異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百一話

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 三人のイリスを探索に当たらせ二人の伯爵を探させる。連絡が来たのは昼を越えてからだった。
 
 

 「プリシラさんはクノール伯爵を僕はエルンスト伯爵を拉致して来ます。他の皆さんと旅団でアンネリーゼ様の護衛をお願いします。指揮はクリスティンさんで」
 
 「暴れたら殺していいのか?」
 
 「死人は役に立たないので殺しは無しで。必要なのは彼のアンネリーゼ様に対する忠誠と武力ですからね」
 
 出来る事なら戴冠式の前にはアンネリーゼ嬢と話をして魅惑のカリスマに掴ませて忠誠を誓わせたい。あれに抗える者は僕くらいな者だ。日頃の心構えが違うんだよ!
 
 「それじゃ、皆さんよろしく。もしかしたら、国王の護衛隊の千人くらいが押し寄せるかも知れませんが、それは殺っちゃって構いません」
 
 ハルモニア国王の「狂気のカリスマ」を強く受けていた近衛の騎士団。これが黙って見ているとも思えない。ユーマバシャールが上手く言いくるめてるかもの期待もあるが、この段階になっても帰って来ない所を見ると……
 
 死んだな……    いやぁ~、とても残念だ。優秀な男だったのに死ぬなんて、本当に残念だ。彼との思いでは心の片隅からも追い払って、僕はアンネリーゼと幸せになるよ。
 
 僕達は各々の仕事を受け持って別れた。プリシラさんが生かして連れて来るか心配だが、最悪の場合はクノール伯爵の騎士団だけ「魅惑のカリスマ」に捕らえさせよう。僕はちゃんと生かして連れ去るけどね。
 
 
 
 「ずいぶんと騎士が多いんですね。入りきってない……」
 
 僕はイリスとエルンスト伯爵の屋敷に馬車を乗り付けた。エルンスト伯爵はこのデンベルグルスハイムの領主だけあって自前の屋敷や騎士団がある訳だが、それにしても騎士の数が多すぎる。
 
 さらっと、拉致って帰るつもりだったのが、これは無理だろ。会うまでは何とかなっても、この騎士団を突破して帰るのは無理。プリシラさんと代わってもらえば良かった。
 
 「国王陛下の近衛軍を取り込んだ様ですね。旗印があります」
 
 それはある意味、いい話だ。忠誠を誓う国王が居なくなってバラバラになってしまっては勿体ない。それをまとめて撤退して来たエルンスト伯爵の手腕は大したものだが、その伯爵をアンネリーゼ嬢と平和的に会わせないといけないのは骨が折れる、バキバキと……
 
 「イリスは僕を送ったらアンネリーゼ様の護衛に回って下さい」
 
 「お断りします」
 
 早いね、返事が。少しは考えて答えてますか?    ここに居たら殺されるかもしれないんだよ。周りは国王の近衛軍ばかり、その国王を排斥したのは僕達なんだから知られたら殺される。
 
 「僕一人なら逃げ出す事も出来ますがイリスが居れば逃げる事も叶いません。イリスはアンネリーゼ嬢の護衛に……」
 
 「ダメです!    イリス全員の総意です。ミカエル様の側を離れる訳にはいきません」
 
 僕に護衛なんて必要ないのに。それにある意味で勝ち目はある。エルンスト伯爵が近衛軍を引き連れて来たのが理由の一つだが今は黙っていよう。
 
 「イリス全員の感覚と言葉を一つにまとめて……」
 
 イリスは少し目を閉じ精神を集中してから僕の方を向いて目を開けた。
 
 「お前だけは必ず守るよ……」
 
 そして僕はイリスに軽い口づけを。潤む瞳で受けたイリスは、儚げで守りたくなる……    よし!    ポイントゲットだ!    普通のキスなんて最近はしてないから唇が乾いてないか心配になるよ。
 
