異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百七十三話

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 夜の喧騒は何処へやら、祭りの後のなんと寂しい事よ。
 
 
 僕を主役にした祭りは終わった。正確には闇の剣は改訂までの間は、使用禁止となった。闇の剣を発動させる為の魔法呪文を変える為には、多大な労力を必要とし、その間は腐れの大鎌の使用が出来なくなる。
 
 今日にも魔王軍が攻めて来るのに、あれ程の剣が使えなくなるのは問題だ。結果、オリエッタソードと光の剣の使用は認められ、闇の剣は封印となった。
 
 その祭りが朝まで続き、僕は躍り疲れ眠った。まるで死人の様に……
 
 
 「生きてるか、てめぇ?」
 
 ルフィナの蔦を斬るのに首筋に沿って剣を入れればいいものを、真っ直ぐ差し込みやがって頸動脈を斬られるのはこれで何度目だと思ってやがる。
 
 「生きてますよ。詐欺師と呼んで下さい」
 
 頸動脈を斬られても生きてるのは、ソフィアさんの回復魔法とルフィナの日頃から取ってる血のリザーブがあったから。    ……あれ?    右手が無いぞ?
 
 「ソフィアさん!    右手を返して!    一人遊びに僕の右手を使うのは止めて下さい!」
 
 まったく、油断も隙も無い。いつの間に右手を取られたのか記憶も無い。僕は、まだある左手でソフィアさんの一人遊びを止めて治癒の魔法で右手を付けてもらった。
 
 今回は右手の付きが少し悪いし、それに何だかヌルヌルしている。僕は朝のシャワーを浴びようとバスルームに行くと、ルフィナが自分の蔦でグルグル巻きにされていたので違う家のバスルームを借りる事にした。
 
 
 
 「旅団!    集合!」
 
 動かぬ旅団。
 
 「……集まりなさい」
 
 キビキビと全力ダッシュで集まる旅団のメンバー。いつか死なす。一番ヤバい所に放り込んで見捨てる。僕は密かに心に決め、昨日の労いと今日にも攻めてくる魔王軍への対応を話した。
 
 僕の話は退屈なのか朝が早かったのかアクビをしていた、おバカさん二名はクリスティンさまのお逆鱗にお触れになった様で永眠する事になった。
 
 「……みなさん    ……話を聞けないようなら、死になさい」
 
 死人は無しで、そんな事を言われた記憶は薄れてしまったのだろう。最近のクリスティンさんは容赦が無さ過ぎる。女の子の日なのだろうか……
 
 こんな事をされてまでクリスティンさんに付いていく旅団のメンバーの心中が分からない。アンネリーゼ嬢も似たような「魅惑のカリスマ」で人を縛るがクリスティンさんは心臓を縛る。
 
 もう一度、クリスティンさんとは話をしよう。今度こそ「お尻祭り」で……    そう決めて訓示は終わった。
 
 
 
 僕はアンネリーゼ嬢の所に向かい朝のコーヒーを二人で楽しもうと思った。もちろんユーマバシャールの邪魔が入って会う事さえ出来なかったが、その代わりにフリートヘルムを捕まえた。
 
 元魔族の男。自分で自分の角を砕きアンネリーゼ嬢に忠誠を誓った男。だが簡単に信用出来ない。僕はあの時に言った記憶を読ませてもらう約束を、今ここで果たしてもらう。
 
 フリートヘルムは剣を持たず素直に付いてくる。これでルフィナに記憶を読ませて、魔王軍の内情とかを聞ければ少しは有利になるかも知れない。なにせ、僕達にはノルトランド自体の情報が少ない。
 
