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第百一話
しおりを挟む僕とオリエッタが宿屋のベッドで休んでいるとクリスティンさんが帰って来た。目覚めの心臓麻痺。
「うぉぉ! 起きてます、起きてます!」
目覚まし代わりの心臓麻痺は朝から効くねぇ。出来ればモーニング・コーヒーか、モーニング・チューが欲しい所だよ。
「もう、朝です~」
隣で寝ていたオリエッタが僕に抱き付き、まだ眠そうにしている。可愛いオリエッタを抱き締める前に、神速の心臓マッサージは限界近くまで跳ね上がった。
「……起きて下さい」
クリスティンさんは北門で五十名くらいの命知らずの軍団を作り上げていた。城門の方は修復が出来たが土系の魔法使いがいないらしく城壁の方はそのままだ。
ただ、命知らずの軍団の中でも本当の命知らずは、仕事をサボってクリスティンさんをナンパしていたらしい。
「……たったの五人です」
貴重な五人です! 兵力の分からない魔物を相手に戦う価値ある者達なんですよ! ハーピィは空爆してくるし、トロールは門を打ち破ったら逃げ出すし、全く訳の分からないこの戦場で、一緒に戦ってくれる五人なんですよ!
「……必要でしたか?」
当たり前だろ、バーロー! ナンパされたくらいで殺してるんじゃねぇ! ……殺した? 本当に殺しちゃったの? ウソよねぇ、冗談よねぇ。
「必要ありませんね。五人くらい僕が一人で、それ以上の働きをしてみますよ」
言いてぇよ、心の声を! 叫びてぇよ、このマインドを! ……あぁ、朝から心臓麻痺を喰らって気が立っていたのかも知れない。
五人の勇者よ、安らかに眠れ。後の事は任せてくれ。だって、君達の中で自前で心臓マッサージ出来るヤツはいないだろ。
クリスティンさんの報告はこれで終わり、気だるそうに、ベッドに寝ている僕達を見下ろしていた。そんな目で見られるのも好き。
報告の中にコアトテミテスの指揮に関しての事が無かったので、もう少し聞いてみようとも完璧に無視を決め込まれ、見下すその目に僕は映ってますか? 僕の声は届いてますか?
悔しいからオリエッタに手を出そうと考えただけで心臓を止められ、自前の心臓マッサージは神速まで消費した。勇者よ、これが出来れば良かったのに。
「コ、コア…… コ、コ、コケッコー……」
キツいんだよ、朝一からの心臓麻痺は! こんなんなら、オリエッタじゃなくてクリスティンさんに手を出しておけばよかった。
コアトテミテスの指揮官は皆に休息を取らせ怪我人の介護をし、部隊の再編成を行っているとのこと。明るいうちには攻めて来ないと思っているらしい。
魔物との戦争がこんなにも分からないものだったなんて。薄れた記憶で、はっきりと思い出せないがもっと普通だった気がする。普通の戦争って言うのも変だけど、これも神の悪戯なのか。
オリエッタに入れ替わりクリスティンさんが戦時報酬を求めて来たが、僕にはやらないといけない事がある。ここの領主に会って、この不可解な戦争について直に話を聞きたい。
でも取り合えず、報酬は出さないと。
不公平にならないようオリエッタにベッドを空けてもらい、クリスティンさんにもスク水を…… おぉい、無いのかぁ!
