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第百九十一話
しおりを挟む朝からシャワーを浴びれる幸せは、戦場ではあり得ない事だ。ここは戦場か!?
朝からオリエッタとシャワーを浴び、血で汚れた服を洗ってると我も我もとバスルームに入って来て、美女に囲まれ至福の時を味わう。 ……狭い、身動きが取れん。服が洗いにくい。
それも長い時間では無かった。プリシラさんが帰って一緒にシャワーを浴びるまでの短い時間だった。皆は飛び退く様にバスルームを出ていく。僕とプリシラさんの時間を邪魔するのを気にした訳ではなく、プリシラさんのリバースを避けたから。
「プリシラ! 飲み過ぎるなって言ったろ!」
服を洗っていた僕はプリシラさんの有難いリバースを頭から直撃を受け、そんなプレイもあるのかなと、蒸し返す臭気のなかで考えてしまう。
「……ごめんなさい」
クリスティンさんが謝る事は無いんですよ。このバカがリバースするほど飲んだのが悪い。人にリバースするのはもっと悪い。
「気持ち悪うぅぅ……」
お前はバスルームで死んでろ、そして好きなだけリバースしてろ。僕は体と服を洗ってからドワーフの国王、シャイデンザッハに会わないといけないんだから。
「……洗います」
クリスティンさんの気遣いは嬉しいけど、洗わせるならリバースした本人に洗わせればいいんだよ。でも、洗ってくれるなら遠慮はしないけどね。
朝から見るクリスティンさん、いや、いつ見てもクリスティンさんは美しい。そんなクリスティンさんに洗ってもらえるなんて、プリシラもたまには良い事をする。
これから国王陛下に会うのにリバースの匂いがしていたら失礼になる。僕はそれをクリスティンさんに伝えて念入りに二度洗いしてもらった。
しっかり洗ってもらい二人でバスルームを出る時には、クリスティンさんはタオルを巻いてお姫様抱っこでドアを開け、神速のモード・スリーでソフィアさんのレーザーを避けた。
背中で聞こえるプリシラさんの悲痛な叫び声。たまにはレーザーを喰らうのもいい経験だ。僕はオリエッタに服を用意してもらい着替えた。
「僕の服は無いんですか? 予備は?」
どう考えてもサイズが合ってない。横幅は僕の倍以上もあり長さに関しては半分がいいとこ。クリンシュベルバッハを逃げ出す時に僕達の馬車はあったのだから、僕の私物があってもいいのだけど。
「ごめんなさいです~。馬車に人を乗せるので団長の私物は置いてきちゃったんです~。プリシラちゃんがいいって~」
クリンシュベルバッハ城からの撤退は急な事で、僕の私物より人を一人でも多く乗せた方がいいに決まってる。残念だけどプリシラさんにしては、いい判断だ。後でレーザーの傷口でも診てやろう。
「他に服は無いんですか? 腹出し膝出しで国王陛下に会うわけにはいきませんよ」
ラフな格好にも程がある。これが許されるのはスタイルがいい女性だけだ。男がだらしない腹を出して歩いたら石を投げつけても許される法律が、ハルモニアには有ったはずだ。
「これはドワーフの服なのでサイズが合わないです~。でも正装なんです~」
民族衣装みたいな物か。確かに日本に来た外国のお偉いさんが着物を着たりするが、その時はサイズを計っていると思う。
どうしようか。正装を無理にでも着てると好感度が上がるか、それともサイズを無視した着方で民族衣装をバカにしてると捉えられるか…… どっちだ!?
あぁ、涙が出そうだ。朝も早くからシャワーを楽しんで、いい気分なのに服くらいで悩まないといけないなんて…… あの楽しい時間と僕の服を返してくれ。
僕は腹出し膝出しで国王陛下に会う事に決めた。怒られたら怒られよう、笑われたら笑われよう。僕に大事なのは姿格好じゃない。男は中身だ! 大事なのはドワーフ達がここに残ってもらう事だ!
