異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百話

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 背中から腹まで貫通し刺さったバスターソードを受け、僕は倒れこんだ。ユーマバシャールに一突きされたハルモニア国王も倒れた。恨みがましい顔が僕の前に倒れ混み、目が合った。男と見つめ合う趣味は無い。
 
 
 「アンネリーゼ様、王印も手に入れました。これで次代の国王陛下はアンネリーゼ様です。堂々と名乗り上げて下さい」
 
 見つめ合う二人の世界に僕が入る余地が無い……    じゃあ、ねぇよ。刺されたんだよ、血が出てるんだよ、痛いんだよ……    いや、痛みより寒気がする。早く治してくれないと詐欺師を引退宣言しちゃうだろ「普通の男の子に戻ります」って。
 
 「ミカエル!」
 
 ユーマバシャールを振りほどいて、僕に駆け寄るアンネリーゼ嬢。
 ユーマバシャールを振りほどいて、僕に駆け寄るアンネリーゼ嬢。
 
 大事な事は二回言うぜ。ユーマ君、良く見ておく様に。ここで乙女の心をグッと鷲掴みする言葉を一つ。
 
 「ア、アンネリーゼ様……     無事で良かった……」
 
 神速持ちの僕が護衛してるのに、騎士を相手に守りきれない訳が無い。確かに腹を串刺しにされたけど、こんなの日常茶飯事だ。伊達に白百合団の団長じゃないぜ。
 
 「あぁ、ミカエル……」
 
 僕を強く抱き締めるアンネリーゼ嬢。あと三回くらい言ってやろうかユーマ君。この光景を目に焼き付けておくように。これで次代の国王の座はもらった。
 
 「ユーマ!    早く剣を抜いて!」
 
 いくら詐欺師でも剣が刺さったままでは、痛いしアンネリーゼ嬢も治せないからね。早く抜いて、そして僕達は愛を育むよ。
 
 背中から腹まで貫通したバスターソードを抜くには、それなりの支点がいる。刺さった近くに足を掛け、力一杯に引き抜くのなら仕方がない事だが、ユーマバシャールの野郎は僕の後頭部に足を掛けて引き抜きやがった。
 
 絶対に嫌われてるね。しかも抜く時に捻ったろ!?    傷口が余計に開いたじゃねぇか!    さっきは少し……    一ミリくらいは感謝もしたが、やっぱり殺す。
 
 「頑張って、すぐに治しますから」
 
 ソフィアさんが居ない以上、治せるのはアンネリーゼ嬢頼みだ。他のテント内の護衛の騎士はユーマバシャールの配下が押さえているし、リヒャルダちゃんを呼んで指示を出したい所だが、女が一人、僕の為に頑張っている所で他の女の子の名前は呼べない。
 
 「ユーマバシャール、ヒンメル宰相はどうした!?」
 
 「すまん、逃がした」
 
 ヘタレ、ボケ、役立たず。原稿用紙一杯の悪口を心の中で呟き、僕は立ち上がった。さすがにソフィアさん並みの治癒魔法では無かったが、無理をしなければ動けそうだ。
 
 「アンネリーゼ様が無事で良かった」
 
 僕は自然とアンネリーゼ嬢を抱き締める。アンネリーゼ嬢もそれに応えてくれた。このまま愛の逃避行をしたくなるぜ。良く見ておけよ、ユーマ君。
 
 ……仕事しよ。
 
 「イリス!    リヒャルダ!    入れ!」
 
 このまま二時間くらい抱き締めていたいが、ハルモニア国王を殺してしまった事で時間が無くなった。本当なら国王を人質に護衛団を突破していくはずが、悪くしたら千人からなる護衛団を相手にしないといけなくなる。
 
