異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百三十六話

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 「プリシラさん、ありがとう……」
 
 「なあに、いいって事よ」
 
 
 僕とマルテ嬢は辛くも魔族の追撃を交わしルフィナとの合流地点に向かっていた。そこには影のレイナちゃんと白百合団の馬車も来ており、逃げ出し怪我をした人たちの回復に、ソフィアさんとロッサが頑張っていた。
 
 「そろそろ歩きたいのですがいいですか?   もうすぐ皆と会えるし……」
 
 「構わねえよ。歩きたかったら歩きな」
 
 馬は二頭、人は三人。馬一頭につき二人は乗れるから誰も歩かなくてもいいはずだ。僕は歩く事さえ許されなかった。この計算に答えられる人は少ないだろう。「君も挑戦してね」って感じかな。
 
 あの魔族が去った後、何があったのか言うのは今更ながら憚られる。言う必要もないだろう、何があったかなんて!
 
 この中で唯一、魔族には感謝する事がある。魔族の女、アルマ・ロンベルグが実験と称して魔力を流し込んでくれた事を。最後に流し込んでくれたお陰で、何とかプリシラさんに食い殺されなくて済んだ。もし魔力を吸われてペティナイフになっていたかと思うとゾッとする。
 
 事がなし終わると、いつもの通り朝だった。魔族にボロボロにされ、僕はプリシラさんにズタボロにされ、気持ちのいい朝を迎えた。
 
 マルテ嬢は可哀想に馬上で失神していた。よほど怖かったのだろう。いったい何を見たんだか。プリシラさんはマルテ嬢の馬を隣で引いて合流地点に向かった。
 
 さて、答え合わせをしよう。
 馬にはプリシラさんとマルテ嬢が一頭に一人づつ。僕の場所は地面だ。昔の西部劇で良くあるやつ、善人がロープで腕を縛られて馬に引きずり回されるやつ。
 
 答えは、馬一頭に一人づつ。引きずられている人は一人。当たった人はいるかな?   簡単な問題だったね。
 
 「何をブツブツ言ってやがんだ。せっかく乗せてやんのによ」
 
 優しいプリシラさんには、引きずられて歩き出そうとした僕を呼び止め、後に乗せてくれたんだ。残念な事に魔族の拷問で服はボロボロになって着れる部分なんて残っていなかった。
 
 僕は大事な所を隠す為に必要以上にプリシラさんに抱き付いたら、さきほど拷問じみた事をした女とは思えないほど、恥ずかしがっていた。
 
 「プリシラさん、ありがとう……」
 
 「な、なあに、いいって事よ」
 
 
 ルフィナとの合流地点には影のレイナちゃんと白百合団も集まって、ソフィアさんとロッサが怪我人を治していた。本当なら馬車に乗って、後方にある街に向かっている予定だったが、僕の事が心配で引き返してくれたそうだ。
 
 一番の心配はアラナとオリエッタだった。やはり魔導砲は修理出来ず爆発に巻き込まれてしまっていた。二人もと怪我の程度はかなりの物だったが、プリシラさんが助け出し、今はソフィアさんの治癒魔法で完治し馬車で眠っている。
 
 今回のラウエンシュタインでの件は誰が死んでもおかしくなかった。今後はもっと激しくなるはずだ。僕は団長としてどこまで出来るのだろうか。
 
 前世では魔王を倒す所までは全員が生きていたけど、今回も同じとは限らないか。前世の記憶とは少しずつ違う今世。薄れた前世の記憶だけれど、前世では北半球に居たのに、今世で南半球に居るのだけは間違いない間違いだろ。
 
 僕達は馬車を並べて一路、ラウエンシュタインの南にあるルネリウスファイーンの街に向かった。来た道を、水着に着替えて遊ぶ直前で戻るなんて、よほど海に嫌われたのか、神の仕業か。
 
 
 
 ルネリウスファイーンの街はラウエンシュタインに行くときにといって来た街だ。ラウエンシュタインから南に行くには大きく三つの道に別れる。
 
 ルネリウスファイーンは王都に一番早く一番大きな街で他の東西にある街は中堅処になるかな。東はエトバァールタバウルで西にはアンハイムオーフェンがある。
 
 ハルモニアに入って気付いた事だが、こちらの国の人や街の名前は長い!   とても覚えきれたものじゃない。ルネリウスファイーンだと!?   新宿とか原宿とか、覚えやすく短いのにしてくれよ。    ……行った事ないけど。
 
 ルネリウス……   以下略、にはラウエンシュタインから逃げて来た人達でごった返していた。街の中も魔王の進攻が始まったと雰囲気がピリピリしている。
 
 「ここまで来て、これからどうする?」
 
 僕達はまだ傭兵ギルドから正式に依頼をされて戦った訳ではない。もちろん今回の戦闘は事後報告で、多少なりとも報酬が貰えるが正式契約の比ではない。
 
 「これから傭兵ギルドに行って正式に契約して来ます。おそらくここ、ルネリウスで戦う事になると思うので皆さんは休んでいてください」
 
 「ああ、こいつらはどうする?」
 
 顎をしゃくって三台の馬車を見た。ラウエンシュタインから逃げ連れ帰った五十人の女性たち。怪我は治ったし死人も出なかったけれど、捕まっていたから着の身着のままだ。
 
 「どうって言われても……   連れて歩く訳にもいかないし、ここが戦場になるだろうから早く逃げてもらうしかありませんね」
 
 「……つまんねえな。当たり前過ぎてつまんねえ」
 
 はぁ?   「当たり前」ってのは「つまんない」って相場が決まってるんだよ。どうすんだよ、五十人も!?    娼館にでも売るのか?   愛人にでもするのか?    あのオバチャンは違う意味で、白百合団に欲しいけど……
 
