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第百五十話
しおりを挟む揺れる地面、震わす大気。巨人が雄叫びをあげながら僕に向かって走り出した。見上げるばかりの巨体が迫ってくるものには恐怖と絶望感が漂う。
プリシラさんから借りた長さ二メートルを越えるハルバート。オリエッタ自慢の超振動付きで盾も鎧も簡単に切り裂く事が出来る。
その為に通常のハルバートよりかなり重い。僕が振るうには少しばかり手間取りそうだ。だが、僕も神速持ちの傭兵だ。勝てる絵は描けてるんだ、下手だけど。
ハルバートの長さなら巨人の「ふくらはぎ」くらいまでは狙える。ギリシャ神話に出てくる勇者アキレスだってアキレス腱を狙われて敗北したんだ。この巨人にだって通用する、と思う。
前回の戦いでは足の爪の間に槍を差し込む形で追い払ったけれど、あれは僕のガラスのハートを砕く攻撃だ。それに今回は仕留めなければ戦には勝てない。
アキレス腱を切り、膝を着かせ、出来るだけ頭を下げさせる。下がった所で首の頸動脈を切り刻めば、いくら巨人と言えども出欠多量で死んでくれるだろう、と思う。
思う、思う、だけの答えしか出ないが、あんなデカいのと剣を交えようとする事態が間違いだ。あれは魔法に弱いのだから、遠距離から魔法の集中攻撃が安全に倒せていいと思うよ。
切り札はある。作戦も決まった。僕がハルバートを握り直して構えると、巨人が飛んだ。
思わず見入ってしまう。飛んだより跳ねたが正しいけれど、あの巨体が見上げるほど天高く上がる様は飛んだと言えた。飛べば落ちる。ニュートンさんのリンゴのように。問題は落ちてくる場所が僕の上。
巨人は足を揃え、まるでストンピングをするように遥か上空から僕を目掛けて落ちてきた。
神速!
いくら巨人が大きく早くたって僕ほどの速さは出ない。余裕をもって距離を取ったつもりが、巨人の着地と共に揺れる大地に、ハルバートを落として四つん這いになって慌てた。
巨人が巻き上げた砂煙も凄いが、立っていられないほど大地が揺れる。この揺れは進軍を始めた魔王軍を停滞させるほどだった。
広域心眼!
砂煙の中でも的確に見える心眼を使って、僕はハルバートを引きずりながら神速で巨人の足に迫り、両方のアキレス腱を断裂した。
伸びていたゴムが切れるように前のめりになって倒れる巨人。僕はその隙を逃さず足に飛び乗り尻を越え背中を走って首まで跳ねた。
「斬れろ!」
全力で撃ち込んだ超振動のハルバートは首の三分の一を切り裂き噴水のごとく赤い血が吹き上がった。僕はそれをモロに受けて全身血まみれ気持ちが悪い。
「うえぇ、ぬるぬるする。ルフィナだったら喜ぶのに……」
気持ちの余裕か独り言が出る。余裕とはいかないまでも勝てる算段が付いてきた。僕は次の巨人を仕止めようと広い所へ見付かるように出た。残り四体。
次の巨人は少しは賢いヤツだったのか、僕を見付けると地面を蹴りあげ土を砲弾のように僕に喰らわせた。
神速モード・ツー!
僕は地面すれすれを走り抜け土が壁のように向かってくる下をすり抜ける。巨人が上げた足を戻す前に、足の下でハルバートを振るい足の裏を縦に切り裂いた。
「ぐおおぉぉう!」
鼓膜が破れるほどの悲鳴をあげ巨人はひっくり返った。追い討ちをかけたいが下から見上げると、何処に何が落ちてくるのか、まったく分からない巨体が倒れて行く。
倒れてしまえば巨人だって殺れるんだ。僕は巨人の足に乗り膝から太ももを過ぎた時に気が付いた。
こ、こいつ、あそこが無いぞ! 男なら付いているものが付いてない。もしかして女か!? 巨人の女だったのか。巨人に性別があるのだろうか。今までの巨人はどうだった!?
