回しなが撤退の道を作る。本気を出せば人がまるでゴミくずの様に切り裂かれ肉塊に変わっていく。
 
 「どうです。僕の実力は」
 
 森まで逃げて来た時には前には敵はいなくなって、第七部隊の方を見れば撤退も上手く行ったようだ。
 
 「まぁまぁだな。追い討ちが来てるぞ。道は分かるか?」
 
 「大丈夫です。出陣前に地図を見ましたから」
 
 僕達二人は追撃を逃れる為に森の中に入っていった。
 
 
 
 
 「団長達は大丈夫でしょうか」
 
 「心配は要らないですね~。団長には特別製の血が入ってます~」
 
 「それよりもアラナは大丈夫であるか。今だに苦しんでいるのである」
 
 「亜人は特に毒に弱いですからね。後は時間をかけて治さないといけません」
 
 「………撤退は全て終わりました」
 
 クリスティン達、第七部隊を含めて全軍が本陣まで戻り、皆が傷の手当てや今後の作戦に付いて話し合っていた。
 
 クリスティンは突出しすぎた第七部隊をまとめ指揮を取っていた貴族を差し置いてしまったが、クリスティンの「不幸にも心臓麻痺」が思わぬ形で役たつ。
 
 クリスティンの「不幸にも心臓麻痺」は心臓を掴み取る。良い意味でも悪い意味でも。何時もなら心臓を握り潰す「発作」、又は「破裂」を行うのだが、今回は心臓の「鼓動」を上げる、まさに「吊り橋効果」が発動された。
 
 クリスティンの美しさとみんなを助けようとする献身さ、そしてクリスティンを見つめる人達の鼓動。これによってクリスティンは「翼賛の女神」として第七部隊の撤退に貢献し二つ名をもらう事となる。
 
 「……他の人達がウザイです」
 
 「翼賛の女神」、第七部隊のほとんどの貴族、傭兵はクリスティンさんに恋をしてしまった。「クリスティンいる所に我有り」と言わんばかりに付きまとわれてしまったクリスティンは、「こいつら全員の心臓を握りつぶしてやろうか……」との思いを団長の為にも我慢していた。
 
 「クリスティンさんみんなを下げて下さい。アラナの治療の邪魔になりますから」
 
 
 クリスティンは穏やかに皆を説得し指揮を取っている貴族に後を託した。それでも付きまとった二名は……    南無。
 
 
  
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