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第百三十四話
しおりを挟むマルテ・ラウエンシュタインは、僕の背中に顔を埋め僕を掴む手にも力が入っていた。
先に行った馬車に追い付くために全力で走る馬は、かなり揺れるがマルテ嬢は黙って抱き付いていた。何かを言った方が良いのだろうけど、下手に話せば僕の方が舌を噛み千切りそうだ。
マルテ嬢の手に力が入ったのが分かったので、僕は槍を右手に、マルテ嬢を押さえていた左手を手綱に持ち代え、さらに速く馬を走らせていった。
「落ちるなよ! 落ちても助けに…… グッ!」
やっぱり舌を噛んだ。言いたい事は伝わった事にしよう。馬車が速さを増せば、その音も大きく、目覚まし時計の代わりにゴブリンどもを起こして回った。
だが、馬車の速さには付いて来れない。まだ囲まれる事も前に出られる事も無かったが、悔し紛れか寝起きのボケか、剣や槍を投げつけ何本か馬車に突き刺さっているくらいだった。
僕は一番後ろの馬車と並走すると、乗っていた彼女達の目が馬車で逃げ出す不安から、ゴミを見るような冷たい目に変わった。
「この女を乗せてくれ!」
勇者のシンちゃんだよ。そんな目で見ないで…… 誰からも返事は無い。何時もの事だが僕の話は誰も聞いてくれないのかな? 中には腕から血を流している者もいたが、その人からも向けられる目は同じだった。
「……いや、いや」
小さく弱い声だが僕には聞こえた。背中に抱き付くマルテ嬢は首を横に振って小さく拒否する。やっぱり落とされたのか…… あんな非常時に、非常時だからこそ落とされた非道な事。一人がやったのか、皆でやったのか。この後、皆さんは笑って生活を送れますか?
乗せられないのならこのまま行く。イってみせるぜ! 白百合団の団長を舐めるなよ! だが、僕が守れる範囲は狭く、しかも馬車の右側しか守れない。幾多の剣や槍を打ち落としたが、馬車に乗った全ての女性達を守る事は出来なかった。
ラウエンシュタインの街を抜けるまで飛んでくる弓や剣は止まなかった。後方の馬車から先頭の馬車まで見て走ったが怪我人だらけで早く治療しなければ死にそうな者までいた。
「よう、勇者さま。何とか逃げだしたね」
一番先頭の馬車で、どこから持ち出したか知らない丸太を振り回していたオバチャンが元気よく話し掛けて来た。
僕はルフィナとの合流地点を教えると最後尾に付こうと馬を進める時に、
「あんたのせいじゃ、ないさね」
オバチャンの言葉に少し救われた気がした。
ルフィナなら多少の治癒魔法が使える。そこまで持ってくれたら、次の街にはソフィアさんがいる。怪我人は多いがなんとかなる。
それはオバチャンの言葉に救われてすぐに来た。
「追っ手が来た! 急げ!」
広域心眼の変型形、特定広域心眼。広域心眼は三百六十度、全てを見渡せるが距離はそれほど無い。それを一部だけ集中すると範囲は狭くなるが距離は伸びる。そして使い慣れてないから気持ち悪い。
見えた数は五。ウォードックに乗ったホブゴブリン。やはり犬だけあって速い。人を満載した馬車に容易に追い付いて来やがる。
僕はマルテ嬢を乗せたまま殿を勝手出たが、すぐさま囲むように迫って来たホブゴブリンとウォードックの追っては二十を越えていた。僕は不馴れな槍で迎え撃つ。神速を槍の右手だけに集中して。
本当なら身体ごと神速を使えればいいのだけれど、馬に乗りながらは厳しい。神速で鞭を入れたりしたら馬が可哀想だ。それに身体ごと神速にすれば、マルテ嬢を振り落としかねない。
ホブゴブリンは部分神速とでも言おう僕の槍の敵では無かったが、問題はこのワンちゃん達だ。僕が器用にホブゴブリンだけを狙って打ち倒したのに、さっきから「ガウガウ」吠えて馬に爪や牙を立てようとする。
僕はこれでも動物は好きだ。猫派だが従順な犬も嫌いじゃない。動物愛護の観点から出来るだけ斬りたくないのに、僕の気持ちは届いていないようだ。
「ホーム!」
家に帰れと言ってみても通用しない。なにせ軍用犬は、飼い主以外の命令は聞かないようになっている。僕は仕方がなくウォードックの鼻っ柱を叩いて追っ払う事にした。
これで追っ手も終わりかと思った矢先に背中に走る悪寒。決してマルテ嬢が背中を舐めたとかじゃなく、ヤバい者の存在感。もちろんプリシラさんでも無い。
馬を止めてラウエンシュタインの方を見ても特定広域心眼を使っても見えないが、何かヤバい者が来る予感。僕は馬を降りマルテ嬢に手綱を任せた。
「マルテ様、ここより先は一人で進んで下さい。この道をまっすぐ行けば馬車が仲間と合流しているはずです」
