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第二百十三話
しおりを挟む夜も更け、僕はロッサを後ろから抱き締めながら二人で一つのシーツにくるまり、頬を付け星を眺めていた。ルフィナは疲れて眠ってしまった。大人の時間は半分だけ。顔の向こう半分は骸骨だから。
「腐れは、な、に、を、し、て、る、ん、だ」
一言づつに力が入って僕の後頭部を足蹴にする。振り返った所でスカートを履いてる訳でも無し、僕はこのままロッサに体を預けたい。半分には肉が付いてるから。
「ミカエルさま、プリシラさまが怒っている様です」
大丈夫、大丈夫。いつもの事だから。ロッサはもう半分に肉を付けてくれたらいいよ。二人で星を見よう。この醜い世界でも、皆に平等に輝く星を。
「いつもこんなか?」
「目を離すとすぐこれだ。腐れ! いい加減にしろ!」
「このロッサっていうのは魔物だろ。団長は何でもありなのか?」
「あたいはライカンスロープだしアラナは亜人だぜ。ダークエルフも食いまくるし、好き嫌いが無い事はいい事だぜ!」
「違いねぇ。違いねぇが団長、魔王軍が直ぐそこまで来てるぜ」
えっ!? 来れないだろ、あれだけの損害を与えたんだから来れないだろ。来ちゃダメだよ、ブラック企業と思われたら求人に困るぞ。
「ま、魔王軍はどこまで……」
こちらも被害を出してるんだ。魔王軍にはもっと被害を与えてる。巨人もサンドドラゴンだってサイクロプスだって倒したんだ、簡単に進軍出来るはずがない。
「三時間て所だな。こっちの準備は出来てんのか? シャイデンザッハのオヤジと砲弾は?」
「籠城の準備は出来てるみたいですが、砲弾もシャイデンザッハ王もまだ来てないんです」
「何をやってんだ、あのオヤジは! 酒でも飲んでんじゃねぇか」
僕もそう思うよ。本当に飲んで遅れる様なら自慢の魔剣でツルリと髭を剃ってやるからな! 頼みの綱の砲弾が無いなら本格的な籠城戦を考えないと、それに本当に僕が指揮を取ってもいいのだろうか。
「プリシラさんとローズさんは白百合団を率いて正面城壁に付いて下さい。馬は厩舎に押し込んで。ただし直ぐに出れるように。全員ハルバート装備で弓や投石はドワーフに任せます。僕はリア様の所に行って指揮権を明確にもらって来ます」
魔王軍が来るのは予定より早いし砲弾も無い。ここのドワーフの戦力の把握もまだ終わってないのに、気分は抜き打ちテストだ。
高校の時の担任、今も元気にしてるのかなぁ。僕が異世界で傭兵に就職したと聞いたらどう思うだろう。 ……さて、戦争するか!
「準備は整ってるぜ。領主様からの書状も受け取ってる。まだ二時間はある」
さすがローズさん。どっかの飲んだくれと仕事の出来が違う。白薔薇団を率いていただけの事はあるね。 ……さて、戦争する ……何で鎧を外しているのかな? これから必要になってくるのに。
「一番はあたいで文句ねぇな、プリシラ」
「あれだけ殺ったんだ、文句はねぇよ。レスリー、ダーナ、セラフィーナ、次はお前たちだ。良く見ておけよ、ローズなんか五分と持たねぇぜ」
「バカ言ってんじゃねぇよ。ローズ様を舐めるなよ。逆に食い殺してやるぜ」
何を勝手に盛り上がってるのかな? 僕達のシーツを剥ぎ取らないで、裸なんだから恥ずかしいでしょ。ロッサなんか骨まで見えてる。
「ミカエルさま……」
人類の進化は後回しにしようね、ロッサ。とても離れたく無いよ。半分とは言え、その絹の様な肌触りは何者にも変えがたい。半分は骨だけど。
「こっちに来な! あたいはプリシラと違って恥ずかしがり屋なんだ」
髪の毛を引っ張るのは止めてね。禿げたら困るでしょ。僕の知ってるハリウッドスターは禿げた人もいるけど、あそこまでカッコ良くなれないよ。