 先ずは、深呼吸だ。焦って急いでミスをして怒られるのは嫌だが、予定が狂ってるのも事実だ。
 
 「イリス、外の状況はどうなった!?」
 
 「ハルモニア軍は越境し始めました。ロースファーとの戦闘は避けられません」
 
 さすが聞きたい事を答えてくれるイリスは好きだ。これがプリシラさんなら「はぁ?」と答えられるだけだ。
 
 「リヒャルダ、状況の開始だ!」
 
 リヒャルダちゃんは軽く頷くとテントを出た。こちらも反応が速い。昔に比べて立派になったものだ。プリシラさんに揉まれて胸も立派に……
 
 「ミカエル、国王陛下を殺すなんて……    話し合いでは無かったのですか……」
 
 話が面倒な方に行きそうだ。「やったぁ、女王だぁ」と軽いノリで女王になってくれたら楽なのに、アンネリーゼ嬢は国王の排斥は良く思って無かったからね。しかも殺して奪った地位なら、新女王を名乗るのも憚られるのだろう。
 
 僕としては殺す事は考えていなかった。むしろ殺したなら、ここからの脱出が困る。国王を人質に脱出する作戦だったのに。誘拐の汚名ならすぐに忘れ去られてしまうが殺したのなら歴史に名が残る。
 
 「アンネリーゼ様、国王陛下を殺したのは私です。その事に付いて、如何様にも罰は受けるつもりです。今はハルモニアの為、女王とお成り下さい」
 
 そう!    殺したのはユーマ君だからね。僕じゃないよ……    が、通じる訳も無い。国王の排斥は僕も望んだ事だしアンネリーゼ嬢を女王にする事を、影で画策していたのは僕達だ。
 
 「でも……    こんな事って……」
 
 気持ちは分かるが、今は考えてる時間は無い。ロースファーとの激突は避けられないし、僕達も逃げ出さないといけないんだ。
 
 国王が死んだ今となっても「狂気のカリスマ」が解かれていない事は、ユーマバシャールの部下が押さえた騎士達を目を見れば分かる。殺したのはユーマ君なのに、なんで僕をニラムノ?
 
 「アンネリーゼ様、今はここを出ましょう。デンベルグルスハイムに戻ってから、考え直しましょう」
 
 叔父である国王陛下を部下が殺し、その国王に取って代わる事に抵抗があるのは仕方がない。出来れば国王を生かしておいて、その無能さや人格に問題がある事をアンネリーゼ嬢に認識して欲しかった。
 
 それなら自分が新しい女王となって国をまとめて行く心構えが出来ただろうに。ユーマ君もその辺りを考えて欲しかったね。命拾いしたけど……
 
 「シン旅団長、私は少しここに残る。その間にアンネリーゼ様を連れてデンベルグに戻ってくれ」
 
 何処かで見たような目をしてる。昔に見た気がする、覚悟を決めた者の目だ。何処かで見た……    射抜く様な悲しい目を……
 
 「どうする気だ?」
 
 即答はない。考えが無い訳じゃない。命を賭ける事を、アンネリーゼ嬢に言って心配させるのが嫌なのか。覚悟を決めたなら従おう。死ぬなよ……   僕が殺すまで。
 
 僕はアンネリーゼ嬢の手を取り馬車に乗り込み、イリスと旅団を連れデンベルグルスハイムの街に戻った。
 
 
 
 
 「楽勝だったな、つまんねぇくらい……」
 
 越境したハルモニア軍を待ち構える形で始まったロースファーとの戦闘は、呆気ない幕切れとなった。横槍を入れた白百合団の力は、追撃しようとするロースファーに向けられる事が多く、死傷者の数も考えていたより少なかった。
 
 ユーマバシャールは僕達が去ってから暫くして、陣内に御触れを出し「国王陛下崩御、次の国王はアンネリーゼ・フリューゲン女王」と隈無く行き渡らせた。
 
 国王の「狂気のカリスマ」に縛られていたハルモニア軍も時間が経つにつれ力が薄れ、元からカリスマに捕まれていなかった前線の一兵卒など、この無謀な戦いからは逃げ出したかったに違いない。
 
 そこに恐怖の大王、白百合団が有り余る力を見せ付け、ハルモニア軍は敗走の憂き目に合った。崩壊したハルモニア軍を追撃しようとしたロースファー軍もアンテッドサンドドラゴンは出るわ、ナパームの炎の壁が出来るわ、いきなり心臓を押さえて苦しむわで追撃を諦める事となる。
 
