異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百九十五話

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 寒さ暑さも彼岸まで。寒さは身が凍るほど、暑さは身が焼けるほど。気候変動は環境の悪化のせいか。
 
 
 「ビオレタ!    ガードが薄いぞ、もっと厚い氷を張れ!」
 
 今回は……    今回も?    僕は蚊帳の外に追いやられている。僕は後ろに下がり戦闘指揮を取っていた。僕の魔剣ゼブラの刀身には、超振動は流れておらず、火の神を斬れば刀が溶ける。光の剣を出しても熱負けするし、闇の大鎌はむろん出せない。
 
 プリシラさんとアラナとオリエッタは火の神に通じる超振動を駆使して楽しく殺り合っている。ルフィナは致命傷を負わせるくらいの大技がいくつもあるのに「千年の呪木」ばかり出してるのは、二つ名が気に入ってるからだろうか。
 
 クリスティンさんは頑張ってる。決して他人には認められない力を最大に使って火の神の心臓を止めようと頑張っているんだ。その証拠に汗が額から滴り落ち、火の神の暑さで胸元を大きく開けた膨らみの谷間に汗が……    拭いた方がいいかな。
 
 ソフィアさんも下がり僕の側に。時折、飛んでくるマグマや炎を、光の玉を器用に広げて盾代わりにしているが、今は紅茶を入れてリラックスしてるのは何故?
 
 火の神に対して僕達は圧倒している様に見える。四人の暴れ様は、玩具を取られた子供のようだった。ラテン系の雪女、ビオレタ・ロギンスも氷を武器に戦っていた。
 
 ティータイム……
 
 火の神は人型のトロールを思わせる風大で、身体は岩が張り付いている様にゴツゴツし、時おり身体内部のマグマを見せていた。
 
 二杯目……    クッキーを一つ……
 
 火の神の足にビオレタの氷の魔法を掛け、そこを超振動で叩くコンビネーション攻撃は有効で火の神の回復力は斬撃に追い付かないほどになっていった。
 
 ブレイクタイム……    ちょっとトイレ休憩……
 
 僕の的確な指示により火の神は、もうすぐ倒せるだろう。僕は冷えたり暖まったり飲み過ぎたりで、下腹部が大忙しになって来たようだ。このまま行けば勝てそうだし僕の役目は指揮だけで終わりそうだ。
 
 「皆さん、ちょっとトイレに行って来ます。ここにソフィアさんが紅茶とクッキーを用意してあるので疲れた方から休んで下さいね」
 
 「てめぇ、ちょ、ちょっと待て……」
 
 おっと、クッキーにはソフィアさん自作のジャムがある事を言い忘れた。これが色んな味があっていいんだよね。ソフィアさんもメテオストライク飛ばす割には時間があるもんだ。
     
 僕は使われていなそうな横穴に入って腰を下ろした。残念ながら温かい便座もウォシュレットも無い訳で、トイレットペーパーは葉っぱだ。この世界は葉っぱだ。それが普通だ、文句は聞かん。
 
 横穴は火の神がいた所より冷んやりしてワインを保管するのにピッタリだった。この世界の文明レベルは今の日本に比べて格段に落ちている。僕も全部が分かる訳では無いが、何かこの世界に貢献出来る事があるのでは。細かい仕組みまでは分からなくても、アイデアの一つとして教えれば頭のいい人がそれに続いてくれるかも知れない。    
 
 ……ふぅ~。    難しい事を考えると「ピー」が出易くなっていい。この後に「ピー」した穴を埋めないといけないのだが、硬い岩盤の上で「ピー」をしたから、残念ながら葉っぱを乗せて放置した。洞窟の中で不用意に葉っぱがあったら、その下には「ピー」があると思った方がいい。
 
