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第二百二十五話
しおりを挟む朝風呂は良い。これで日本酒の一つでもあれば、世は極楽かな。
そんな物は無いが石鹸はある。僕の身体に染み付いてしまったサキュバスの香りを落とす為、僕は高価な石鹸を大量に使って身体を洗った。
端から見れば牢屋の中はサキュバスの死体が散らかっている様にも見える惨状の中、僕は下の方で潰される様に死んでいた。目が覚めたのは、僕の目の前にあった誰かさんのお尻から放たれた毒ガスを喰らっての事だった。
サキュバスに悪気は無かったのだろうが、「くっせぇ!」と言って女の子を辱しめたのは条件反射なので許して欲しい。
僕は死体と化したサキュバスを掻き分け、鉄格子のまで匍匐前進で進むと、ルフィナが笑顔で鍵を開けてくれた。
「ご苦労である。これでサキュバスも団長の奴隷である」
「お、お前、言う事はそれだけか……」
「匂うから風呂に入れ、であるか? 準備なら出来てるのである」
「ち、違う! その前に一言あるだろ……」
「プリシラには黙っていてやるのである」
せっかくサキュバス二十五人相手に生き残ったのに、プリシラさんに殺されたくない。僕はサキュバスの件はプリシラさんに黙っている事を条件に、牢屋を脱出して風呂に向かった。
「……良いお湯ですね」
殺気を殺すことならイリス並みのクリスティンさんが、いつの間にかお風呂に入っていた事に気が付かなかったのは石鹸が目に入ったからか。
「そ、そうですね。朝風呂は気持ちがいいなぁ、ハハハハッ」
顔がひきつる。ルフィナのヤツ、話して無いだろうな。お風呂での死因の一つに心臓発作があるけど、どうしても連想してしまう。
「……そちらに行っても……」
お風呂の温度が急に冷たくなった気がした。風呂係がいるなら薪を足してくれ。いや、自分で足すからクリスティンさんは一人でどうぞ。
「か、構いませんよ」
断れる筈もなく、クリスティンさんは僕の正面、下半身に座る様に来た。そして美しい肌を見せながら僕の胸に右手をそっと置いた。
死ぬ! 僕は事故に見せ掛けて殺される。ルフィナが約束を破ったに違いない。壁さえ破壊するクリスティンさんの翼賛の力にモード・ファイブが活躍するのか!?
「……ここにあるのですね。 ……心臓」
話題を変えたい。心臓なんて朝から話す話題では無い。もっと希望に満ち溢れた話をしたいよ。僕の明日を絶つ話にしか聞こえない。
「そ、そうですね。みんな、ありますよ。ハハハハッ。クリスティンさんの部隊はどうなってますか!? 数が増えたから大変でしょ」
強引過ぎる話の展開にクリスティンさんは付き合って、一緒にコーナーを曲がってくれるのか!? それともガードレールをぶち破って谷底に落ちるのは僕だけか!?
「……ハスハント商会の傭兵の皆さんなら、ちゃんと言う事を聞いてくれますよ」
「そ、それは良かった」
良し! 僕の為にも良し! 後はゴールに向かって一直線に進みたい。道草をしないで、コーナーは一緒に曲がろう。最後に一人だけダッシュして置いていかないでね。
「……三十人です。 ……ちゃんと戦死扱いにしています」
……二千分の三十人は多いのか、少ないのか。とりあえず合掌。さて、話も変わったし、せっかくだから朝から血生臭いが戦の話をしよう。
僕が一方的に話す展開になっても、クリスティンさんは僕の胸に手を置いたままだった。むしろ話が切れたら命の炎も消える様で、僕は話し続け最後には料理の話に変わっていた。
「おう! 朝風呂はとは贅沢だな。あらいらも入らせてもらうぜ」
朝から元気なプリシラさんと続けてアラナやオリエッタも湯船に入って来た。助かったと思ったが、湯船に入る前に一度お湯をかけろよ。マナーだぞ。
「ソフィアさんとルフィナは?」
「後から来るんじゃねぇか。朝からハスハントの連中を叩きのめしてやったぜ!」
「えっ! それはダメですよ。味方なんですよ、ハスハントは!」
「あぁ? 訓練だ、訓練。傭兵ばかりで規律はねぇが強いぜあいつら」
叩きのめすなんて言うからケンカでもしたのかと思ったよ。一応、軍規にケンカは御法度なんだから気を付けて欲しい。クリスティンさんの事は…… 聞かなかった事にしよう。
「そうですか、ご苦労さまでした。僕はそろそろ上がるので、みなさんでゆっくり入って下さい」
この流れから、クリスティンさんは横に退いて僕を通してくれるのかと思いきや、クリスティンさんの右手は胸から離れず、僕の目を見ながら言った。
「……愛してます」
だったら良かったのだけど、クリスティンさんの言葉は僕の心臓を揺さぶる言葉を残して立ち上がった。
「……プリシラ、ほどほどに」
何が「ほどほど」ですか!? 何故、僕を見て言うんだ!? 最後まで話してくれないと気分が悪いよね。一緒に出ようと立ち上がると、今度はプリシラさんの右手が拒否権無しに僕を湯船に押し戻す。
「お前はまだだ。 ──クリスティン、いいケツしてんな」
