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第百八十六話
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……これは無理だ。星が消え、夜空には満天の巨石が広がる。
アルマをさらにきつく抱き締め覚悟を決めた。勿論、生き残る方の覚悟を。
神速! モード・フォー!
出せるかどうか何て知らん。出さなきゃ死ぬ。いい女と死ねるなら本望かも知れないが、最後に抱くならプリシラさんがいい!
「死ねるかバカヤロー! 詐欺師を舐めるな!」
僕がモード・フォーを出したのかは覚えていない。最後に覚えているのは後頭部に一発くらって気が遠くなること……
どのくらい気を失っていたのだろう。十秒か? 十分か? 目を覚ませばもうもうと土煙が上がり抱いていたはずのアルマは居なかった。
「アルマ!」
叫ぶより広域心眼を使えばと反省して使ってみれば、それほど離れていない所にアルマはいた。
「生きてるかアルマ!」
アルマの左手は、肘から大きな岩の下敷きになっていた。とてもじゃないが、僕一人で動かせる大きさじゃない。この世界には重機もない。
「夫殿…… ここまで助けてくれて礼をいうさ…… 人間もなかなかやるさね……」
岩の下敷きになった左腕だけだが、体にある無数のアザと血を吐くアルマが惨状を物語っていた。この巨石を人間の仕業だと思ってるに違いない。
もう一つ秘密だが、後頭部に喰らう前に飛び跳ねて逃げた僕の目線が、アルマの波打つ様に揺れた胸に釘付けになって足を滑らせた事も言うまい。
僕はゆっくりとアルマに近付いた、手には落ちていた斧を持って。こいつら魔族が起こした戦争だ。罪の無い人が何人も死んで街を追われた。
ラウエンシュタインからここまで何人の悲しみを見ただろうか。何人の絶望を見てきただろうか。こいつらさえ居なければ……
僕の個人的な復讐もある。切り刻まれ辱しめを受け、それがどれほどの屈辱だったか。アルマ以外の女魔族の研究者に僕のペティナイフを「フフっ」て、笑われた時の気持ちがお前に分かるか!
殺す、今が最大のチャンスだ。鎧も着けていなく、一糸まとわぬ紫色の肌。左手は潰され、内蔵が破裂したのか口からも血を流している。このチャンスを逃したら死んでいった者達に顔向けが出来ん。
「夫殿……」
アルマは勘違いをしている。僕が魔族なんかに惚れる訳も結婚する訳もないじゃないか。心の中にいつも灯っていた復讐の火。ここで終わりにしてやる。
「夫殿…… まあ、いいさ…… 楽しかったさ……」
アルマがゆっくりと目を閉じた。観念したのか。口元に浮かぶ微かな笑みが、幸せな時間を思い出しているだろうか。
僕は容赦なく神速で斧を振り下ろした。せめて痛みが少なくなる様に、後で義手が付けられる様に切り口を綺麗に。
「ぐわぁぁ!」
痛みで暴れるアルマを押さえ付け斧と一緒に拾っておいた紐状の布で二の腕を縛った。肘は残してやりたいと思ったが、切れる位置がどうしても肘から上になってしまっていた。
死んでいった者に意見を言う権利など無い。悲しみを持つ者は精神科医にでも通ってくれ。そんな者達の事をいちいち考えてたら傭兵なんて出来ないよ。
僕は傭兵、白百合団団長。僕は僕と白百合団の為に戦う。復讐の灯火なんて「ナニソレ、オイシイノ?」だ。僕の炎の大きさより、美しい女性を、僕は選びたい。
「夫殿……」
「黙ってろ! 止血したら運ぶ。悪いがお前らの仲間の所までだ」
「夫殿……」
やっぱり僕はバカなんだね。きっと殺さなかった事を後悔する。今からでも殺ってしまおうかと、迷いながら巨石の花畑を駆け抜けて行った。
オーガの一団を見付けた時に言葉が通用するのか心配だったが、以前に同じ言葉を使っていたのを思い出してアルマを抱き上げたまま叫んだ。
「おい! 魔族の女が怪我をしているぞ。診てやれ!」
僕の仕事はここまでだ。これ以上は引き返せなくなるし、どう考えてもヤバい。オーガがこちらに気付いたのを見てアルマを降ろす。魔族に治癒の魔法があるかは知らないが、後は運を天に任して僕は逃げるぞ。
僕はすぐに距離を取るとオーガは追ってくる事もなかった。オーガ達はアルマに駆け寄って来た。上官である魔族を治すべく集まったのか、それともアルマの裸体を見ていたいのか。
羨ましいとは思わないよ。僕はもっと間近で見れていたからね。こんな所に長居は無用だ。城壁を越える前にクリンシュベルバッハの中を少しは見ておきたい。魔王軍の戦力はいったいどれくらいなんだ。
僕は神速で駆け出した、アルマの方へ。モード・スリー、神速メガトンパンチ!
