異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百十二話

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 この位置がいい。この角度が最高だ。
 
 
 僕はリア・ハンネ・ルンベルグザッハ様を見下ろしながら現状の報告をした。女王陛下の第一旅団が魔王軍に奇襲を掛け進軍を遅らせている事。敵の補給部隊を襲うために、まだ戦場に残っている事。シャイデンザッハ王が魔導砲の砲弾を持ってこちらに向かっている事。
 
 僕は見下ろしているのが失礼にならない様に気を使って話し、ルンベルグザッハ様の目を見て「ガンを付けた」と思われない様に目線はもう少し下へ。
 
 べ、別に谷間が見たかったからじゃないからね、ふん!   本当の所はルンベルグザッハ様の目を見ていると吸い込まれそうになる。力が抜ける様な感じがアンネリーゼ嬢の力に似ていたからだ。だからもう少し下を見た。他意は無いよね。
 
 「ありがとうございます。これほどルンベルグザッハの為に働いてくれるとは、フリューゲン女王陛下にも、いつか挨拶に参りましょう」
 
 君の為なら例え火の中、水の中と、言ってしまったら後ろの二人から部屋ごと滅ぼされるから言わない。だけど聞いてみたい事がある。聞いていいのか困るけど。
 
 「バス……    ルンベルグザッハ様は人間であらせますか?」
 
 考えてから話そう。どうしても聞きたいが自重しろ自分。いつか手探りで計ってみようか。
 
 「そうです。ドワーフの領主、オットマーに見初められ結婚いたしました。主人も魔王軍が来るとの報を聞いて城の籠城の準備をしていたのですけど……    落盤事故で……」
 
 聞くんじゃなかった。バストのサイズを聞いておけば良かったよ。一気に暗い雰囲気になってしまったこの部屋で、一人陽気にサラミを食ってるんじゃねぇ!
 
 「ルフィナ。もう少し静かに」
 
 「これはなかなかの物である。アシュタールにも、これほど上手い物は無いのである」
 
 これにお酒、日本酒もいいけど特にウィスキーがいい。サラミの深い味わいをウィスキーで流し込み苦さを楽しむ、何て最高だ。そして、お前はちょっと死んでこい。
 
 「部下が失礼をしております。ルンベルグザッハ様が……」
 
 「リアで構いません。シャイデンザッハ王が来るまで、ここの指揮をシン旅団長にお任せしたいのですが……」
 
 いい話だが、ここのドワーフを差し置いて受ける訳にはいかない。今は白百合団の十名しか居ないし、プリシラさんが引き連れたメンバーが合流しても二十名強。せめて旅団が居てくれたら指揮も取りやすいけど……
 
 「領主様!    ドワーフの領地はドワーフが守ります!    人間の手を借りずとも魔王軍など追い払ってみせます!」
 
 そう、必ずこうなる。自分の土地を守るのに他人の手を借りたくない気持ちは分かるが、もう少し軽く、僕達を利用するくらいの心の広さを持って欲しい、「ア」と「ス」の多い人よ。
 
 「アスムス、白百合団の名前を知りませんか?    泣く子も殺すと言う凶悪無比の傭兵団なのですよ。その方達が指揮を取ってくれたのならルンベルグザッハも安泰です」
 
 「しかし、こやつらは人間です!    いざとなったら真っ先に逃げるでしょう」
 
 「私も人間ですよ。ドワーフと同じ様に、ルンベルグザッハを守りたいと言う気持ちは誰にも負けません」
 
 はい、勝負あり。リア様の勝ち。    ……勝ちは、いいけど白百合団の評判はとても悪い方向に向かってる気がする。僕達は子供を殺したりはしてないし、鳴かすのはベッドの中で、女の子限定だ。
 