「ミ、ミカエル様はどうなさるのです」
「様」付きか。少しは人を敬う事を覚えたのね。いい事だ。次は笑顔を覚えようか。笑えばもっと可愛くなるよ。
「ヤバいのが来ています。合流ポイントまで連れていく訳には行きませんからね。僕はここで迎え撃つよ」
「いやです。……あそこには行けない。一緒に、一緒に連れていって下さい」
困ったベイビーだぜ。後で楽しませてあげるぜ、なんて冗談は特定広域心眼で黒光りした鎧姿を見つけるまでだった。
「後で追い付く!」
馬の尻を槍で叩き少し乱暴に走らせる。僕は特定広域心眼から先の読める心眼、名付けるなら「機先の心眼」に切り替え槍を構えた。
黒光りの騎士は話し合う事もなく上段から斬り付けてくる。僕には先が見えている、避けるのは容易だが、避け方が不味い。
黒光りの騎士は避けた僕の後を追うように次々と薙ぎ払い斬り付けてくるが、僕が避けるのはショートソードでの間合いで、槍を持ってしては二の手が出せないでいた。
だが避けれるし、見える、モード・ツーは使っていない。神速と機先の心眼で行けそうだ。それまでは、じっと我慢して槍の間合いを覚えないと。
数十の斬撃を交わして、少しずつ分かってきた槍の間合い。その時には黒光りの騎士は十二体まで増えていた。十二対一、絶望的な数字に見えるが、まだ僕には余裕がある。
「いくぞ!」
機先の心眼とモード・ツーの会わせ技。発動時間は短いが十二体くらいなら問題ない。一気に仕留めてルフィナの少ない胸に帰る。
黒光りの騎士の剣をすり抜け、僕は槍を神速で突いて鎧を穴だらけにしてやった。穴から吹き上がる黒い霧、どこかで見たような。
僕は持てる力を振り絞って槍を振り回す。手を削ぎ足を払い胸に突き刺す。全てに手応えが薄い。鎧を切る感覚はあるのだが、肉まで切ってる感じがしない。
打ち倒れている黒光りの騎士から黒い霧が伸び、切り離された手足に伸びて引き寄せた。これってルフィナの父親の家に攻め行った時にいた、あれか!?
確か手足が霧で繋がって伸びるんだよな。最後はどうしたっけ? 倒したか? どうやって? 昔の事で覚えていないよ。取り敢えずバラバラにしてやる、そうすれば答えが出るだろ。
全部に気を捕らわれるな。一体一体確実に。指差し呼称はしっかりと。僕は目の前の黒光りの騎士に集中した。左右から襲いかかってくる者を無視するかのように。
頭を狙ってきた右を避け、腹を狙った剣を交わし、僕は前に進み出る。くらえ! モード・ツー、槍の百連突き。
さすがに五十くらいで鎧はボロボロになり、上半身から砕け散った。黒い霧が大量に吹き出し動きが止まった。
上半身を無くすくらい切り刻めば復活は出来ないみたいだ。残り十一体、僕はモード・ツーを止め通常神速で突き刺す。
四体をバラバラにした所で足の違和感が痛みに変わって来た。残り七体を殺るのに無理が見えてきた。まだモード・ツーは出せるだろうし槍を捨てて逃げるか。逃げを考え始めた時に、優しくドス黒い声が僕に投げ掛けられた。
「こんばんは。雲も晴れて、いい月夜だね。こちらの方で気になる匂いがすると思って我も来てみたら、坊や達をこんなにしてくれたとは……」
薄紫色の肌に戦場に居るとは思えないくらいの肌が見える服。寝起きのパジャマ姿よりネグリジェか? 頭から生えている羊のような二本の角がチャームポイントの魔族。これで魔族を見るのは二人目か。
「お初にお目にかかる。そして永遠に寝てろ!」
モード・ツーと機先の心眼で打ち込む。それを邪魔する様に立ち塞がる黒光りの騎士。
「あっはは、ずいぶんと血の気が多いね。さすが、アンテッドナイトを倒すだけの事はある。いいよ、いいね君」
さすがに七体相手には魔族までは届かない。足も痛いし仕事はした。これは逃げても構わないだろ。僕はジリジリと槍を構えて距離を取る。
「あれ~。もしかして逃げるのかな。そんな事をしたらあそこにいる女を潰しちゃうよ~」
なに! 思わず振り替えって見てしまった。遠目に離れた高い場所に、黄色いドレスの女が馬に乗ってこちらを見ていた。
「もしかして彼女? 心配そうに見ているね。ただ潰すのは勿体ない。君の前で犯してから潰してあげるよ」
なんで逃げなかったんだよ。マルテが逃げるのも計算のうちだったのに。今ごろ心変わりのつもりか。態度のデカい、嫌な女でいれば良かったものを。
「さっさと殺ろうよ。さっきの速さを見せておくれよ」
勝った気でいるのか、このバカ女! この世界の絶対法則、「乳のデカい女は態度もデカい」は魔族にも適用範囲内のようだ。
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