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第二百十四話
しおりを挟む少しでも時間を稼ぐ。ルフィナはそれに見合った仕事をしてくれたが、代わりに出て来たロッサの様子もおかしい。
「肉は付いて無いんですね」
「ミカエルさま、肉なんて飾りです。にへへへへっ」
笑い方が主人のルフィナに似ている。こんな下品な笑い方をする彼女じゃないのに。それに飾りは大切だよ。骸骨よりグラマーなロッサの方が好きだ。
「ルフィナの代わりに左翼を守って。こちらから打って出ない様に」
僕はそれだけ伝えてリア様の待つ、第一魔導砲に戻った。城壁には数多くの魔王軍が取り付き始めたが、問題は右翼のサンドドラゴンだ。
一頭のサンドドラゴンが魔岩を繰り返し撃ちながら前進してる。防御魔法で城壁の外に弾き落としているだけあって、打てば打つほど取り付いた魔王軍に被害を与えていた。
「リア様、もうお下がりください。アスムスさん、リア様を執務室へ」
さすが戦士長。この危ない状況が分かってる。有無を言わさず力任せはドワーフなのだろうけど、リア様にケガでもされたら勿体ない。
さてと…… 使ってみるか魔弓を! 僕は心眼を使って狙いを定めてモード・スリーの神速で弦を引いて放った矢は洞窟城の天井に当たった。 ……使えん!
いや、初めてだし、もう一度放ってみよう。きっと初心者にありがちな失敗に違いない。今度はもう少し慎重に、右手で弦を引き放つ。弦は張力により元の位置へ、矢は左手から離れる事も無く元の位置のまま。
……練習してからにしよう。
弓を引く姿でポイントアップも狙ったけど、リア様は下がったし見せる相手もいないから、もういいや。僕は静かに弓を置いて城門に走った。
「押して出るぞ!」
城壁の外には敵のトロールが城門を砕こうとしているが、壊される前に倒してしまえば問題ない。トロールやオーガよりサンドドラゴンの方が問題だ。
情け容赦無く撃ちまくる魔岩に、いつまでも防御魔法が通じる訳もない。魔導砲を警戒してかサンドドラゴンは一頭しか来てない、殺るなら近付いた今しかない。
「プリシラ、馬の準備を急げ開門するぞ!」
「出来てるぜ!」
いつも頼りにしてますよ、僕は。頼りにしてばかりもいられない先陣は、僕が取る!
「開門! 白百合団はサンドドラゴンを狙え! 露払いは任せろ」
ドワーフが押さえていた門が、今度は勢い良く内側に向かって開いた。外のトロールはタイミングが悪かったのだろう、開いたと同時に転ぶように入り込んで雄叫びを半分まであげた。
僕は残念なトロール君の頭を真っ二つに。雄叫びをあげ突入してきたオーガより、大きな雄叫びを僕はあげた。やっぱり「雄叫び」って必要だよね。
「光よ! 伸びろ!」
戦功一番のオーガを地獄に落とし、門の半分も傷付けた事に反省しつつ僕は城外に出る。魔剣ゼブラ、光の剣モード、心眼を使う必要は無い。周りには敵しかいないのだから。
「最大まで行けぇぇ!」
最大はやり過ぎた。細く伸びた光の剣は五十メートルを越えたかもしれない…… 気分悪ぅ。魔力と神速は別物、僕は切った感触も無く全てを切り裂き血飛沫があがる。
「行け! 突撃! 押し返せ!」
白百合団は超振動の馬具を付けた馬で、ドワーフは重装備の両手斧を持ち門外へ出ていく。これで押し返しサンドドラゴンも倒せるだろう。
僕の仕事は終わった。少し気分も悪いし、後はお茶でも飲んでリア様と高見の見物と洒落こもう。これだけの戦果だ、ポイントアップ間違いなし。
「団長、馬です!」
……えっと、イルマさんだったかな? 僕にまだ仕事をさせるの? 今ので勢いはこちらには傾いたよ。戦況にクサビを打ち込むいい仕事だと自画自賛したいね。
「ご苦労! 追い付くぞ、遅れるなよ!」
仕事が尽きないなんて、零細企業の傭兵には有難い話だよ、まったく。僕とイルマちゃんはプリシラさん達が開けた道を追い掛けた。
真っ直ぐサンドドラゴンまでの高速は、降り口に巨大なトカゲが倒れ、すでに首が取れていた。首を落としたのも凄い事だが、両足から脇腹にかけて付いている傷が超振動の威力を物語っていた。
「てめぇ! また殺りやがったな!」
「遅れたてめぇが悪いんだ。このノロマ!」
ケンカするほど仲が良いのだろう。似た者同士のプリシラさんとローズさん。キャラも似てるんだし、もう少し分け合う気持ちを持って欲しいね。
「一番のノロマが来たぜ」
「いい身分だな、団長」
うん。お前ら二人とも死刑ね。誰が城門の敵を排除したと思ってるんだ! 光の剣を最大まで伸ばして魔力もそれなりに使ったんだ。倒したんだよ、魔物を。働いたんだよ、一生懸命。
「さすがですねローズさん。皆さんもケガは有りませんか? このまま掃討しますよ」
「ノロマの罰はなんだ?」
「ノロマの罰は、やっぱり「あれ」だろ」
「「あれ」か、「あっち」も悪くねぇけどな」
「「あっち」は酷すぎねぇか」
「あれ」「これ」「それ」で会話が成り立つ夫婦ですか貴女達は。誰だよ白薔薇団を入団させたヤツは!?