 「アルムスさん……」
 
 「アスムスだ!」
 
 「アスムスさん、シャイデンザッハ王はもう近くまで来られています。僕が指揮を取るのは少しの時間だけで、籠城の準備の間にシャイデンザッハ王も来られましょう」
 
 「むうっ……    分かった!    籠城の準備を進めるのでよろしいな!」
 
 「はい、よろしくお願いします。それと白百合団の分隊がこちらに向かっているので、来たら開門して下さい」
 
 「分かった!」
 
 そんな離れても無いんだから、怒鳴らなくてもいいのに。何だか僕が悪い事をした気がするよ。少しの間だけど指揮官だからね。偉いんだよ。
 
 「それと、魔導砲の整備をしておいて下さい」
 
 「分かった!    先に行っている!」
 
 アスムスは立ち上がってサラミを食べてるルフィナを睨め付けてドアに向かった。せっかくなので僕も一口。なるほどと、言わせる上手さだ。コンビニにあったら買い占めたい。
 
 「それと、お茶のお代わり……」
 
 ドアが轟音上げて締まった。最後のは冗談だったのに。肩の力を抜いて気楽に行こうよ。もうすぐ気の休まる暇が無いくらい忙しくなるんだから。
 
 「ごめんなさい。アスムス、と言うよりドワーフ全般で冗談が通じない事があるから」
 
 ルンベルグザッハの領主に見初められ、人間ながらにドワーフの領主と結婚し、図らずとも今はルンベルグザッハの頂点にいるリア様のご心痛は痛いほど分かる。
 
 力になってあげたい。それに力になって欲しい。このルンベルグザッハがどのくらい持ち堪えるかでアシュタール帝国が無事にデンベルグのアンネリーゼ嬢に合流出来るかが掛かっているんだ。
 
 「少しからかい過ぎました。アスムス殿はいつから側に使えているのですか?」
 
 「アスムスは先先代の奥様から使えている重鎮の一人です。若いながら主人もその能力を勝っていた好人物です」
 
 若いのか……    ドワーフは長寿って聞いてるけど、あの髭と顔のシワで年齢不詳、住所不定の一部の人に似ている時も有ったり無かったり。
 
 若いと言えばリア様も二十代後半くらいか。領主も三度目の結婚で、随分と年の離れた人を嫁さんにしたものだね。若い嫁を残して落盤事故なんて、死んでも死にきれないよ。ルフィナに言ったらアンデットとして復活してもらえるかな。
 
 「僕達もこれで。    ……白百合団とシャイデンザッハ王を待っていましょう」
 
 「出来ればシャイデンザッハ王が来た後でも、ここの全体の指揮を取って頂きたいです。魔導砲はまだ整備段階を越えずシャイデンザッハ王、自ら手を入れてもらえると助かるのです」
 
 何とか撃てるまで持って行っても砲弾がなければ話しにならない。しかし、一発でも撃てればその威力から魔王軍がルンベルグザッハを攻めるのに二の足を踏むのは確実だ。
 
 と、思う。ネーブル橋に着いている魔導砲の威力さえ見てないのに、口径が大きく破壊力もあるルンベルグザッハの魔導砲にどれだけの見せ場があるのか……
 
 「それに付いてはシャイデンザッハ王と話してみましょう。それでは失礼します」
 
 僕達は部屋を出て、魔導砲の場所を聞き出し向かう。途中でロッサには名残惜しくも元の世界に戻ってもらい、ルフィナと仲良くサラミを食べながら行った。
 
 
 
 「これが魔導砲ですか……    大きいですね」
 
 列車砲、それは男の魂を呼び起こすには十分な魅力があった。線路を引けば外にまで出せる車輪は砲台事、旋回させるもので外に出す物では無いのが残念だ。
 
 城の城壁に備えられた魔導砲一号機。さらに城に備えられた二号機の魔導砲が外敵を粉砕するべく鈍い光を放ち、砲頭が街の砲を向いていた。
 
 「おめえさんが白百合団かぁ。アスムス様から言われておるよ」
 
 アスムスさんは仕事が速いね。冗談を言わなければ上手くやって行けそうだ。からかうのは止めておこう。
 
 「撃てるまでどのくらい掛かりますか?」
 
 「もう一日あれば一号、二号とも撃てるようになるなぁ。一号が少し遅れてるかなぁ」
 
 いい答えをもらって僕は上機嫌だ。魔王軍の足止めは成功したし、補給部隊への攻撃もクリスティンさんやソフィアさんに任せておけば大丈夫だろう。
 
 後はプリシラさんと砲弾を待てばいい。籠城の用意もアスムスさんがやっていてくれるし、僕の仕事はシャイデンザッハ王が来た時に部隊の状況を報告するだけだろう。さすがに国王を差し置いて指揮は取れないから。
 