オーガの顔面が風船が弾けるよう吹き飛び、僕の右の拳が嫌な音を立てるのを聞いた。アルマの腹に剣を突き立てていたオーガのみならず周りでゲラゲラと笑っていた者達に地獄への片道キップを渡してアルマの側で膝を付いた。
「なんで…… 仲間だろ……」
引き渡したオーガ達は怪我をして動けなくなっていたアルマの腹に、剣を突き刺すのを僕は見てしまった。放っておけばいいものを何で助けたりしたんだろう。
「仕方がないさ…… 夫殿と交換した捕虜はオーガの食料さね…… それを渡してしまったら恨まれるさ…… がふっ……」
血を吐くアルマにしてやれる事はなんだ!? こいつは僕が欲しい為に、殺されるほど恨まれる事をやったのか。僕なんかにそれほどの価値があるのか。
僕はオーガが持っていた剣を取り右手の手首を切った。治癒魔法が使えない僕に出来る治癒。悪魔の血の自然回復力、これに掛けるしか思い付かない。
「アルマ、信じて飲め!」
「……夫殿の事はいつでも信じてるさ」
アルマは僕の右手首に吸い付き悪魔の血を啜った。この血って僕以外にも効くのだろうか。魔族なら逆に悪くなるかもしれないが、試している時間もない。
アルマが僕の血を啜っている時に感じる悪寒。血を吸われると言うより、魔力を吸われると言うより、生命力が吸われ取られる様な虚脱感が身を包む。
「も、もう、大丈夫さ……」
大丈夫かどうなのか、顔に血色が戻って来たか分からない紫色の肌。切った左手の傷口からの出血は止まっているが腹の傷からは、まだ血が流れ出ていた。
「他の魔族を探す。もう少し頑張れ!」
僕がアルマを抱き上げると、僕を包む強烈な殺気。血が足りないせいなのか、思わず膝から崩れた。アルマを落とすな、根性見せろ!
「アルマを離せ!」
お前が殺気なんか飛ばさなければ、普通に降ろしてるんだよ。出やがったな、殺すリストのナンバー二、ダライアス・マッケナー。
「ダライアス……」
力無く伸ばすアルマの手。それに応えるかの様に叫ぶダライアス。
「殺せ!」
ダライアス君、今からでも説明をさせてもらえないだろうか。一応、僕がアルマちゃんを助けたんだよ。腕を切ったのは僕だけど、それは仕方がなくだ。お腹の刺し傷なんてオーガがやったんだから、聞いてみてよ。
「違う……」
ダライアスの命令で動き始め始めたアンテッドナイト。僕はアルマを地面に置いてクラウチングスタートでダライアスの反対方向にダッシュした。 ……ヤバッ! お尻の穴を見られたかもしれない。
それを考えると恥ずかしさのあまり速さが増す。体力的にモード・ツーが精一杯だったろうが、今の僕なら両手でお尻を隠してモード・フォーだ!
アンテッドナイトに襲われる恐怖を下半身で感じ、僕は走った。オヤ? オカシイゾ。カゼヲカンジル。僕は裸で逃げている事に今になって、やっと思い出した。
裸族生活が長いと逆に服を着る事に違和感を感じる様になるのだろうか。僕はお尻にギュッと力を込めて、右手は前に左手は後ろに廻し隠す所を隠して走った。
両腕を振って走る方が早いのだけれど、僕は落ちて汚れてしまったシーツを拾うまで神速の速さで駆け抜けた。
追い付かれるかと思ったが、僕を追うよりアルマを運ぶ方を優先したのか、追っ手を簡単に引き離し僕は通常営業で走行中。
途中でソフィアさんのメテオストライクが作ったオブジェを見に行こうとしているオーガやトロールと擦れ違ったが、シーツにくるまり「僕は岩」の呪文を唱えたら簡単にやり過ごせた。
僕も離れた所からメテオストライクの威力を見てみたが思わず「反則だろ」と言ってしまうくらいだ。僕達がいた屋敷から西の城壁に掛けて見えたのはトンを越える巨石だらけで城壁も崩れる穴ほどの威力。
捕虜になっていた人は西側にいたのだが、今もそこで捕まっていたらと思うとゾッとする。オーガやトロールさんはミンチになっても構わないよ。
この力は使えるが、ソフィアさん自身が使い方を良く分かってないし、僕が標的になるのは嫌だ。今後はもっと自制したい。他の女の子には目もくれず、一人の女を愛そう。ただ今回のは僕の責任じゃないと思うけどね。
