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第百八十八話
しおりを挟む無理をすると腰にくる。そんな年頃……
「お疲れさまでした、良き人」
家に帰れば美人の妻と美味しい手料理が待っていると思うのは独身男の夢、幻……
クリンシュベルバッハを脱出してから十日あまり。本来ならもう少し早く着くはずだったが、美人の妻の夜が激しくても、夢、幻……
僕達がシャイデンザッハに向かう道中、国王の行軍に付いていけない者達がいた。女や子供、老人なんかが大勢で中には傭兵や騎士らしき人もいた。
略奪は起きてはいないようだ。むしろ率先して騎士は助けているようにも見えたが、傭兵は…… 使えねえなぁ。
騎士諸君よ。必ず生き残って偉くなってくれ。君達の様な人間が上に立てれば戦闘でも生き残れる者が増える事だろう。
そんな避難民や騎士を僕は見捨ててシャイデンザッハに向かう事も出来ず、元気そうな傭兵どもを片っ端から捕まえて老人介護の仕事を与えた。仕事があるっていいことだ。
むろん僕がアンネリーゼ公爵の配下であり、白百合団より殲滅旅団の団長だと分かると進んで協力してくれたのは嬉しかった。何故か怖がられているような……
避難民の数は進めば進むほど増え、行軍の速度は落ち物質が減る速さは比例した。水の方は魔法で何とかなったが、これだけの人を満足させるだけの食料はどうしようもなかった。
さあ、働け傭兵ども! 仕事をやるぞ! あの森に行って獲物を取って参れ。避難民の為に食料の確保するのじゃ。
「それではこれから森に入ります。目的は食料の確保なのでネズミでもイノシシでも食べれそうな物は片っ端から狩るように」
面構えの悪そうな、道で会ったら進んで端に寄りそうなガラの悪い傭兵ばかりの前で、演説をうてば一人くらいは反抗するものだ。
「なんで、てめぇの言う事を聞かにゃあならねえんだ」
見上げるくらいの巨体なんだから前に並ぶなよ。後ろの人が見えないだろ。座高の高い人は映画館では後ろに座って欲しいよ。
「一応ですが、この避難民を率いてますので指示を出させてもらってます」
何の因果か避難民を抱えてしまって、子供や老人を拾い集めたら上に立ってしまったよ。他にも正規の騎士がいたが内気な人が多いのかな。
「何で、てめぇみたいな小僧っ子に命令されないといけねえ」
若く見られるっていいね、舐められるけど。それにこの服装が悪かったかな? アロハシャツを着た指揮官なんてハワイにだっていないだろう。少しずつだけど気に入って来たのに。
「若く見られているようですが、これでも傭兵団の団長です。白百合団ってご存知ないですか?」
「知らねぇよ、そんなクソみたいな傭兵は。ずいぶんと可愛らしいお名前じゃねえか。花でも植えてたらどうだ、ガハハハハッ」
話し合い終了。神速でのパンチが鳩尾を貫き身体が、くの字に曲がる。ああ、吐かないでね、服が汚れるから。
「一人の方は不参加を表明されたので、休んで頂きましょう。他にも不参加の方がいれば早めに言って下さい」
僕に被さろうとする大男を避けながら言った。どうやらこれ以上の不参加者はいないみたいなので、僕達は森に入って行った。この大男をどうやって運ぶか考えながら。
「シンさん。本当にこの森に入るので?」
「シン」と呼ばれるのは新鮮だ。なかなか「シン」だけで呼んでくれる事はないから。普段なら「ミカエル」だし、「シン」と呼ばれる時は「シン団長」とか「シン男爵」が付くからね。「シンさん」て呼ばれると遊び人みたいにも聞こえる。
「入りますよ。食料が足りなくなってますからね。予想以上に避難民が多い」
ハルモニアの王様は自分が率先して逃げるだけで無く、付き従って来た人も見捨てるなんて王様じゃなければ出来ないよ。選挙があったら真っ先に落とされる。
「ここにはエントがいるって話だ。あれはヤバいぜ」
ん? エントさん? 誰? 遠くに投げる? それは遠投。 ……くだらん! 誰か説明をして。
「エントさんて誰? なあに?」
「エントは「森の賢者」って言われる大木の魔物でさあ。気に入らない者が森に入ると殺されちまう」
「でも、賢者だけあって知識は豊富で人に優しいって話ですよ」
「いや、あれは化け物だぜ。エントが動けば森が動くって言うものだかくらいだ」
「それは森の中でエントの怒りを買うような事をしたからだよ。普段は大人しいってきいてるぜ」
共通の話題で盛り上がってるところ、悪いんだけど…… とりあえず、エントさんは怒らせなければ大丈夫な魔物なのかな? 今回は狩猟が目的でエントさんは関係ないし出会いたくもない。
「もし出会って殺り合うとして、木なんだから燃やせばいいんですかね?」
今はイリスに借りた細いショートソードしか持ってない。イノシシくらいなら問題ない。それ以上になったら傭兵の皆さんに仕事を押し付けよう、上司の特権だ。
「エントは火に弱い。が、火を持って入れば獲物が逃げちまうぜ。どうする、シンさん」
エントさんなんて簡単に会う事もないさ。皆、心配のし過ぎたよ。第一、エントさんは「木」なんだろ。根っこが生えてるんだから、ヤバくなったら逃げればいいさ。