「話の途中ですが行きますよ。二列縦隊、構え!」
右翼にいたサンドドラゴンは倒した、周りの護衛のオーガもいない。後は中央から左翼にかけてのザコキャラばかり。先頭きって、誰が主役か見せてやる。
「前進! 手当たり次第に殺せ!」
「イエス・グランドマスター!」
おぉ、グランドマスターだってよ。団長ってグランドマスターって言うの? 旅団長ならなんて言うのかな? カッコいいね。総勢二十人を越える女の子の黄色い声援。これでやる気千倍だ!
「続け!」
中央には暑苦しいドワーフが気持ち悪い顔のトロールと対峙し、息の臭いオーガが包囲しようと回り込んでも、むさ苦しいドワーフの進行は止まらなかった。
そこに突き進むハンサムボーイと二十人の美女。白百合団団長ミカエル・シン様の登場だい。カメラはどこ? 右前から撮ってくれると嬉しいな。
「光よ!」
目立つにはライトアップが一番だ。例え日の光が有ってもお肌を綺麗に映してくれる。最大に伸ばすと気持ちが悪くなるけど「半分くらいまで伸びろ!」と、セコい事も言えず。
「エクステンド!」
必殺技を叫ぶ時には英語に限る。ドイツ語でもいいけど発音が難しい。イタリア語だと…… ピザ・マルゲリータかな?
半分くらいまで伸ばすかどうかは魔力次第なんだから、叫んで教えてあげる必要はないのを思い出し、僕は右から左へと切り上げた。
まったく斬り堪えがないのが、空振り三振してる気になるが、目の前では半分に切り裂かれた魔物が埋め尽くす。今度は左から右へと、僕の魔剣は車に付いたワイパーか!? もう少し斬り堪えが欲しい。
「くそ! バカヤロー! 一人で全部取るんじゃねぇ! あたいの分を残しておけよ!」
皆さんの分まで仕事をするなんて立派な上司だと、少しは誉めてくれてもいいのに。評価下げるぞプリシラ!
「あたいは楽でいいさ。どんどん切っちまいな」
それは、それでどうだろう。ウソでも労働意欲を出してた方が評価は高くなるよ。社会なんてそんなものさ……
中央にもクサビを突き通し、益々上がるリア様への評価。例え見られていなくても僕の思いはリア様一途です。
「バカだろ、てめぇ……」
なに? 心を読める様になったの? リア様の事を考えてたら顔に出たかな? クールな僕も女性の事を考えるとどうしてもね。もちろんプリシラさんが一番ですよ。
「突き抜けてどうする!? これからどうするんだ!?」
中央集団に陣取ってドワーフと協力しながら魔王軍を攻撃する方法は、リア様の思いで吹き飛んで突き抜けてしまった。転進しようかな、危ないんだよね、あれ。
急発進、急カーブ、「急」の付く事はしない方がいい。「急に連絡が取れなくなる」「急接近」など恋愛テクニックも考えて「急」を使い分けよう。
「ロッサがいない…… 左翼に対応するように城壁にあげたロッサが見えません! このまま敵の左翼を突き崩すぞ! プリシラ、ローズ、先陣をきれ!」
「任せな!」
「あいよ!」
二つの暴風を先頭に城壁に張り付いた魔王軍を駆逐していく。プリシラさんはともかく、超振動を使う普通の人間がこれほど威力を発揮出来るなんて、ハルバートは使える。
左翼に転がっている巨人雑巾を抜け、生き残りのザコどもに悪魔の鉄槌を下す白百合団。カタリーナさん、利き腕と違ってるみたいですが、なかなか上手く斬り込めてますね。そして、なかなかのヒップ。
白百合団を筆頭に魔王軍を駆逐して行くルンベルグザッハ軍。まだ初戦に過ぎないが大戦果には違いなかった。これで時間が稼げる。僕の狙いはルンベルグザッハの勝利より時間稼ぎだ。
負けるつもりは無いが、勝てなくても構わない。少しでもアシュタール軍がハルモニアに入れる様に、少しでも早く女王陛下と合流出来る様に。
魔王軍は引き、初戦は勝った。だが敵にはまだサンドドラゴンも巨人もサイクロプスまで残っている。第二波が来るまで少し休もう。魔力を回復してエクステンドまで出来る様にならないと。
城に戻れば大歓声で迎え入れられ、洞窟城に響き渡るエコーがカラオケを思い出させる。この世界で流れる曲はケルト音楽か、伴奏一つのアカペラ。
吟遊詩人と言うらしく歴史的な物事や普段の生活の事を詞にして歌う。それが長く広く伝えられ伝説とし広まる事もあるらしい。
今日の戦も魔王軍のと大戦争も、誰かが詩にして伝えているのだろうか、俺様の活躍を。まだインタビューを受けた事が無いし、それらしい詩も聞いてない。
今のうちからインタビューを受ける練習しておこうか。アホな受け答えをして詩になったら困るし、それが伝説になったら僕の子孫が恥をかく。
それにメモを取った方がいいかな。白百合団の団長になった頃からの話を。いつか自伝とか詩になった時に困らないように。
今日から始めよう。読まれても分からないよう日本語で書こう。三日坊主にならない様に道具にお金をかけて、自分を追い詰める様に。 ……漢字、忘れたなぁ。スマホで打ち込んで変換を押すくらいだったから。
僕は新しい趣味を見付けて、大歓声の渦に巻き込まれていった。
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