異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百九十話

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 こんな海岸から離れた山脈の所に珍しい砂丘。キラキラ光ってガラスのように美しい。ラクダに乗れたりするのだろうか。
 
 
 シャイデンザッハ自治領、シャイデンザッハ城、国王ギルベルト・シャイデンザッハ。よほどシャイデンザッハが気に入っているようだ。この地方にしては短くて覚えやすいから良い。
 
 僕は避難民から先行して白百合団が乗用している馬車の中で生き地獄を味わっている。僕も忙しいが、ソフィアさんも同じくらい忙しい。
 
 一人が終わる度に回復魔法を使い、回が増すごとに回復魔法の使用量も増えて行った。魔力の消費量も激しいはずがドーピングでもしてるのか、最後まで元気だったのがソフィアさんだけとは恐ろしい。
 
 「こんな所に砂丘ですか」
 
 「あれはソフィアだ。それ以上は聞くなよ」
 
 オープンデッキの馬車の荷台から見えてきた砂漠は、街の近くまで押し寄せて来ていた。この世界も温暖化で砂漠が進行しているのか、ソフィアさんの爆発的な熱量でガラス化しているのか……    あれだけのメテオストライクを撃ったのだから……
 
 シャイデンザッハには城らしき物は無い。正確には巨大な洞窟の中に城代わりになる建物が入っている。洞窟の外にも街があるのだが、そこはドワーフの住民や商取引など行われている普通の街だった。
 
 ハルモニア王国軍はシャイデンザッハを攻め落とした割りに建物の被害は無く、住民は恥ずかしがり屋なのか、ドワーフの姿も無かった。
 
 「ドワーフはいないんですね。見たかったなぁドワーフ」
 
 全治三ヶ月も何のその、ソフィアさんにかかれば詐欺師の復活だ。僕は街の中で民家を間借りしている。何でもオリエッタの知り合いだとか。
 
 「それに付いてはオリエッタから話せ、ここのヤバい状況もだ。あたいは飲んでくる。    ──クリスティン、行くぜ」
 
 久しぶりの組み合わせで飲みに行けるほど、ここは安全なのかな。ハルモニアが摂取してるのに大丈夫なのだろうか。面倒な話より僕も連れて行って欲しい。
 
 「団長はどこまで知ってますか~」
 
 プリシラさん、人選を間違った様ですよ。とてもスローな話で夜が明けるかもしれません。僕は早口でイリスから聞いている事を全て話した。
 
 「ハルモニア王国軍とシャイデンザッハ領軍は戦ってはいないです~。占領はされちゃったです~」
 
 戦闘が行われたと聞いていたが、どういう事だろう。話を詳しく聞いてみたい所だが、席に座った時からソフィアさんが僕の上に向かい合って座り離れない。
 
 「ソフィアさん話がしにくいのですが……」
 
 人と話す時はその人の目を見て話そう。僕に見えるのはオリエッタの目ではなく二つの膨らみ。このまま顔を埋めてしまえれば、どれほどいいか。
 
 「大丈夫ですよ。お耳があれば聞けますから」
 
 そういう問題じゃ無いんだな。耳と口があれば会話は成り立つけど、腰に手を廻しているけど、邪魔なんだな。
 
 「離れてもらった方が……」
 
 「耳、削ぐか!」
 
 首に廻していた手が素早く僕の両耳を掴んで、これも久しぶりに聞く低い重低音の声が心臓を振るわす。ソフィアさんの声変わりには慣れっこさ。怖さは慣れないけど。
 
 ソフィアさんを挟んだオリエッタとの会話には、途中休憩を挟みながら思った以上に時間を取り、終わった頃には午前さまだった。
 
 簡単に言えばシャイデンザッハ領軍、領内の男達は全て洞窟の中に入っていて戦闘らしき物は起きなかった。
 
 その洞窟に入っていた理由が問題で、このドワーフの加治の要である火の神様の世代交代が迫っており、代わりの神様候補を選んでいる最中に神様の活動が止まった。
 
 これは問題だと神様の元に向かったドワーフは、氷を操る者の攻撃にあって撤退。何度か遠征隊を送ったが全て失敗した。
 
 それで動ける者を全て動員し、その氷を操る者を倒そうとして中に入ったら、外からハルモニア軍が街や城を占領して行くに行けず、帰るに帰れずで男達は洞窟内に立て籠ってる状態だ。
 
 もっと悪い事にシャイデンザッハ国王は王都を放棄し、北にある同じドワーフの街に移住する事を決めた。その為に残された街のドワーフを連れ出すべく横穴を掘ってるときたもんだ。
 
 まいったね……    これだけの話に午前さまとは、休憩を取りすぎたかな。しかし、良く洞窟の中の状況まで分かったもんだ。
 
 「これって誰からの話ですか?    ドワーフの国王は本当にシャイデンザッハを放棄するの?」
 
 「神様が作り出す火が無くなってます~。シャイデンザッハの火が無くなればドワーフは居る所が無いです~」
 
 ドワーフにはシャイデンザッハに残って欲しい。まだ一度も見た事が無いし、ハルモニアに協力してもらえたら武勇と武器が手に入る。
 
 きっとハルモニア王も同じ事を考えてここに逃げて来たのだろうけど、やり方とタイミングが最高に悪い。誰か止める人はおらんのか?
 
