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第五十七話
しおりを挟む馬車に揺られ帝都までの道すがら、マノンさんの話を皆にどう切り出すか考える。
問題だなぁ。受けるとしてリザードマン相手にどの程度やれる? 正面切って戦うのか。リザードマンにだって老人や女、子供もいるだろうし皆殺しにしちゃマズイだろうか。
いっその事、オリエッタにBC兵器を作らせて、手間を省こうか。でも流石に化学兵器を帝都の水源で使う訳にもいかないよね。無差別殺人にもなっちゃうし。
ゲリラ的に少数づつ狩っていくか。時間がかかるのが欠点だけど怪我人も出なくて楽かもしれない。
しかし受けるのが前提だね。リザードマンの戦力が問題なんだよ。ショートソードでも切れるくらいの固さなんだろうか。ライカンスロープ状態のプシリラさん並みの身体能力が有ったら逃げ出したい。
ソフィアさんにレーザー一閃で真っ二つ。相手が隊列を組んで来てくれないと、厳しいし何回撃てるのかな。
いっその事、断ろうか。ハスハントからの横領を擦り付けられたらお仕舞いだし、やっぱり受けるしかないのか。でもなぁ~。
考えても考えても馬車が進むだけで答えが見付からない。考えても考えても脳内妄想が働かずマノンさんは脱がない。
アラナは他の団員がいないので、ここぞとばかり腕を組んで健康的な胸を押し当ててくるから、考えが纏まらない。僕は宿題を抱えて帝都に帰って来た。 ……そうだ! 宿題を手伝うシチュエーションを……
「ルフィナが帰って来ないってどういうこと」
せっかく黒炎竜との活躍を話す間も無いうちに切り出された言葉は、放置したい議案にも聞こえた。
「また、ゾンビかアンデッドでも作って熱中しちゃってるんじゃないッスか」
「そうじゃない。ルフィナが師匠の所に行ったまま帰って来ないんだ」
「その師匠の所には行ったんですか」
「何回も行ったさ! 最後には来てねぇと言いやがった」
「それって師匠さんが言ったの?」
「いや、門番が中にも入れずに言いやがった」
「門番!? そんなに大きな屋敷だったの? 師匠さんて誰なのかな」
「ヴィンセント・ラトランド侯爵、帝国の宮殿魔術師だ」
おーいー。ルフィナの師匠は貴族様なのかよ。しかも宮殿魔術師ってスーパーエリートじゃないの。ネクロマンサーは日陰の身が多いのかと思ってたけどね。
「それでラトランド侯爵の所に行ったのに間違いは無いんですね」
「間違いないです~。ルフィナちゃんから聞いてました~」
「……で、そこまで分かってて何をしてるんですか?」
「何って団長達を待ってたんだよ。お前が大人しくしていろって言ったんじゃねぇか」
確かに言った、そんな事。そんなくだらない事。
「そう言えば、皆さんドレスはどうしましたか。ちゃんと買えましたか」
「なっ、今そんな事なんてどうでもいいだろうか!」
どうでも良くは無いですよ。僕にとっては重要な事なんですから。
「バカ団長が! 全員分あるよ、クソ!」
それは上々。ルフィナにも着てもらわないと。
「白百合団! 完全武装で馬車に集合、ルフィナを取り返す」
「はん、バカか団長。あたいらが何もしなかったのは、お前を待っていたからだけじゃねぇんだ。相手は帝国の侯爵だぞ。宮殿魔術師のネクロマンサー相手にやり合うのか。それに帝都でそんなバカをやったら死ぬまで追われちまう」
プシリラさんの言う事は正に正論。百人に聞いたら百人が同じ事を言うんだろうね。
「それが…… どうしました。帝都を灰にしてもルフィナを取り返しますよ。それだけです」
「バカか! 国家騎士団も出て来るぞ!」
「邪魔をする奴に遠慮はしません。それに出て来る前に終らせて逃げちゃえば大丈夫ですよ」
「お前が一番のバカヤローだ。……だけど最高のバカヤローだ! 聞いたな、完全武装で馬車に集合だ。ビリは輪番一回飛ばす!」