 僕はイリスを軽く抱き上げ馬車を降りた。イリス一人なら抱いて逃げる事も大丈夫だ。最悪の場合はエルンスト伯爵の首だけ持って帰るか。プリシラさんに殺すな、なんて言っておきながら僕も悪よのぉ。
 
 僕達が玄関の階段を昇る間にイリスの胸の位置を揉みっと確認し、飛んできた石ころを叩き落とした。周りの騎士から殺気が溢れる。これは色男への嫉妬か、国王陛下への忠誠か……
 
 召使いに用向きを言えば簡単に家の中に招き入れてくれた。僕の役名は名乗らずアシュタール帝国の男爵だとしか名乗らなかったのが効いたのか、罠なのか……
 
 ギート・エルンスト伯爵、ロースファーとの辺境伯であり、かなりの武力とハルモニア国王の護衛軍をまとめた手腕は侮りがたい。それだけにハルモニアへの忠誠も人一倍だと思う。
 
 問題はユーマバシャールが何て言ったのか知らない事だ。「僕が殺しちゃいました」なんて言う訳も無い。言うとすれば自然死をしたと伝えるが、剣の刺し傷は隠せない。それに周りの騎士も見てるしね。
 
 アンネリーゼ嬢の部下であるユーマバシャールが国王を殺したと知れたら、アンネリーゼ嬢も責を問われ女王になる事も叶わぬ夢だ。僕はドキドキを胸いっぱいに、エルンスト伯爵の執務室の扉をくぐった。
 
 
 
 「待たせたね。    ……待たせてもいないか」
 
 いざとなったら首を取ってアンネリーゼ嬢の元に帰る作戦は、エルンスト伯爵と会って断念せざるを得なかった。    ……だってストライゾーンなんだもん。
 
 ギート・エルンスト伯爵、てっきり男だと思っていた。ギートだし、辺境伯だし、護衛軍をまとめるぐらいだし……    イメージは「豪傑」、目の前は「妖美」のストライゾーンやや高め。たぶん態度も歳も高め。
 
 歳の頃は三十前半かな。黒髪に少し垂れた目、肌の色が白いだけに黒い瞳に吸い込まれそう。話ながらも笑顔を絶やさず、その立ち姿からスタイルの良さも分かる。問題は胸が大きい事か……    この世界の法則の一つ「胸がデカい女は態度もデカい」
 
 「初めまして。アシュタール帝国男爵、ミカエル・シンです」
 
 「アシュタール帝国がハルモニアまでご苦労ですね。殲滅旅団、傭兵白百合団の団長で今はアンネリーゼの第一旅団長だったか……    それがいったい何用で……」
 
 変化球無し。直球勝負ならフルスイングで打ち返すのみ。あぁ、その胸に打ち返したい。
 
 「国王亡き今、アンネリーゼ・フリューゲン公爵が次期国王になるのが宜しいかと思います。ギート・エルンスト伯爵もフリューゲン公爵を支持していただきたい」
 
 さあ、どうだ!?    フルスイングした打球はキャッチャーミットか場外スタンドか!?    
 