報酬の支払いに昼近くまで時間が掛かってしまったが、周りの部屋に客が居ないか心配だった。いつもなら防音テントか広野の真っ只中で誰の気にも止めないが、クリスティンさんの喘ぎ声で周りの人を起こさないか心配だ。勿論、一番心配したのは僕の心臓。
まだ召集も時間的に大丈夫だろう。一人で街の中を歩くと逃げ出し始めた住人と擦れ違い、少なからずコアトテミテスの終焉を感じさせた。
「良き人……」
振り替えるとダークエルフ。右手ブレスレット無し。目視確認! 左手ブレスレット無し。指差し確認! 三人目かぁ、こんな時に。
「ニイナちゃんじゃないね。えっと……」
「シイナです。ロースファーから戻りました」
わざとらしく名前を聞いたけど大丈夫だったかな。ロースファーの話を聞くより、この状態でプレゼントを買える店がやってるかが心配だよ。
シイナちゃんとは歩きながらロースファーの話を聞いたが、内容は前の二人とたいして変わらなかった。今回は深く探るような事はさせていないし、定期的な体液の補充があるから早く戻って来てもらわないとね。
もし深く潜らせて帰れなくなって、身体が腐るかと思うとゾッとする。いや、勿体ないと思う。
「サンドリーヌの大森林を通って来たの? あの一本道を」
コアトテミテスからロースファーまでサンドリーヌの大森林を突き抜ける一本の立派な道がある。昔、高名な土系の魔法使いが作ったそうだ。形の残る仕事っていいね。僕は破壊専門だから。
「はい。コアトテミテスがこんな事になっていますが、あの道で危険を感じた事さえありませんでした」
それも変だ。交通の要所のコアトテミテスを攻めて、道を押さえないなんて。いったい何を考えているんだ魔物君。だが、無事にシイナちゃんが着いたから良しとしよう。もう考えても分からんし。
今考えるべき事、それは…… シイナちゃんにはイヤリングをプレゼントしよ。
閉店の看板を店先に出している店の裏手に回って、無理矢理に開店させ買い物をした。イヤリングを二個、指輪を二個、小心者なので二倍近くのお金を払ってしまった。どうぞ街の脱出に使って下さい。
右の耳に付けられるイヤリングをシイナちゃんにプレゼントした。これで次に会った時は判別が出来る。僕達は影の宿屋に行くと二人とも居たのには助かった。
「ユイナちゃんジビル村はどうでしたか」
「平穏でした。農作業しているくらいでした。言伝てはプリシラさんに伝えました」
これでプリシラさんにもこちらの状況も分かってもらえただろう。恐らく脱出の為の食料確保の農作業かな。コアトテミテスが落ちればもっと帝都寄りのルトアオンカの街に避難する。近隣の村は無人の村となってしまうが、命には代えられない。
「改めて指示を出します。三人は戦闘が始まりしだい南門から出て、コアトテミテスの状況を確認。その後、ユイナちゃんはジビル村へ、戦闘終結後ニイナちゃんは帝都へ、シイナちゃんは後方の街、ルトアオンカで先に行って拠点となるべき所を確保のして下さい。撤退先はルトアオンカの街を予定してます」
これで言うべき事は伝えた。後は相手の出方しだいだ。昨日と同じなら白百合団が討って出る。城外での戦闘は後方支援が期待できない不安があるけれど、同数ならやれる。
城門に攻め行った魔物達の後方にいた何か、ハーピィの動向、考えると何故か不安材料が浮かび上がるのは僕が小心者だからか。
小心者の僕は寂しさを忘れる為にダークエルフののシイナちゃんを抱いた。 ……本当は体を腐らせない為なんだけどね。他の二人には準備の為に部屋を出てもらった。今更感があるけど見られてするものじゃないからね。小心者なんだよ。
すっかり領主の事を忘れてた。忘れているって事はたいした事じゃ無いんだと自分自身に言い聞かせ納得した。領主よりシイナちゃんでしょ。おへその横に黒子が一つ。
僕は三人と別れて東門に向かった。クリスティンさんは軍団と北門へ、オリエッタは東門へ向かっている。僕の足取りは軽い、今ならドラゴンだって倒せるだろう。
街の中は逃げ出す人が後を絶たない様で、大きな荷物を持った人や馬車と擦れ違う。中には武器を持って戦おうとする人々もいるが、危ないから逃げて欲しい。
人が居なくなればコアトテミテスは落ちたと同じだが、その時はまた人を集めればいい。死んだら、お仕舞いだからね。
東門に着いてオリエッタを探してみても見付からない。東門には百を越える冒険者と手に武器を持った街の人がいる。誰もが悲壮感を漂わせてる中で僕だけは明るい。いい仕事をして来たからかな。
城壁に登ると暗闇の平原が広がる。昨日の数なら僕が討って出て戦ってもと、考えてしまう。半分は殺れる自信があるが、囲まれたり逃げ場がないと長くは戦えそうにないし、男に囲まれる趣味も無い。
オリエッタにドロンを飛ばして周辺の状況を確認してもらいたいけど、どこに行ったんだ。迷子にでもなったのか。
夜も更けて来たが一向に敵の気配もオリエッタの気配も無く、だんだん心配になってきた。こんな時に連絡手段が無いのは痛いね。オリエッタに何とかしてもらえないだろうか。
心配事をよそに、そいつは来た。北門の方から地響きを立てて。
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