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第五十六話
しおりを挟むマウガナの街。帝都から二日は掛かるが隣接した街では最大だ。もちろん魔術師もいるから僕の足を治してもらわないと。
脂汗を垂らしながらマウガナの街に入るとマノンさんが待ち構えていてくれた。討伐にはもう一日かかる予定だったけど待っていてくれたのだろうか。
「お疲れさまです。あっ!? 怪我をなされているのですね。直ぐに魔術師の所に行きましょう」
マノンの計らいで街でも腕の良い魔術師の所に案内され、骨折全治三ヶ月が五分で回復した。本当に魔法って便利だね。チートで魔法を貰えば良かった。
「あちらの討伐も済んだようで良かったです。黒炎竜も出ているとは、こちらの情報ミスで申し訳ありません」
「いや~、なかなか固くて骨が折れました」
「面白い冗談ですね。黒炎竜の素材も村人にあげたとか」
「素材に関しては素人なもので、村の復興にも使って貰えたらいいかと思いましてね」
来てから黒炎竜の事も素材の事もまだ話してはいない。どこで知ったのか、ハスハントの情報収集の能力は高いのに黒炎竜がいたとは……
「今日はこのまま宿にお泊まりください。明日、出発しますので護衛の方をお願いします」
僕らの馬車をハスハント商会の馬車と同じ所に置いて、僕とアラナは紹介された宿屋に向かった。宿屋はかなり高級で「ハスハントの仕事を受けると、こんな宿屋に泊まれるッスね」と言うアラナと夜は静かに楽しめそうだ。
二人でエッチな事をしようと期待を裏切るノックの音に、アラナはビクッと体を振るわせ残念そうにドアを開けた。
「こんばんは。お邪魔してもよろしいですか」
黙って受け入れたアラナはマノンさんの背中越しにこちらを睨み付けている。気持ちは分かるが押さえてくれ、その爪を。
「新しい依頼をお持ちいたしました」
こんな夜更けに、馬車の護衛依頼だって終わっていないのに次の依頼だって。人気者は辛いね。
「もう次の依頼ですか。ずいぶんと早いんですね」
「ええ、ビジネスは早さが命ですから」
「それでどんな依頼なんでしょう」
「湖畔にあるリザードマンの集落の掃討」
あっさりと凄い事を言ったぞ。リザードマンって確か人間に似たトカゲで集団戦を得意として知性もあって、なおかつ強い存在だったかな。
「穏やかな依頼ではないですね。集落の掃討と言われましたが数はどれくらいになりますか」
「およそ五百人くらいです」
こいつ馬鹿。リザードマンはかなり強いんだよね。集落って言うには老人、女、子供もいるだろうけど戦う男は百はいるぞ。女だって戦えば戦力は倍だよ。
「それはかなりの数ですね。こちらの戦力はいかほどですか」
「白百合団だけです」
拒否決定です。トロール一匹、怖くないです。二匹までならやってのけます。三匹だったら戦い方を考えます。集団戦はそうもいえない。三匹がまるで一つの塊の様に動けば驚異の他ならない。
リザードマンは集団戦の出来る魔物だ。どんな計算をすれば白百合団だけになるのか、その胸を開いて教えて欲しい。
「無理ですね。相手が悪すぎます。リザードマンは普通の魔物とは違います。集団戦の出来る知性のある魔物です。もし殺るのなら、相手の三倍の数は必要だと思います」
「それが出来ればやってます! 白百合団の力は知っています。ヌーユの地でオーガやトロールを単騎で倒し、殿を無傷で撤退させた実力を。それに黒炎竜。あれを倒すには相当数の傭兵がいなければならないのを二人で倒すなんて考えられません」
マノンさんは捲し上げ、戦える理由を言っているが僕の心は動かない。こいつ、黒炎竜の事を知ってたんじゃないのか? 美人の言う事をそのまま聞いて、戦っていたら命が幾つあっても足りないよ。
「マノンさん。相手の兵力を考えたら、こんな無謀な作戦を行う傭兵などいませんよ。それにこれはハスハント商会からの話ではありませんね」
「ど、どうしてそれを……」