 旅団に連れて行ったフリートヘルムを待たせ、ルフィナを探せば居ない。訓示の時にも居なかったが、まだバスルームで縛られているのだろうか。
 
 僕は旅団のメンバーに場所を教えてルフィナを連れて来る様に命じたが、今度はキビキビと、まるで軍隊の様に動いて別人のようだったよ。
 
 しばらくして、フラフラなルフィナの登場。見た感じ無理そうだったのでフリートヘルムには、詫びを入れて帰ってもらった。
 
 フリートヘルムは「いつでも構わない」と言ってくれたが、それは記憶を読まれない術があるのか、本当に読まれても構わなかったのか僕には分からなかった。
 
 「昨日はよくもヤってくれたのである……」
 
 ヤった記憶は無いです。バスルームで縛られていたし服も着ていた。僕が無理矢理するなんて……    考えられなくも無いが昨日の状態でルフィナに手を出す余裕はバレリーナには無い。    ……と、思う。
 
 「ルフィナもクリスティンさんの罠にはまったんですよ。僕も騙されました。同罪ですし、元々はルフィナがあんな呪文にするのが悪い!」
 
 いくら可愛いとは言え、たまにはガツンと言ってやらないとね。ルフィナはシュンとして縮こまった所も可愛い。
 
 きっと昨日の事が思い出されたのだろう。なにせクリスティンさんの「不幸にも」を喰らったんだ。プリシラさんもアラナも喰らった避けられない力の前に、恐怖を覚えても無理は無い。
 
 ここは優しくフォローをして、こんな事が二度と無い様に優しく注意をするのが団長の役目だろう。久しぶりの剣を使わない団長らしい役目、僕はちょっと嬉しい。
 
 「あ、あんな事をしなくても良かったである。言えばいつでも行ったである……」
 
 あんな事ってどんな事?    昨日は生きるのに必死で良く覚えていないよ。右手が無くなった事さえ覚えていないくらいだったんだから。
 
 「あ、あんな事って……」
 
 「団長が後ろから口には言えない所を触っていたである。縛られていたので姿は見れなかったが、その大きな右手は色々な所へ……」
 
 あの野郎!    やりやがったな!    僕の右手を知らないうちに切り取って、挙げ句はルフィナと楽しんだだと!?
 
 許せん!    手に感触さえ残って無い悔しさ。この憤りが分かるまい!    何で付いてる時にしてくれなかったんだ!
 
 僕の手を誰が斬ったか分からないし、誰がルフィナと楽しんだか知らないが人の手を勝手に使うなよ。
 
 今回の被害者は僕とルフィナのようだ。ルフィナは自業自得だが、僕には酷すぎる仕打ち。いつか、いつか「お尻祭り」をヤってやるぞ。僕が心に誓い、ルフィナをそっと抱き寄せると敵軍来襲の報告があがった。
 
 
 
 「魔王軍が来たようです。皆さんお願いします」
 
 アンネリーゼ嬢の前に軍団長の三人と旅団長の僕が並び最後の作戦をまとめていた。作戦は簡単だった。無人の街中に入って来た魔王軍を街中に仕掛けた爆破の魔法で火達磨にする。
 
 入って来なければ、一番立場の弱い僕達がオトリとなって魔王軍を街中に誘導する。やっぱり傭兵の使い道なんてこんなもんだ。他にも中央や西側から遊撃隊が出るようだが、きっと傭兵に違いない。
 
 「シン旅団長には十分に働いてもらいましょう」
 
 嫌いな人に言われてもやる気なんて出ない。社交辞令が上手いのかアンネリーゼ嬢の前だからか、綺麗事を言ってくれるよユーマバシャール君は。
 
 「お任せ下さい。アンネリーゼ様の為、敵を討ち果たしてみせます」
 
 お前なんか無視。僕はアンネちゃんの為に戦うんだ。そして二人で幸せに暮らしましたとさ、おしまい……
 
 アンネリーゼ嬢の「魅惑のカリスマ」に引き寄せられていないか心配になる。フリートヘルムの話だと、アンネリーゼ嬢の為が当然となって来るのがしたたかだ。ここにいると僕もジワジワと侵食されてしまうのだろうか。本人に自覚が無いのが一番の問題だよ。
 