 僕は身も心もスッキリしてベルトを閉める。まだ戦いが続いている音がする。このまま、ここでゆっくりしていたい気もするが一人でいても寂しいし、「ピー」の香りが……
 
 やっぱり指揮を取ろう。白百合団には僕の様な優秀な男が必要だ。僕がどれだけ優秀で仕事の出来る男なのかは、トイレ代わりに使った洞窟の奥から聞こえる、微かな引きずる音を聞けるからだ。
 
 ……なんだろう。ズズズっ?   ズルズルっ?    何か大きな物を引きずる音がする。鼻炎か!?    ドワーフの援軍ならこの道は通らない。こんな時には便利技、「広域心眼~」    青い猫型ロボットを真似るだけの余裕はある。
 
 折れ曲がった洞窟の中を僕の意識が進む。暗くても見える広域心眼は米軍に売り付けてやりたくなる。儲けて借金返済、生活に負担の無いローンを組もう。
 
 見えた!    バカな事を考えていても仕事をする僕はやっぱり優秀な指揮官だ。見えたのは蛇男!    洞窟を埋め尽くす太く長い胴体に、裸の鍛え上げられた上半身が、僕のお腹と随分と違う。
 
 このまま火の神の所に行かせる訳にはいかない。ここは僕が食い止めないと。武器はある、チートもある、相手は蛇男?    だ、男なら話し合いは省略しよう今は忙しい。
 
 鼻炎が大きくなって近付いて来るのが分かる。ティッシュの用意は無い。葉っぱならそこに落ちてるぞ、使用済みだけど。曲がりくねった洞窟のカーブを抜けて、そいつは現れた。
 
 「光よ!」
 
 先制攻撃、目眩ましの光の剣。暗闇を生きる者に強い光は有効だ!    まるでフラッシュライト並みの閃光が僕と蛇男を襲う。
 
 「フリーズ!    プット・ユア・ハンズ・アップ」
 
 決め台詞はアメリカでしか通用しないのか、光が剣の形になって閃光が収まった時、蛇男は鼻炎を全開に突き進んで来た。せっかく話し合いをしようと思ったのに残念だ。
 
 この質量は止められない。襲い掛かる蛇男の右手の爪を軽いフットワークで避けるが突撃は止まらない。だけどね、スピードを合わせれば、この大きさを気にする必要はないんだよ。
 
 神速!   モード・ツルッ?
 
 「ノォ~!!」
 
 踏んだ!    踏んだ!    猫踏んじゃった?    違う!    地雷を踏んだ……    自分で仕掛けた地雷を踏んで足を滑らせた。
 
 「くそっ!」
 
 「ピー」だけに、「くそっ!」    下らん!    分かっているけど言いたくなる衝動を押さえされない。とにかく、この靴底を何とかしないと皆の元に帰れない。「ピー男」とか「ピー団長」とか呼ばれるのだけは絶対に嫌だ!
 
 僕は一生懸命、靴底を地面に擦り付け何とか取ろうと頑張った。蛇男は何か色々とやって来たみたいだけど、相手をしているほど暇じゃねぇんだよ。神速と心眼で蛇男が何をしようと、僕の靴底に付いた「ピー」を落とす邪魔をさせない。
 
 「邪魔すんな!」
 
 ストーカーの様に五月蝿かったので、そんなヤツにはガツンと言って光の剣を振るった。こっちの忙しさを察してくれたのか蛇男はそれから一言も喋る事も無く静かにしてくれた。
 
 「もぅ……    隙間に入ったのが取れないよ」
 
 靴底を地面に擦り付けたからか、隙間に入った「ピー」がなかなか取れなかった。幸いにもどこからか流れて来た赤い水を使って、綺麗に落とす事が出来た。
 
 
 
