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第百七十五話
しおりを挟むプリシラさんが戦列を離れた。逃げた訳でも前に出過ぎた訳でも無い。
「プリシラさん前に出て。いつまでもリヒャルダちゃんで遊んでるんじゃ無いですよ!」
「いいじゃねぇか。減るもんじゃなし」
それならお前の乳を揉ませろと、声を大にして言いたい。さっきからリヒャルダちゃんの悲鳴が聞こえるし旅団メンバーは笑ってるし、ここには規律と言うのが無いのか!?
あれから二度ほど、ゴブリンだけの部隊と戦ったが僕とアラナとオリエッタだけで仕留めて来た。一度だけ、光の剣がどこまで伸びるのか試してみたくなって魔力を流したが、通りを横断するほど伸びた。ゴブリンの首から下が生えてる様な光景に、殺り過ぎは気を付けようと思った。
「アラナ、敵影は見えませんか?」
「次のはプリ姉ぇも満足するッス。オーガ十匹、サイクロプス二匹ッス」
サイクロプスはありがたい。さっきから戦っているのは魔法防御の無い者ばかり。サイクロプスなら魔法防御があるから光の剣がどこまで通用するか試せる。
「プリシラさんは遊ばせておきましょう。サイクロプスは僕が殺りますから、アラナとオリエッタでオーガをお願いします。それとクリスティンさん、これを殺ったら撤退します。準備をしておいて下さい」
これくらい殺れば敵も出てくるだろうし、陽動なら一番前まで出ている僕達の仕事は十分だ。遅れて火に巻き込まれるのは嫌だしね。
「光よ!」
相変わらず目が痛くなるほどの輝きを放ち、身を焦がすほどの熱を持つ。一瞬で収まるが、気を付けないと、熱しやすく冷めやすいのはソフィアさん譲りかな。
「先行します。さっと片付けて帰りましょう」
神速モード・ツー。と、光の剣。
先陣のオーガは剣を振り上げる暇を与えず斬り倒し、狙いは後ろのサイクロプス。僕はあえて神速まで速さを落とした。
サイクロプスに斬り付けた魔剣ゼブラは左足の半分迄を切り裂いた。魔法防御をしていてもこの切れ味なら満足だ。
崩れ落ちるサイクロプスにモード・ツーで頭から胴体まで切り落とし、これでテストもあとモード・スリーだと、もう一体のサイクロプスを見ればプリシラさんが血まみれのハルバートを持って立っていた。
「ちっ、出遅れた」
テストは最後まで出来なかったけど、オーガも打ち倒している以上、ここに留まるより撤退しよう。これ以上、プリシラさんがリヒャルダちゃんで遊ばないように。
「撤退! フリューゲン公爵の陣まで戻ります」
魔法防御に対して光の剣の斬撃の方が上回る事が分かったし、僕としては十分だ。早く帰ってコーヒーでも飲みたいな。
「団長! でっかいのが来るッス!」
アラナの指し示す方向に広域心眼を使う事もなく、黒い大きな塊が迫って来るのが見える。
「散開! バラけろ! 逃げろ!」
言った時には後ろから地鳴りの様に駆ける音が聞こえて来た。神速で通りの家の側まで飛んだ僕の横をダンプカーが過ぎ去る。
逃げ切れなかった旅団をボーリングのピンの様に跳ね上げ駆け抜けて行く。そいつには確かに毛が生えてダンプカーでは無かった。
リヒャルダちゃんは!? 土系魔法の天才は三メートル級のゴーレムを盾に構え、二体を犠牲にして避けきった。
「団長! ジャイアント・ボアッス!」
ボアッス? またあれか…… 「牛」が「ウッシ」で本当は宅配トラック並のサイなんだろ。誰かこの世界の動物図鑑をくれよ。
しかし、デカい。ダンプカーが人波に突っ込んだらテロ扱いだよ。あんなに大きくなるなんて、ご両親は立派に育てたんだね。
「全員散開してフリューゲン公爵の陣を目指せ! あれは僕が殺る! みんな逃げろ!」
光の剣があれば、あのくらい楽勝だろ。今日の夕御飯はボタン鍋に決めた。
「団長! 黒炎竜も二匹来たッス!」
この忙しい時に! 鍋は大人数で食べた方が美味しいのに邪魔してくれるな!
「プリシラさん、アラナ、オリエッタで黒炎を始末して。僕は食材を取ってくる」
神速モード・ツー。
通り過ぎたジャイアント・ボアは、振り返りざまに光の剣を叩き付けると、器用に牙で防ぎやがった。今のは偶然だろ。
光の剣でも傷が付かない牙を、振り回して迫るジャイアント・ボアを神速で避けるのは楽な事だ。顔がダメなら足だ!
