異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百八十二話

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 ハルバートと大鎌をもって暴れている人間を見て、魔物方が逆に恐怖を感じるのではないだろうか。
 
 
 「斬っても斬ってもキリがねぇぞ」
 
 腐れの大鎌を使わせてくれたなら、傷一つで致命傷を負わす事が出来るのに。よほど最後の一言を言われるのが嫌なんだろう。
 
 「北門まで流されましたね。味方も壁内に入ってる様なので、もう少し頑張りましょう」
 
 「くそっ!    働かせ過ぎだろ。てめぇは、死神か!?    スコア倍額だ!」
 
 なんだよ、この大鎌が気に入ったのか?    斬って良し、引いて良し、突いて良し、殴って良しと、以外に万能兵器だ。これで腐れのチート付きなら言うこと無い。
 
 北門外の味方の布陣は崩壊に近かった。敵の勢いがあるのでは無く、味方の後退の方が早かった。フリューゲン軍はもはや見えず、知らない騎士団と共に戦っていた。しかも最前線で……
 
 無茶をしていたからか、門が閉まり始めたのに気が付くのが遅かった。まだ味方も大勢残っているし撤退の命令も出ていなかった。
 
 神速!    プリシラさんを小脇に抱えて……    さすがに黄金のライカンスロープは重く、抱き上げ門に走ったが門が閉まる方が早かった。
 
 「下ろせ!    いつまでやってる!」
 
 人型に戻ったプリシラさんを下ろしたのはいいが、門が閉まっていてはどうする事を出来ない。今の僕では壁を越える事も出来なくなっていた。
 
 「これからどうする!?」
 
 どうしようも無いよ。この騎士達を引き連れ一点突破。相手は万の数。今回で詐欺師も引退かな。哀れミカエル・シン、味方に閉め出しを喰らって北門前で死す。
 
 「殺るだけやりましょう。ここに残っている騎士と壁際を伝って東に抜けましょう」
 
 「着いて来れるのか!?」
 
 それを言うなら「突き破れるのか?」ですね。僕は神速まで速さが無くなったし心眼も危うい。プリシラさんだってライカンスロープを解除しないといけなかったのでは。
 
 「派手にいきましょうか!」
 
 「おお!    最後まで楽しもうぜ!」
 
 僕達は自然と抱き合い激しい口づけをした。お互いこれが最後かと思ったのも束の間、重く大きい北門が派手に開いた。
 
 「余裕であるな……」
 
 ルフィナか!?    いい所だからもう少し待ってて。
 
 「■■■■、業火」
 
 愛し合う二人を別つ火柱が僕達の間に直下たつ。前髪が焦げるかと思ったよ。ルフィナの方を見れば巨大な両足の真ん中にいる。
 
 そのまま、見上げれば巨人が……    いつの間に入り込んだんだ!?    走り高跳びは止めて棒高跳びに変更か!?    が、良く見ればゴーレム!    こんな巨人ほどのゴーレムなんて聞いた事が無い。
 
 「旅団長、早く入って下さい」
 
 巨人ゴーレムの後ろからリヒャルダちゃんの声が。いつの間にこんなにも大きなゴーレムを扱えるようになっただなんて、成長した娘を見るようだ。
 
 「今のうちだ!    全員門内に走れ!」
 
 僕達とすれ違うように門外に出て暴れる巨人ゴーレムにルフィナの千年の呪木。こんなのが出来るなら門を閉める前にやってくれ。まあ、プリシラさんとのキスは美味しかったけど。
 