クリンシュベルバッハの西側を汚れたシーツをまとって走ってはみたものの、肝心のドラゴンや巨人の姿は無く、擦れ違いになるオーガぐらいだった。
ドラゴンや巨人は家の中に入るサイズでは無い。ここに居ないとなるとハルモニア国王を追って出陣したのかもしれない。プリシラさん達が今のところ無事なのはソフィアさんが魔法を使った事で分かる。
後は合流するだけ。南門を進めばイリスの誰かが待っているはずだ。もう飽きてしまって帰るなんて事は無いと思いたい。
僕が南に向かって神速で走っていると、広域心眼に引っ掛かる美しいダークエルフが一人。僕はすかさず近付いてイリスに覆い被さった。
「よ、良き人! 無事で良かった……」
こうでないとね。心配して声を掛けられるのは嬉しいものだ。特に美人ならなおさらだ。二人でシーツにくるまり廻りには人はいない。
「ただいまイリス。状況を聞きたいけど、もう少しこのままで……」
「はい……」
迷う事なく服を脱ぎ始めるイリス。僕は裸で、二人を覆う様にシーツを広げたから…… 僕の日頃の行いって、そんな風に思われているのね。
「脱がなくていいよ。ハーピィが飛んできてる。恐らく追っ手で、僕を探しているよ。逃げ出す準備は出来てるかな?」
カモフラージュの為に覆ったのを勘違いしたようだ。まあ、僕の事だから襲うと思われたのだろう、とても心外だ。これからは気を付けないと。
「馬や馬車は手に入りませんでしが、食料は充分あります。いつでも行けます」
馬は残念だけど、食料があれば何とかなる。出来れば服も欲しかったが、僕が裸で帰って来るなんて想像も出来ないだろうからね。
「みんなは無事ですか? 何処にいきました?」
「無事です。ハルモニア国王は東の山脈に位置するシャイデンザッハの城に入りました。白百合団もアラナも城で合流しております」
僕達も向かおう、シャイデンザッハに。白百合団に合流しアンネリーゼ孃とこの現状に付いて話をしないと。ハルモニアはこれまでなのか? それとも……
「良き人……」
不思議だ。きっとアルマの魔力のせいだとしか思えない。この緊急時にバスターソードの武器を得られるなんて。
アルマをさらにきつく抱き締め覚悟を決めた。勿論、生き残る方の覚悟を。
神速! モード・フォー!
出せるかどうか何て知らん。出さなきゃ死ぬ。いい女と死ねるなら本望かも知れないが、最後に抱くならプリシラさんがいい!
「死ねるかバカヤロー! 詐欺師を舐めるな!」
僕がモード・フォーを出したのかは覚えていない。最後に覚えているのは後頭部に一発くらって気が遠くなること……
どのくらい気を失っていたのだろう。十秒か? 十分か? 目を覚ませばもうもうと土煙が上がり抱いていたはずのアルマは居なかった。
「アルマ!」
叫ぶより広域心眼を使えばと反省して使ってみれば、それほど離れていない所にアルマはいた。
「生きてるかアルマ!」
アルマの左手は、肘から大きな岩の下敷きになっていた。とてもじゃないが、僕一人で動かせる大きさじゃない。この世界には重機もない。
「夫殿…… ここまで助けてくれて礼をいうさ…… 人間もなかなかやるさね……」
岩の下敷きになった左腕だけだが、体にある無数のアザと血を吐くアルマが惨状を物語っていた。この巨石を人間の仕業だと思ってるに違いない。
もう一つ秘密だが、後頭部に喰らう前に飛び跳ねて逃げた僕の目線が、アルマの波打つ様に揺れた胸に釘付けになって足を滑らせた事も言うまい。
僕はゆっくりとアルマに近付いた、手には落ちていた斧を持って。こいつら魔族が起こした戦争だ。罪の無い人が何人も死んで街を追われた。
ラウエンシュタインからここまで何人の悲しみを見ただろうか。何人の絶望を見てきただろうか。こいつらさえ居なければ……
僕の個人的な復讐もある。切り刻まれ辱しめを受け、それがどれほどの屈辱だったか。アルマ以外の女魔族の研究者に僕のペティナイフを「フフっ」て、笑われた時の気持ちがお前に分かるか!
