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第百九十九話
しおりを挟む最強の目覚まし時計はクリスティンさんの心臓発作。七十人を一度に発作させるなんて、レベルアップして団長は嬉しいよ。
「なんで…… 僕ま…… で……」
ニコリともしない無言の返事が怖い。ただ冷たい瞳が僕を見通すような…… いつか言ってみたい、君の瞳に乾杯と……
「……出撃」
白百合団と旅団七十名は一路、国王陛下が構える陣に向かう。先行したユーマバシャールとイリスが宰相と王印を押さえ、僕達はアンネリーゼ嬢と国王を押さえる。
まだ夜明けには時間がある。ソフィアさんの光の玉を隊列を包む様に出してもらい、僕達は光の帯になって暗闇を駆けた。「出撃」は僕のセリフだから取らないでね。
「で…… あたいらは、こんな夜更けに馬で駆けて何処で何すんだ?」
貴女は一緒にいましたよね。国王の排斥も辞さない直訴に行く事を話していた時に、一緒にいましたよね!
「国王陛下への談判です。アンネリーゼ嬢にはハルモニア軍をシャイデンザッハかデンベルグルスハイムに後退してもらう事を直訴してもらいます」
「それだけじゃねぇだろ…… 国王をアンネリーゼにすげ替えるってのは本気か?」
「……本気です」
「アンネリーゼの為…… じゃ、ねぇよな?」
僕がアンネリーゼ嬢に引かれているのは「魅惑のカリスマ」の理由だけだろうか。もし、その能力が無かったとしても同じ事をしたのか。
「もちろんです。魔王軍を打ち負かす為にも現国王は退位して頂くのが一番だと思ってます」
これは本意だ。この国王の下ではハルモニアは滅びる。もう逃げ出している所から滅び始めたと言ってもいい。問題はアンネリーゼ嬢が絡んで来ること。
彼女の「魅惑のカリスマ」が僕の考えと別の方向に持って行きかねない。僕は白百合団と神が望んだ面白いエンディングに向けて進んでいる中で、その中にアンネリーゼ嬢は入っていないんだ。もちろん連れては来たけどリヒャルダちゃんも入ってない。
……入れてもいいのだろうか。二人も入れてのエンディングか? それとも、もっと増えるのだろうか? 増やしてもいいのか? 新幹線の自由席か?
動悸、息切れ、心臓発作はクリスティンさん。僕は胸を押さえて全力で走る馬から落馬した。首の所で嫌な音がする。首どころか全身から嫌な音がして右手は変な方向を向いていた。
「……迷ってはいけません」
先に口で言えば分かるからね! 僕が落馬したから隊列も止まったろ! 轢くな! 止まれ、アラナ!
「もう大丈夫です…… 右手以外は…… あと、腰も」
「……それはいけませんね。 ……ソフィア、治して」
話をそらすなよ、原因はお前だからな。痛みからか頭の中の雲も晴れた。今は目の前の事に集中しよう。ユーマバシャールはヒンメル宰相と王印を押さえてるんだ。僕はアンネリーゼ嬢を女王にする、後の事は…… 知らねぇ。
念入りに腰を治してくれた割りに右手の骨折の治療は適当だった。まあ、騎士を相手にハンデをやる位でないと、僕はこれでも白百合団の団長だからね。再出発する前に僕を轢いたアラナの乳だけ揉んでやった。殺られたらヤり返す。折れた右手が痛てぇな。
「陛下、アンネリーゼ・フリューゲン公爵が謁見を求めて参りました」
僕達はハルモニア国王が貼る陣のかなり前で四つに別れた。本隊は僕とリヒャルダちゃん、アンネリーゼ嬢と傭兵の約四十名。
分隊はハルモニア軍の右翼にルフィナとオリエッタ。左翼にソフィアさんとアラナ。中央にはプリシラさんとクリスティンさん。各分隊には残りの傭兵を分けているが数は少ない。
「連絡にはリヒャルダちゃんの小型ゴーレムを走らせます。指示があったら派手にやって構いません」
「ヤるか……」
今、「ヤる」とか言いましたか? 「ヤる」も「殺る」も、どちらもダメですよ! 説明、キイテマシタカ?