 全員が入り終わったころ、巨人対巨人ゴーレムの試合は放送時間が終了した為、閉門をもって中継が終わった。
 
 中に入って休む暇もなくクリスティンさんに抱き付かれ、団長をやってて良かったと思う今日この頃、何故か死体が山と転がっていた。
 
 聞きたくは無いが聞いてみたところ、門を閉めた者、開門の邪魔をした者は全て不幸にも心臓発作を起こしたようだ。戦場には不思議な事もあるんだね。
 
 「よし、聞け!    我々はクリンシュベルバッハ城を放棄する。東西の門にも声を掛けろ、市民にもだ!    これから街中を通って南門に行く。着いて来い!」
 
 僕には旅団以外の人間に指示を出す権限は無い。だからどうした!?    国王はもう逃げ出したんだ。ここを守って死ぬ必要は無い。生きていれば再起も出来る。
 
 「シン殿には悪いが第一軍団はここに残る。巨人が来てる以上、門が破られるのも時間の問題だ。アンネリーゼ姫を頼むぞ」
 
 僕の肩を握り力強く言い放ったのは、フリューゲン軍の重鎮レームブルック。いつのまにフラグが立ちやがった。どうせ立つならユーマバシャール君に立てばいいのに。
 
 「我々はアンネリーゼ様を守って南門を抜けます。どうか追い付いて下さい」
 
 「分かった!    小僧、アンネリーゼ姫を頼む!」
 
 分かってるはずがない。ここを守って死ぬつもりの人間に、これ以上なにが言える。アンネリーゼ嬢は僕が必ず守り、二人で幸せになります。
 
 「着いて来い、行くぞ!」
 
 僕を先頭に北門守備隊は南門に向けて撤退した。プリシラさんは人型まで能力が落ち、ソフィアさんルフィナの魔法組は魔力が底を突き、アラナは毒に犯せれ、クリスティンさんは無駄に力を使った。
 
 僕も神速まで速さは落ち魔力も少ない。オリエッタだけは無事だろうが、アラナを拾い上げる重要な役目を負ってる。
 
 ペース配分を間違えただろうか。それより敵の方が強大だったか。ドラゴンなんて反則技を持ち出して撃退したのはいいが、王族が逃げ出すなんて予想外デス。
 
 北門守備隊の生き残りとフリューゲン軍の第二軍、僕の旅団を合わせて六百くらい。無駄に死んだ五十名ほどは忘却の彼方に追いやろう。
 
 南門に着けば目立つくらい大きな装甲服姿のオリエッタが怪我人を担いで待っていてくれた。僕達の馬車は頼んでいなくても待っていた。    ……だろうね、普通じゃないし。
 
 「オリエッタ、撤退します。    ……アラナは?」
 
 「ア、アラナちゃんは見つからなかったです~。いっぱい、いっぱい探したんです~」
 
 マジか!?    アラナは毒に犯され身動きが取れない状態だったのに。どこに行ける、他の人が助けてくれたとは考えにくいし、自力で逃げたのか!?
 
 「オリエッタ、心配しなくてもいいですよ。僕がもう一度、行って探して来ますから」
 
 「ごめんなさいです~」
 
 来る途中で東門は見れたが、巨人が壁を乗り越えたのか侵入していた。守備隊が頑張っても時間の問題だし、北門も西門も同じだろう。
 
 「アラナがいないって本当か!?」
 
 心配したプリシラさんが駆け付けてきたが、プリシラさんとて満身創痍には違いない。探しに行けるのは神速を使える僕だけだ。
 
 「大丈夫です。僕が探しに行きますから。プリシラさんはアンネリーゼ嬢を守って国王陛下を追って下さい。    ──イリスはいるか!?」
 
 「はい、良き人」
 
 近い、間違いなく人と人の領域を侵しているぐらい近い。柔らかな胸の膨らみを押し付けるほど近く、唇が触れそうなくらい近い。いつから神速のチートが使えるようになったんだ。ほら、見ろ……    プリシラさんに髪の毛を捕まれ引き離された。僕が……
 