殺す、今が最大のチャンスだ。鎧も着けていなく、一糸まとわぬ紫色の肌。左手は潰され、内蔵が破裂したのか口からも血を流している。このチャンスを逃したら死んでいった者達に顔向けが出来ん。
「夫殿……」
アルマは勘違いをしている。僕が魔族なんかに惚れる訳も結婚する訳もないじゃないか。心の中にいつも灯っていた復讐の火。ここで終わりにしてやる。
「夫殿…… まあ、いいさ…… 楽しかったさ……」
アルマがゆっくりと目を閉じた。観念したのか。口元に浮かぶ微かな笑みが、幸せな時間を思い出しているだろうか。
僕は容赦なく神速で斧を振り下ろした。せめて痛みが少なくなる様に、後で義手が付けられる様に切り口を綺麗に。
「ぐわぁぁ!」
痛みで暴れるアルマを押さえ付け斧と一緒に拾っておいた紐状の布で二の腕を縛った。肘は残してやりたいと思ったが、切れる位置がどうしても肘から上になってしまっていた。
死んでいった者に意見を言う権利など無い。悲しみを持つ者は精神科医にでも通ってくれ。そんな者達の事をいちいち考えてたら傭兵なんて出来ないよ。
僕は傭兵、白百合団団長。僕は僕と白百合団の為に戦う。復讐の灯火なんて「ナニソレ、オイシイノ?」だ。僕の炎の大きさより、美しい女性を、僕は選びたい。
「夫殿……」
「黙ってろ! 止血したら運ぶ。悪いがお前らの仲間の所までだ」
「夫殿……」
やっぱり僕はバカなんだね。きっと殺さなかった事を後悔する。今からでも殺ってしまおうかと、迷いながら巨石の花畑を駆け抜けて行った。
オーガの一団を見付けた時に言葉が通用するのか心配だったが、以前に同じ言葉を使っていたのを思い出してアルマを抱き上げたまま叫んだ。
「おい! 魔族の女が怪我をしているぞ。診てやれ!」
僕の仕事はここまでだ。これ以上は引き返せなくなるし、どう考えてもヤバい。オーガがこちらに気付いたのを見てアルマを降ろす。魔族に治癒の魔法があるかは知らないが、後は運を天に任して僕は逃げるぞ。
僕はすぐに距離を取るとオーガは追ってくる事もなかった。オーガ達はアルマに駆け寄って来た。上官である魔族を治すべく集まったのか、それともアルマの裸体を見ていたいのか。
羨ましいとは思わないよ。僕はもっと間近で見れていたからね。こんな所に長居は無用だ。城壁を越える前にクリンシュベルバッハの中を少しは見ておきたい。魔王軍の戦力はいったいどれくらいなんだ。
僕は神速で駆け出した、アルマの方へ。モード・スリー、神速メガトンパンチ!
オーガの顔面が風船が弾けるよう吹き飛び、僕の右の拳が嫌な音を立てるのを聞いた。アルマの腹に剣を突き立てていたオーガのみならず周りでゲラゲラと笑っていた者達に地獄への片道キップを渡してアルマの側で膝を付いた。
「なんで…… 仲間だろ……」
引き渡したオーガ達は怪我をして動けなくなっていたアルマの腹に、剣を突き刺すのを僕は見てしまった。放っておけばいいものを何で助けたりしたんだろう。
「仕方がないさ…… 夫殿と交換した捕虜はオーガの食料さね…… それを渡してしまったら恨まれるさ…… がふっ……」
血を吐くアルマにしてやれる事はなんだ!? こいつは僕が欲しい為に、殺されるほど恨まれる事をやったのか。僕なんかにそれほどの価値があるのか。
僕はオーガが持っていた剣を取り右手の手首を切った。治癒魔法が使えない僕に出来る治癒。悪魔の血の自然回復力、これに掛けるしか思い付かない。
「アルマ、信じて飲め!」
「……夫殿の事はいつでも信じてるさ」
アルマは僕の右手首に吸い付き悪魔の血を啜った。この血って僕以外にも効くのだろうか。魔族なら逆に悪くなるかもしれないが、試している時間もない。
アルマが僕の血を啜っている時に感じる悪寒。血を吸われると言うより、魔力を吸われると言うより、生命力が吸われ取られる様な虚脱感が身を包む。
「も、もう、大丈夫さ……」
大丈夫かどうなのか、顔に血色が戻って来たか分からない紫色の肌。切った左手の傷口からの出血は止まっているが腹の傷からは、まだ血が流れ出ていた。
「他の魔族を探す。もう少し頑張れ!」
僕がアルマを抱き上げると、僕を包む強烈な殺気。血が足りないせいなのか、思わず膝から崩れた。アルマを落とすな、根性見せろ!