 「楽勝なのは「楽」をしていたプリシラさんとは関係無いのでは……」
 
 ナゼ?    オマエタチハ、ベッドデハダカ?    今はアンネリーゼ嬢と今後の女王即位の話をしないといけないんだよ。王冠や王錫があれば国王になれる訳ではないんだ。
 
 周りの貴族に認めさせ司祭から戴冠式をやらないとダメなのに、こんな柔らかいベットの上で格闘戦なんてしているのは暇は無いのに……
 
 「……一人、一回」
 
 アホめ!    心臓を押さえて苦しむプリシラさんは裸で悶える姿が何とも美しい。お尻を僕の方に突き出し苦しむ姿は何とも心が沸く。折角なのでと近付いた僕もアホ……
 
 「皆さん、服を着て下さい。仕事が待ってますよ」
 
 平然と言ってのける僕の心臓に更に加わる不幸にもの力。神速もモード・フォーの心臓マッサージが欠かせなくなって来てるのはクリスティンさんのレベルアップのお陰か……

 気が付くのが遅かったけれど、何時もより時間が掛かったのはイリスが四人もいたからだ。イリスにこんな報酬を渡す事は無かったのに、最近では仕事の成果として欲しがるのは心境の変化だろうか。
     
 「イリスはエトヴィン・エーウィク・クノール伯爵とギート・アルトゥル・エルンスト伯爵を探して。従軍していただろうからデンベルグルスハイムの街に撤退して来るはずだ」
 
 二人の有力貴族を押さえる仕事は僕の役目だったのにアンネリーゼ嬢とデンベルグに戻って来てしまったからね。撤退して来るハルモニア軍の受け入れも、旅団が上手く取り計らっている予定だ。
 
 二人の伯爵に関しても、それほど深刻には考えていない。元より領地が占領されていないのに、ロースファー攻めに参加するのが不思議だったが、ハルモニア国王の「狂気のカリスマ」に逆らえなかったと見てる。
 
 領地の安寧と防衛に力を注ぐ事をアンネリーゼ嬢から伝えてもらえば「魅惑のカリスマ」に絡められて仕舞いだ。以外と楽勝かもしれない……    「楽」をしてるのは僕の方かな。
 
 よし!    働こう!    いい朝だ、この部屋に籠った空気を入れ換えて新しい朝を迎えよう。ユーマバシャールの事を気になるし、あの陣から無事に逃げられたか疑問だ。死んでいたら墓の一つでも着くってやるし、生きていたら僕が引導を渡して墓場行きだ。
 
 カーテンを開け窓を開けると気持ちのいい風が入って来る。きっと今日はいい日だ……
 
 「おはよう、ミカエル……」
 
 この部屋では聞いてはいけない声が僕の背中から聞こえる。きっと幻聴に違いない、きっとソフィアさんの声だ、そうに違いない。きっと……
 
 振り替えれば幻影が……    楽をしている様で僕も幻を見るくらい疲れているんだね。幻なら押し倒すのも有りかな?      
 
 「おはようございます、アンネリーゼ様」
 
 幻はちゃんと服を着ている。いつから居ましたか?    もしかして、この部屋に僕が監禁されている時と同じくですか?    怖くて聞けない。もしかして、もしかして……
 
 「あれから独りで考えました。これからのハルモニアの事を……    わたしは女王になります。まだ未熟ですけど、力を貸して下さい」
 
 セーフだ!    独りで考えていたなら、この部屋には居なかった!    流石に白百合団とイリスが四人も相手にして、ぶっ飛んでいる所にアンネリーゼ嬢もいたら大変な事になる。    ……いや、既成事実を作って国王の座に付くのも悪くないか。
 
 「決心してくださいましたか。これでハルモニアも纏まります」
 
 纏まってはいたが「狂気」より「魅惑」に捕まる方がいい。どうせ死ぬなら美人の為に死にたい。出来ればプリシラさんの胸で死にたい。
 
 「戴冠式を今日の夕刻にも行います。このデンベルグの司祭が受けてくれるそうです」
 
 待て、待て。司祭だけではダメなんだよ。他の貴族も呼んで認めさせないと。特に二人の伯爵の列席は必要だ。
 
 
 もう昼に近い。伯爵の説得より強制連行が先になりそうだ。
 
 
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