異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百五十六話

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 「えっ!?    僕がですか」
 
 至福の時間を「今度は僕もスコアを上げたッス」と言って入ってきたアラナに邪魔され、少々ご立腹なクリスティンさんと三人で続きを楽しんでいたら、「そう言えば団長を軍司令が呼んでたッス」と喘ぎ声混じりで重要な件を後回しに話してくれた。
 
 
 こんな時に呼び出さなくてもいいのに。せめて思い出すなら、全てが終わってからにして欲しいが聞いてしまった以上は急いで会いに行かないと。
 
 モード・スリーで二人を沈黙させて僕は軍司令がいる中央の領主の屋敷に急いだ。街中は北門付近と違って静かなものだ。街の人は逃げ出したのだろうか。
 
 領主の屋敷に着き、軍司令からの挨拶も無しに僕は第三軍の軍団長に任命された。第三軍の軍団長はサイクロプスの急襲により戦死なされたらしい。本当ならハルモニアの貴族か騎士が軍団長に選ばれるはずなのだが、それに見合う人間は死んだか逃げ出したようだ。
 
 「僕は傭兵ですし、アシュタール帝国の貴族でもあります。ハルモニアの軍団長になるのは……」
 
 「構わんよ。今はそれを言っている場合でも無いのでな。各軍団を再編成しても二軍ほどにしかならん。しかも第三軍にあてがわれるのは百名たらずだ」
 
 一軍を構成する人数は二百人となってるはずだ。それが二軍しかならない上に僕達の軍団が百名なら全軍で三百人か。
 
 僕の知らない所で五百人も殺られていたのか、城壁を越えさせなかっただけでも良かったと見るべきなんだろうね。
 
 「敵も壊滅的な打撃を受けてはいるが、我々はシュレイアシュバルツを放棄する。今、王都に参集している味方に合流する。シン殿は明後日にここを第三軍を引き連れて王都に移動するように。以上だ」
 
 結局、殿をするのね。その為の旅団単位の軍団長かよ。厄介払いじゃないだろうな。それにしても決断が早すぎじゃね。
 
 「不服か?    隣のアンドルフの街は早々に落ちたそうだよ。これで王都までの道が繋がった。ここの戦略的な意味合いは薄れ王都に全軍を集め戦う。貴公も遅れぬ様にな」
 
 ノルトランドに繋がるネーブル橋を所有するラウエンシュタインからここまで、負けた感じはしないけれど戦略的には負け続け僕達は王都まで撤退を余儀なくされた。
 
 しかも最後には殿を勤める羽目になるし、楽な戦はないんだねぇ。今日、明日と敵が攻めてくるほどの戦力はないだろうから、ゆっくりと王都までいけるだろうけど、攻められるかも知れない移動は心地よい旅にはならない。
 
 「了解しました。第三軍は明後日、出発いたします」
 
 この後、嫌な報告を第三軍に伝えないといけないけれど、それはクリスティンさんに任せよう。生き残った遊撃隊はクリスティンさんの為なら死ねる人ばかりだし合流する第三軍の生き残りの数も多くない。
 
 今日、明日はきっと暇になるくらいだろう。敵の被害も大きく白百合団の戦力なら簡単に相手が出来る。問題があるとすれば簡単に倒せるくらいの戦力しか敵に残っていないこと。
 
 きっと忙しくなるぞ、僕だけ。この二日間で眠る時間が取れるだろうか。いや、生き残れるだろうか。街は放棄するから何をしても平気だし、暴れ放題なんて知れたらルフィナが何をするか分からん。    ……まずはルフィナだな。僕は対策を考えつつ領主の屋敷を後にした。
 
 
 
 「僕が第三軍の軍団長に任命されました」
 
 沈黙は金なり。遊撃隊の所に戻って白百合団の全メンバーとリヒャルダちゃんに報告しても拍手も無しか、もう少しリアクションがないと芸人としては失格だよ。傭兵としてはいいんだろうけど。
 
