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第百四十七話
しおりを挟む本名リヒャルダ・シェーンハイド、バスターソードで気絶させ、その腹いせなのかリバースを二回も喰らわせてくれた若干十三才の土魔法使い。
この世界で十三才なら働いていても不思議じゃないし、結婚だって問題ない。労働監督基準庁だって働けと応援してくれるくらいさ。
そんな彼女にお酒を飲ませたのは不味かったね。きっと飲み慣れていないのだろう。それともプリシラさんが飲ませ過ぎたか。
ベッドに寝かせ、寝顔を見るとまだ戦うなんて出来ない年頃に見える。傭兵なら十才の子供でも剣をもって戦っているのを知っているが魔法使いでは初めてだ。
魔法を使うくらいだから勉強もしたんだろうし、この若さで戦場に来なくてもと思うのは、僕が年をとったからか。
「初陣だってよ」
プリシラさんがタオル一枚巻いている姿で腰に手を当てながらエールを飲み言った。相変わらずのプロポーションだ。この子がいなかったら押し倒したい。
「冒険者ですか?」
「ああ、登録したらすぐに徴兵されて今じゃ傭兵だよ。まともに戦う事も知らずに傭兵だなんてな……」
戦う事も知らず、きっと恋する事も知らずに戦場に立つなんて、嫌だねえ戦争は。
プリシラさんは僕の前で前屈みになって寝ているリヒャルダの髪を直してあげていた。むむむ、見えそうだ、もう少しだ。
タオル一枚だけを巻いているプリシラさんは、まるで超ミニスカート状態。もう少し下の方なら、後ろに回れたのなら……
この宿屋の椅子は安物らしく座面が良く滑る。体がスルスルと下の方へ滑ってしまうよ。座面にお尻から腰の方まで滑って困る。もう少しかな。
「なあ、ミカエル……」
椅子にはちゃんと座りましょう。僕は神速で元通りに座った所でプリシラさんが振り返って続けた。
「こいつ、何とかならねえか……」
「な、何とかって?」
プリシラさんはベッドに座り足を組んで遠い目をするように続けた。惜しかったが、組んだ足も良し。
「十三で戦争は早いだろ、あたいだって初めては十五だったぜ。もう少し子供でいさせてやってもいいんじゃねえか」
同情かな。プリシラさんらしいとも言えるよ。だけど、これは戦争で負けたらお仕舞いな戦争なんだよ。負けたからって生きていけるとは限らない魔物との戦争。
「彼女にはルフィナのサンドドラゴンの台座を作ってもらった後には、オリエッタの護衛を任せるつもりです。死なせない約束は出来ませんが、前線に出さない約束は出来ますよ」
プリシラさんは彼女の髪を触りながら「それでいい」と言ってくれた。本当は逃がしてあげたいのかな。契約した以上、敵前逃亡は死刑になる。せめて少しでも遠くへ。
僕は着替えて部屋から出た。その間、プリシラさんはリヒャルダの髪をずっと撫でていた。きっと思う事がもっとあるのだろうけど、僕は聞けなかった。
昼も大きく過ぎた時にプリシラさんとリヒャルダちゃんは部屋から作戦会議をしている酒場まで降りてきた。リヒャルダちゃんはすでに元気になって僕を見付けると駆け足で階段を降りて来た。
「ご、ごめんなさい。服を汚しちゃって……」
お酒は初めてだったのかな。それともプリシラさんに飲まされ過ぎたとか。社会人一年目は先輩に付き合わされたりするもんだよ。
「大丈夫ですよ。元気になったのなら、さっそく働いてもらいたのですが平気ですか」
「大丈夫です。すぐに行けます」
若いっていいね。元気があってお酒にも強くて。僕はリヒャルダちゃんとルフィナ、オリエッタを連れだち宿屋を出て砲台となる場所に向かった。
「あたいには、向かい酒だ」
お前は飲んでろ、そして酔い潰れて襲わせろ。
このリヒャルダちゃん…… 十三才だから「ちゃん」付けでいいかな。
このリヒャルダちゃん、思っていた以上の魔法使いだった。年齢からいっても魔法学校を卒業するのには早いのに才能さえあれば飛び級もあるみたいだ。
オリエッタの砲台を作ってもらう為に接収した二階建ての家の中を土で満たし、上部は平らに直して階段まで付けてくれた。
