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第二百二十六話
しおりを挟む大人になると怒られる事も少なくなる。ましては連合軍の総司令官ともなれば……
「何をやってるんですか!」
アンネリーゼ女王陛下の前に立たされ、先ほどから三十分程、説教を喰らっている。白百合団対サキュバスのケンカは、あのまま終わっていたら僕達の陣内で隠し通せる筈がルフィナの参戦により連合軍内に知れ渡る事になった。
「申し訳ありません……」
もう何度、頭を下げただろう。八回までは数えていたけれど多くなりそうなので止めてしまった。机の隣ではユーマバシャールが苦笑してるしフリートヘルムは呆れてる。
「頼みますよ、勇者なんですからね」
「申し訳ありません」
「で、作戦の方はどうなってますか?」
僕は勇者だ。ちゃんと仕事もこなす選ばれた男、ミカエル・シン。作戦の青写真は出来てる。作戦の概要を水を得た魚の様に僕は話し、勇者らしくなってきた。
作戦は簡単だった。王都クリンシュベルバッハに真っ直ぐ攻め混む。シンプルいずベストとだね。勿論、細かい所の調整が必要だが、その調整官もサキュバスがやってくれるし問題は無い。
ロースファーは功城兵器を持ち出してくれるし、アシュタールには超振動の武器も供給済みだ。行軍に必要な物資もハスハント商会の力が大きく、ハルモニア軍も戦に専念できる。
「進行は三日後を予定しております」
五日後にって言えばば良かったかな。三日だと忙しくて仕事に追われそうだよ。仕事に追われてはいけないと、先輩に言われた昔を思い出す。今や僕も勇者、偉くなったもんだ。
「わかりました。ハルモニアの為、よろしくお願いします」
アンネリーゼ女王陛下はユーマ君とフリートヘルムを下がらせた。僕と二人きりで話したいみたいだが、作戦に不備があっただろうか。また、怒られるのは嫌だなぁ。
「私を卑怯だと思いますか……」
突然の告白に意味が分からなかった。アンネリーゼ嬢を卑怯だなんて思った事は無い。この封建主義の男社会で頑張ってると思ってるぐらいだ。
「公爵になった時から…… いいえ、公爵になる前から私に力を貸してくれる人が多くて、いつもその人達に頼ってばかりです。この国を統べる立場になるまで…… なってからも、こうしてミカエルの力を借りなくては魔王軍と戦う事さえ出来ないなんて……」
上に立つ者の苦労か。僕も苦労してるが、苦労の大半はプリシラさんを縛っておけば無かった様な気もする。 ……ルフィナも縛っておきたい、それとソフィアさんとアラナは軽く縛りたい。クリスティンさんとオリエッタは手錠と目隠しくらいで…… ふむ、この想像悪くない。
「僕は僕の意思でここに立っております。女王陛下が気に悩む事はありません」
僕の実力と政治的な意味合いで勇者になったのだろうけど、知らずにアンネリーゼ嬢の「魅惑のカリスマ」が働いた事もあるのだろう。
苦労しなくても上に立てる力が、アンネリーゼ嬢を苦しめてる。努力して掴む栄光と何もしないで掴む賞賛のどちらが良いのだろう。
「この戦、負ければハルモニアは滅亡です。勝ったとしてもロースファーから婿を取り、飲み込まれてしまいます。それでも私には戦う力が無いのです。力も無く、上に立つ資格があるでしょうか……」
力も無くか…… 人に頼る事は力の無い証拠では無い。頼って来た人を、助けたくなるだけの人格、人柄があるからこそ助けたくなる。それもまた力だ。
アンネリーゼ嬢の回りには一方的に助ける人ばかりで、自分から戦う事や頼る事を排除されて来たんだね。それで性格が曲がらなかったのは奇跡だよ。
「資格があるから上に立つ事が出来たのでしょう。皆がアンネリーゼ女王陛下を慕っております。力だけが全てではありません」
