異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百十九話

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 楽しい拷問の時間。サキュバスであるリアには聞きたい事がある。僕を逆さ宙吊りにする理由は無い!
 
 
 「ルフィナ、どうしてここに……」
 
 裸宙吊りなんて凄く恥ずかしい。蔦を斬ろうにも、顔面を打った時にゼブラを離してしまったのが悔やまれる。昔の剣豪は握りの所に紐で輪を作り、それに手を通す事で剣を離さない様にしたと言う。僕も改良しようかな。
 
 「ここに来てから調子が変である。最初は巨人の血のせいかと思ったである。それが昨日の夜に急に調子が戻ったである。思い返してみれば、我はサキュバスとは波長なるものが悪いのである。探してみればこれである」
 
 ルフィナの調子の悪さがリアだったなんて……    弱点、見つけたぞ!    夜からって事はサキュバスの正体を現してからか。僕はサキュバスとしちゃったのね……    サキュバスとしちゃって、僕が平気なのは何故だろう。
 
 「もう一つ質問!    僕が宙吊りにされてるのは何故?」
 
 「ついで、である」
 
 ついで……    アンコウがいたら吊るし切りをするんだろうね!   食べたいよアンコウ鍋。食べてみたいよアンコウ鍋。
 
 「降ろせ!」
 
 「さて、どうしたものであるか……」
 
 ここ、考える所じゃないから。スッと降ろして僕のデコピンをもらうシーンだろ。吊るされるのは嫌なんだよ、頭に血が昇るから。
 
 「早く降ろせ!    降ろして……    下さい」
 
 僕の懇願にルフィナは指を一本立てた。中指では無く人差し指、怒ってる訳では無く一本の要求?   別に僕はルフィナに弱味を握られてなんかいないぞ。
 
 「昨日のサキュバスとのこと、プリシラが知ったらどうなるのであるか。考えるまでも無いのである」
 
 こいつ、人の弱味に漬け込みやがって。なんて酷いヤツなんだ!    プリシラさんに知られたら血祭りが始まるだろうが!    祭りの主役は魔王軍じゃなくて僕だぞ!   一晩中、踊り狂うぞ!
 
 「一リットル?」
 
 一リットルだって大変なものだ。何回かに分けて払わないといけないし、他の借血だってあるんだ。自己破産の選択肢はあるのかな。
 
 「バカであるか団長は!    一本、十である」
 
 バカであるかルフィナさんは!    そんなに払ってたら干からびるだろう!    お前にどれだけ借血があると思ってるんだ。
 
 「一だ、一!    そんなの無理に決まってるだろ!」
 
 「分かったである。それなら三で手を打つのである」
 
 おお、ルフィナさんて太っ腹だね。いきなりそこまで値引きしてくれるならローン払いでしのげる。もう少し値引きを期待したいが無理を言ってご破算になるのは避けよう。
 
 「分かった、三で手を打つよ。だから早く降ろして」
 
 「ふむ、プリシラの分は三、他の者の分も三でいいであるな。全部で十五!   いいであるな!」
 
 嫌です。逆さ宙吊りにされているのはもっと嫌です。何で他の白百合団の数も入れるんだよ。どうしろって言うの?    選択肢はどこに行った。僕は仕方がなく黙って頷いた。ドサッと落とされた。
 
 「そいつは……    サキュバスは殺したのか?」
 
 「そんな簡単には殺さないのである。苦しみ、のたうち回って全てを後悔させながら身体を引き千切るのである」
 
 どこまで悪魔ですかルフィナさん。たまに話すのが怖くなるよ。でも死刑は確実だな。たぶん前領主もこいつのせいで死んだのだろうし、ここまで追い詰められたのもサキュバスの仕業だろう。
 
 「殺すのは待って下さい。殺す前に聞きたい事があるから」
 
 ルフィナは「ふんっ」と鼻息荒く、蔦をほどき始めた。リアは床にペタンと座らされたが、両手を左右から蔦で引かれ首にも巻き付いている。ルフィナの怒りを買ったら引き千切られかねない。そして触手プレイは少し色っぽい。
 