「アルマを離せ!」
お前が殺気なんか飛ばさなければ、普通に降ろしてるんだよ。出やがったな、殺すリストのナンバー二、ダライアス・マッケナー。
「ダライアス……」
力無く伸ばすアルマの手。それに応えるかの様に叫ぶダライアス。
「殺せ!」
ダライアス君、今からでも説明をさせてもらえないだろうか。一応、僕がアルマちゃんを助けたんだよ。腕を切ったのは僕だけど、それは仕方がなくだ。お腹の刺し傷なんてオーガがやったんだから、聞いてみてよ。
「違う……」
ダライアスの命令で動き始め始めたアンテッドナイト。僕はアルマを地面に置いてクラウチングスタートでダライアスの反対方向にダッシュした。 ……ヤバッ! お尻の穴を見られたかもしれない。
それを考えると恥ずかしさのあまり速さが増す。体力的にモード・ツーが精一杯だったろうが、今の僕なら両手でお尻を隠してモード・フォーだ!
アンテッドナイトに襲われる恐怖を下半身で感じ、僕は走った。オヤ? オカシイゾ。カゼヲカンジル。僕は裸で逃げている事に今になって、やっと思い出した。
裸族生活が長いと逆に服を着る事に違和感を感じる様になるのだろうか。僕はお尻にギュッと力を込めて、右手は前に左手は後ろに廻し隠す所を隠して走った。
両腕を振って走る方が早いのだけれど、僕は落ちて汚れてしまったシーツを拾うまで神速の速さで駆け抜けた。
追い付かれるかと思ったが、僕を追うよりアルマを運ぶ方を優先したのか、追っ手を簡単に引き離し僕は通常営業で走行中。
途中でソフィアさんのメテオストライクが作ったオブジェを見に行こうとしているオーガやトロールと擦れ違ったが、シーツにくるまり「僕は岩」の呪文を唱えたら簡単にやり過ごせた。
僕も離れた所からメテオストライクの威力を見てみたが思わず「反則だろ」と言ってしまうくらいだ。僕達がいた屋敷から西の城壁に掛けて見えたのはトンを越える巨石だらけで城壁も崩れる穴ほどの威力。
捕虜になっていた人は西側にいたのだが、今もそこで捕まっていたらと思うとゾッとする。オーガやトロールさんはミンチになっても構わないよ。
この力は使えるが、ソフィアさん自身が使い方を良く分かってないし、僕が標的になるのは嫌だ。今後はもっと自制したい。他の女の子には目もくれず、一人の女を愛そう。ただ今回のは僕の責任じゃないと思うけどね。
クリンシュベルバッハの西側を汚れたシーツをまとって走ってはみたものの、肝心のドラゴンや巨人の姿は無く、擦れ違いになるオーガぐらいだった。
ドラゴンや巨人は家の中に入るサイズでは無い。ここに居ないとなるとハルモニア国王を追って出陣したのかもしれない。プリシラさん達が今のところ無事なのはソフィアさんが魔法を使った事で分かる。
後は合流するだけ。南門を進めばイリスの誰かが待っているはずだ。もう飽きてしまって帰るなんて事は無いと思いたい。
僕が南に向かって神速で走っていると、広域心眼に引っ掛かる美しいダークエルフが一人。僕はすかさず近付いてイリスに覆い被さった。
「よ、良き人! 無事で良かった……」
こうでないとね。心配して声を掛けられるのは嬉しいものだ。特に美人ならなおさらだ。二人でシーツにくるまり廻りには人はいない。
「ただいまイリス。状況を聞きたいけど、もう少しこのままで……」
「はい……」
迷う事なく服を脱ぎ始めるイリス。僕は裸で、二人を覆う様にシーツを広げたから…… 僕の日頃の行いって、そんな風に思われているのね。
「脱がなくていいよ。ハーピィが飛んできてる。恐らく追っ手で、僕を探しているよ。逃げ出す準備は出来てるかな?」
カモフラージュの為に覆ったのを勘違いしたようだ。まあ、僕の事だから襲うと思われたのだろう、とても心外だ。これからは気を付けないと。
「馬や馬車は手に入りませんでしが、食料は充分あります。いつでも行けます」
馬は残念だけど、食料があれば何とかなる。出来れば服も欲しかったが、僕が裸で帰って来るなんて想像も出来ないだろうからね。
「みんなは無事ですか? 何処にいきました?」
「無事です。ハルモニア国王は東の山脈に位置するシャイデンザッハの城に入りました。白百合団もアラナも城で合流しております」
僕達も向かおう、シャイデンザッハに。白百合団に合流しアンネリーゼ孃とこの現状に付いて話をしないと。ハルモニアはこれまでなのか? それとも……
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