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第二百二十二話
しおりを挟む夜が更け皆が寝静まる時、白百合団が動き出す。僕は重傷を負ったので、野営地で待機する時間は約二秒。
「治ったら行くぞ」
もう少し優しい言葉を掛けて欲しいよ、僕は仕事をしてばかりだよ。どこか風の涼しい湖でランチバスケットを開けて、サンドイッチを食べたり釣りをしたり、泳ぐのもいいね。
治ったので行きます。治ったけれどソフィアさんと一緒にベッドで待機するのはどうでしょう。指揮官自ら前線に出ると何かあった場合、部隊が崩壊しますよ。
「ソフィアは待機。馬車はデカいの二台だ。分乗して行くぞ。こっちにはアラナとリアと腐れが乗れ。残りはクリスティン操車でそっちだ。サキュバスの数は二十を越える。馬車に積めるだけ積んでも往復が必用だ。大人しく捕まれば良し、暴れる様なら殺さない程度で寝かしておけ」
僕、必用ないんじゃないかなぁ。なんだかやるきがなくなるぅ。このまま、かえってねていたいなぁ。ポンポンいたいしぃ。
「腐れ、用意はいいな。男を寝取る様なヤツは許しておけねぇ」
その「やる気」は個人的なものかよ。確かに寝取られたら嫌だな。白百合団に手を出すようなヤツがいたら…… そんな勇気のあるヤツがいたら、取り敢えず誉めてやるか。
「行きましょう。連合軍の壊滅を防がなくては」
僕以外は怒りを持って夜道を進んだ。御者席に三人で並び、リアの誘導で一人目のサキュバスを探す。僕としては夜這いっぽくて、ちょっと楽しみ。隣のリアが腕を組んで胸を当ててくるし…… グーは止めろ、グーは!
一人目はいきなりの大物。アシュタール帝国遠征隊、総司令ユリシーズ・ファウラー侯爵。他の軍団長が街中で強制的に屋敷を徴収してるのに、この人は街の外にテントを貼って騎士達と一緒に寝起きをしている人格者だが、情婦を三人も連れてきているエロジジイ。
三人もいるお陰で情婦専用のテントまで用意して楽しんでいる様だが、一人くらい別けてもらっても構わないだろ。幸い侯爵様のお相手はサキュバスで無かったので、忍び込んで優しく起こした。
「こんばんは。死ぬか一緒に来るか選んでみよう」
僕の優しいお誘いに、頷いてくれる可愛いサキュバス。あんなオヤジのどこがいいのか、仕事といえ辛いね。
僕は念の為に猿ぐつわで口を塞ぎ、身体検査を入念に行ってから服を一枚羽織らせて後ろ手に縛った。もちろん、どちらも柔らかく、傷が付いたら勿体ない。
「早かったな」
速さだけが取り柄の男ですから。僕はサキュバスを優しく荷台に乗せ、プリシラさんは荒々しく馬車を走らせた。おっと、ゴメンよ、思わずダイブ。 ……あのジジイ、羨ましい。
二人目、三人目とアラナのドロンの情報と僕の神速で誘拐は進み、一台目の馬車は直ぐに満員になった。それはクリスティンさん操車でアラナとオリエッタの護衛付きで帰らせ、僕達、三人は誘拐を続けた。
「何だか、ボクだけ働いてません?」
侵入から誘拐まで、僕の手伝いをしてくれる人は誰もいなかった。影に隠れ、時には天井に張り付き、事が終わるまでクローゼットから隠れ見…… この時は一人で良かったと思う。
「リア、これで最後だな?」
「これで最後だよぅ。帰ってしようよぅ」
しません! 僕は少しも寝てないんだよ。サキュバスの事はルフィナに任せて僕は少し休みたい。暖かい布団に包まれて惰眠を貪りたいんだよ。
捕まえたサキュバスは全て地下牢に押し込み、ルフィナに記憶を読ませる。その際、殺しちゃっても良しとする。特に事故にみせかけて、リアを殺しちゃっても良しとする。死人に口無しとも言う。
朝になって疲れた身体を引きずって、僕はアシュタールに向かった。これからアシュタールの調整に向かい、何人かの人には自分の情婦がサキュバスだった事を知らせないと。
「貴方とお付き合いしてる女性はサキュバスで、魔王軍に情報を流してると思われます」
これを言うと七割ぐらいから胸ぐらを捕まれる。そして唾が出る勢いで罵倒されるのに慣れない。逆に掴んでやりたいが、男爵の身の上ではそれも叶わない。
なので僕は出来るだけ静に相手に伝える。相手を説得させるのに熱くなってはダメだ。事の重要性を話し、そのサキュバスの情婦に会いたいのなら、会えるようにも話をつけた。
と、思う…… 最後の方になると、さすがに疲れて言葉にトゲが有ったかも知れないのはゴメンよ。悪気は無いが、同じ言葉に同じ反応で疲れてしまったよ。
それに可哀想なのはサキュバスにも言える。少なくとも愛し合っていたのだろうが、一人として地下牢に面会に来る事は無かった。
「ルフィナ、後はよろしく……」
僕は寝るぞ。徹夜はこの歳になるとキツくなってくる。まともに、一人で、布団にくるまって眠るのは何日ぶりだろう。おやすみ…… 二秒。
ドアを騒々しく開けて入るのはプリシラさんの専売特許だが、薄目の先にいるのはローズさんだった。いくら起こされても寝ていよう。ローズさん達なら無理に起こす事もないし、刺される事もない。
「この起こし方で、構わねぇんだよな」
「プリシラさんが言ってたから間違いないと思いますよ」
「そうか、死んでも知らねぇ……」
「起きてます! 起きてますよ、ローズさん」
ローズさんの手にはナイフが握りしめられ、僕に振り下ろさんとしていた。睡眠時間二秒。良く寝た。あぁ良く寝たよ。
「何かご用ですか?」
これで輪番をどうのこうの言って来たらマジ殴る。新規の白百合団に輪番を行使する権限なんてマジにねぇ。無いったら、無いの!