「あい変わらすバカだな。 ──ソフィア! 魔法なんか、ぶっ放しやがって治しやがれ!」
チッ! 擦っただけか!? もう少しズレてれば面白かったのに。プリシラさんはソフィアさんに治してもらうと、私物の入った木箱を開けて服を取り出した。
え!? 私物の箱は捨てたんじゃないんだっけ? 僕はプリシラさんの着替えシーンからカメラをパンしてオリエッタに切り替えた。
「あっ、置いていくのは団長のだけでいいってプリシラちゃんが言いました~」
泣こう。誰かバスト九十センチ以上の胸を貸してください。僕はそこに顔を埋め、声を殺して泣いていたいよ。捨てられた私物は僕のだけか。
「仕方がないですよね。仕方がないのでこの服で国王陛下に会いましょう。オリエッタ、魔剣ゼブラをください。邪魔するヤツは皆殺しにしてやるぅぅ」
僕の現在の精神状態は邪悪。これで国王がくだらない言い訳や詭弁を発したらオリエッタの祖父とはいえ髭をパンチパーマにしてやる。
「誰が会いに行きますか~」
人選は大事だ。オリエッタにはもちろん行ってもらうし僕も当然だ。問題は氷の魔物を討伐に行くために集められた野獣の様な男達だ。
その中に街を占領した人間が腹出し正装で行ったらどう思われるだろう。「良く来たね」と言って毒入りのお茶を勧められるのがオチだ。
そう言っても完全武装のドワーフ全員と殺り合う訳にもいかず、出来るだけ少人数で刺激をしないよう国王陛下に会いに行きたい。
氷の魔物を倒した後は政治の話になる。ドワーフに協力を求めたいからだ。そうなると…… いや、いっその事、魔物退治も含めて政治の話に巻き込むか。それなら心当たりは一人しかいない。
「行くのは少人数で。僕と案内役にオリエッタ、それと交渉役にアンネリーゼ様に同行してもらいます」
一部から沸き上がる殺気を僕はソフィアさんの影に隠れてやり過ごせない。一番、殺気立ってるのがソフィアさんかよ。背中に隠れて肩に置いた手がビリビリした。
アンネリーゼ嬢と二人だけで偵察に行った件で、ソフィアさんは良識ある見解から事の重要性を理解し、僕に対して攻撃的な事は無かった。
恐らくアンネリーゼ嬢と魔族の女、アルマ・ロンベルグが重なっているのだろう。また女と遊びにいくのか、てめぇは! と、……
アルマ・ロンベルグの件に付いては僕の口から話していない。アルマが捕虜交換の条件として婚姻を持ち出した事はアラナから既に聞いているのはメテオストライクが証明してくれている。
お陰でアルマから逃げ出す事が出来たのだが、官能的な拷問があった事や助け出した事、クリンシュベルバッハであった事は全てを話していない。
「わたしも行きますね。うふふ」
立ち上がったソフィアさんは僕の首に手を廻して下から見上げる様に言った。顔が近い。まるで恋人達が会話を楽しむ様に今にもキスをするかの様に。
違うのは僕が広域心眼を使った事と、ソフィアさんのエイト・ライトニング・ボールを使っている事くらいで二人だけを見れば仲のいい恋人どうしだ。
一発分のレーザーで八個の光の玉を出す、エイト・ライトニング・ボールは心眼で背中の分を数えても八十は越える。一個のボールから千本くらいの光の針が飛び出すから八万の敵に囲まれているのと一緒か。
魔力量がめちゃくちゃだろ、採算度外視の安売りか!? 部屋の熱量が一気に上がる。ボール一個が発熱するのに狭い部屋に八十個。日焼け止めが必要だ。
「あ、あ、 ……一緒に行きましょ」
僕はソフィアさんに口付けをすると驚く速さで部屋が冷めていく。僕の首に火傷の跡を残して……
僕とソフィアさん、オリエッタの三人は一路アンネリーゼ嬢の所に向かった。シャイデンザッハに着いてから上司であるアンネリーゼ嬢の所に挨拶も行かなかったのは問題だが僕も何かと忙しい。
アンネリーゼ嬢は撤退の遅れからシャイデンザッハの占領には手を下していないのは確認済みだ。だからと言って公爵の位がありハルモニア軍と言うだけでドワーフと交渉が上手く行くかは疑問だ。
だが、やってもらわないと。ハルモニア国王は無理だとしても、こちらもそれなりの爵位持ちを連れて行かなければシャイデンザッハ国王も話に乗ってくれるかどうか。いざとなったらアンネリーゼ嬢の「魅惑のカリスマ」を発揮してもらおう。
アンネリーゼ嬢の摂取した屋敷は大きくドワーフでも高位の者が住んでいたのだろう。摂取はしたがドワーフを追い出す事はせず、出迎えてくれた女性のドワーフを初めて見た。
良かった、オリエッタがクォーターで…… 差別はしないつもりだ。偏見も良くない。だけど、だけどね……
「アンネリーゼ様に会いに来ました。僕はフリューゲン軍、第一旅団長のミカエル・シンです」
ドワーフの女性はずいぶんと礼儀正しく「すぐにお繋ぎします」と階段を駆け上がり、僕達は殺風景だが作りのしっかりした玄関ホールで待っていた。
そこへ、平然と、静かに、何事も無かったかの様に、ユーマバシャールが現れ「姫は執務中だ」と言ってのけた。ここまで堂々とされると僕が悪い事をしているかの様に聞こえる。
えっと…… 確か…… 殺すんだっけ! 抜刀、神速、モード・スリー! が、出る前に倒れる飛ぶユーマバシャール。
そして僕と組んでいた右手を離しユーマバシャールに伸ばした指からは、嗅いだばかりの煙が鼻をくすぐる。
「団長がお会いに来たのですから邪悪すれば死にますよ」
そ、それは僕が殺りたかった事だ。この半分まで抜いた魔剣ゼブラの振り落とし所が、血を吐いて苦しんでいるユーマバシャールを見ると、なぜだか同情を禁じ得ない。それは、なかなか痛いんだよ。
「ミカエル、無事だったのですね!」
空気を読んでか読まずか、アンネリーゼ嬢は休むには早い、レースのネグリジェ姿で階段を降りて来た。とりあえず、ユーマバシャール君を治してあげてね。殺すなら僕が殺る。
空気を読んでない事はネグリジェ姿で抱き付いて来た事で分かった。ユーマ君、悪いね。この女は僕がもらうよ。
長い遠征から帰って来た兵士を迎える恋人の様に、キスこそ無かったが誰が見ても心温まる風景は、エイト・ライトニング・ボールが所狭しと浮かび上がった事で一気に熱量が上昇した。
数万の針のレーザー。アンネリーゼ嬢を抱き上げてどこまで逃げ切れるだろうか。
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