輪番と聞いてか各自が急いで部屋を飛び出して行った。部屋には僕とプシリラさんが残されている。
「……本当にやるのか?」
「プシリラさんらしく無いですね。どうしたんですか」
「……あたいはこれでも帝都の出なんだ。帝国は歯向かう者に対して容赦をしないぜ」
「それは僕も同じですよ。僕の方がまだ優しいかな」
プシリラさんは呆れたように肩をすくませドアに向かった。
「プシリラさん」
僕が小さく呼び止めると振り向かないで歩みを止める。
「ビリは輪番一回飛ばしますよ」
ドアが大きな音を立てて閉められた。
屋敷は貴族が集まる所に一緒になって建てられていたが、さすが侯爵だけあって周りより大きい。白百合団も黙って待っていた訳でもなく、色々と調べてくれていた。
ヴィンセント・ラトランド侯爵。領地を持たない侯爵ではあるが宮殿魔術師として侯爵まで登り詰めた叩き上げのスーパーエリート。
宮殿魔術師は何人もいるが唯一、侯爵の位にいる人物。余程、政治にも魔法にも長けているのだろう。
ネクロマンサーは戦争では役にたつ。死んだ兵士を簡単にアンデッド化して戦線に復帰させる。死んだ敵の兵士を味方にアンデッド化させれば戦力アップだ。魔法使いって奴は何でも有りなんだと、つくづく思う。
ヴィンセント・ラトランド侯爵の話を聞いているうちに屋敷の前まで来た。侯爵だけあって流石に大きな門構え。鉄条門には変わったレリーフが形取られている。
「いけ! ホームランバッター、門を打ち破れ」
「はい、はぁ~い」
オリエッタの気の抜けた返事と裏腹に重い門は玄関にまで吹き飛んで行った。
「て、敵襲!」
最後まで言えただろうか。クリスティンさんに心臓を捕まれた門番が四人。音も無く膝から崩れた。
「殺しましたか?」
「……死ぬ前に倒れてしまいました。 ……騎士ともあろうお方が情けない。 ……このまま破裂させてもいいですか」
返事をする間もなく地面から沸き上がるアンデッド。ボロボロの服を着ているかと思えば、土の汚れは付いているが皆がプレートメイルを着けている騎士達だった。
アンデッド特有の蒼白とした顔さえ見なければ、どれも立派な騎士にしか見えない。それにアンデッド化された者は魔法と薬で生前以上の力を発揮する。
門を壊されたくらいで、ここまで速い対応は何時もの事なのか。それとも待ち構えられていたか。
「ソフィアさん、よろしく」
皆より一歩前に出たソフィアさんは両手を持ち上げ顔の前でクロスさせていた。
「■■■■、プラチナレーザー」
詠唱と共に両手を振り下ろすようにクロスさせた指の先から、白銀色のレーザーが全てのアンデッド騎士を紙屑の様に切り捨てる。「プラチナのソフィア」の二つ名の前ではゴミの如し。
「あっけないですね。これで終りかスーパーエリート!」
誰に聞かせる訳でもなく僕は玄関に向かって叫んでいた。
「ソフィアさんは下がって、クリスティンさんはフォローを。プシリラさんは右翼、アラナとオリエッタは左翼で」
「本当にこれでお仕舞いなんじゃね。楽勝だったな」
輪切りになったアンデッド騎士が地面に吸収され、一体も無くなったかと思いきや又も沸き上がるアンデッド達。
「もしかしてエンドレスに殺したい放題か!?」
僕の周りの方々から何やらドス黒いオーラが流れてくる感じがする。振り返って見たソフィアさんの笑顔が夜に見たらチビりそうなくらい禍々しかった。
「やりたい放題だ! 殺せ!」
多勢に無勢がこれ程まで似合わない事も無いだろう、白百合が進めば敵が引く。
アラナは新しく作ってもらった肘を少し越えるくらいのガントレットに剣をそのまま取り付け、手の延長になるようにしてある、まるでトンファーの様な物だった。
それを両手に持つのだから竜巻が通り過ぎるようだった。主役の僕の二刀になるから被る。
オリエッタの大槌は二人くらいの騎士さえも空に飛ばす。右に振れば右に飛び、左に振れば左に消え失せ、オリエッタ自身は防御をしようとか考えていないのだろうか。