「ソフィアさん、ルフィナは大きく派手な魔法で左右から牽制攻撃。クリスティンさんは中央からいつものを…… 殺しは無しで! 絶対的な力の差を見せ付けてハルモニアもロースファーをも戦意を挫く。他は護衛だ、勝手に前に出るなよ。もし襲って来る敵がいたら逃げるように」
「来たら殺っていいのか?」
僕の前にそそり立つプリシラさんは胸が当たるほど近い。そこまで近いと僕は見上げる様になるから、指示を出して格好付けている時は止めてね。もっと成長期に牛乳を飲んでおくべきだったか。
「プリシラさんなら峰打ちで何とかなるでしょ。他のみんなも! 殺しは極力無しで!」
そして別れた僕達は、アンネリーゼ嬢と国王陛下に謁見を賜った。ハルモニア国王は全軍を進撃させ、ロースファーも集結中との話しだし戦闘は避けられそうもない。
出来れば国王直属の千名から成る騎士団も前に出して欲しかった。下手をすれば、この千人を相手にアンネリーゼ嬢を守って逃げるのか……
「陛下、謁見を賜りありがとうございます」
「ア、アンネリーゼ…… や、やっと我が意をくんだか……」
第一印象、「病人」 顔は痩せこけ、髪の毛は癖毛が跳ねまくり、ガタガタと震えながら爪を噛んでる。これがハルモニア国王か!? なんで、こんな国王に従っているんだ……
「いえ、国王陛下。陛下には軍の撤退を進言に参りました。何とぞ、ご再考を」
国王のテントは巨大な物だが、中には十名の騎士と文官らしき者が数名。ヒンメル宰相の顔は知らないが側に寄り添ってる者もいない所を見るとユーマバシャールは仕事をしたのか……
「き、貴様は…… フリューゲン! 国王に楯突くか!」
まったく…… アンネリーゼ嬢にも困った物だ。国王陛下に逆らうなんてどうかしてるぜ。国王陛下がロースファーを攻めろと言ってるんだから攻めればいいんだよ…… あれ?
あれ? えっ~と、あれ? アンネリーゼ嬢は何で国王陛下に逆らうんだ? 陛下の命令は絶対だ。それに逆らうなど考えられない。ここにはアンネリーゼ嬢を陛下の部隊に従軍させる為に……
「シン男爵からも言って下さい。アシュタール帝国はハルモニアを助ける為に動いていてくれてるのでしょ」
何、言ってんだ。我が皇帝は戦える相手がいれば誰だって構わないんだ。決してハルモニアの為だけに軍を動かしている訳じゃない。
「アンネリーゼ様、アシュタール帝国はロースファーの国境を越えようとしているのは確かです。ですが、国王陛下がロースファーを攻めろと言うなら殲滅するだけです」
「ミ、ミカエル…… なにを言って……」
お前こそ何を言ってる。ロースファーもアシュタールも、ハルモニア国王陛下の命なら全てを殲滅する。僕達、白百合団は全てをハルモニア国王陛下に捧げる。
「ア、アンネリーゼ様…… こ、国王陛下に逆らうなど……」
何か変だ、何かおかしい。アンネリーゼ嬢は何で陛下に逆らう? 逆らう…… 僕は何をしに国王陛下に会いに来た? アンネリーゼ嬢は何で陛下に従わない……
「ミカエル、しっかりして!」
おかしいのは僕じゃない、お前の方こそしっかりしろ。今は戦時だ、国王陛下の元で一丸となって事に当たらないと勝てないぞ。 ……勝てない、こんな国王の下では勝てない……
「いい加減に醜態をさらすな!」
ハルモニア国王は手にしていた王錫を力の限りアンネリーゼに投げつけた。王錫は地面に転がる、わずかな血を着けて。国王陛下に逆らうからだ、バカな女……
「ミ、ミカエル……」
膝を付き額を押さえた手から血がにじむ。それでも僕に訴えかけるバカ女…… 俺の女!
