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第二百二十四話
しおりを挟むこの浮遊感と生暖かさは心地よい。ずっと、こうしていたい気がする。みんなの声も聞こえる。楽しそうだ……
「……アラナ、何で中指が一番短いんだよ、ちゃんと探せ!」
「プリ姐、パズルみたいで飽きて来たッス」
「アホか!? ちゃんと探しておけよ! オリエッタ、その手はなんだ!?」
「せっかくなので右手事、超振動の手に変えるです~」
「変えねぇよ! あるんだから付けりゃいいんだよ! 仕舞っておけ、そんなもん! ……クリスティンは何してやがる!?」
「……これが本物。 ……これが本物の心臓」
「どこに顔を突っ込んでやがる! 舐めてるんじゃねぇよ! 顔を洗ってこい、血だらけだぞ! ソフィア、頭の方が終わったら、さっさと身体と付けやがれ!」
「このまま持っているのはダメですかぁ?」
「ダメに決まってるだろ! 早く付けやがれ! ルフィナは何を喰ってるんだ?」
「この右足、血が良く滴るのである」
「吸ってるんじゃねぇ! 足りない血はお前の予備からもらうからな!」
なんだか、みんな楽しそうだ。昔、学校にあった人体模型でも組み立ててるのかな。僕の学校には無かったけど、ちょっと気持ち悪いよね。
「……お前ら、ちゃんとやれよ。このままだと……が死んじまうぞ。 ……しっかりしろ! ちゃんと治し…… ……エル!」
声も良く聞こえなくなって来た。このまま少し眠りたい。
目覚めの朝は鳥のさえずり。頭が少し、ぼうっとする感じは寝すぎたからか。えっと、確か会議が終わって帰る途中だったな。
早く帰って誤解を解かないといけないと思っていたけど、ここは何処だろう。このまま、もう少し寝ていたい。
「ミカエル、起きたか。飯を持って来たぜ」
朝の光を受けたプリシラさんの髪の毛は、いつにも増して輝いていた。僕はベッドから起きようとすると「もう少し休んでおけよ」と優しい声に甘えたいが、不慣れな給仕の仕事で手が震えているようだった。
僕は上半身を起こすとプリシラさんは、朝食の乗ったお盆を僕の足の上に乗せ、スープを一口食べさせてくれ、何か嵐の前の静けさの様に朝食の時間は静かに終わった。
「……無事で良かった」
ふと、漏らした一言を僕は聞けなかった。朝食が終わったと同時に白百合団が埃を巻き上げガヤガヤと入って来やがった。
「団長、指は平気ッスか?」
「超振動にしたかったです~」
「……本物の心臓」
「ちゃんと付いたみたいですね」
「なかなかの甘美である」
いっぺんに話されても聞き取れないけど、みんな楽しそうだ。機嫌の良い時に話しておいた方がいい事もある。
「みなさん、僕はアシュタールの準伯爵になったんですよ。それで連合軍の総司令官である勇者に抜擢されました」
「僕はパズルは苦手ッス」
「今度はこっそり着けるです~」
「……本物に触れた」
「傷跡も無いみたいですね」
「予備が無くなったである」
相変わらず人の話を聞かねぇな。僕が偉くなったんだからキスの一つでもしてくれていいのに。せめて慰労の言葉くらいはもらえないか?
「それで…… 魔王を倒したらアシュタールの準侯爵であるメリッサ・マロリー様から求婚の申し出がありまして…… もちろん断りますよ。傭兵あがりの僕なんかじゃ身分が違いますし、侯爵なんで柄じゃないですからね」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
この話は無視してくれないのね。この話こそ無視して欲しいと僕は思います。突き刺さる目線が痛い。ナイフで刺されるより痛い。
「だと、思ったぜ。なぁ! 言ったろ、ちゃんと話を聞けば分かるんだよ」
「……」
珍しくプリシラさんからのフォローに僕を含めてみんな黙ってしまった。黙ってしまって誰からも話せない。
「……まあ、なんだ、ゆっくり休めよ。お前は疲れてるんだからさ」
「そ、そうですね。もう一眠りさせてもらおうかな、ハハハハッ」
プリシラさんの援護射撃に白百合団は撤退した。僕は帰る前にルフィナだけを呼び止め、お願い事をした。
「ルフィナ、地下牢にいるサキュバスは元気にしてますか?」
「元気と言えば元気である。男を寄越せと、五月蝿いくらい元気である」
「それは良かった。男を出す事は出来ませんが仕事ならあげれます。実は総司令官になってから考えたのですが僕には調整官がいないんです」
「あの軍備を調整するのであるか?」
「そうです。アシュタールもロースファーも簡単には指示に従ってくれるか疑問なのですが、内情を知っているサキュバスが調整官をしたら融通が効くかと思って」
「確かに元は情婦が多いサキュバスである。弱味を握っている分、調整はしやすいである。しかも相手が男ならサキュバスが手玉に取るのは用意である」
