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第百九十三話
しおりを挟む作戦名「アイスブレイク」
命名者、オリエッタ・シャイデンザッハ。
国王陛下の孫娘のオリエッタがいたからこそ、話が通ったと言ってもいい。もちろんアンネリーゼ嬢が直接、交渉したのだろうが国王陛下の身内の力は侮れない。
僕とオリエッタを残しソフィアさんとアンネリーゼ嬢には洞窟を出て、白百合団を呼びに行ってもらった。
今回、アンネリーゼ嬢には大変な思いをさせた。敵陣に乗り込み同盟の話を持ちかけ、それをハルモニア国王に事後承諾させるのだから。
僕が描いた構想は簡単だ。ドワーフはハルモニアと一戦交える事も無くシャイデンザッハを捨てるのは、火の神が氷の魔物によって活動が出来なくなったからだ。
ドワーフに残ってもらうには二つの条件がある。一つは火の神の復活、もう一つはシャイデンザッハの自治権の回復。
火の神に関しては氷の魔物を退治して世代交代をしてもらう。シャイデンザッハの自治権の復活はハルモニア軍が居なくなればいいだけ。理由を付けて他の街に移動するか王都クリンシュベルバッハを取り返したらいい。これはアンネリーゼ嬢に任せよう。
「それで…… その氷の魔物ってのは何処にいるだ」
僕達、白百合団はいつもの通りだ。邪魔する者は全て殲滅。氷の魔物を倒せばいいだけ、なんて分かり易く簡単な仕事。
「氷の魔物は火の神の神殿にいるそうです。さっさと殺して帰りましょう。ここは洞窟だからか寒いですよ」
全く気に入らない! 洞窟の中は寒くてお腹が冷えるんだ。もちろんこの寒さは異常なくらいだ。氷の魔物が火の神を氷付けにでもしてるんだろうか。
そしてもっと気に入らないのは皆が厚着をしている事だ。ローブ組はまだいい、見えないから。プリシラさんやクリスティンさん、アラナやオリエッタまで厚着で肌の一つも見れない。
そんなんで男のやる気が出るか!? 出ないだろ、一パーセントも出ない。元々、肌がそれほど見える格好なんてしてないけど、ベンチコート並の装甲でどこから手を入れればいいんだよ。
さっさと氷の魔物を殺して火の神に復活してもらい洞窟内を暖めてもらう。ドワーフとの協定なんて関係ねぇ。僕は僕の為に戦う。それと僕のお腹の冷えを止めるため。
僕達は火の神殿に向かいながら氷の魔物に付いてオリエッタに聞いてみた。白百合団一の働き者はちゃんと事前の情報収集を済ませて、僕の服は忘れた。
「氷の魔物って言いますけど~、本当の名前は「スノーレディ」って言います~。もっと北の山脈にいるんです~」
これも魔王の仕業なのか。自分のテリトリーを放棄、南下してドワーフの火の神にケンカを売るなんて季節感が台無しだ。
ここは南国ハルモニア。薄着の女の子も多くシャイデンザッハに関しては、火の神が火山からマグマを流すほど仕事熱心な所だが、今に限ってはマグマも止まってる。
早く始末して帰りたい。僕は寒いのは得意じゃないんだよ。スノボのスキーもやった事が無いし雪山登山をする人なんて尊敬だ。
「んっ!? オリエッタ! さっき使っていたマスクを着けてみて」
「今ですか~。 ガスは無いと思います~」
ガスは問題じゃないんだよ。スノボで思い出したけどゲレンデで見る女性は、可愛さ三割アップの法則を確かめたい。所々で違うのは分かってるけど、この寒さと……
「着けました、プシュー」
都市伝説だな…… これでチェーンソーを持っていたらホラーゲームのキャラクターが成立だ。そんなのがゲレンデにいたらゴンドラリフトを独り占め出来そうだよ。
「ありがとう。もう外していいよ。それとアラナは武器を変えたの? 随分と大きな剣だね」
アラナの身長はルフィナやオリエッタと同じくらいだが、剣の大きさもそれと同じくらい 長大だ。野太刀? 斬馬刀? アラナのスピードを殺すことにならないかな。
「やっと出来た超振動の剣です~。まだ少し大きいです~。でも、アラナちゃんが武器を無くしたから丁度いいです~」
超振動も進化してるんだね。ハルバートくらいの大きさと重さが必要とされていたのに、これからはプリシラさんもハルバートから超振動の斬馬刀に変えるのかな。
プリシラさんなら二本持ちも出来る。僕も以前はクロスソードで戦った事があるけど盾が無いと、いまいち不安で……
新しい武器ある、戦力的には問題ない。ドワーフとの協定の為にもスノーレディを倒す。スノーレディを…… スノーレディ!?