「アンネリーゼ様!」
何をやっていたんだ僕は!? 自分の女が血まみれになるのを放って見ていたのか!? バカは俺の方だ!
「こ、このクソじじい!」
国王陛下に対するあるまじき言動は打ち首ものだ。初めから分かっていたはずなのに何をやっていたんだ。アンネリーゼ嬢の顔に傷を付けるなんて万死に値する。僕は落ちていた王錫を拾い上げアンネリーゼ嬢に渡した。後は王冠と王印、王冠は国王の頭の上だ。首を跳ねて奪ってやりたい。
だが、本当に殺すのはダメだ。ユーマバシャールとの作戦では国王は生け捕りにして幽閉するつもりだった。殺したら、ここから人質にして逃げられない。僕は剣に手をかけた。
「控えろ! 傭兵の分際で!」
アホか! 元気ハツラツに喋ってるんじゃねぇぞ、じじい! そして僕は膝を着く。なんで? 神速で王冠を打ち落とし国王の首に剣を立て、人質にしてアンネリーゼ嬢を新しい国王と宣言するつもりなのに……
「こ、このやろう……」
神速モード・ツー。これで斬れない人間は数えるほどだが、今は着いた膝が離れて立つのが精一杯だ。なぜだ!? なぜか分からないけど従わないといけない気がする。
「もう良い。殺してしまえ」
ち、ちょっと待って、体が動かない! 剣を抜き迫る騎士を体を震わせ立ち尽くす。体が重い、動きが鈍い。ダイエットは間に合わない。
神速、モード・フォー!
斬り付ける騎士の剣を破壊するゼブラと神速モード・フォー。が、打ち壊せたのは前から来た三人の剣のみ。後ろから突き刺して来たバスターソードの一本が背中からお腹の方までコンニチワ。
「がフッ!」
下を見れば血まみれのバスターソードが腹から出てる。腕だけ返して背中の騎士を二人、斬り倒した。一人はなんでケツを刺すのかな。アンネリーゼ嬢が押さえなかったらケツから前まで…… 考えただけで恐ろしい。
「アンネリーゼ! まだ庇うか!?」
庇ってもらわなければ、海賊が串刺しになって飛び出す昔のオモチャの様になってたよ。だけど刺されたんだから飛び出してやる。根性のモード・スリー!
剣に刺されたままハルモニア国王の前まで飛び出し、頭に乗った王冠を切り上げアンネリーゼ嬢の前まで飛ばした。本当なら首を斬ってやりたい、せめて頭の天辺を剃り落としてカッパにしてやりたい。
「アンネリーゼ! 王冠を拾って新しいハルモニア王を名乗れ!」
考えに入れておくべきだった。アンネリーゼ嬢が出来るくらいだから、肉親であるハルモニア国王にも使えておかしくない。
魅惑のカリスマ…… ハルモニア国王のはもっと強いカリスマ。話すだけで従わせてしまう「狂気のカリスマ」と言っていいだろう。それが無ければ、こんな無謀なロースファーとの戦いに従う者もいない。
「どいつもこいつも能無しが! アンネリーゼ! 王冠を奪ったくらいで「王」を名乗れると思うなよ。皆、殺してしまえ!」
僕はもう無理ッス。根性きれました…… 両ひざを付いて座り込む僕に勝ち誇ったハルモニア国王の顔が憎たらしい。やっぱり天辺ハゲにしておけば良かった。
「ははははっ! 我こそがハルモニアの国王…… グヘッ!」
絶対、絶対、絶対、僕が斬られるのを待っていたに違いない。遅いんだよ! ユーマバシャール!
「陛下。ご安心下さい。アンネリーゼ様が次代のハルモニアをしっかりとまとめて行きます」
ハルモニア国王の後ろから心臓を目掛けて突き刺したユーマバシャールの剣の切っ先は、僕の目の前まで伸びてきていた。こいつ、僕の事も斬るつもりじゃないか?
「き、貴様……」
最後の言葉が「貴様」とは、僕も言葉を考えないと、もうかなりヤバイしね。頼みの綱はアンネリーゼ嬢の治癒魔法。
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