 「お前、サキュバスなのか?」
 
 一応、確認。肌は紫色で魔族にも見えるが角が無い。サキュバスなるものを見た事は無いし、肌の色が違うだけで人間にも見える。そしてサキュバスと関係を持った男は死ぬと聞いているが、僕は死んでない。一応、下半身を確認……    うん、僕のは付いてる。
 
 「そうだよぅ、サキュバスだよぅ。もう一度しようよぅ」
 
 取られる訳では無さそうだ。取られるのは命だけなのか?    どちらも渡せないけど、僕はサキュバスを相手に生き残ったらしい。
 
 「お前が前のルンベルグザッハ領主を殺したのか?」
 
 「そうだよぅ。早くしようよぅ」
 
 「貴様が洞窟を崩落させたであるか?」
 
 「うるせぇ、くそブス!    話し掛けるな!」
 
 「なっ、何と言ったであるか!?」
 
 「早くしようよぅ、ミカエルぅ」
 
 どこから突っ込んでいいのかな?    ルフィナが話し掛けた途端に性格がガラリと変わった言葉遣い。僕を見ているサキュバスの目はまるでハートが型取られた様だが、ルフィナを見る目は汚物を見てるようだ。
 
 怒れるルフィナの蔦の締め付けは容赦が無い。首が締まり、両手を引き千切らんばかりに左右に引く。苦しさに悶えるサキュバスは僕に向かってこう言った。
 
 「死ぬならミカエルに刺されて死にたいよぅ」
 
 勝手に死んでくれよ。僕を巻き込むのは止めてくれ。だが、死なれても困る。リアが領主として治めていた間、どれ程の情報が魔王軍に流れたか聞く必要があるんだ。
 
 「ルフィナ、力を弱めて。死んだら話せない」
 
 文句川柳があったら唄いそうなルフィナを下げ、話せるぐらいに蔦の力を抜かせた。サキュバスのリアの尋問は事ある毎に「しようよぅ」「したいよぅ」が入る以外は苦もなく進んだ。途中からM字開脚をされて目のやり場に困った。
 
 リアはルンベルグザッハの領主の妻になり、夫を事故に見せ掛け殺害。魔導砲の砲弾があると思っていたそうだが、輸送中と聞いて魔王軍の進行を促し、シャイデンザッハ国王を足止めしたと思いきや洞窟を通って来るとの情報で崩落させ、第二砲台の破壊にも加担し数人のドワーフの裏切り者もいる。
 
 殺人と器物損壊、国家反逆罪で死刑は確定だ。姦通罪は不問として……    これを軽々と笑顔で話し、事ある毎に「したいよぅ」と言うリアさんは残念な人なのかな?
 
 「お前!    自分のやった事が分かってるのか!(……姦通罪以外)」
 
 「分かってるよぅ。人間を殺す手伝いだよぅ。早くしようよぅ」
 
 ここまで笑顔で、ここまで罪悪感も無く言われると返す言葉が見つからないよぅ。この事実を公表してルンベルグザッハを混乱させるのは不味いよぅ。
 
 「魔王軍とは連絡が付いてるんだな?」
 
 「当然だよぅ。いろいろ教えているよぅ。準備は出来てるよぅ」
 
 胸をつき出すな!    足を広げるな!いったい何の準備なんだよ。大人しくしてれば痛みも与えず首を落としてやるのに……    勿体ないけどね。
 
 「リア、魔王軍に連絡をしろ。シャイデンザッハ王が到着し魔導砲が魔王軍の陣地を狙ってると」
 
 ネーブル橋の魔導砲の威力を知っている者なら聞いただけで逃げ出すはずだ。ルンベルグザッハの魔導砲はネーブル橋に備えられていたのとは大きさが違う、威力だって違うはずだ。後は、リアが仲間を裏切って情報を流すかだが、拷問もやむ無しか。
 