 「それで……」
 
 冷たいなぁ。一時的とは言え出世したんだから、もう少し労いの言葉とか祝福のキスとか無いのかね。
 
 「そ、それでですね、僕達は第三軍に編入して残存した兵力を合わせて第三軍となります。最初の任務は明後日まで、シュレイアシュバルツの街の防衛になります」
 
 「それで……」
 
 「そ、それで……    街の防衛ですが敵も壊滅的な被害を受けているので攻めては来ないでしょう。明後日になったら僕達も王都まで後退します」
 
 「それで……」
 
 それだけだよぉ。それだけだ言えば何をするか分かるだろ。何年、傭兵やってんだよぉ。なんで睨んでくるんだよぉ。逃げたくなるだろ。
 
 「そ、それまでは、待機ですね。ドロンだけ飛ばして索敵さえしてれば……」
 
 「それで!」
 
 何か良い忘れた事があったかな?    もしかしてご飯かな?    炊き出しはやってもらえるし、宿なら無人だから何処を使っても構わないはずだ。
 
 「あ、後は自由行動で……」

 ハルバートを握り締めて僕に近付くプリシラさん。やっぱり報酬を払うのね。でも、先にルフィナに払わないと街が破壊される。
 
 「さっさとしろよ」
 
 耳元に口を近付けささやくように死刑宣告。プリシラさんらしいが、街が壊されるのは不味いよね。僕は助けを求めるようにルフィナを見た。
 
 「我は忙しいのである。貴重なドラゴンの血を回収しなくてはならないのである。我は後でいいのである」
 
 助かったような、助かって無いような。これで街が破壊される事はないだろう。良かったと思いたい僕以外が。
 
 僕はプリシラさんの後を付いて行く。もちろんハルバートを拾ってからだ。後の事はクリスティンさんに任せておいて大丈夫だろう。
 
 「さっさと来いよ!」
 
 後ろから付いて行くのが気に入らないのか、少し声を荒げて言われたが隣を歩けば腕を組んできた。見ればサイクロプスの炎で焼かれた服が良い味わいを出し、もう少し後ろから見ていたかったが怒らせるのは得策じゃない。
 
 しばらく歩いても広場や壁外に出る様子がなかった。お互いハルバートを持って武装して歩いている傭兵なんて、普通の人が見たら恐がられるだろうが僕としては気分がいい。このまま何処かの無人の民家に入ってくれたら、もっといい。
 
 「急ぐぜ……」
 
 やっぱり殺るのか……     僕とプリシラさんは壁の近くのちょっと開けた所で向き合った。ハルバート対ハルバート。神速対ライカンスロープ。たまには本気出してみるか。
 
 「急ぎましょう。一分で終わらせますよ」
 
 「舐めるな、腐れ!」
 
 怒りの咆哮と共に黄金のライカンスロープに変身するプリシラさん。それだと着エロの風味が消えるから嫌なんですよね。まあ、その柔らかい毛並みのプリシラさんもいいですが……
 
 「死ね!」
 
 断る!    神速の僕さえ避けるのが精一杯な一撃を連打で振り回すハルバート。僕はモード・ツーで反撃した。
 
 上段から下段。突きを合わせた接近戦からの柄を使っての打撃。今度はプリシラさんが防戦一方に押し込んだ。
 
 「どうですプリシラさん。ハルバートもなかなか使えるでしょ」
 
 「くそっ!    いつの間に出来る様になりやがった!    まだ、まだ終わっちゃいねえぞ!」
 
 空気を震わす怒りに咆哮、再び。今度のは違う。プリシラさんの黄金の毛が逆立ちオーラのように金色の光が吹き出していた。
 
 「プリシラさん、ごめん、冗談です。少し調子に乗りました、許して」
 
 あれは不味い。きっとサイクロプスの炎を消したのに通じる物があるはずだ。モード・スリーと心眼で対応してもいいけど、いきなりの実戦はしたくない。
 
 もっと早目に気絶させるくらいの事をしておけば良かった。そうすれば着エロで楽しめたものを!    許されるはずもない。やはりモード・スリーか……    僕の趣味の為に死ね! 
 