 「仕方がないですよ。戦う事が出来ないなら、逃げるしか無いですからね」
 
 「そうだな、逃がしてやろう金を持たせて!」
 
 何を言ってるんだこの人は。そんなお金がどこにある。僕の財布の中身を見せようか。銀貨どころか銅貨しか入ってないよ。
 
 「この前、倒したサンドドラゴンの金が入ってるだろ。その金を使えばいい」
 
 「使えばいいって、使っていいんですか?   団のお金ですよ」
 
 「この後、デカい戦になるんだろ?   そうなれば稼ぎたい放題だぜ。前祝いにパァ~っと使っちまおうぜ」
 
 なんて男前な事を言うんだ。もしかして江戸時代からの転生者か!?    宵越しの金は持たねぇのか!?    確かにサンドドラゴンのお金は入ってるだろうし、当座のお金を渡しても大丈夫な蓄えはある。
 
 連れて歩いたり、その後の事を心配するよりマシかな。お金を渡して逃げてもらった方が僕としても気が楽か。    ……何人かは残しておきたいけど。   
 
 「分かりました。使っちまいましょう。一人あたり五十ゴールドでどうですか」
 
 「ケチ臭え事を言うなよ。百だ!   一人あたり百でいこう」
 
 こいつ自分の懐が痛まない、役所の人間かよ。サンドドラゴンで倒した金のほとんどが無くなるぞ。僕の剣のお金も無くなる。また中古で我慢しないと。
 
 「分かりました!   一人、百ゴールド!   一人では運べないのでプリシラさん手伝って下さいね。クリスティンさんも一緒にお願いします。お金を出してる間に契約をしておいてください」
 
 「あたいは酒が入ってるからパスだ」
 
 てめぇ、お前が言い出したんだろうが!   いつの間に飲みやがった!    仕方がない、これ以上は言っても無理だろう。僕は三台の馬車に向かって事の次第を説明して、あのオバチャンとルフィナに運ぶのを手伝ってもらった。
 
 傭兵ギルドの受け付けには長蛇の列が並び、お金の出金だけの僕達は、クリスティンさんより早く終わって先に馬車の元へ帰る事にした。
 
 僕は馬車で逃げて来た人達、一人一人にこれからの事を話し金貨を与え特定の女性の乳を揉んだ。一部、ウソがあったがそんな感じで、それ以上の深入りを避けた。
 
 深入りを避けたのに、寄って来る変わり者はいるもので……
 
 「わ、私を白百合団に入れてください」
 
 マルテ・ローザリンデ・ラウエンシュタイン。あの性格悪女が何故にそうなるのか。剣も振るえなければ盾も持てない、華奢な体で傭兵なんか勤まるものか。
 
 どうせならオバチャンの方がいい。僕が熟女好きな訳では無く、純粋に傭兵団としてお母さん的な立場の人がいればメンバーも喜んでくれると思っての事だ。その時には歓迎するが絶対に団則は適用しねえ。
 
 「マルテ様、僕達は傭兵でとても貴女を入れる訳にはいきません」
 
 「私だって戦えます。ご飯だって作れるし縫い物だって出来ます!   一緒に連れていってください」
 
 一緒にか……   よほどラウエンシュタインに置いていかれた事が心に傷を付けたのか。だが戦えない者は連れて行けない。
 
 戦いかぁ……
 
 「マルテ様、貴女を臨時に白百合団に入れます」
 
 「ほ、本当ですか!?」
 
 「本当です。貴女にはやってもらいたい事があります。貴女にはケイベック王国に行って軍を動かしてもらいたい」
 
 「えっ!?   ケイベック王国軍をですか……」
 
 「はい」
 
 マルテ嬢はハルモニアの貴族だ。父親の事を領主でも爵位でもなく城主と言っていたから、おそらくラウエンシュタインはハルモニア王家の直轄領なのだろう。
 
 それならばそこら辺の貴族より発言力は大きいに違いない。そんな人の娘がケイベック王国へ行って交渉するには十分だ。それにラウエンシュタイン城が落ちた時の事を話せば言葉の重みも違ってくる。
 
 「貴女は剣も盾も使えません。だけれど貴女は貴族です。貴族には貴族の戦い方があります。魔王の軍勢は強大です。とてもハルモニア一国で何とかなるものではありません。どうしてもケイベックの力が必要なんです。貴女の力が必要なんです」
 
 僕は彼女の両肩を抱いて言った。ケイベックの力は必要だけれど、僕にはケイベックへのコネが無い。彼女にその力があるか分からないが、今は彼女に頼るしか無いのも事実だ。
 
 マルテ嬢は僕の目を見て話を聞いてる。まるで恋する乙女のように……    あれ?   失敗したかな。
 
 「行きます。行って必ずケイベックを動かしてみせます。どんな事をしても……」
 
 僕はマルテ嬢に護身用のナイフを一本と、影の一人を護衛に付けた。正直、影を一人マルテ嬢に付けるのは情報収集能力が不足すると思っていたが、影さんから面白い事を聞けた。
 
 影の六姉妹のダークエルフは意識の共有が出来るそうだ。それがあると遠く離れていても会話が出来るスマホのようなもの。
 
 何で言わなかったのかと問いただすと、そうなると一人の影が専属で側にいる事になるのを恐れたそうで、戻って会う理由が欲しかったそうだ。
 
 その辺りは上手く回してやってくれと、言ってはみたものの「良き人」の側にはいたいもんね。つまり僕の側がいいらしい。良い影を持って僕は幸せ。
 
 幸せな時間も過ぎ去ると現実の世界へ、ひとっ飛び。正式契約をしたクリスティンさんが帰って来た。
 
 
 「……次の戦場はアンハイムオーフェンです」
 
 ……せっかくここまで来たのに。
 
 
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