 「……時に、ハルモニア国王を殺したかね?」
 
 ここに来てファウルチップか!?    話を反らして打ち上げた!    答え次第ではファーストがキャッチして試合終了。さて、何て答えるべきか……
 
 「はい、殺しました」では、アウトだろう。「殺してません」は嘘になる。エルンスト伯爵の垂れ目ながらも、時おり見せる鋭い眼光にゾクゾクする。
 
 「アンネリーゼ様は殺してません」
 
 事実だ。正確にはユーマバシャールが刺し殺した。嘘は言ってないが、アンネリーゼ嬢の部下である以上、それで責任の回避にはならない。
 
 「アンネリーゼが陛下のテントを出て、しばらくしてから炎があがり、おたくの部下が「国王陛下崩御」とか言い回っていたそうな……    それでは疑われても仕方がない」
 
 ユーマバシャールも派手な事をしたもんだ。それなら国王陛下の刺し傷は隠せるかもしれない。護衛にいたテントの騎士も殺したな……
 
 「それならば、それが事実なのでしょう。僕はアンネリーゼ様と先にテントを出たので後の事は分かりません」
 
 「それが答えかい……」
 
 エルンスト伯爵が指をパチンと鳴らすと武装した騎士が雪崩れ込んで来た。僕が座っている椅子の後ろで立っていたイリスは剣に手を掛け、今にも抜こうと構えた。
 
 僕としては機先の心眼で指を鳴らす所から見えていたし、これくらいの数ならイリスを守って返り討ちも問題ないんだ。舐めるなよエルンスト、着エロンストにしてやろうか!?
 
 「アンネリーゼ様はエルンスト伯爵の支持を必要としています。この国難に旗印も無く、戦うおつもりか?」
 
 ハルモニア国王には「狂気のカリスマ」で貴族や国民を抑えた。エルンスト伯爵も狂気に捕まれた一人だろう。アンネリーゼ嬢に会わせる事が出来れば魅力で捕まえられる。ボールはまだ空中で漂ってる。何処に落ちるか……
 
 「国王陛下を殺した者がいるのなら必ず捕まえなくてはならない」
 
 ボールが流れた、ユーマバシャールの方へ。騎士まで出して僕達を捕まえる事も無く、話を続けていられるのはエルンスト伯爵がアンネリーゼ嬢に従うつもりがあるからか……
 
 「最もな事だと思います。その様な不貞の輩は捕まえて死罪が相応しい」
 
 ユーマ君、ごめんね。僕とアンネリーゼ嬢の為に死んでくれ。僕に殺されるより、よほど意味のある死に方だよ。僕が殺るなら一センチ単位で輪切りにしてやるけどね。
 
 「……が、この様な時に国王陛下が暗殺されたと公になれば、ハルモニア騎士の忠誠までを問われかねません。暗殺者がいるとすれば僕が秘密裏に処理しましょう」
 
 べ、別にユーマ君を助けた訳じゃないからね、ふん!    エルンスト伯爵としても妥協の選択か。ハルモニア国王への忠誠は狂気の力であったとしても、そんな簡単に忠誠心が揺るが無いのだろう。
 
 「首はもらえるのだな?」
 
 僕は頷いた。ユーマバシャールの首一つでエルンスト伯爵がこちらに付いてくれるのなら、ユーマ君も本望だろう。惜しい人材を無くしてアンネリーゼ嬢は悲しむかもしれないが、これは仕方がない事だ。あぁ、とても残念だなぁ。
 
 「アンネリーゼ様への支持は?」
 
 「承知した。わたしでは騎士をまとめられても国民までは力不足なのは分かっていたのだよ。    ……それはそうと、第一旅団も我が軍に来ないか?    優遇するぞ」
 
 いい女では……    いい話しではあるが僕は断った。旅団として自由に動き回れる方がいいのと、ユーマ君の様な邪魔者がいなくなるとしても、何処からアンネリーゼ嬢に近寄る悪い虫が湧いて出るとも限らない。    ……フリートヘルム、あいつも……
 
 僕達は硬い握手をし合意した。僕は暗殺者の首を、エルンスト伯爵はアンネリーゼ嬢の支持を。僕はさらに左手も被せて頭を下げ、さらっとエルンスト伯爵の脈を測る。
 
 ちょっと早いかな……    嘘を付いているのか、それとも僕に惚れたのか……    今は支持を取り付けただけで良しとしよう。後は戴冠式のある教会に連れて行くだけだ。
 
 嘘を付いていたとしても、アンネリーゼ嬢の「魅惑のカリスマ」に捕らえられて仕舞いだね。もし惚れてるのならウェルカムだ。
 
 
 僕達はエルンスト伯爵の直属の騎士団と共に教会に向かった。
 
 
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