 陣構えの為、テントを出る時に振り替えるとアンネリーゼ嬢は口には出さず「がんばってね」と口の動きで僕にだけ分かる様に話してくれた。
 
 思わず手を振りたがったが、そこはグッと我慢し唇を噛んだ。本当に侵食されてしまいそうだ。アンネリーゼ嬢は無視して戦をしないと自分がヤバい。
 
 もうアンネリーゼ嬢は死んでくれて構わないよ。公爵の代わりなんて幾らでもいるのだから、アンネちゃんが居なくなっても戦争には変わらない。
 
 僕達、白百合団が魔王の首を取って、この戦を終わりにしてやる。アンネちゃんの役目はそれで終わりだ。その後は二人で幸せに暮らそう。毎日、ラブラブしながら……
 
 
 
 「どうした腐れ!」
 
 頭が痛い、二日酔いが続いて毛根から抜ける様な痛みと気持ち悪さが、テントを出てからずっと、クリスティンさんの美貌を見ても今も続いている。
 
 「少し具合ちょっと……    それより、アラナ!    ドロンの敵の様子はどうですか?」
 
 「うッス!    敵は東西並びに北門を包囲する様に展開してるッス。全軍が外街を囲むようで街中には入って来ていないッス。上空にはハーピィが展開して爆弾は落として無いッスけどドロンが二機、喰われたッス」
 
 ハーピィは爆撃より偵察に使ってるのかな?    この後に爆撃やら砲撃か。楽は出来そうにないね。
 
 「旅団を今のうちに二つに分ける。一隊は防衛、クリスティン、ソフィア、ルフィナは残れ。もう一隊は陽動、旅団の半分とプリシラ、アラナ、オリエッタと僕で行く」
 
 「お前、顔色が悪いぞ大丈夫か?」
 
 今はそんな事を気にしている暇は無いんだよ。もう敵は目の前なんだから。何だかとても気分が悪い。体の中からモヤモヤとした気持ちが吹き出しそうだ。
 
 「大丈夫です!    オリエッタ、その辺りの家に登れ!    魔王軍への祝砲代わりだ、レールガンをぶち込め」
 
 「了解です~」
 
 「お前、本当に大丈夫かぁ?」
 
 「大丈夫だ!    クリスティン!   早く旅団を分けろ。敵はもう近いんだぞ!」
 
 クソッ!    何だかイラついて来た。これがプレッシャーか!?    アンネの為にも魔王軍は殺す。皆殺しにしてやるぞ。
 
 甲高い音が頭上から鳴り、民家の屋根を吹き飛ばして第二射、第三射と続けざまに撃つレールガンの衝撃波がここまで届いてきた。
 
 さっさと掛かって来い。僕がこの戦争を終わらせる。魔王の首を取って勇者になるんだ。そうすれば傭兵上がりの僕だって釣り合いが取れるはずだ。
 
 僕が、僕が……    僕はプリシラさんに抱き締められた。暖かい安らぎに僕は力が抜けるようだ。
 
 「ミカエルは一人で走りすぎだ。無理はしても無謀な事をすんじゃねえぞ」
 
 あぁ、僕はいったい何をやっていたのだろう。僕の望むものは、ここにあるのに……    白百合団のメンバー全員で僕を包むように抱き締めてくれた。
 
 僕が戦う理由。神様が望むエンディングを白百合団と共に。僕には白百合団がある。白百合団があればいい……
 
 「全員で乗り越えましょう。情けない団長ですみません……」
 
 「いつもの事だ、はっはっはっはっ」
 
 僕はもう一度、温もりを確かめて離れた。ああっ頭がハッキリしてきた!    僕が戦う理由は一つだ!   
 
 神も魔王も知った事か!    白百合団団則、「邪魔する者は全て殲滅」全てを白百合団の為に。
 
 
 
 それと楽しい輪番の為に。
     
 
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