 神速モード・スリー!    心眼!
 
 と、構える前に飛んできた光る皿?    それは僕の四肢の付け根を通りすぎるとルフィナが喜ぶくらいに派手に血を吹き出して僕は倒れた。まるでダルマのように手足が千切られて……
 
 「ぐわぁぁ!」
 
 いったい何がどうなった!?    プリシラさんが高速で飛ばした斬撃か!?    それとも魔族が攻めてきたのか!?
 
 「あのバカが。だから急げって言っただろ……」
 
 誰がバカだって!?    急げってなんだよ!?    痛みのあまり転げ回りたいが、手足が無いんじゃ転げ回ることも出来ない。
 
 「ぐぅ!    い、痛てえ、プ、プリシラさん、や、やり過ぎでぇずぅ」
 
 僕を覗き込むんで見ているプリシラさんの目は勝者の目より哀れみの瞳。プリシラさんが殺ったんじゃないのか。
 
 「だから、急げって言ったろ。あ~ぁ、スキップしながら来やがった」
 
 首しか動かせない僕からだとプリシラさんが向いている足の方向が見えない。音だけが聞こえる。ザザッ、ザザッと、悪魔のスキップが。
 
 「終わりましたかぁ」
 
 「終わってねえよ。まだ、これからだって時に何をしてくれるんだよソフィア!」
 
 やっぱりソフィアさんか!?    なんで邪魔をするんだ二人のラブラブな報酬に。それより手足を早く治して。
 
 「見合っていたから終わったかと。それにこの戦が終わったら私が報酬をもらえる事になってるんですよ。ねえ団長、そうですよね。ねっ!」
 
 そんな話もしたっけ。それよりも手足を治して!    かなり痛いんですよ。
 
 「ソ、ソフィアさん、早く治して痛い、痛いんですよ!」
 
 僕は首だけを起こしてソフィアさんの方を見た。ソフィアさんの周りには白く光る球体がプカプカと浮遊していた。まるで人魂、そっち系の力を手に入れたのか。ついに白魔導師のネクロマンサーか!?
 
 「ソフィアのそりゃなんだ」
 
 それは僕も不思議に思う。治癒系の白魔導師の人が使える物なのかな。光っているようだし、これで夜道も安心だね。早く治してくれ。
 
 「これはプラチナレーザーの変種だと思って下さい。一発のレーザー分で常時、八個の球体を浮かべておけるんです。さわると危ないですよ、プリシラさん。レーザーと同じですから手が無くなっちゃいます」
 
 レーザーは真っ直ぐな光り。確か光を凝縮してレーザーにしたとか、とんでも魔法なんだけどそれを今度は丸くして体の周りに浮遊させているのね。早く治してくれ。
 
 「使えんのか、これ?」
 
 「はい!    破壊力は見てもらった通りです。円盤状にすればスパスパ斬れますし、私が危ないと思えば自動で防御もしてくれるんですよ」
 
 破壊力は身をもって知ったよ。それくらいなんだから防御もしてくれるんだろうね。早く治してくれ!
 
 「それで、あたいの報酬の邪魔をした訳か……」
 
 「邪魔だなんて、とんでもない。優先順位を主張しただけですよ」
 
 お互いが、睨み合って付け入る隙がないね。早く治して。プリーズ……
 
 「お話し中、申し訳ありませんが死にそうなんですけど……」
 
 僕の気が遠退く前に両腕をソフィアさんの治癒魔法で治してくれた。あっけないね。
 
 「足は付けねえのか?」
 
 「足なんて飾りです。偉い人にはそれが分からないんです」
 
 
 シュレイアシュバルツを放棄し撤退するまで、僕は両足が無い状態で頑張った……    色々と。
 
 
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