 「イリスは国王陛下を追って下さい。行き先をつきとめるようにと、一人を城外で待機させて僕とアラナを待つように、それと馬車か馬、食料も確保しておいてね」
 
 「アラナがいないなら、あたいも探しに行くぜ」
 
 それは困る。国王が逃げた南門。この先には魔王軍の伏兵が待ち構えているのが常道だ。だからこそ南門には敵が配置されていない。逃がす為に空けておいたと取るのが戦術的に間違ってないと思う。
 
 それならば僕達も戦力を割く訳にはいかない。無傷のオリエッタはいいとして、プリシラさんまで来たら逃げ切れるものじゃない。
 
 「アラナの事は任せて下さい。僕より遅い人を連れてはいけない。プリシラさんにはフリューゲン公爵を国王陛下に合流させて下さい」
 
 「……おまえ、あの女に肩入れし過ぎてねぇか」
 
 そんな事は無い。アンネリーゼ嬢の「魅惑のカリスマ」はネタがバレている以上、僕には効かない。ただ少し可愛いだけで、少しの色気があるくらいで、少し乳を揉みたいだけ……
 
 「そんな事はありません。それに入れるならプリシラさんの方がいい!」
 
 「……腐れ、そこまで言えてりゃ大丈夫だな。アラナは任せたぜ」
 
 騎馬はほとんど無く、皆が徒歩での逃避行に行く先が分からない不安、迫る魔王軍。逃げ出すのだって大変だ。
 
 「任されました。──クリスティンさん、翼賛の力を広げて下さい。ここにいる全員を丸抱えするくらいに」
 
 「……分かりました。    ……力の傘下に入らない者は殺します」
 
 うん、それはダメでお願いします。力の及ばない人は放置で構わないですかね。フリューゲン軍の二百とは別に三百ぐらいの軍団をまとめ上げれたら大きな力になる。
 
 旅団を先頭にアンネリーゼ嬢を守る形で街を出た六百の軍勢は、国王陛下を追うように街を出た。去り際にプリシラさんから柔らかい感触を頂いて見送った。
 
 さて、殺るか!    剣は手にある。鎧は胸にある。神速はまだ使える。魔力だって少しはある。アラナを探して逃げ出してやるぜ。そのまま二人で静かな街まで行ってゆっくりするのもいいな。行くぜ!
 
 「シン男爵は戻るのか?」
 
 人がやる気になってる所に水を指すユーマバシャール君の声が後ろから聞こえた。邪魔をするなよ。これから勇ましい音楽がかかって、僕の一人舞台が始まるのに。
 
 「ええ、ユーマバシャール殿はアンネリーゼ様の側に居なくていいのですか?    急ぐので失礼する」
 
 ミュージックスタート。高鳴る鼓動、沸き上がる衝動。俺は無敵の最速男、ミカエル・シンだ。アラナを救って愛を紡ぐ。
 
 神速!   が、激しい痛みと共に消え、力が入らず崩れ落ちる。何があった!?   アキレス腱は伸ばしたハズだ!
 
 崩れながら後ろを見れば血の付いた剣を払って鞘にしまうユーマバシャールの姿が。こいつ!    僕の両ふくらはぎを斬りやがった。
 
 「見捨てられた者の悔しさを思い知るがいい……」
 
 誰が見捨てたって言うんだ!    これから探しに行くんだろうが!    お前のせいで神速どころか歩く事さえ出来ない。
 
 「てめぇ……」
 
 斬られた事は何度もあるが、これは痛い。男の子だって痛くて涙が出ちゃう。ユーマバシャールの腕前は良さそうだった。これでも芯の入ったブーツを履いていたのに綺麗に斬られて血だらけだ。
 
 「てめぇ、待て、ユーマ!」
 
 何事も無かったかの様に避難する人混みに消えるユーマバシャール。どうする!?    逆立ちして神速が出るのか!?    第一、逆立ちなんて出来ないよ。
 
 「ユーマ!」
 
 
 もはや聞こえる事も無く、見えなくなったユーマバシャール。くそっ!    消える前に神速で石でも投げてやるんだった!
 
 
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