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第七十九話
しおりを挟む「脱落者も少なかったですね」
「ふん! だてにサムナー家の騎士ではない!」
横並びに馬に乗った僕はイザベル嬢と話をしながら進軍していた。
僕達はアンテッドとの演習を最後に五日間の休暇を取ってリザードマンの集落に向かっている。休みを取ったのは心身ともにリフレッシュしてもらう事もあったが、中には戦う事を嫌う人も出て来る。そんな人に逃げる時間を与えたかった。
休暇中は酒も食事も女も自由にさせて拘束する事も無く出来るだけ自由にさせた。幸いにも脱落者は十人を下回り組織としての機能に問題は無かった。
イザベル嬢の事も休暇三日目のベットの中で「お前にはもう頼らん」と涙を流して言われた。色んな事を決意しての涙だと僕は思いたい。下手くそだったからとは思いたくない。
良い報せもあった。以前からオリエッタが手掛けていた奴隷密偵、通称「影」の一人目が来た事。ダークエルフの美人六姉妹の一人でお漏らししてプリシラさんに蹴り飛ばされた娘。名前をレイナ、銀髪に青い目、皮の鎧の軽装備にショートソード。胸の大きさは…… 合格だ。
キリッとした瞳も僕を見るときには潤んでいるような。やっぱり僕がご主人様だからだね。絶対服従なんて色んな事をしてもらいたい。色んな事を…… まずはリザードマンの集落の偵察に向かわせた。
「ご主人様」
癖になりそうな、いい響きだ。さっそく戻って来たのか仕事が速い。
「リザードマンの数は約七百ほど、それとかなりの数が人間の剣を持ち鎧を着けています」
「えっ!? 武装してるの」
「はい、集落の外れには防護柵も築かれておりました」
おい!おい!おい! 聞いてないぞ、そんな事。数が増えているのはいいとして、武装はマズイだろ。しかも人間のなんて誰かが裏で手を回したのか。
「その程度、蹴散らしてしまえばよい」
そんな簡単にいったら演習なんかしてません。しかし困ったね。おそらくリザードマンの戦力となる男は二百を越えるだろうし女も加わったら三百を過ぎるか。三百対五百、数では勝っているけど質を言えば三倍は欲しい。
白百合団も前線に出ないと負けそうだ。ソフィアさんも怪我人の治療の事を考えたら前線には出せない。広域魔法の使えるルフィナや装甲服で固めたオリエッタが居ないのは厳しい。
「戻って偵察を続けて会敵前にもう一度、報告に来てくれると助かる」
「分かりました、ご主人様」
その言葉を後にしてレイナは駆けていく。危なくなったら逃げていいからね。それと僕の事は「ご主人様」もいいけど「団長」でいいよ。
「イザベル様、僕は少し白百合団の所に戻ります。集落の五キロ手前で兵站を駐留させて第六騎士団は前進して下さい」
「了解した。その後の指揮は任せてもらえるんだろうな」
「勿論ですイザベル様、ただ白百合団は教導団扱いになっていますので指揮権はお渡し出来ません」
「無論だ。白百合団無しでもやってみせる」
心なしかイザベル嬢が震えている様だ。武者震いなのか、僕への恋心からなのか。
それはそうと白百合団に話をしないと。相手の戦力は予想を越えている。このまま始まったら間違いなく負ける。白百合団が先行してリザードマンを蹴散らすか? これは出来る。ある程度リザードマンの戦力を削げるから戦略的な勝利に繋がる。
でも、それをやってもいいのなら最初からやってる。もうリザードマンを討伐すればいいって訳じゃない。第六騎士団に自信を持ってもらった上で勝たないといけない。
面倒な…… プリシラさんじゃなくても嫌がるよ。しかも今回は二人欠いた状態で戦わないといけない事がリザードマンに対してどれほど不利になっているのか。
「団長、どうにゃった」
にゃった? どうしたプリシラさんイメチェンか? 「にゃった」と言うならアラナに言って欲しい。語尾に付けるなら「ッス」より「にゃあ」の方が可愛くて良し。
「あっっー。何やってるんですか!? 何で飲んでるんですか!」
「今回にゃ、見ているだげだにょ。寝てりゃぁ終わるにょ」
酒樽抱いたライカンスロープを追い掛けて…… こんな歌を歌いたいよ。まったく、今の気持ちをどう現せばいいのだろう。怒りと飽きれと…… 俺の方が飲みたいわい。
落ち着け俺、いや僕。マズイぞ、こんなに泥酔してるのなんて始めてみた。よっぽど演習が嫌だったのか、楽しんでるかとも思ってたのに。クリスティンさんは何をやってたんだ、いつもブレーキ役でいるのに、って露骨に目を反らしやがった。
「プリシラさん、戦えますか? もうすぐリザードマンと殺り合わないといけないんですよ」
「あたいはリザードマンとなんかヤらないにょ。ヤるならミカエルとだにょ」
プリシラさんの手が僕の手を巨乳へと誘う。とりあえず揉んでからモミモミ…… 違う! 違わない! もう…… もう、どうしていいのか分からなくなってきた。これで三人しか参戦出来ないのか。僕とクリスティンさんとアラナでどこまで出来るだろうか。
「プリシラさん、ゆっくり飲んでいて下さい。早く終わらせてきますから」
「終わったらヤるにゃ……」
あぁ、殺ってやる。こんな仕事はこれで終わりにしたいよ。しかし、プリシラさんも戦線離脱なんて思わなかった。僕が困っているのを余所に予定の兵站場所に着いてしまった。
これから戦闘部隊と兵站部隊が切り離されて僕達、戦闘部隊だけが前進する。兵站部隊はここで武器の管理や食事の用意、プリシラの面倒でも見ててくれ。
戦闘部隊だけ前進して、集落まで一キロの所で僕の可愛い黒い影がやって来た。嫌な情報を持って。
「ご主人様、リザードマンは戦闘体制を整えております。男達は武器を取り防護柵へ。女、子供は南の方へ移動しております」
それってこちらが行くのが分かってるって事だよね。武器の事を考えても誰かが手を貸してる。きっと偵察に出ていたのはリザードマンの方もだろう。待ち構えられてる。
「その事をイザベル様にも伝えておいてね」
「分かりました、良き人」
僕はご主人様じゃなかったのかな。まぁ、いいや。これで苦戦決定、白百合団の出陣決定。不意を付いて何とかなるかとも思ったけど本気出さないとダメそう。
僕達と第六騎士団は湖畔を戦場として陣を張った。左手には芦が生えた湖があり中央は砂利の混ざった湖畔が、右手には森が広がっている。
湖畔は騎士団の一部隊、五十人が広がれる程しかないが森からも集落に行ける。もう少し包囲して攻撃を加えたい所だけど仕方がないか。騎兵の運用に気を付けないと。
イザベル嬢の所に行くと作戦が立っており湖畔から一部隊と森に四部隊、騎兵は湖畔側に待機しており突撃の準備は整っていた。
「イザベル様、そろそろ殺りますか」
「あぁ、まずは一当て」
前進のラッパが吹きならされ騎士達が進んで行く。僕ら白百合団の三人にも馬が当てがわれ竜騎兵として参戦しよう。
不安と酒樽を抱えたま、湖畔の戦いが始まる。
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