 「もう洞窟からの横穴は完成したの?」
 
 「まだ全員が一度に逃げるくらいは出来てないです~。今は街のドワーフだけに話を回しているんです~」
 
 中と外の連絡が付いたら一気に掘り進めて逃げる感じかな。しかし、困った。一度も見ずに逃げられてしまうのは勿体ない。
 
 あれ?    この話はドワーフ以外が知ったら大変な事になる重要な情報を何故にオリエッタや白百合団が知ってるんだ?    まさか、捕まえて拷問とかは無しだよ。協力を仰ぎたい人達なんだから。
 
 「こ、この情報はどうやって知ったのかなぁ。拷問とかはしてないよねぇ……」
 
 「教えてくれたんです~。一緒に来ないかって~」
 
 オリエッタはあげませんよ。どこのドイツだ。オランダ    ……下らん!    
 
 「誰に誘われたの?」
 
 「お爺ちゃんです~」
 
 「お爺ちゃん?」
 
 「ギルベルト・シャイデンザッハです~」
 
 最近、聞いた。そう聞いたんだ。聞いたのは地名と城の名前と国王の名前と……    国王!?    オリエッタさんのお爺様はシャイデンザッハの国王!
 
 「オ、オリエッタさんはシャイデンザッハ国王陛下の……」
 
 「孫です~」
 
 すんげぇ事をアッサリ言いやがった。ルフィナの時も驚いたけど、今度は国王の孫だと!    だけど……    ドワーフを見た事は無いけど想像しているドワーフの女性とオリエッタはかなり違う様な。
 
 「そこの所の家族構成を詳しく……」
 
 傭兵ともなれば過去に色々な事があって聞いたりはしない。僕の事だってハルモニア出身と言うだけで、それ以上の事は聞かれたりもしないが、話の流れでここは聞いてもいいだろ。
 
 「お婆ちゃんが人間なんです~。お父さんはハーフドワーフでお母さんは人間です~。オリちゃんはクォーターになるんです~」
 
 なるほど!    ドワーフの血は流れているが薄いって事だ。だからこんなに小さくても白百合団一のパワーの持ち主なのか。今までの疑問が全て納得がいった。
 
 「それでオリエッタさんも一緒に行かないかと誘われたと……」
 
 「オリちゃんは団長の側がいいです~。オリちゃんは行かないです~」
 
 なんて健気な王族の孫。クォーターで良かった。僕のイメージのドワーフはもっと毛が多くて、ずんぐりしてたから。
 
 でも、王様の孫とはいい事だ。オリエッタには悪いがその関係を使わせてもらう。今はドワーフに去られるのが一番困るから。
 
 ドワーフは王国を捨てようとしている。それはハルモニア軍が攻めてきたからより、ドワーフとしての生活が出来なくなってるからの方が大きいだろう。
 
 先ずはドワーフの火の神様に復活してもらって世代交代をし、その後にハルモニアと平和的な協力関係を築いてもらおう。協力関係にはアンネリーゼ嬢の反則技でなんとか……
 
 政治は苦手だが力任せなら白百合団の真骨頂だ。氷野郎を火炙りにして溶かしてやる。嫌、それとも、かき氷でシロップか。なんにせよ、ドワーフの国王、オリエッタさんのお爺様にあって話をしないと。
 
 「オリエッタさん、シャイデンザッハ国王に話をしたいのですが通してもらえますか?」
 
 「はい~。お爺ちゃんならいつでも話を聞いてくれます~。    ……団長~    なんで「さん」なんて付けるですかぁ~」
 
 何でって国王の孫だろ。「さん」より「様」を付けなければいけないよ。なんとなく、流れで「さん」を付けたけど嫌だったのかな。
 
 「やっぱり国王陛下のお孫さんだし「様」の方が良かったかな?」
 
 この世界の縦割りは意外なほど大きい。支配階級がいない日本とは考えられないほどだ。僕は元は社畜だったし支配階級の底辺にはいたが……
 
 「呼ぶなら「可愛いオリちゃん」がいいです~」
 
 それはちょっと恥ずかしい。「マイ・ハニー」的な、日本人は慣れてないのよ。こっちに来てからもそんな風に呼んだ人はいないしね。
 
 でも、憧れない訳ではない。一度は呼んでみたい衝動は僕にもある。無かったのは切っ掛けか。せっかくオリエッタも言ってるんだし……
 
 「ぼ、僕の可愛いオリエッ……    だぁっ!」
 
 言い慣れないから咳き込んでしまった。だって喉に血が溜まるんだもん、レーザーで射ぬかれて。寝ていると思ったソフィアさんの無意識か、左手の五本指がこちらを向いて煙をあげていた。
 
 「あらあら、大変です~」
 
 ソフィアさん、あんたの魔力の消費量はどうなってるんですか?    僕の時だけ別腹ですか?    ケーキは別腹って言いますが入るお腹は一つだと思いますよ。
 
 血の香りに誘われてルフィナも寝ぼけながら起き出す姿はヴァンパイアの様だった。アラナは幸せそうに寝てるし、ちゃんとシーツを掛けるんだよ。
 
 もう朝日も昇るかな?    僕も少し休ませてもらおうかな。どうせ血溜まりが出来るくらい吹き出したって詐欺師の僕は死なないのだろうしね。
 
 
 
 眠くなってきた。血が暖かい。オリエッタ、明日はよろしくね。    ……おやすみ。
 
 
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