横に回って足に斬り付ける時に見た毛並みは、一本一本が太く長く、まるで針ネズミの針をまとっている様だった。
「おりゃ!」
気合い一閃、切れません。光の剣の評価が下がるわぁ。こんなに斬れないのか? 斬れなくて当然なのか? レーザーをまとった魔剣なのにこいつの身体はどうなってるんだ。
「バカが! 斬れる訳がねぇだろ!」
人に注意する時はもう少し言葉を選ぼうね。バカじゃなくて知らないだけなんだから。僕はミリタリーマニアなの。
この世界とファンタジーマニアでは常識なのか。こいつはイノシシが大きくなっただけだろ。ボタン鍋だろ。
僕が薬味は何にしようかと考えていると嫌な気配を感じて全力で下がる。追うようにして伸びる光の剣でも斬れなかったボアの針の様な巨大な毛。
ただの野獣のだと思って、機先の心眼先を使わなかった事を悔やむ。防いだ盾を真っ二つにして腕にまで傷を付けやがった。
毛が追って来た訳じゃない。毛が逆立ったんだ。まるで針ネズミの様な毛を持ったイノシシ。ボタン鍋は中止だ、ネズミは食えん。
「この野郎……」
痛いんだよ。ソフィアさんが居ないから直すのに時間がかかるんだよ。悪魔の血があっても痛い物は痛いの。
ジャイアント・ボアが体勢を立て直して地面を掻く。ダンプカーぐらいの速さで神速に敵うと思っているのが野獣の知性だ。バカめ!
だが、何処を斬ればいいんだ。あの針の様な毛を抜ける突きを出せば肉まで達するのか? 途中で逆立てられたら引いて逃げるか串刺しか。
あの毛が無いのは顔を尻。尻尾を避ければ尻には刺せる。 ……一身上の理由で尻に刺すのは遠慮したい。だって臭そうだし…… 変な物が付いたら嫌だし……
やはり顔を狙おう。頭を潰せばどんな生き物だって生きてはいられない。顔にしよう。ただ顔を狙うならダンプカーの前に飛び出さないといけない。
車の前に飛び出したらいけない事なんて幼稚園児でも知ってる。それを大人がやって真似されても困るし、あの質量なら刺さったとしてもミンチにされかねない。
致命傷を与えるのは難しいかもしれないが、傷を負わす事なら出来る。傷さえ付ければ後は腐って死んでくれる便利グッズを僕は持ってる。
「プリシラさん! 闇の大鎌を使っても……」
「死ね!」
それは黒炎竜に言ったのですか? それとも僕にでしょうか? とても聞き返すなんて勇気は無いのでこの話はお仕舞い。光の剣で倒すよ。
喧嘩は先手必勝! 動き出す前に仕留めて仕舞いだ。モード・ツーで突っ込む僕の目の前には夢一杯の炎が広がり飲み込まれた。
死なん! 詐欺師で神速使いだから。モード・ツーで突っ込み、モード・スリーで逃げ出す僕はいつの間にか民家の屋根まで登っていた。
これだよ…… 黒炎竜といい、ジャイアント・ボアといい、ちょっと大きくなると直ぐに火を吹きたがる。火が吹ければそんなに偉いのか!?
第一、火を吹いてどうするんだよ。こんがり焼いて肉の上手さを閉じ込めたいのか? 生で食え! ユッケだ、ユッケ!
だけど遊んでもいられない。こんな所で火を吹かれたら魔王軍の為に仕掛けた罠が使えなくなる。誘爆なんてしないだろうけど、火の海に巻き込まれるのは嫌だ。
このまま屋根づたいに逃げてしまいたい。考えてる僕より短気なジャイアント・ボアは、立っている民家に突進を喰らわせ一階には大きな穴が空いた。
崩れる! 雪崩の様に倒れ崩れる民家の屋根の上で、怒れる僕は崩れるのに流れに身を任せ静かに立っていた。まるで紙飛行機が静に着陸する様に、崩れ行く屋根と僕は通りまで運ばれて行った。
心眼で見えていたから平気だったけど、崩れた波に乗るようでサーフィンもあんな感じだろうか。海に行ったらやってみたいね。
二度目の対峙。バカ正直に正面に立つ必要は無いけれど、男には正面に立たなければならない時もある。顔を斬り付けて下に潜り込むのは無しだな。針が腹の方も生えていて、通り抜けるのは無理だ。
顔を狙うと言っても届くのは唇くらいの高さまで。首を切り落とすのも撫で肩体質のようで、どこからが首なのかな。
斬り付ける時に光の剣を伸ばすか…… それなら頭の高い所まで届くし致命傷にならなくても動きを止めれば何とかなる。
問題はダンプカーの前に飛び出さないといけない事。どうしても高速道路を走った時の車のフロントを思い出す。虫がブチブチ、洗うのが大変なんだよね。
「さっさと始末して帰ろうぜ」
ギャラリーは黙ってろ。それよりか黒炎竜が終わったのなら手伝えよ。まさか、先に帰ったりしないよね。
「シン旅団長。動きを止めるのは任せて下さい」
ちょっとビックリ、自信たっぷり。リヒャルダちゃんからこんな言葉が出ると思わなかったし、何故に逃げてないなのか? クリスティンさんは何をしていた。
「動きを止めればいいんですよね!?」
どこから見ていたかは知らないが、動きが早く弱点が限られているのを察しての援護なんて良く出来た娘だ。
お父さんは嬉しいが、僕の前に立って言うのはダメだよ。父親が娘の影に隠れてなんていられないだろ。僕はリヒャルダちゃんの肩を引いて前に出た。
「任せます。だけど逃げろと言った命令違反は厳罰です」
「わかってます、これが終わったらいか様にでも」
それは「終わったら何をしてもいい」って事か!? それなら…… ジャイアント・ボア、さっさと来いや! お前なんかに時間を割く暇は一ミリ足りとも無くなった。
見計らった様に飛び出すダンプカー・ボア。くだらん! 娘の前に立つ父親は人類最強と知れ!
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