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第二百二十七話
しおりを挟む三日で四キロ痩せた。仕事でダイエットになるならスポーツジムは要らないね。
「出撃!」
総兵力三万八千。先鋒のハルモニア軍、ハスハントの傭兵を合わせて一万二千。次鋒アシュタール帝国軍一万八千。功城兵器を貸し出してくれたロースファーが最後尾から五千。連絡をしてアンネリーゼ女王陛下の直轄地に待機している、ケイベック王国が三千の軍勢を王都クリンシュベルバッハに向けて進軍を開始した。
それを僕が指揮を出していると思うと武者震いがする。マノンさんの物資の手際は賞賛に値するし、サキュバス達も頑張ってくれた。白百合団は訓練と称して辺り構わず手試合を申し込み、ケガ人が続出するも治癒魔法をで戦線の以上は無かった。
「いよいよですね、ミカエル」
本当に「いよいよ」だ。騎乗の人となったアンネリーゼ女王陛下はデンベルグで待っていて欲しいという思いは却下され、白百合団は護衛の名目で近衛軍を押し退け周りを固めていた。
この戦は始めた時から負け続け、逃げ続け、ルンベルグザッハでやっと勝ったと思ったら祝勝会も無く立ち返り、戻ってみたら勇者様だもんね。
一介の傭兵が偉くなったんだ。もうすぐ神様との約束も果たせるし、小国の国王か、大帝国の侯爵か、それとも白百合団の団長か選びたい放題だね。選択肢が沢山あるのはいい。どれを選んでも…… 二つを選べば輝かしい未来が待っている。
「どうせ勝つのだから、もう式をあげるか?」
「なぜ、メリッサ様がここに居られるのですか!? デンベルグで留守を守るのでは?」
「つまらんので着いてきた。留守を守ると言っても留守番であろう。何もすることが無いではないか。女王陛下も一緒に来ているのだ、問題はなかろう」
アンネリーゼ嬢は「これはハルモニアの戦だ」と頑なに前線を希望したが、戦が始まったら後方に下がってもらいたい。白百合団は居なくなるからね。
「そんで、あたいらはどうすんだ?」
この会話を何度も繰り返して言ってる筈なのに、物覚えが悪いのか、僕と話す切っ掛けが欲しいのか、度ある毎に聞いてくるプリシラさんは、ハルモニア第二軍団団長です。
ハルモニア軍は大きく四つに別れている。アンネリーゼ女王陛下の近衛軍。クノール、エルンスト両伯爵と僕の白百合団とハスハント商会の傭兵の殲滅旅団だ。
旅団と言うには規模が大きすぎるが、傭兵からなるこの部隊を率いるには他の騎士団に名前負けしない方がいいと、ハスハントの傭兵からの申し出で決まった。
僕は殲滅旅団の中で白百合団の約百名の第一軍団とし、プリシラさんには四百を率いた第二軍団、クリスティンさんは八百を率いた第三軍団になり、残りを三百づつに別け、ハスハントの指揮官で固めた。クリスティンさんの部隊が取り分け多いのは志願者が続出したからだ。
「もう一度、説明しろと……」
「今度はベッドの中で説明してもらいたいもんだ」
二つの殺気が膨らむ。この三つ巴の戦いの真ん中にいる僕はモテてモテて死にたくなる。絶対、僕に向かって火の粉が舞う。火の粉より火炎放射器に近いから黒焦げだ。
「いいですか、プリシラさん。僕達は途中で道を変えてケイベックの遠征軍と合流します。ケイベックに補給物資を置いた後、クリンシュベルバッハの西を目指して移動です。おかしな事にクリンシュベルバッハの西の城壁が壊れたままと報告が上がってるんです」
偵察に向かわせた騎士団から魔王軍は壊れた西の城壁を直す事もなく放置。北門や東門、崩れた城壁は直しているのだが、西のメテオストライクで壊れた城壁は手付かずで壊れたままだった。
「連合軍は東門を突破してもらい、ケイベックには南門を攻めてもらいます。僕達は壊れた西の城壁を抜けて城内に入ります」
「罠だな。メテオストライクの大岩くらい巨人でどうにでもなるだろうし、リッチがいればルフィナみたいに滅びの魔法を使うだろ。それをしてねぇって事は待ち構えているんだろうな」
「それと魔法系のトラップを敷き詰めているかですね。なんにせよ、功城兵器が無くても入れるのは、そこだけですから」
さすがはプリシラさんだ、ただの飲んだくれじゃない。その後に二人を前にして「どうだ!」と言わんばかりに胸を張るのを止めてくれ、揉みたくなる。