個室に投げ込まれた僕は四人を三十分で片付け、プリシラさん一人に三十分かかり、外に出た時は行列のできるラーメン屋さん状態だった。
「ローズも情けねぇ、五分かよ」
「アホかプリシラ! 十分は持ったんだ! 正直、天国を見たぜ。本当に死ぬかと思った……」
「魔王軍だ!」
「それなら、もう止めたっていいんだぜ」
「無理だな…… あれは中毒になるぜ」
「投石準備! 弓はまだ待機だ!」
「そうですプリシラさん。何度しても満足しないんです。 ……満足はするんですけど、気を取り戻すと、またって思っちゃうんです」
「サンドドラゴンが見えるぞ、巨人もだ!」
「お前らも情けねぇ。五分じゃ何も分からなかったろ」
「もう、あっという間でした。気が付いた時には気を失ってるくらいで…… ただ、ミカエル様の暖かさだけは……」
「魔岩だ! 隠れろ!」
「ルイーダとか言ったか、もう終わりだな……」
「違いねぇ。中毒だ……」
「防御魔法展開! お前ら! 戦争しろ!」
今まで生きて来たなかで、一番大声を上げた。たぶん僕の横でジャンボ機が離陸したとしても伝わっただろう僕の声に、白百合団は手を上げて応えた。お前ら、マジ、シヌゾ。
「リア様は執務室に居て下さい。ここは危険です」
洞窟城から一望出来る、第一魔導砲の側で僕はリア様と数名のドワーフの側近に囲まれて指揮を取っていた。ドワーフ達から不満の声も上がったが、リア様の説得で事なきを得た。美人て特だよねぇ。
「ここに居ます。私は領主ですから」
亡き夫の残した領地を健気に守る美しき未亡人。絵になるねぇ。だいたい、この後の展開と言えば領地を守りきり、側近の何人かも死に、ボロボロになった僕達を介抱して回るリア様の姿が目に浮かぶ。
リア様が僕の腕を掴む。少し震えているのが伝わる。戦争で女性なんかは、負けたらどうなるか何て簡単に想像できるよ。負けるつもりはないけどね。
僕はリア様の掴んだ手に僕の手を重ね、振り向き様に微笑む。リア様も少し安心したのか手の震えも無くなった。よし! ポイントゲット!
「この後はどうなるんじゃ」
しわがれた声で話し掛ける側近のドワーフ。今、見つめ合っていい所だから邪魔しないで。この後の話なら僕がリア様の方を振り返り「必ず貴女を守ります」と言ってキスをするのかな。
「おそらく距離を積めて来ます。素早く城壁に張り付いて魔導砲を撃たせないつもりでしょう」
「そこからが戦じゃのぉ。腕が鳴るわい。ワシも前に出るぞ」
ワシもワシもと、側近の役目を忘れ、離れて行く戦バカ。ここに居た方が安全なのに、そんなに戦争したいのかね。さっさと行ってしまえ、リア様と二人きりにしてくれ。
「持って来たぞ。ドワーフでも引くのに二人がかりの弓だ」
アスムスが持って来たのは、魔弓の類いになるドワーフ謹製の弓。ここで指揮するだけなんて、僕には無理そうだから出来るだけ威力のある弓を頼んでおいた。
ドワーフが二人がかりで引く威力のある魔弓だが、僕には引くだけの自信がある。引くだけの自信しか無いとも言えるが、僕の神速を使えば出来るはずだ。
問題は狙いを定める間、引き続けている事だが、それは心眼を駆使しておけば何とかなるかなぁと、言う想像力。やらずに後悔するより、やってから反省しよう。
「矢が尽きた時に魔力を流せば、それが矢になるが、矢の方は百は持ってきた」
ありがたい。百本の矢があっても当てる自信は少ないんだよね。魔力ならあるから、いざと言う時は魔法の矢になるのかな。試しに引くだけでも……
神速、モード・ツー。
安定の神速、モード・ツー。で、八割ほどか。弓を引ききるならモード・スリーと心眼の会わせ技。今度はモード・スリーで弓を引ききり、全力の威力が出せそうだ。後は当てられるかだが…… 的はアスムスさんでいいかな。