「……そこの魔法使いの方、属性はなんですか? 火系だったりしません?」
ネクロマンサーのローブは黒と決まっているらしいが、他の系統の魔法使いは決まっていない。見た目には、どんな魔法を使えるか分からない。
「私は水系統が使えます」
エントさんに水をかけたら成長するのだろうか? もちろん肥料もプレゼントして…… ダメじゃん。成長させてどうする。
「……エントさんと遭遇した場合、まずは話し合いをしましょう。それがダメだったら逃げるで……
それでは出発」
無策なのは仕方がない。特に僕は充分な装備も無いしアロハシャツだし。要は出会わなければいいんだ。この森は広そうだし、そんなポンポンと出会うものじゃない。
出会いたくもないって思った事は、森に入って五分しか持たなかった。向こうからわざわざ挨拶に出向いてくれるなんて、さすが森の賢者と言われるだけはあって礼儀正しい。
「貴様らも災いを持ってきたか……」
女だ。姿、形は…… でも木だ。
しかも、裸でスタイルがいい…… でも樹皮だ。
一本の、松の様な巨木から浮かび上がって来た人形のエントは僕たちを災いをもたらす者と思ったのだろうか。
こんなイケメン捕まえて、人を悪人みたいに言われるとは心外だ。それとも後ろの傭兵達を見て言ったのかな。それなら納得だ。
「森の賢者、エント。僕達は災いを持って来た訳ではありません。僕達はここに食料となる物を取りに来ました」
予定通り話し合い、それがダメなら逃げよう。あくまでも下手に出て争いは避けないと。僕達の活躍に避難民の食料事情がかかってるんだ。
「ほう、それならば食料のありつける所に連れて行ってやろう」
なんていい人なんだ! なんていい「木」なんだ! エントさんは見かけによらずいい「木」なんだね。でもスキンケアには、もう少し気を配った方がいいよ。樹皮のひび割れが酷いから。
「シンさん、これは罠だ。俺達を迷い混ませて食うつもりだ」
「エントはそんな事はしない。森の賢者なんだぜ」
またまた共通の話題で盛り上がってる。どちらを信用したらいいのか、信用に足る材料が少ないのが問題だ。迷った時には楽しい方を選べと誰かが言ってたっけ。 ……よし、帰ろう。
「お願いします。連れて行って下さい」
今日の食事にも事欠くのに、楽しい方なんて選んでられん。エントなんてたかが「木」だ。ヤバくなったら燃やして炭にしてシチューを温めてやる。
「行くぞ! 遅れるな!」
出来れば一番最初に後ろから付いて行きたいくらいだけど、言い出した僕が後ろに回る訳にもいかず、僕達はエントさんの追い掛けた。
エントの移動は足を使わなかった。木から木へと実体が移動する。今、この木から雌型のエントが盛り上って手を振っては消え、次には離れた所から浮き上がり手招きをする。僕達はエントに付いて奥へ奥へと進んで行った。
「シンさん! あれは何だ!?」
遠くの方で、僕達を導いているエントの遥か先で、見慣れない炎が右から左へと流れた。僕には分かっていた広域心眼を使っていたから。
「止まれ! ──エント! エント、あれは黒炎竜だな!? 何故、黙っていた!」
心眼で見た先には黒炎竜が二十あまり、巨木のエントと殺り合ってるのが見えたのと炎が同時に見えたんだ。黒炎竜は珍しい生き物のはずなのに、いつからメジャーに昇格したんだ。
「食料にありつける所に連れて行くと言っただろう。あれを食えば良い」
あれをコンガリ焼くと美味しいんだ。 ……無傷で狩れればな! 何で黒炎竜が出るんだよ、もっと簡単に狩れる物を出してくれ。
「何であんなに黒炎竜がいる!? 二十匹なんて異常だ!」
エントには黒炎竜を引き付けるホルモンでも出てるのだろうか。それなら僕達は引き返したい。あんなのと無駄に争う必要は無い。
「おそらく魔王に触発されての事だろう。黒炎竜が我等と対峙するなど滅多にあるものではない」
ここでも魔王か! 魔王は存在するだけで黒炎竜がいきり立つのか! 魔王はあれか!? マムシや亀のスッポンの類いなのか。夜のお供の「鰻パイ」か!?
「触発って…… 放っておいたらどうなる?」
「我等、エントは手酷い事となり、人間達にも危害が加わるだろう」
森の外には避難民が列を作って待ってる所に黒炎竜が出たら、残っている騎士だけでは守りきれないよ。引くに引けなくなってきた……
「おい、君と君、森を出て避難民を先に行かせろ。一人は騎士を連れて加勢に戻って来い。 ──やるぞ! ここで引いたら何の為に避難民を逃がしてきたか分からない」
否、は無い。むしろ目を輝かせて戦いに酔いしれる傭兵ばかりが救いだ。幸いにも水系の魔法使いがいる。黒炎竜は水に濡れれば外皮が脆くなる。
「十人で一組だ。水系の魔法使い…… 二人だな、僕に付いて来い。行くぞ! 黒炎を狩る!」
黒炎竜の弱点は水と喉ものから腹に掛けてピンク色の柔らかい肉。僕には頼りになる傭兵と水系の魔法使い二人。
殺ってやるさ。簡単に折れそうなショートソードは不安だけど、避難民の無事には返られない。特に、あの娼婦の皆さんを乗せた馬車は絶対に守らなければ。
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