プリシラさんがクリスティンさんのお尻を叩いた音がお風呂に響いて、いつか僕もしてみたいと心に決め、何事も無かったかの様にお風呂を出ていくクリスティンさんの後ろ姿も綺麗だ。
「聞いたぜ…… まあ、必要だから仕方がないって言えば仕方がないだけどな……」
バレた! ルフィナのヤツめ、話さない約束はどこにいったよ。お風呂の死亡原因に「浴槽に沈められる」ってのはあるのだろうか? このまま右手に力が入ったら確実に潜水記録に挑戦出来る。
「白百合団にまた新メンバーを入れたのかよ。今じゃ旅団並みの百人はいるぞ。一応、聞いてはやるが輪番はねぇだろうな?」
「あれは超振動の武器が白百合団とアシュタール騎士団にしか許可されてなくて、臨時としてメンバーに入れたんです! 輪番なんてとんでもない!」
僕は密かに超振動の武器を使っても構わない、白百合団に入れる女性のメンバーを探して入団させていた。武器は前から頼んでいたし、お金の方もアンネリーゼ女王陛下から借りて、十分な武器と装備が整っていた。
「そうか…… 話せば分かると思ったぜ。 ──なぁ、聞いてみれば一発で分かったろ」
「朝は殺気立って、ハスハントの傭兵に八つ当たりしてたッス」
「だからソフィアちゃんが遅れてるです~。ケガ人が凄い出てるんです~」
ハスハントの傭兵さん達、ごめんよ。僕のせいですが、早とちりしたプリシラさんが悪い。後で酒でも送っておこう。
「誤解も解けたようで…… 僕はそろそろ上がろうかな……」
「まあ、そう言うなよ。もう少しゆっくりしていこうぜ。裸の付き合いってのは大切なもんだ」
「裸の付き合い、お肌の触れ合いッス」
「団長~。洗いましょうか~」
どうしよう。触れ合いまでならいいかな。別に触れ無くてもいいけど、何故この胸に置かれたプリシラさんの右手に力が入るのか。素潜りなら断りたい。
「そ、そうですね。も、もう少し入ってようかな、ハハハハッ……」
その後は、平穏無事に楽しいお喋りだけでバスタイムが終わりかけていった。話のネタも尽き掛け、そろそろ出ようかと思った時に女子力高めの声がお風呂場に向かって来てしまった。
「ミカエルも入ってんだよぅ。私達も誘ってくれたら良かったんだよぅ」
リアがサキュバス全員を引き連れ、お風呂場に入って来た時に「終わった」と思ったよぅ。紫色の肌をあらわにしたサキュバスはとても眼福だよぅ。
「なんなんスか、あれ?」
なんなんでしょう、あれ。サキュバスの水浴びかな。牢屋を抜け出すなんて、けしからんね。直ぐに戻って頂きたい。
「ちょっと退いて! ミカエル一緒に入ろうよぅ」
アラナを押し退け隣に座ろうとするリア。それに続けと湯船に入りきれないサキュバス達。第一ラウンドのゴングは「カン」では無く「ゴン」と言う名の右フックがリアに決まった。
「なんなんだ、こいつらは!」
速いなぁ、右フックの次は僕の首を絞めてるなんて、もしかして神速持ってませんか。まだ沈められるられて無いだけ、話し合いの猶予はある。
「こ、このサキュバスは……」
「死ぬか、てめぇは!」
執行猶予は無く即時、実刑判決。お風呂に沈めるの刑が執行中。だけど直ぐに恩赦が下りた。お湯の中から見た、プリシラさんの横っ腹を蹴りあげる命知らずのリアの美しい右足が。
「ミカエルに何をしやがる!」
自分が殴られた事より、僕を気遣ってくれる人なんて初めてだ。嬉しいが無謀だ。サキュバスとは言えプリシラさんに叶う筈が無いのに。
「大丈夫かい、ミカエル」
助け上げられた事に感謝と恐怖と胸の膨らみを感じたのは初めてだ。目の前のリアに感謝。隣で湯船に沈んだプリシラさんに恐怖。もしかして死んだか? 人工呼吸なら任せてくれ。
「どういう事だ、ミカエル!」
水の中から立ち上がるプリシラさんに擬音を付けるなら「ズボボボボッ」 まるで恐怖の大王降臨だよ。逃げたい、逃げて布団に丸まって泣いていたい。
「サキュバスはミカエルに仕える事になったんだよ。白百合団だか知らねぇが、デカい顔をするんじゃないよ!」
この世界の法則の一つ「火に油を注ぐ」を発動。もう誰にも止められない。僕が当事者の一人なのだろうけど逃げたい。
「なんだそりゃ! ミカエル! 説明しろ!」
「こ、これは……」
「ミカエルはサキュバスにとって「神」さ。私達はその使徒。使徒が神をどうしようと勝手だろ!」
それはダメでしょ。神様は敬うもので、利用するものじゃないよ。理屈がわからん。プリシラさんにも分かってないだろう。分からない以上、話し合いは終了。 ファイト!
白百合団三人とサキュバス二十五人の裸での殴り合い。アラナが言ってたな、裸の付き合い、肌の触れ合い。有言実行とはまさにこの事。
ルフィナが居なくて良かった。魔法を使ったら死人がでるよ。それと、誰が一番最初に湯船に沈んでる僕を見付けてくれるのだろうか……
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