力が全てだ。それは人だったり金だったり、意味合いは色々とあるけど力があるから前に進める。過去は振り返る事は出来ても、過去に行く事は出来ないんだ。
アンネリーゼ嬢が自分の「魅惑のカリスマ」の力を認識したら、前国王の様にやりたいようにやれる。それとも自分の力に恐怖して内に籠ってしまうのか。
話てしまいたい他人の秘密。魅惑のカリスマの力を全て魔王軍に向けたのなら、ここにいる連合軍の最後の一人までアンネリーゼ嬢の為に戦うだろう。もし自分の為だけに使ったら前国王と同じ道を辿る。
話せない他人の秘密。自分の力を知ってしまったアンネリーゼ嬢がどの道を辿るか何て分からない。「もし」に賭けるほど余裕はないんだ。
成長しろ、大人になれ。決まり文句しか言えない自分のボキャブラリーの無さが泣ける。縛ったプリシラさんの胸で泣いてたい。
「女王陛下、今は勝つ事だけを考えましょう。勝ったら勝ったで、次はロースファーを滅ぼしてやりましょうか」
僕は満面の笑みを浮かべて言った。ロースファーの事は冗談に聞こえたのかアンネリーゼ嬢も微かに笑ってくれた。 ……冗談じゃないけどね。
「ありがとう、ミカエル。どうぞハルモニアに勝利をもたらせて下さい」
席を立ち、深々と頭を下げてるようじゃ、女王としては未熟な所もあるが、素直なアンネリーゼ嬢の伸び代に期待しよう。
僕は執務室を出ると、廊下の壁に背を着け佇む一人の悪魔…… プリシラさんがいた。もしかして「壁ドン」を期待してるのかな。壁ドンのカウンターって、あるのだろうか。
「プリシラさん、どうしたんですか?」
僕は正面に立たず、少し下がった所から話しかけた。少しうつ向いた憂いのあるプリシラさんも綺麗だ。やっぱり壁ドンをした方が良いのかな?
「アンネリーゼのヤツ…… 抱けたんじゃねぇか?」
カウンターの心臓ドンが突き刺さる。人の弱味に浸け込むのは常套手段だ。僕も出来るんじゃないかなぁとは、思っていたけど勇者ですから、これでも……
「そうかも知れませんね」
「……いいのか? 次は死ぬかもしれねぇ」
そう言われると、勿体ない事をしたかも知れない。今から行って押し倒して来るか。悪魔に背を見せる様な間抜けな事をしてでも。
「死ぬ予定は無いですね。勇者は最後まで死なないんですよ」
「最後には死ぬのか……」
前世で僕は魔王と相討ちで死んだ。今度も最後には死ぬのかも知れない。あの時の事は後悔はしていないと思う。一つだけ気掛かりがあるとすれば、僕が死んでプリシラさんは泣いてくれたのかな。
「訂正します。僕は孫に早く死んでくれと言われるまで生きます」
「はっ! そんなに生きれる訳ねぇだろ、やっぱり腐れは腐れだ」
僕はカウンター覚悟で壁ドンを決め、プリシラさんは驚いて僕を見下ろした。この何ともならない身長差と壁ドンをしたいが為の壁ドンで、掛ける言葉は思い浮かばない。
「……なんだよ、言いたい事があれば言えばいいだろ」
言いたい事は無い。やりたい事はある。やりたい事を好き勝手にやれるくらい若ければ、僕は逮捕されているだろう。
「出撃まで三日あります。プリシラさんも後悔の無い様にしてください」
プリシラさんにも、やりたい事はあるだろう。プリシラさん以外にも白百合団の皆にも残された時間を有効に使ってもらいたい。
僕はプリシラさんを後にして神速で逃げ出した。「やりたい事」をと言ったがプリシラさんの「やりたい事」は「戦」か「ヤる」かの、どちらかに決まってる。
僕には勇者としての仕事が待ってるんだ。調整官も手に入ったしマノンさんも協力してくれてる。この限られた人と時間を有効に活用しなければならないんだ。
僕は寝る間も惜しんで連合軍の為に働き、寝る時間を削られ白百合団と調整官の為に働いて三日が過ぎた。
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