我らがプシリラさんに至ってはアラナのスピードとオリエッタのパワーを足して二倍にして大人の魅力の隠し味を加えたら出来上がり。プシリラさんを止めるならゴーレムの五十でも連れてこないと。
僕は静かに戦う。基本に忠実に盾で受けて相手の力を外した隙を狙って急所を狙う。手数は少なくとも確実に仕留めて行く。力を温存する為に。
ここにルフィナがいるのならルフィナを引き留める何がある。それが宮殿魔術師なら強敵になるだろう。ルフィナの師匠ならアンデッドごと、僕らを焼き払うなんて喜んでする。
「ソフィアさん、さっきのレーザー。もう一回、撃てますか」
「無理です。撃てても指一本分で二十メートルが精一杯です」
それだけあれば上等です。しかし宮殿魔術師、ここの主であるヴィンセント・ラトランド侯爵はどこだ。ゴミを潰すが如く姿を見せるかと思ったのに慎重なのか、それとも舐めているのか。
第二波のアンデッドも半分が土に返った時、玄関の扉が開いて地獄の番犬ケルベルスが出てきた。
大きさはライカンスロープ状態のプシリラさんより二回りほど、頭は三つの犬だけど二本足で立ってる。番犬なら四本足で歩けよ。
……だけど、見つけた。
「プシリラさん。あれの相手をお願い出来ますか」
「あたしゃぁ、色男以外は相手にしたくないんだけどね」
確かに色男で言えばアンデッドの方がいい男が多い。僕はもっと色男だから輪番の度に斬り合っているのかな?
「後でサービスしますから、お願いしますよ」
「その言葉、忘れるな!」
雄叫びと共にライカンスロープに変身していくプシリラさん。だが服は伸び肩や胸に着けている鎧も外れてはいない。
「オリエッタ手製の鎧だ。防御力もそこら辺の鎧と比較にならないぜ」
う~ん、残念。防御力が上がるのはいいけど、変身して行くときに切れる服も派手で良かったのに。人型に戻れば裸だし。
「任せます。アラナ、オリエッタ、少し外しますので後はよろしく。ソフィアさん、玄関までの敵を焼き払って下さい」
「了解ッス」
「はい、は~い」
「■■■■、プラチナレーザー」
初弾に比べれば見る影もないがアンデッドを切り裂くには十分だ。玄関まで行くのにも十分だ! 神速使いの僕を捕まえる事も出来ずに見送るだけのアンデッド。
玄関に近付き、ゆっくりドアを開ける。こんな丈夫そうでデカいドア、ぶち破ろうなんてオリエッタじゃなきゃ無理だ。
ドア開けると目の前には大きな広間があり先ほどドアの隙間から見えたケルベルスを召喚したであろう魔方陣が消えかかっていた。
正面には幅広の大きな階段があり二人の騎士が上げまいと両端に立ち、最上段にあいつがいやがった。
漆黒のローブを身にまといながら、顔を見えるようにしローブの隙間からは黒い霧状のオーラを撒き散らしている。
名乗らずとも分かる、ヴィンセント・ラトランド侯爵、帝国一のネクロマンサー。あれだけのアンデッドを独りで操り戦時に置いても多大な功績を発揮したルフィナの師匠。
「やっと来たか。それでは名乗らせて頂こう。我が名はヴィンセント・ラトランド。世界最高のネクロマンサーであり帝国侯爵である」
「お初にお目にかかる。白百合団、団長。ミカエル・シン。世界最強の傭兵団の団長である」
なんだか偉そうに名乗られたから僕も偉そうにしてみました。あのローブと黒いオーラが無ければ普通の男だ。もっと歳をとっているイメージがあったが、見た目は三十代前半くらいか。
「ここにルフィナがいるはずです。返してもらいたい」
「願いがあるのならここまで来て申せ」
自分の足元である最上段を指差して侯爵は言い放ち階段下の二体の騎士が黒いオーラを出しながら動き出した。
ここまで来いとか言っておきながら、来させる気がないじゃないか。まぁ、簡単に行けるとも思ってないけどね。
でも、そこにいる。ヴィンセント・ラトランドは目の前だ。
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