 「いいよぅ。だから、しようよぅ」
 
 あっさりか!?    いいのかそれで、魔物としてのプライドは無いのか?    仲間を裏切る自責の念は無いのか?    それと「しない」からな。
 
 「分かった。全てが上手く行ったらな」
 
 「やったよぅ。……ぐぎゃ!」
 
 後ろからの殺気が膨らむのが良く分かるが、ルフィナには気持ちを押さえて欲しい。砲弾があると言うはったりが効けば時間が稼げるんだ。
 
 「今、死ぬのである!」
 
 僕はルフィナの魔法で伸びた蔦を全て斬り落とした。本当に無抵抗な人を殺すのは止めようよ。どうせ死刑になるんだし、今はルンベルグザッハの事を考えてよ。
 
 「ルフィナは少し我慢して。    ……リア、大丈夫か?    連絡は出来るな?」
 
 「ガホッ、ガホッ。    ……大丈夫だよぅ。連絡するから、早くしようよぅ」
 
 しねぇよ。するのは連絡の方だ。魔王軍が動く前に伝えたい。こちらには魔導砲が狙っている事を。僕はリアに領主の服を着せ連絡を取る上階へと向かった。
 
 「ハト?    伝書鳩なの?    頭の中で連絡を取るとかないの?」
 
 今時、伝書鳩なんて古風だが、この世界ではイリスの様な存在こそ珍しい。居たとしても国が召し抱えて離す事もない。だからこそスマホが欲しい。誰か衛星を打ち上げてくれないかな。
 
 「このハトで魔王軍と連絡を取るんだよぅ。文章はこれでいいんだよぅ」
 
 読めません。こちらの言葉とは違うのか暗号文章なのか知らないが見た事も無い字で書かれても、本当に魔導砲の砲弾の事を書いたのか分からない。
 
 「これで構いません。早く飛ばして下さい」
 
 幸せの白いハトは、偽の情報を持って飛び立った。これで魔王軍が止まれば今日は持ち堪えられる。もし、止まらなければ、リアの死体を魔導砲のオブジェに飾ってやる。
 
 「この者の処遇はどうするであるか?    我が縛っておくであるか?」
 
 今、公表する事は出来ない。かと言って地下牢に押し込めば、すぐに分かってしまう。執務室に軟禁するのが得策かな。思いの外、協力的だし逃げたり暴れたりは無いだろうから。
 
 「腐れブタが話し掛けるな!    私はミカエルと一緒にいるよぅ」
 
 監禁にしよう。縛って執務室に閉じ込める。問題は見張りだな。ドワーフの裏切り者も出てるみたいだし、サキュバス相手に男はダメだ。女のドワーフは見分けが出来ないし、白百合団で見張るか……
 
 「こ、こやつは今すぐ殺すのである!」
 
 キャットファイトも見たいけどルフィナが無駄に強い魔法を使いそうだから止めておかないと。ルフィナの力は魔王軍に向けて欲しい。
 
 「執務室に監禁で。蔦は強めで構いませんよ」
 
 「ちっ、承知である。殺す時には我が殺るのである」
 
 「縛るならミカエルがしてよぅ」
 
 そんな趣味はねぇ!    オリエッタに頼め!    それよりもリアに協力したドワーフの名前を言え!    そいつらも捕らえ無いと、第一砲台まで壊されかねない。
 
 僕が聞けば必要以上に協力的なリアのお陰で、裏切ったドワーフを捕まえる事は簡単だった。救いがあるとすれば全員が操られて、本心から裏切っていない事くらいか。それにアスムスさんも裏切り者の名簿に名前は無かった。
 
 僕はドワーフの中ではアスムスさんにだけ事実を話し、リアを執務室に押し込んだ。見張りには白百合団の女性を立て僕は第一砲台で指揮を取る事にした。
 
 魔王軍が上手く騙されてくれれば、今日はしのげる。もし来たとしても絶好調のルフィナが怒れる力を振り絞ってくれるだろう。
 
 
 
 その日は夕方まで、平穏無事な風の気持ちいい一日日だった。
 
 
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