異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百七十四話

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 一発五百ゴールドの祝砲、気に入ってはもらえ無かったようだ。
 
 
 「オリエッタ、もういいですよ。残りは後で使いましょう」
 
 オリエッタが射撃ポイントとした民家の屋根は吹き飛び下に抜け落ち、今では三階の窓から狙撃していた。
 
 レールガンの挑発に乗る事も無く、ドロンで見た感じは東西から北にかけての半包囲陣が組み上がり、何故か南側には魔王軍の姿は無かった。
 
 「まだ入って来ねえのか。退屈な時間だ」
 
 プリシラさんには退屈でも、僕に取っては思考を巡らす時間に当てれる。普通なら全包囲で兵糧攻めを狙ったり、援軍や逃げ出すのを防ぐはずが魔王軍にはそれが無い。
 
 夜襲の時に見られなかった陣構え。もしかして短期決戦のつもりなのかな。流石にそれは無謀だ。ハルモニア王都、クリンシュベルバッハ城に集まった数と大きさから簡単に落ちるものじゃない。
 
 思考を止めてはいけないが、プリシラさんが暇だと言うなら団長としてそれを解消しなければならないだろう。僕は神速で静に後ろに回って鎧の隙間から手を入れモミモミと……
 
 「少しはまともに戻った様だな、腐れ……」
 
 「暇だと言うので先程の続きをしようかと」
 
 唸るハルバート!    モード・ツーで受けるゼブラ!    オリエッタソードじゃなかったら剣ごと真っ二つに成りかねない破壊力。
 
 「戻り過ぎじゃねぇか、腐れ」
 
 「戻してくれた感謝をモミっと込めたのですけど」
 
 新たな戦いが切って落とされない!    クリスティンさんに二人で「不幸にも」を喰らったから。不意打ちはキツいよクリスティンさん。
 
 「……わたしで良かったら」
 
 そっちか!?    その言葉に甘えよう。僕は神速で心臓マッサージをしつつ、ゆっくりとクリスティンさんの前に立つ。そして、ゆっくりとクリスティンさんの胸を目掛けて手を伸ばすと、針の様な細いレーザーが何本も右手を貫いた。
 
 「ノォォォォ!」
 
 いくら針でも爪先から二の腕を何百の針で貫かれたら痛いです。痛いを通り越して腕の腱が切れただろ。肩から下が動かねえよ、これから戦争するのにどうするんだソフィア!
 
 「うふふ、いちゃラブ禁止です」
 
 笑顔で言われても許せる訳が無い。が、許す。旅団で治癒の魔法を使えるのはソフィアさんだけだから……
 
 「ソフィアさん、いきなりは酷くないですか。その光る玉から出てくるレーザーだってかなり痛いですよ」
 
 「そうなんですか。それは知らなかった」
 
 いや、今、目の前で右手が血だらけになった男が言うんだから間違いないよ。右手に付けたガントレットも貫通してるんだよ、穴だらけだよ。
 
 「な、治してもらってもいいですか?」
 
 「どうしましょう、うふふ」
 
 はよ、治せや!    こんな状態で戦えるか!    僕は魔王の首を取るつもりでもいるんだよ。早く戦争なんて終わらせて、やりたい事があるんだ。ビーチで遊びたいんだ。
 
 「姉さん!    進行するようにと……    ぐぐぅ」
 
 哀れだ……
 
 「……報告は旅団長にしなさい。……あなたはいらない」
 
 僕は何とかクリスティンさんを止め、報告に来た仕事の出来そうな男の命を救った。    ……もう早く戦争しようぜ。
 
 「ソフィアさん出撃です。腕を治して下さい。分隊!    出撃!」
 
 最後尾から追い掛ける様に前に出た僕達はプリシラさんを先頭に、全てを殲滅する。いや、陽動なんだから、適当に戦って逃げないとダメだった。プリシラさんを連れて来たのは失敗かな。
 
 とにかく魔王軍を街中に引きずり出して罠にハメないと。殺って逃げる。ヤり逃げ作戦……    言葉が悪いな。「転進作戦」を始めようか。
 
 
 
