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第百三十話
しおりを挟む「だ、たすげ、で……」
ラウエンシュタイン重騎兵の成れの果て。毒の霧が晴れ間から、トロールの手の中でボロボロになった騎兵が助けを求めて来た。
「門を閉じろ!」
誰が言ったか、誰かが言わなくても僕が言った非情の言葉。仲間を見捨てる冷徹な言葉。
ラウエンシュタイン重騎兵は全滅。唯一の生き残りは、二匹のトロールに捕まれた四人とオーガに引きずられている二人のみ。五十はいたかと思われた重騎兵は、見るも無惨な姿になっていた。
城壁の上にはいた者達は、誰もが助けられないと悟っている。ネーブル橋の上は敗れた騎士を先頭に、魔物の列が延々と続いていた。
ラウエンシュタインの騎士団が敗れ、橋の上の魔物を見た者にとって恐怖が全身を駆け巡る。その恐怖に追い討ちを掛けるように、トロールの手の中にいた二人は、その怪力で頭を潰され。もう一方のトロールからは、ボールのように投げられた騎士が城門にぶち当たり肉塊に変わった。
「ひぃぃっ、」
一人の冒険者が声をあげた。その声が恐怖に変わり、周りに蔓延していく。そして、オーガに引きずられていた男の両手をトロールが掴むと雑作もなく両腕を引きちぎった。
地面に落ちた男は両腕から血を流し、よろめきながら城門に向かって歩き出して来た。
「だ、だすげで……」
男はその言葉を最後に頭から真っ二つに切り殺された。城門は静まり返る。誰も声を出せない。もう一人の騎士がどうなるのか見入ってしまっていた。
もう一人は女だった。オーガどもが乱暴に鎧を剥ぎ取り服を千切り、豊満な胸に汚い舌を這わせた。全裸にされた女は泣き叫び、助けを請う事しか出来ず、それは城門の中にも響いて聞こえた。
押さえられていた女をトロールが乱暴に奪う。女の両手を潰す様に握り、ゆっくり見つめると大きな舌で身体がを舐め回した。そして女は気が付く。自分がトロールに喰われる事を。
「嫌ぁ、嫌ぁぁぁ!」
その強い手の中で身動きも取れず、ただこれから起こる事に言葉でしか抵抗が出来ない事を。頭か身体ごとかトロールに喰い千切られる自分を。
「死ねよ、てめぇ!」
城壁の上からトロールの頭まで跳ねた僕は、手近な槍を奪って突き刺した。神速で突き刺した槍は首から上が爆砕させ、大量の血を吹き出しながらトロールは膝からゆっくりと倒れて行った。
怒りの全力。倒れ行くトロールの指を切り落とし女騎士を助け出したが、舐められた跡がローションの様にヌルヌルして、少し生臭い。
「助かりたかったら大人しくしてろ」
まったく、僕はバカだ。なんでこんな事したんだ。戦争に参加する以上、死ぬ事だってあるし犯される事も普通にある。
ここで女一人を助けた所で何が変わる訳でもなし、むしろ自分自身を危険にさらしてどうする。僕は女騎士を抱き抱えオーガの群れを飛び越した。
目指すは城門まで一直線。だけど重い、重いだろ。ヌルヌルローションで滑るし生臭い、唯一の救いは彼女のウエストが細くて抱き締め易かった事か。
神速! モード・ツー、全開!
明らかに落ちた速さ。トロールの頭を粉砕した時と比べられないくらいの遅さ。さっきの速さはどこに行った。気付いたらトロールに槍を突き刺した時の速さは!?