 「イリスはいるかな?」
 
 「良き人、いつもお側に……」
 
 ルフィナも驚くイリスの出現。いつの間にか後ろから抱き締められる僕。今度、話しかける前に広域心眼を使って何処から現れるか調べてみよう。見付けたら後ろに着かれる前に後ろに回り込んでギュッと抱き締めて驚かす。
 
 「部隊の把握に努めて、それとシャイデンザッハ王の行方は分かるかな?」
 
 「申し訳ありません。シャイデンザッハ王の関しては分かりかねます」
 
 「了解。状況の把握を優先で」
 
 僕はイリスの手をほどき、正面から目を見た。ダークエルフの日に焼けた様な褐色の肌以外はエルフと同じなのだろう。整った顔立ちの美人には変わらないが、リア様の様に吸い込まれる様な瞳はしていない。
 
 二人きりなら進んで吸い込まれるが、リア様とは違う。リア様も特別な力を持っているのだろうか、それとも未亡人キャラに引き寄せられたのだろうか。
 
 「なにか……」
 
 不意討ちのキス。やはり吸い込まれたか……    当然の殺気。やはり鋭い呪木が飛んできたか……
 
 「こんな時に何をしてるのである!」
 
 「こんな時にこそリラックスが必要かと思って。ルフィナちゃんもリラックスしたら……    一つも当たってないよ」
 
 僕とイリスを引き離す様に飛んで来た呪木を避け、イリスに当たらない様に距離を取る。槍かムチか、その呪木の枝が太くなる前に退散しよう。僕は第二砲台まで神速で逃げた。
 
 
 第二砲台に行けばドワーフの塊が太い指で細かい作業をしていたが、何をやってるのか分からないし声を掛ける事も無く退散した。
 
 砲台も見たし後は、イリスから籠城の状況を聞けばいいだけ。プリシラさんは僕達が合流地点にいなければルンベルグザッハに来る事になってるし、シャイデンザッハ王も酒を飲んでなければ遅れても来るだろう。
 
 もうすぐ日が落ちる。城には松明が焚かれ始め、その堂々とした風格に花を添えている。城に籠っての籠城戦、援軍が無い状況では無謀とも言えるが、いざとなれば洞窟を伝って逃げる事も出来るし、時間を稼ぐ事が目的ならば十分に役に立てるはずだ。
 
 久しぶりの一人の時間。星を見るにはまだ早い。こんな時には少し立ち止まって考える時間にしてもいい。
 
 「ここにいたであるか!」
 
 はい、終了。黄昏てる暇も無し。あぁ無情なり。
 
 「少し散歩をしてました。ここから見る城や街の姿はなかなか綺麗ですよ」
 
 「そんな事は後回しである!    貴様!    先ほどロッサに何を言ってたである!?」
 
 「様」を付けるなら「団長様」か「ご主人様」でよろしくね。ロッサには人類の進化を手伝ってもらう話をしたんだよ。ロッサの服は何回も復元可能で経済的。しかも肉付きのロッサはサンプルとして合格だ。
 
 「お久しぶりです、ミカエルさま」
 
 ロッサも来てるなら丁度いい。二人で進化に付いて語り合おう。不死者と人間の進化なんて素敵じゃないか。残念ながらルフィナではバストが役不足かと……
 
 「ロッサ、さっき話した事をしようか。夜はまだ長いよ」
 
 何となく顔を赤らめ、恥ずかしがってるのが分かる。僕ぐらいになると骸骨のロッサでも肉が付いた時のロッサの姿がイメージ出来る様になって来てるんだ。
 
 「誰が二人きりにするものであるか!    我も報酬を受け取る権利があるのである!」
 
 
 
 人類の進化にはまだもう少しの時間が必要だ。
 
 
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