ルフィナのサンドドラゴンを配置する場所には家が何軒か建っていたが、それも魔法の一言で平らにしてしまった。
この世界の建築屋さんは商売上がったりだね。土魔法があれば家だって橋だってあっという間に出来ちゃうんだろう。
治癒魔法もそうだが、魔法が発達したぶん科学が疎かにされているんだね。レールガンだって科学を応用して魔法で駆使しているから、基礎的な科学があれば現代の科学力を魔法で越えそうだ。
「お疲れさま。後は戦闘が始まったら砲台の所でオリエッタを守って下さいね。壁か何かを出せますか?」
「はい、壁も作れますし六メートル級のゴーレムを三体出せます」
この娘は天才肌なんだろう。普通なら六メートル級のゴーレムは一体でも出せれば一流と呼ばれるのに、それを三体も出せるなんて超一流か。軍団長も良い人材を貸してくれたものだ。このままもらっちゃいたいなぁ。
「トロールと殺り合える六メートル級を出せるなら安心です。それを三体も出せるなんて凄いんですね」
リヒャルダちゃんは恥ずかしそうに下を向いてから、僕の方を向き直るとVサインを出して笑っていた。可愛いなぁ、若いなぁ、純粋だなぁ、僕にもこんな時はあっただろうか。若い頃は有ったけどね、今じゃ汚れちまったか。
ルフィナとオリエッタにはそれぞれの配置で待機してもらい、僕とリヒャルダちゃんは宿屋へ戻った。僕達、第三軍独立遊撃隊の幹部である白百合団は宿屋に泊まっているが、他の隊員は城壁内で手の足りない土木作業に従事しているはずだ。偉いっていいね、ベッドで寝れるし。
「ただいま戻りました。 ……ここに居るはずの酔っぱらいはどうしました?」
「ベッドで寝てまふ……」
ソフィアさんも眠そうですね。お酒が強くないのに皆に付き合ってご苦労さまでした。ゆっくり出来るのは今日までかな。明日か明後日には攻めて来るだろうし、今はゆっくりしてください。
僕がここに居る三人を運ぼうとすると、リヒャルダちゃんが手伝いをかって出た。呪文を唱えると簡単に一メートル級のゴーレムを三体作り、クリスティンさん、ソフィアさん、アラナを背負わせて二階に上がって行った。
この娘、マジ欲しい。ラウエンシュタインから逃げ出すときに欲しいと思った「おばちゃん」とは違った意味で欲しい。
リヒャルダちゃんのゴーレムの扱いは大したものだ。一メートル級の動きを見ても魔法で別に動かしていると言うより自然の中で動かしている感じが可愛い…… いや、素晴らしい。
プリシラさんも気に入ってるみたいだし、この魔王軍との戦が終わるまで白百合団で預かれないだろうか。ここが一段落したら軍団長に話してみよう。
三人を部屋に押し込みベッドに寝かせてから、リヒャルダちゃんには食事を取ってもらう為に酒場に戻ってもらった。
戻ってもらう本当の理由はプリシラさんだ。僕はこれから寝ているプリシラさんを起こして「お願い」をしないといけない。
別に難しい事じゃないんだ。使っていない予備のハルバートを貸してもらうだけ。普段、使っていないし、予備が二本あるのも知っている。
「使ってないから貸して」が通用するなら苦労はしない。「貸してやる、ただし……」があるから怖いんだ。
とてもじゃないけど、リヒャルダちゃんには刺激が強すぎる。この辺の事を考えると団員に招くのは考えてしまうね。輪番を一人だけ外すのは構わないけど、団の中で一人だけ外すと疎外感が生まれそうだし。
むしろ輪番を完全停止にするか…… まだ命が惜しい。どっちにしても命懸けになる選択肢しか残されていないのは辛いね。
僕がプリシラさんを起こして「お願い」をすると、「ただし……」がやってきた。リヒャルダちゃんを外しておいて正解だった。
ド派手な声に口をふさぐ事も出来ずに、起き出したメンバーが我先にとやって来た時はベッドが重量オーバーで壊れるんじゃないかと思うくらいだ。
隣の部屋の人に聞こえているんじゃなかろうか。せめて下の酒場には聞こえて欲しくない。
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