やっぱり重いのか。女性に向かって重い重いと言うのは失礼だろうけど、ヌルヌルで掴み所が無くて大変なんだよ。もし触ったらいけない所に手がいってたら、それは事故だ、ハリのあるヒップはなかなかの物だと感心したのも、わざとじゃない。
納得出来ないくらいの速さだが、オーガを置き去りにして城門まであと少し。ここで一気に跳ねて城門を越える。高さは十メートル以上ありそうな門が眼前に迫り、僕はローション女を必要以上に抱えたまま跳躍した。
ヤバい、何かが左足を掴んだ! 引かれる力を利用して、回転を掛けてローション女を城壁まで投げ飛ばす。
僕を引いた力と重力には逆らえず。城門を目の前にしてネーブル橋に叩き付けられた。頭が揺れる、目が見えない…… 左目は見えないんだった。右目は見える無事だ。
両手は平気だ。僕は左手で腰に付けたオリエッタナイフを抜き出し、左足を掴んだ何かを切り落とした。
蔦か!? ルフィナと同じ蔦を使うなんてリッチの魔法か!? そろそろ本格的に逃げないとヤバい。一人なら飛べるはずだ、城門を越すまで十メートル。
神速の跳躍!
両足に力を込め、根性をプラスした僕の跳躍は右足の裏が僕の方を向いている事で中止した。
気が付かなければ良かった。気付いたら痛みが出てくる、思わず足を抱えて座り込む。あの高さから回転を加えて落ちて、右足だけで済んだのはラッキーだったのかもしれない。僕の体を隠すほど大きなハンマーを振り下ろすトロールが目の前にいなければ。
防ぐ? どうやって。逃げる? 右足の底と目が合ってるのに。
「■■■■、千の剣」
トロールの形が変わるほど剣が突き刺さる。それ、知ってるよ。僕は二千だったけどね。結構、痛いんだ。
「ルフィナ!」
思わず声を出してしまった。調子に乗せると怖い女。容赦の無い上に、幼児体型で艶っぽい水着を着た暗黒のネクロマンサー。
「バカ者! そんなので潰したら血が取れなくなるのである。大事に使えば一生吸い続ける事が出来るのである!」
僕の心配をしてよね、お願いだから。それと自分の心配もしろ!
ルフィナが城壁に仁王立ちをして説教を垂れている所へ、トロールが投げた破城槌がルフィナを城壁の中庭の方へ落としていった。
「うそだろ……」
トロールの破城槌は城門を壊すための巨大な槍のようなものだ。それが華奢なルフィナに直撃したなんて……
左足に全神経を集中。 跳べ! 跳べ! 跳べ!
神速! モード・ツー!
弾かれるように城壁に向かう僕に二本の矢が刺さる。これだけ頑張ってもダメなのかよ。神速が出てないのか!? 僕が伸ばした手は城壁まで届きそうもない。
そこへ城壁の上から、一人の冒険者が槍を突き出し「つかめ!」と叫んだ。そこまでなら届く。僕は必死になって槍をつかみ、冒険者に城壁まで引き上げられた。
「うおぉぉ、やったぞ」
「すげえぞ、こいつ」
城壁の上では殺されそうな女騎士を単身敵陣に突入し、助け出して戻ってきた男に絶大な称賛の言葉が浴びせられた。
やかましい! そんな事よりルフィナだ! 僕は城壁の上を見渡してもいないルフィナを、四つん這いで這いずって中庭を見に出た。
居た! 中庭の端の方まで飛ばされたルフィナは力もなく眠っているよう。側にはロッサが立ち、僕と目が合うと悲しそうに笑って消えていった。
ロッサが消えるってどういうことだ!? こんな時に主人をおいて消えるなんて……
「ルフィナ!」
城壁の上からの叫びに似た声にルフィナは答えない。刺さった矢も折れた足も僕は気にせず、城壁を飛び降りルフィナの元に向かった。
「ルフィナ……」
目を閉じて眠っているだけのように見えるルフィナの肩を揺らす。ルフィナからは何の返事もない。
「ルフィナ……」
僕はルフィナを抱き上げた。力なく両腕が垂れ下がって僕を抱き返す事はない。
絶望と怒り。プリシラさん、みんな、僕は戻れそうもありません。この怒りを抑える事が出来ないんですよ。ネーブル橋にどれくらいの敵がいようが皆殺しにしないと怒りが収まらないでしょ!
動かなくなったルフィナをもう一度、抱きしめ僕は立ち上がっ……
急激なブラックアウト! 意識が飛ぶ。崩れ行くなかで一つの声が聞こえた。
「相変わらず甘いのである」
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