 街中に入っても静かなものだ。アラナの操作するドロンからはハーピィの姿は消えたが魔王軍は街の外で待機したままだった。
 
 「焼き鳥食いてぇ」
 
 不謹慎だぞ。ハーピィの焼き鳥なんて絶対に僕は嫌だ。近くで見た事が無いから言えるんだ。あれは鳥じゃなくて、鳥人間だぞ。琵琶湖で飛んでるのとは訳が違う。
 
 ただハーピィが居なくなったのは良い兆候だ。偵察されないから。今はハーピィが爆装しているのだろう。偵察と爆撃で部隊を二つに分ける程の数が揃えられない証拠だ。
 
 敵もここまでの連戦で苦しいはずだ。僕達が長期戦に持ち込めれば勝てるかもしれない。少なくとも援軍の予定はある。
 
 「団長、敵ッス。その先の通りを曲がって来たら会えるッス」
 
 「数と種類は?」
 
 「オーガが十匹、ゴブリンいっぱいッス」
 
 せめて「多数」と言ってくれ、その方が雰囲気が出るから。
 
 「分隊、横隊陣形!    敵が来るぞ!」
 
 横隊が組まれた時にオーガが脇から顔を出す。獲物を見付けた野獣の咆哮をあげて。
 
 「オレンジ・ナイン!    レディ、セット。ハッ、ハッ、ハッ!」
 
 「なんだそりゃ?」
 
 アメフトです。一度やってみたかっただけなんです。クォーターバックが叫んで試合が始まるんですけど、分からないですよね。
 
 「僕の村でする、戦いの掛け声みたいなものです。あと、戦う前に「ガンバッテ、ガンバッテ」って踊るのもあるんですよ」
 
 「そんで……    目の前に来ているオーガにはどう頑張るんだ?」
 
 「……オリエッタ、行け!    殲滅しろ!」
 
 空気を切り裂く巨大なハンマーを止められるオーガは居ない。槍や剣で襲い掛かろうとも超振動を流している装甲服に傷一つ付く事は無かった。
 
 「団長~。見るです~」
 
 装甲服が一瞬震えて超振動を起こすと身体中に付いていた血や肉片が重力に従って落ちてくる。瞬く間に、いつも通りの綺麗な装甲服が出来上がった。
 
 「それって……」
 
 超音波洗浄機みたいな物か。何て便利グッズなんだ。今度、僕も洗濯当番の時に左手の超振動を使ってみよう。落ちない汚れも脱水の手間も省けそうだ。
 
 「こんな事も出来るんです~。オリちゃんはいつもピカピカです~」
 
 そりゃ良かったね。戦闘中だから超振動の無駄遣いは抑えてね。超振動が生活に役立つなら、何か役立つ物を作って売りだそう。平和利用、なおかつ借金返済に当てられる。
 
 「退屈だな……」
 
 また、それか……    それなら乳を出せ、乳を。モミっと暇潰しをして……    神速の心臓マッサージ!
 
 「ク、クリスティンさん……    なぜ……」
 
 前触れが無いクリスティンさんの「不幸にも」は起きてからじゃないと反応が出来ない。起きてからだと心臓が痛い。
 
 クリスティンさんは自分のを揉めよと、無言で胸を張った。この流れだと次はソフィアさんのレーザーが飛んで来そうなので止めておくよ。僕が無言で首を横に振ると、少し悲しそうに肩を落とした。
 
 「次、行こうぜ」
 
 いつも元気だな、お前は。あんまり前には出たく無いんだけどね。僕達は陽動で敵を引き込む係なんだから、前に出すぎると爆破に巻き込まれるぞ。
 
 「アラナ、他の動きはどうなってる?」
 
 「いくつか入ってるッス。戦闘はまだみたいッスけど、本隊は動いていないッス」
 
 もう少し前に出ないと出て来てはくれないかな。出来れば一番最初に壁に戻りたいんだけどね。    ……あれ?    旅団の数が増えてる?
 
 「えっ!?    リヒャルダちゃん、何でいるの!?    クリスティンさん選んだんですか!?」
 
 増えた数はリヒャルダちゃんが作った小型のゴーレムだった。その数、三十。土魔法使いとしては最上位に当たるくらいだけど、リヒャルダちゃんを前線に出すつもりは無かったぞ。
 
 「……来たいと言った」
 
 来たいと言ったら来させるのか!?    服を脱げと言ったら脱ぐのか!    ……それはちょっと脱いで欲しいけど。リヒャルダちゃんに前線は重すぎる。
 
 「ご、ごめんなさい。どうしても役に立ちたくて……」
 
 健気な事で嬉しいけれど、僕達は陽動、つまりエサなんですよ。パクりと食べられる為に来てるのにリヒャルダちゃんを食べさせる訳には行かないよ。もちろん誰一人として食べさせるつもりも無いけどね。
 
 「いいじゃねえか旅団長。こんなちっこいのが頑張ろうって言ってるんだぜ」
 
 僕に意見をした旅団の正義感はパクりとクリスティンさんの「不幸にも」を喰らった。意見は大事だよ、死人は無しで。
 
 僕は正義感を蘇生した。今回は死人は無しで行きたい。少なくともクリスティンさんの「不幸にも」の犠牲者を無くしたいよ。
 
 「仕方がないですね。三メートル級を三体出して、常に自分の身を守ること。いいですね!」
 
 「はい、頑張ります!」
 
 「良かったじゃねぇか、リヒャルダ。戦果をあげな」
 
 まったく人の気苦労も知らないで……    そこ!    リヒャルダちゃんの乳を揉むな!    お父さんは許しませんよ!
 
 
 
 僕は一抹の不安を抱えながら先に進むように命じた。リヒャルダちゃんの胸は僕が守る!
 
 
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