「ミカエルは私と一緒に居て指揮を取ってくれるんですよね」
本来ならそうだ。総指揮官自ら前に出る事なんて無い。情報のネットワークは貧弱なこの世界では、指揮官が死ねば総崩れになる。出来るなら柔らかく大きな椅子にふんぞり返って、右手にはブランデーグラスを回し、左手には葉巻を持っていたいくらいだ。
「僕も白百合団と共に西の城壁を目指します。一番の激戦地になると思いますし」
「ダメだ! 死なれては式が挙げられないではないか! それとも前祝いに今から式をあげるか?」
「それはダメです。将兵の前で気の緩んだ事はなりません」
「ガキはクソして寝てろよ」
「何だと貴様! アシュタールの準侯爵に無礼だろ!」
止めてくれ、今は大事な時なんだから。チームワークで難局を乗り切ろうという気持ちは無いのですか。慈愛の心は無いのですか? 人類皆兄弟ですよ。
「ミカエルはどう思ってるんだ!?」
やっぱり飛んで来た火炎放射器。全てを焼き付くす地獄の業火は、さらに激しい怨火で消化に成功する。僕を巻き込み……
「ゲッ!」
「クッ!」
「ウッ!」
「ぐげげげっ!」
「……あまり必要の無い事を話してますと死にますよ」
アンネリーゼ女王陛下とメリッサ様は胸を軽く押さえ、プリシラさんは前屈みになるほど、僕は馬から落ちるほど。
クリスティンさんの翼賛の力に貴族とか階級社会とかライカンスロープとか神速持ちの色男とか、全く関係無いんだ。平然と歩を進めるクリスティンさんは、馬が僕の足を踏んだ事に気付いてくれただろうか。
「グ、グリズディンざん……」
神速をモード・ファイブまで使えても隙を突かれれば、こんなもんだ。他の三人は一瞬だけ苦しんだが僕はクリスティンさんが振り返り、冷たい瞳が僕の心を射殺すまで続いた。
話が強制終了して助かったが、心臓麻痺で助からなかった。何で僕達より後ろの第三軍団の団長が前に来てるんだか。いつかクリスティンさんの心臓も鷲掴みしてみたい、服の上からでも構わないから。
心配する騎士を無視し、平然と馬に乗る。このままアンネリーゼ女王陛下の護衛として前の四人に追い付くか、それともこの位置を保ってここから白百合団の所まで下がるか。
よし、下がろう。新しい白百合団と親睦の為にもコミュニケーションは大事だ。これから危険な任務に着かないといけないのに、意思の疎通は大事だからね。
馬の方向を変えようとすると、また心臓に軽い痛みが。それが少しずつ増え、前から離れるほどに強まり、追い付こうと歩を進めると痛みも引く。「来い!」と言う事なんだろうね。僕は諦め馬を走らせた。前方の、和に入りたくない四人の元へ。
行軍は順調に進み、時折ハーピイーの偵察らしきものが飛んで来る以外は魔王軍からの攻撃さえ無かったが、白百合団と女王陛下と準侯爵様からの心理攻撃は止まず、ケイベックと合流する為に道を変えるまで、体重が一キロ減った。
「それでは女王陛下、王都クリンシュベルバッハ城で会いましょう」
「ミカエル、無理はしないで下さいね」
「ミカエル、無理してでも魔王の首を取って来い」
「ミカエル、行くぞ。もたもたするな」
「……」
せっかくの別れの挨拶なんだから、抱擁の一つもしたいが、クリスティンさんも睨んでいるし馬から落ちるなんて恥ずかしい所は見せられない。
「では、行ってまいります。──全騎、速駆」
次に会える時は勝ってクリンシュベルバッハ城か、負けてデンベルグの街か。死んで天国も考えられるけど、天国に行ける資格は無さそうだよね。
負ければ魔王軍は侵攻を開始してアシュタールまでも攻め込むだろうし、勝てば勝ったで国力の落ちたハルモニアを建て直しアンネリーゼ嬢の結婚の邪魔をしないといけないし、メリッサ様の婚約の話も無くす方向に持っていかないといけない。
戦争が無くなれば傭兵としての白百合団の行く末も考え、臨時で入団した白百合達の事も考えないと…… 負けた時より勝った後の方が大変じゃないのか!?
……今は勝つ事だけを考えよう。勝てば何とかなると、思う。勝たなければ「思う」事も出来ないんだ。
とりあえず、落ちた体重を増やすか……
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