僕は巨人の腹から胸に至って筋肉質なのに気が付いた。胸は筋肉の形が出るほど体脂肪率が低そうで、とても女性には見えない。
筋肉質過ぎる女なのか、付いて無い男なのか、巨人は「おなべ」か「ニューハーフ」だと結論付けて、僕は二体目の首を刈った。残り三体。
残り三体は身構えた。思っている以上に手強い相手と思ってくれたんだろう。光栄な事だ、こんな小さな人間を強敵と認めてくれたんだから。
僕は立つ、ハルバートを地面に突き刺し胸を張って堂々と。例え体が小さくとも僕は戦える。神速を使い弱点を突き刺し命を奪う。人間様を舐めるなよ。
ジリジリと囲むように、にじり寄る巨人達。この小さな人間が二体の巨人を倒したから。侮れない相手だと、倒さねばならない敵だと本能が勘づく。
「二体目も倒したのはついでだよ。君達がリッチの側を離れた時から勝負は決まっていたんだよ」
僕は聞こえないかも知れない言葉を巨人に投げ掛けた。
「そうでしょ。ねぇ、オリエッタ」
僕の頭上をシルバーグリーンのオリハルコンでコーティングされた弾丸が音速を越えて巨人を貫く。長距離にも関わらず命中した所から爆発したように吹き飛んだ。
「惜しいね。左手だったよ。 ……任せてもいいんだよねオリエッタ」
僕が見上げると、次の弾丸が青空を切り裂くように舞い、それは左手を失った巨人の胸に大穴をあけた。
一体が殺られた時点で、いや、この場に引きずられた時点で巨人の負けは決まっていた。僕は巨人を引き付けておけばいいだけ。
三体の巨人のスコアはオリエッタに持っていかれたけれど、すでに僕が倒した二体以外のスコアは持って行ってるんだから、少し増えたくらいどおってことは無い。
オリエッタならスコアを嵩にかけて酷い事はされないからね。他のメンバーなら…… 特に赤いストライプの金髪女がヤバい、それと悪魔のネクロマンサーが何をしでかすか分からない。
三体の巨人が狙撃され、僕は帰り血を浴びた体を洗うことも出来ずにシュレイアの西門を目指した。
ソフィアさんとは西門に着く前に神速を使って追い付いたけれど、僕の姿に驚いて落馬させるところだった。
「団長! 血だらけじゃないですか!? 大丈夫なんですか!?」
馬と並走が出来るくらい大丈夫です。巨人の血は僕を真っ赤にしているからね。後で井戸から水を汲んで洗わないと。
「問題、無いです。敵の進行も始まってるみたいですね。後で手を貸して下さい、この血を洗い落としたい」
「はい。 ……団長、この後はどうなるんですか」
この後か…… 巨人を全て撃ち取った事は大戦果だ。オリエッタには後で頑張らないといけないな。ソフィアさんがリッチを倒せ無かったのは計算外だったけれどオーガ達に恐怖を与え数も減らしているのはいい事だ。
「この後もオリエッタとルフィナには狙撃をしてもらいます。サンドドラゴンの魔岩を押さえる為にも打ち勝ってもらわないと。その後は城壁を守る戦いになりますね。プリシラさんが楽しみに待ってると思いますよ」
「……そうですね。 ……あの、……勝手に撃ってごめんなさい」
それに付いては僕にも責任がある。あんなに近付いていたのなら無理はない。あのソフィアさんを抱き上げる様にして座り、固定をするために腰を引き付けていたのだからね。もう一度、あんな事があったとしても同じ事を繰り返す自信が大いにある。
僕達は西門をくぐり抜け、守っている第四軍団にソフィアさんだけ歓喜の声に包まれた。僕の方にはタオルの一枚さえ渡される事は無かったんだよ。
僕は一人ぼっちで井戸から水を汲み上げ、煩悩を取り払うかのように頭から水を被り、途中から般若心境でも唱えたろうかと、思い始めた時にソフィアさんからタオルを渡された。
小さなタオルでは短い髪と顔を拭けるくらいで、服や革鎧は自然乾燥に任せようと思っていると急にソフィアさんが抱き付いて来て潤んだ目で僕を見上げた。
……分からん。このシチュエーション。何でここでキスシーンがあるんだろうか。必要なのか? シーンがバラバラになって繋がりは? だけど、折角なので僕は見ている人が感動を覚えるようなキスんした。 ……繋がりは編集で何とかしてもらおう。
シーンが変わってリヒャルダちゃんのアップから……
「お疲れさまでした」
ここに来るまでにソフィアさんを抱き上げて神速を使い、少しばかり息切れがしたのはソフィアさんが決して重い訳ではない。少し待ってはみたものの脚本に「リヒャルダちゃんとの再会のキス」は無さそうなので話を始めてみた。
「ここの状況を教えて下さい」
リヒャルダちゃんは要領よく説明してオリエッタの活躍を話してくれた。巨人を倒した事は知っているが、魔王軍の進行で発射地点が派手に分かるここは一番の標的になっている。それをゴーレムを使ってオリエッタを守った事には一言も触れなかった。もう少し、自己主張をしないとね。
「引き続きお願いします。ヤバくなったらオリエッタに従って下さい」
僕は三人にこれからの指示を出して別れた。魔王軍は城壁に食い付いた様で各軍団が城壁の上に登り戦い始めた。
急がないとプリシラさんが突撃をかけるかも知れない。
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