「朝早くからハスハント商会の傭兵が来たぜ。どうするんだって言って来てやがる」
忘れていた訳じゃ無いが、着くのは明日じゃなかったか? 急いでくれたのは、有難いけど僕の睡眠が……
「ハスハントの代表は誰です?」
「ギーユって言うエルフだな。あれはハーフかもな」
あのマノンさんか!? マノン・ギーユ、僕に黒刀を貸してダークエルフとの接点を作ってくれた、胸の谷間の綺麗なハーフエルフ。会うのは帝都を離れて以来だ。あの谷間はもっと深くなっているのだろうか。
「その人なら知ってます。来てるんですか?」
「おう、団長をご指名で来てるぜ」
困った…… 来てくれたのは嬉しいが、ハルモニアの援軍として来たんじゃないのか? 挨拶ならアンネリーゼ女王の所か、アシュタールの遠征軍の所に行くのが筋だと思うが…… そうか! 僕に会いに来たんだ!
僕は「直ぐに行きます」と、伝え服を着替えた。「待たせとけよ」と、言って服を脱ぎ出すローズ御一行様。僕は神速で着替え部屋を出た。
「お待たせいたしました」
振り返る汗さえ眩しいマノン・ギーユ。会うのは久しぶりだ。色々とお世話になったりしたけれど、その美しさは変わらない。ハーフエルフだけに変わらないのかな。
「お久しぶりです、シン男爵。ハスハント商会、会頭より傭兵二千、お預けいたします」
お久しぶりに見る谷間に汗と言う川が流れ、とてもハルモニアで過ごす服装ではなかった。きっと仕事用のスーツに近い意味合いの服だろうけど、僕はこの地方にあったアロハを買ってあげたいと思った。
「ありがとうございます。ですが、今は各国から参陣する騎士団が多くて混乱している状態なんです」
僕はアシュタールの騎士団との調停役を買ってでたが、サキュバス退治に忙しくて、それどころじゃなかった。アシュタールの騎士団も一部で混乱している。自分が連れて来た情婦が敵のスパイだったなんて、知られたら問題だし面子に関わる。
「それでしたら手伝いましょうか? 部隊の運用には心得がありますし」
そうでした。マノンさんは行動部隊の偉い人だった。組織の運用にも長けているなら、この混乱を収められるかも知れないが……
「申し訳ありません。ハスハントの方にこれ以上の事をしてもらうのは……」
ハスハント商会とマノンさんに手伝ってもらうのは有難いが、一商会に全軍を把握されるのも危険だ。商会として儲けを考えて戦争を長引かせてられたら困る。
「勘違いしないで下さいミカエルさん。ハスハントは関係ありません。わたしが個人としてお手伝いしたいのです」
「……分かりました。ただし、臨時に白百合団に入団してもらいます。手伝いでは無く、仕事として受け持ってもらいたい」
「望む所です。わたしがどれ程、有能かお見せしますよ」
有能かどうかなら、おそらく有能な人なんだろう。ミスなら仕方がないで済ませる事もあるけど、情報漏洩などは死刑に値する。
白百合団に臨時と言えども入団したんだ、マノンさんがそんな事をすると思えないが、サキュバスの件もあるから気を付けないと。
もちろん入団したからと言って輪番の団則は適用されない。そんな事をしたら命に関わる。マノンさんはハスハントに休暇届を出して白百合団に仮入団した。
これで少しは楽になるだろうか。聞き分けの無い騎士団やロースファーが言う事を聞いてくれないと反撃の日にちも決められない。
マノンさんの仮入団に関しては往復パンチだけで済んだ。
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