日本語で言えば雪女じゃないか。雪女って狂暴なイメージは無いぞ。どちらかと言えば悲恋の話だった気がするよ。恋する人間の男の間に子供が出来て、何かの理由で別れるんだよね。
……もしかして可愛い!? いや、もしかしたら話の通じる魔物か。魔族のアルマ・ロンベルグの事もあるし話の通じる魔物がいたっておかしくない。
話が出来るなら北の山脈にでも帰ってもらおう。こんなマグマの出る熱い所にいたら日焼けをして可哀想だ。
「オリエッタ、雪女とは話をしたんですか? いきなり斬り合いとか?」
「ユキオンナってスノーレディの事ですか~。話しはしてないと思います~。ドワーフは寒いのに強くないです~。身体を暖める為にもドワーフ的にも話し合いは無いと思います~」
先ずは話し合いをしてからでも遅くは無いと思うぞ。氷がマグマに近付く事なんて不自然なんだから、何かしらの理由があってもおかしくない。
それに雪女なら色白で着物が似合う綺麗な人ってのが相場だ。それを簡単に斬り合って終わらせるなんて勿体ない。仲良くなれば合コン出来るのに。
「え~、白百合団の皆さん聞いてください。スノーレディですが、今後の呼称を雪女に変更します。それと雪女と遭遇した場合は斬らないで話し合いをしたいと思います。不要な戦闘を避けて北の山脈に帰ってもらえたら平和的でいいですしね」
「ぶっ殺して終わりだろ。あたしゃ寒いところは苦手だったんだな。思ったよりキツいぜ。ミカエル、暖めてくれよ」
ベンチコートを広げて僕を包もうとするプリシラさんは、思った通り心臓を押さえて苦しんだ。クリスティンさんもレベルアップしてるんだろうね。
「とりあえず話し合いをします。火の神がどうなっているのか分かりませんし、人質に取られているなら時間を引き伸ばしたい。向こうが好戦的なら素早く倒しましょう。ただ話が出来るようなら僕とプリシラさんとルフィナは前に、他のメンバーは火の神に注意を払って下さい。人質なら助けないといけませんからね」
マグマが止まったのなら火の神としての力が弱まったと考えるのが普通だ。もともと世代交代の時期だから弱まった事も考えられるが、氷とマグマならマグマの方が勝つと思うが魔法が絡むと違ってくるのかな。
「ク、クリスティンの野郎、容赦がねぇな。ミカエル~、立たせて~、おんぶ~」
アホな事をするからクリスティンさんの逆鱗に触れるんだよ、バカめ。立たせるのは手伝うけど背負うのは嫌だ。重いし狭いし戦いになったら、どうやってハルバートを振り回すつもりだ?
火の神の神殿に行けば少しは広くなるだろうけど、今はこの狭く暗い洞窟の回廊で雪女に出会いたくない。僕は先を急ぎたいのでプリシラさんに手を貸して急いだ。暗かったので手が膨らみに触れてしまったが、それは二人の秘密だ。
寒さに弱いと言うのは本当みたいだ。あれ以来、前をあける事は無いしアラナもかなり寒そうにしている。ライカンスロープや猫の亜人なら毛がある分、暖かいものだろうに。
進めば進むほど光が大きくなった。洞窟の中に自生している光苔が輝くばかりで無く、壁が凍らされて光が分散してアートを型どっていた。
さらに進めば大きく開けた場所に出た。壁は全て凍らされて気分はまるで冷凍庫。正面には身の丈、十メートルを越え、とてもデザイン料をぼったくられた様な火の神? と、言えるのが堂々と壁に埋め込まれる様に立っていた。
「横隊! クリスティンは後ろに付け!」
僕を中心にプリシラさんを右にルフィナを左へ展開し、即応出来ないクリスティンさんを下げた。そいつはいた、火の神の足元にいる。そこだけ氷厚く地面を被っている。
「まずは話し合いだ。構えるなよ、敵対するつもりはまだ無い」
僕とプリシラさんの物理攻撃に加えてルフィナの魔法攻撃なら抜けない敵はない。久しぶりに思い出すネーブル橋の戦い。敵と判断したら瞬殺。
僕達ゆっくり近付いた。もう雪女だって気が付いているだろうが、こちらを振り向く事もなく火の神の方に向かって座っている。
無視ですか? 気が付いている距離なのに。もしかして音楽でも聞いてるの? イヤホンして。危ないよ、イヤホンして自転車に乗るとか。車に引かれちゃうし、今なら僕に斬られちゃう。僕はモード・スリーの射程範囲に捉えてから言った。この距離なら絶対に外さない。
「雪女! 僕はフリューゲン軍配下、第一旅団長ミカエル・シンだ。話し合いに来た!」
「やっと来たか…… ドワーフどもは……」
冷たい声が洞窟に響く。黒髪に少しのなで肩、後ろ姿から見るスタイルは悪くないが、着ている服がアロハシャツ。ここは着物がお約束だろ。
氷をバキバキと壊して立ち上がり、振り返れば大きな黒目が吸い込まれそうになるラテン系。浅黒く日焼けした肌は僕の好みだが、雪女が日焼けしたらダメだよ。イメージが崩れる。
「人間が何用だ……」
逆に、ラテン女が何してると言いたい。どう見ても雪女に見えないよ。雪よりか夏の海辺で日焼けしてるか、タンゴを踊ってる方が似合ってる。
「何、鼻の下を伸ばしてやがる」
男が可愛い娘を見て鼻の下をのばして何が悪い! 登山家に山登りの理由を聞くのと同じだ。 ……あっちは少しエムっ毛があるのかもしれないが。
「雪女、この氷を溶かして欲しい。火の神を解放してくれ」
プリシラさんの質問に答えてると墓穴を掘るかもしれないから無視だ。誘導尋問に引っ掛かって「その腰に手を廻してタンゴを踊りたい」とか調子に乗って言いそうだ。
答え次第ではモード・スリーの抜刀だ。慎重に答えないと、気が付いた時には首が飛んでるぞ。僕の右手はいつでも腰の剣が抜けるように力を抜く。
「雪女とは、あたいの事か!? それは面白い」
ラテン系のノリは隠せないんだね。僕はお腹が冷えるから早く終わらせたいんだけど。
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