 「てめぇは、どこに行ってやがった!」
 
 ブレイクタイムに入っていた皆はとても疲れたのだろう、甘いジャムを大量にクッキーに乗せ、紅茶にお酒を入れて、がぶ飲みしていた。
 
 「終わったんですか?」
 
 「楽勝だバカヤロー」
 
 「ビオレタさんは?」
 
 「火の神がいた台座で何かやってるぜ」
 
 火の神、名前も知らず世代交代だからって戦って殺してしまったドワーフ達の神。僕はその大きな巨体の横を歩いて台座に向かった。
 
 ドワーフ達だったら、もっと穏便な形で交代を出来たのだろうか。代わりの火の神を用意したからって、僕達がドワーフの神を殺してしまった事に代わりは無い。ドワーフは受け入れてくれるのか?    雪女が火の神になるなんて事を……    
 
 神の台座に座る女。ラテンの雪女、ビオレタ・ロギンス。今は目のやり場に困る裸でいるのは何故だろう。もしかして見られたい系とか!?
 
 「ビオレタさん、世代交代はどうなりましたか?」
 
 「……終わった。これからは火の神、ビオレタ・ロギンスだよ……」
 
 ドワーフを守る為に単身、火の神を押さえ込んでいたビオレタからは、嬉しそうな声は聞けなかった。悲しみよりも何か深い思いが感じられる言葉。
 
 「ビオレタさんは氷の魔物なのにどうして火の神になろうと思ったんですか?    もちろん魔力的に十分な物を持ってるのは知ってますが……」
 
 氷から火へ。陰から陽へ。全く違う生き方をするなんて簡単な理由じゃ出来ない事だ。プリシラさんがクリスティンさんの様に生きるのと同じくらい……    あんまり変わらないかな?
 
 「氷の魔物と呼ばれているスノーレディの生き方を知っているかい?    親もなく兄弟も無い、一人で生まれるんだよ、雪山で一人……」
 
 聞いてはいけない事を聞いたのか、もう少し軽い考えだったらお茶でも飲みながら聞いたのに、そして大切な話をするなら服を着てくれ。脱いでる必要はあるのか?
 
 「スノーレディは一人なのさ。生まれてからずっとね。わたしはそれが嫌になったんだよ……    もっと人の側にいたい、温もりが欲しい……」
 
 人としての暖かさ。雪女では絶対無理な領域。触る物を全て凍らせ、存在自体も心を凍らせる。そんな雪女が温もりを欲しがるのも無理は無いか。独りは寂しいからね。
 
 「触ってみろ、ミカエル。今のわたしには温もりがある」
 
 立ち上がったビオレタは僕の方に歩んで来た。ラテン系の褐色の肌に締まった腰が、思いの外スタイルを良く見せる。で、裸。どこを触れと言うのですか。
 
 触ってくれと言わんばかりに突き出た形のいい胸。流石にそこでは無いだろう。手を繋ぐか?    それは一緒に戦った者としてよそよそしい。
 
 正解は……    僕はビオレタの頬に手を当てた。微かな温もりを感じて、僕が手を戻そうとするとビオレタの方から手に触れてきた。
 
 「今のわたしはさ、暖かいだろ。ちょっと前までは考えられない事だよ。わたしは……    暖かいだろ……」
 
 僕はビオレタを抱き締める。暖かいですよ、ビオレタさん。特に服から出た、僕のお腹が暖かい。触っただけで芯まで凍る雪女はもういない。
 
 これからはドワーフ達の火の神になる炎を駆使してマグマを操る。シャイデンザッハもこれから、ドワーフ達の街として復活するだろう。
 
 僕達とドワーフ達の協定条件の一つはクリアした。後はハルモニア軍の拠点を変えればいいだけだ。少しの間、ドワーフには我慢してもらって各国の援軍を待ち、連合軍で王都クリンシュベルバッハを奪還する。
 
 魔王軍を押し返す為にもドワーフに頼みたい武器もある。今日が起点となるだろう、魔王を倒してハッピーエンドだ!
 
 
 
 「ほほぅ、人が休んでれば、てめぇは働くのか……」
 
 悪魔の声が僕の後ろから静かな殺気を立てて囁く。この状況でどんな言い訳があるのだろう。ハッピーでは無いがエンドみたいだ。
    
  
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