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第百三十三話
しおりを挟む感動の対面になるのだろうか。残されていた少女と、犯され話が出来なくなった女性との間に流れるものとは。
戦争による悲しみ。変われるものなら、なんて言っても変われるものじゃない。僕は傭兵。殺す事でお金を稼いでいる。ただの傭兵…… 勇者にはなれないねえ。
コマーシャルも明けてモテ期が来たようだ。僕が助けて来た人にでも見えたのだろう。捕まっていた女性が寄ってきて抱き付きキスをする者さえいる。
まさにモテ期到来。せっかく抱き付いて来てるのを「仕事ですから」なんて断るヤツはホモ認定だ。遠慮はしないぜ、カモンベイビー!
ガキ! ポケットに手を入れるな。何も入っていないよ。オバチャン! せっかく抱き合ってる巨乳の娘を引き剥がさないて。抱かなくていい、背骨が折れる、痛い。
「私の勇者だね」
オバチャン! ……関取! 下ろしてプリーズ……
決して軽くない武装した僕を軽々と持ち上げ、背骨を折るかのように抱き締めるオバチャン。さっき味わっていた柔らかい感触は、痛みと共に飛んでいった。
「下ろしなさいよ!」
おっと、さすがモテ期だ、次から次へと美女が僕を呼び止める。今度は娘は一際目立つ黄色のドレスに細い身体、整った顔立ちのツインテールで巨乳。そして、この世界の法則通り……
「さっさと私を助けなさいよ!」
乳のデカいヤツは態度もデカい。
服装からして貴族なのだろう。周りの女性達とは雰囲気からして違う。上品さも漂わせるが、目付きが鋭いのが勿体ない。もう少し笑ってくれたら合格だ。
オバチャンからのアルゼンチン・バックブリーカーを喰らいかける前に、声を掛けてくれたのは感謝だが、僕はその少女の声より胸に目線が釘付けだった。
下ろしてくれたオバチャンに礼を言うとツインテールが前に進み、周りの女性達は海が割れるかの様に、恐れを成して道を開けた。
「早くここから出しなさいな。助けにきたのでしょ!」
この世界の法則は絶対だ! なので、失礼を承知で僕は彼女の目を見ず、服から溢れそうな二つの膨らみに話しかけた。
「傭兵、白百合団。団長のミカエル・シン、アシュタール帝国男爵です。貴女様はどなたで……」
「アシュタールの男爵! なんでハルモニアに…… わ、私はラウエンシュタイン城、城主が娘、マルテ・ローザリンデ・ラウエンシュタイン準子爵。こんな所には飽き飽きですわ。早く連れ出して!」
どうも「お願い」をされてる気がしない。それに僕は馬を二頭だけ盗みに来たんで、皆を助ける気なんて無いんだよね。あの不幸な目に遭った女性は行き掛かり上、助ける事になったけど……
周りの目線が痛い。僕を見る目は希望の光で輝いている。ここで「本当は馬泥棒です、皆さんを助けに来た訳では無いんです」なんて言える度胸は持ち合わせていないし、全員を連れて逃げる無謀も持ち合わせていないよ。
「ここには何人いますか」
僕の背骨を折りかけたオーガ並みのオバチャンに聞いてみた。目線はツインテールさんの胸、そのままで。
「五十人はいるさね」
多過ぎだよ。一人で護衛して敵陣突破なんてカッコいい事は勇者にでもやらせておけ。僕は神速を使って一人で逃げる事を考えたよ。いや、マジで。
「あの馬車は使えるんですか」
中央には馬が繋がれていない馬車が三台ある。僕達が普段から使っている馬車と大きさはそんなに変わらないから、一台に十人は乗れるはずだ。
「使えるさね。馬車を動かせる人も何人もいるよ」
馬車は三台、三十人分。ここには五十人。二十人を置いていける訳もなく、一台に十六人くらいか。定員オーバーなら馬車のスピードも落ちるし三台が縦に並んだ分、守る範囲も広くなる。
「そんな事はどうでもいいのよ! 私を助けなさい!」
ここまで身勝手に育てた親の顔が見てみたい。往復ビンタを喰らわせてから、ドレスを剥いて…… 僕はツインテールの膨らみから目を離して周りを見てみた。月明かりしか灯らない暗闇で、いつ魔物がやって来るか分からない恐怖は、いかほどのものだったのだろう。
……はぁ、やるしかないよね。
「助けに来たのは僕一人です。全部の護衛は届きません。それでも逃げたいのなら連れて行きます。馬車の用意を。馬は二頭繋げて御者席には馬車を操れる人を必ず二人乗ってください。定員オーバーですが、そこは押し込んで乗って。仲間が仕掛ける陽動まで時間がありません。助かりたいなら急げ!」
指示が出れば人は動けるもの。それが正しいかどうかは別として。
オバチャンの指揮のもと黄色のドレス女以外はキビキビと動いた。女はずっと僕の側でグチグチと文句ばかり言っているが、耳を閉じ目を開けて見るものだけを見ていた。
「用意が出来たさね」
オバチャンよ、貴女が男なら是非に僕の配下に加えたいよ。いや、いっそのこと白百合団に入りませんか?