「まさか人間が引けるとはな……」
凄いだろ。引くだけなら出来るぜ。腕が震えるのは気のせいにしよう。まだ投石機の撃ち合いだし時間もある。アスムスさんには前に出てもらうか的になってもらって、リア様と二人きりになるかな。
「俺も引けるんだよ。人間には負けはせん」
ドワーフにしては大柄のアスムスさんには二人分の力を発揮出来るのか。何だか自分も陣取って弓を構え始めて、前に出る気が無いみたいだ。この距離なら外さねぇよ。
「リア様、本当にここにいらっしゃいますか? 奥に入られても構いませんが……」
「大丈夫です。私は最後まで見届けないと」
覚悟のある顔だ。勿体ないくらい、いい奥さんをもらったんだね。羨ましい限りだ。後は僕に任せて眠っていてくれ。全てを任せて永眠しててくれ。
「巨人だ!」
投石を掻い潜り、軽いフットワークで地震を起こす巨人は城壁だって簡単に跨げそうだ。残念ながらこちらには凶悪な白百合団がいるのだよ。中でも凶悪な二人がね。
「ルフィナ! 殺れ!」
「■■■■、千年の呪木」
城壁を跨ごうとした巨人に、下から羽上がる千年の呪木がムチの様にしなって股間に炸裂。男として同情を禁じ得ない。それを見ていたドワーフもゴブリンもオーガさえも、男だったら分かる痛みだ。
戦場が静まり返る。本当に一瞬だったが、聞こえるはずのない鳩の鳴き声を聞いた。「ポッポー」
巨人が城壁の外側にスローモーションで倒れ込んで行く。皆が見ていた。皆が聞いていた。手に取った武器を振るう事も無く。静まる前に聞いたんだ、何かが破裂する音を。
「割ったか! デカけりゃいいってもんじゃねぇぜ!」
見ていたのは男性限定だろう。耳に残る破裂音は一生忘れる事は無いだろう。女には分かるまい、この痛みと屈辱が。巨人の一体は戦闘不能になった。あそこの機能も不能になってしまったか。南無……
「気を抜くな! まだ来るぞ!」
来れないかもしれない。きっと来たくないはずだ。遠目で見ても分かる。巨人達が片手で股間をガードしているのを。ムチで股間が弾ける恐怖。僕には無理だな。
「来たらこうなるのである!」
呪木王ルフィナの今回の戦の一番の恐怖。倒れた巨人を呪木で持ち上げ、呪木を巨人に這わせたと思ったら絞った。
まるで雑巾の様に絞られた巨人から搾り取られ吹き出す内蔵や血の数々。スプラッタは平気な僕もグロはダメだ。まともな神経で見れる物じゃない。これで二、三日は悪夢決定。
「はははははっ、素晴らしいである。血の雨とはまさにこれである」
味方で良かったと僕は心底思う。これからは「さん」付けで呼んだ方がいいかな。もっとサービスして印象を良くしておけば良かった。
ルフィナに降り注ぐ巨人の血が城壁から赤く染める。これは恐怖戦術だ。必要以上の残虐さを見せ相手の戦意を挫く。ルフィナはそれをしたに違いない。決してルフィナの本性ではないと、信じたい。
「あ、悪魔だ……」
隣のアスムスが呟く。初めて見る人にルフィナの良さなんて分かるものか! ルフィナは可愛くて優しくて淋しがり屋な所もあって、容赦が無くて残虐で血に飢えてる…… あれ?
「ルフィナ!」
僕は走った、モード・フォーで。ルフィナの側まで行くと城壁の外にいる巨人の雑巾が何体か出来上がって、搾る時だけはルフィナの真上でだった。
「ルフィナ、敵の巨人は壊滅ですよ。ロッサを出して、少し休んでいいで下さい」
僕は彼女が雨に濡れないように傘を差し出した。大粒の雨の中で、彼女は「にへへっ」と微笑んだ。
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