「マノンさんが「出来ればやっている」と言いましたよね。ハスハント商会なら出来るんじゃないですか。それを出来ないのは他に理由があるのか、ハスハントの依頼じゃないか、です」
ため息を付くマノンさん。なんだか責めている感じで気がとがめるが、これは少し無謀過ぎる。実際にやったとして勝てるかと聞かれれば微妙な感じか。ルフィナとオリエッタ、ソフィアさんの広域魔法が何とかなれば行けるかもしれない。
「……お金ならあります」
「本当にあるんですか。七人とは言え魔法使いを要している傭兵ですよ。とても個人で払える額じゃない」
マノンさんがリュックに手を入れると皮の袋を何個も取り出した。
「これが前金です」
前金だけでもかなりの額になりそうだ。とても個人で用意できる金額じゃない。僕はとても嫌な事を思い付いてしまった。口にしたら後戻り出来ないが、真実を知っておきたい。
「やっぱりハスハント商会の依頼ではないですね。この金額で半分なんて個人では無理ですよ。旅団クラスが雇える額じゃないですか」
マノンさんは一言も話そうとしない。
「マノンさん、ここからは推測になるのですが、このお金は運んだ荷物の売り上げじゃないですか? 行動部の部長が一介の傭兵と一緒に来たのも変ですからね。このお金は売り上げを横領して作ったお金ですね」
マノンさんは、うつ向いたまま何も話さない。もうひとつ、これも言わないと。
「お金に釣られなかった場合を含めて僕らをハメたでしょ。僕達にわざと荷物を運ばせた上に、これは僕が悪いのですが、みんなのまえで黒刀もくれた。僕らは横領の手助けをさせられた」
「マジッスか団長!」
帝国では差別とまでは行かないが、亜人の違法行為について人より重くなっている。アラナが慌てるのも無理はない。
失敗した。まさかいきなりハメられるとは考えもしなかった。ハスハント商会の繋がりを考えてばかりいたから横領なんて気が付かなかったよ。行動部長だから監視の意味で来ていると思い込んでいた。
「……すみません。その通りです」
聞きたくない言葉。ため息が出るのはこっちのほうだよ。ハスハントから横領した事がバレたら傭兵なんてやってられない。マノンさんの見た目と裏腹な行動に驚くよ。って、白百合団も見た目と裏腹だけどね。
「いったいリザードマンの集落に何があるんですか。わざわざ掃討する理由は」
最後の疑問。これは本人の口から説明してもらわないと分からない。
「……今、リザードマン達が集落を作っている所には村があったんです。小さな村でしたが川の上流から流れてくる魔石の欠片で生きていくに不便の無い村でした。私は父とそこで暮らしていたんです」
そこにリザードマン達がやって来て村を蹂躙しマノンさんの父親や村人達も全て殺されたという。マノンさんと父親はエルフだが、村人は人間だったようで、要するに復讐か。そのために横領までして、エルフだって亜人の扱いになるから重罪だよ。
「復讐だけではないんです。リザードマンが暮らしている場所も問題なんです。魔石の欠片が取れるのもそうですがリザードマンの症気で湖が汚染されるのです」
リザードマンがそんな危ない物を出すとは初耳だ。湖は帝都の水源の一部を担っている、いい話じゃないね。
「それだったら帝国の騎士団が出て行って処理するんじゃないですか。帝国の水源なら無視は出来ない」
「何度も言いました! 何度も…… ハスハントの部長になってからも言ったのに誰も耳を貸してくれない……」
ハスハント商会の部長の声を潰せるなんて、どんな奴だ? 目的は分からないけどリザードマンを守ろうとする人がいて、それなりに大きな組織だろう。一方、リザードマンを掃討して村を取り返し水源の汚染を止める個人。
これはどっちに付くか決まりだな。
「マノンさん、団員に話してみたいのでこの話し、持ち帰っていいですか」
決められなかった……
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