オバチャンの指揮が良かったのか、あっという間に三台の馬車に馬が繋がれ人も乗り込み始めた。ドレス女、マルテ・ローなんたら、も五月蝿いので一番後ろの馬車に詰め込んでやった。
その際、誰一人として手を伸ばして乗るのを助ける者はいなかった。このラウエンシュタイン城主の娘はよほど嫌われているのだろうか。あの態度の悪さからは用意に想像がつく。僕は仕方がなく、仕方がなく、お尻を押して乗せてあげた。これが、また、なかなかの……
全員が馬車に乗り込み、後はロッサに暴れてもらうだけ。僕も自分の馬とルフィナの馬を確保しておき、馬小屋の扉を少し開けて外に出た。
広域心眼を使っても、回りに人影もオーガの影も無い。殺したオーガやゴブリンも見つかっていないようだし、これは上手く行くかもしれない。僕はゴブリンが使うにしては長い槍を拾い上げた。
派手な爆発音でも聞こえたらそれが合図になるのだろうけど、ロッサにそんな物はない。合図の音は悲鳴で聞こえた。
ロッサの事だ、派手にやれと言えば止めろと言うくらい派手に殺ってくれるだろう。西側から起こる悲鳴の数々。時折おこる巨大な炎は誰が出したものか。
僕は頃合いと見て両扉を開く。馬車のスピード、最初はゆっくりでだ。あたかも馬車を普段通りに動かし遠目では仕事をしてるかのように。慌てなくていい、慌てない方がいい。
僕は腕を回して出発を促す。馬車は予定通りゆっくり進みだし扉をくぐった所で「ヒイッ!」と言葉を残して全力疾走に移った。前が走れば後も続く。止める間もなく三台の馬車が全力で走り出してしまった。
しまった! 扉の回りに散乱しているゴブリンの死体を片付けておけばよかった。きっとバラバラ死体を見て我を忘れたか。仕方がないけど作戦変更だ。僕は馬に飛び乗った。
戸締まり良し! 電気良し! 水道良し! ツインテール良し!
僕は見てしまった。馬小屋の奥、月明かりの下で座り込むマルテ・ローザリンデ・ラウエンシュタインを。
「なにやってんだ!」
見れば分かるけど言っちまうだろ。この忙しい時に! 本当に何やってるんだ。皆で逃げようとしてるのに一人だけ逃げないなんて、どんだけ天の邪鬼なんだよ。
まさか…… もしかして落とされたのか? 馬車が急に走って落ちた事故にも見えるけど、あの態度からみてよほど嫌われていたのだろう。ここに置き去りにすればオーガが始末してくれるし。女っておっかないねぇ。
どうする!? 馬に乗りながらもう一頭の馬を引いて、マルテ嬢を乗せて不馴れな槍で三台の馬車を護衛する!? ……無理だぁ!
……僕は勇者じゃないんだっけ。三台の馬車は先に行ってしまったし、誰も見てない。このまま放って置いて僕の陽動の為に……
僕は脱兎のごとく馬を走らせた。
「乗れ!」
まさか、見捨てるわけにはいかないよ。馬の一頭は諦める。帰りはルフィナと一緒に乗れば大丈夫だ。ツインテールも馬車に投げ込んででも乗せれば、護衛も何とかなる。
「乗れ!」
マルテ嬢に声をかけ、手をのばしても彼女は目の前の空間をつかむ仕草をするだけで、動こうとはしなかった。
いつまでも待っていられない! 僕は馬を降りて彼女を抱き抱え、尻を押して馬に乗せる。力の抜けたマルテ嬢は、乗せた反動で向こう側に傾くほど呆けてしまっていた。
「しっかり捕まれ!」
虚ろな目の彼女に、僕の声は届いただろうか。今まで自分が特別な存在と信じてのが、脆くも崩れ去った今、彼女の心の拠り所はどこにあるのか。
彼女へのサービスタイムはお仕舞い。僕は右手に手綱と槍を持ち、左手は彼女が落ちないように僕の前に回した手を押さえる。これで前の三台に追い付き護衛なんて…… これが僕のモテ期なのかよ!?
僕は全力で前の馬車を追いかける。背中に悲しみの女を乗せて。
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