「そこでサキュバスを調整官にしたいと思ってます。勝手に動かれたら危ないので、昔の事ですが「奴隷の首輪」を覚えていますか? 強制的に奴隷にするの」
「イリスにしようとしていたのであるな。あの時は無かったのである」
「はい。女王陛下に宝物庫を見る許可をもらってますので探して見て下さい。あれば事後報告で借りますから、サキュバスを奴隷に出来ませんかね」
「イリスの様にすれば容易いのである」
「それは無しで。身体が持ちませんし、腐るのは勿体ない。イリスの様なのは無しで奴隷に出来ないか考えてみて下さい」
「分かったである。首輪が無い場合は我の自由で構わないのであるな?」
「死ぬとか無しなら、いいですよ」
サキュバス有効活用とはこの事だろう。指揮を受けるのは男ばかりだしサキュバス魅力に掛かれば、否応なしに言う事を聞いてくれる。僕なりの適材適所と誰か誉めてくれないかな。
「団長もなかなかやる……」
去り際で最後の方は聞こえなかったが、ルフィナなりに誉めてくれたのかな。僕なりに頑張ってるし、それなりの褒美をドンと欲しい所だ。 ……これってドンとフラグだったようだ。
「団長、用意が出来たである」
昼近くまで休ませてもらった僕は夕刻まで慣れない書類仕事に追われ、マノンさんの谷間に目が追われ、仕事を片っ端から片付けていった。勇者の仕事って現場以外はデスクワークなのね。
「お疲れ。夕御飯を食べてからでいい?」
「しっかり食べないと体力が持たないである」
今日はみんな随分と優しい気がするよ。何か良い事でもあったのかな? それとも疚しい事をしたとか…… 深く詮索するのは止めよう。僕は白百合団とリヒャルダちゃんを交えて楽しく食事をした。
「これである」
サキュバスの居る地下室に降りながら渡されたのは黒い首輪。真ん中に赤い魔石がある以外は普通の皮で出来た、普通の首輪だった。もう少し危ない感じのを期待していただけに少し残念だ。
「これを首に巻けば奴隷の完成なの?」
「その後で特別な魔法を使って完成である。団長には牢屋からサキュバスを一人ずつ出して欲しいである」
そんなのお安いご用さ。サキュバス単体の運動能力は人を凌駕するし、その二十五人が暴れだしたらルフィナだけでは殺す以外では手に余る。僕だったら、流石に無傷は厳しいかな。殺していいなら楽勝です。
「リア、出るである」
地下牢の奥で一人膝を抱えてうつむくリアはルフィナの声に反応しなかった。他のサキュバスも同様に座っている者、寝転んでいる者、誰もが静にしていた。
「リア! 出るである!」
寝ちゃったのかな? 目覚めは勇者様のキスが必要なのかな? あれだけ「しようよ」を連呼していたリアとは思えない。きっと話さなければ美人タイプなのだろうね。
「リア、迎えに来たよ。ここを出してあげるよ」
僕のとびきり優しい声にも反応を見せないリア。嫌われた? 飽きられた? それともツンデレ? こうなると無理矢理、牢から出すしかないか。
「団長、任せたである。一応、危険なので剣は預かっておくである」
ここが一番、危険な所だ。サキュバスを掻い潜って奥にいるリアだけを連れ出さなければならない。中に入って剣を奪われ人質になるなんて勇者にあるまじき事だ。僕は剣と護身用のナイフをルフィナに預け、鉄格子の扉を潜って牢の中に入った。
機先の心眼!
これで三秒くらい先の未来が見える。何かあっても神速で回避も攻撃も可能だ。たかが無手の二十五人、余裕で乳を揉める ……余裕で鎮圧出来る!
……何も見えない。動きは無い。乳を揉むチャンスもない。僕は牢屋内を重点的に心眼を使ってリアに近付いた。
「立て!」
リアを見ても動きは無い。周りも襲ってくる気配は無い。いつものリアなら喜んで着いて来るのに少し寂しい。
「立て!」
大事な事だから二度言ったが無視されてミカエル寂しい。 ……そんなバカな事を考えていないで立たせて連れ出さないと。
僕が手を出して連れ出そうとする未来が見えると、リアは入り口に向かって何かを話しているようだが、言葉までは聞こえない。僕がリアの二の腕を取ると、リアは牢屋の出口を見て鉄格子の扉が閉まった。
「ありがとうございます、ルフィナさま」
えっ? はぁ? 扉が閉まって閉じ込められた? なんで? どうして? どうなった? 格子の向こうで鍵を掛けるルフィナ。アナタ、ナニ、ヤッテンノ?
「団長、良い知らせと悪い知らせがあるのである」
僕はリアの手を振り払って鉄格子に神速で掴んで開けようとした。無駄な神速、無駄な足掻き。鉄格子が僕の力で開く筈もなく、格子を斬るにも剣もなし。
「ルフィナ、どういう意味だ!」
「悪い知らせは、奴隷の首輪は無い事である」
「……さっき、用意が出来たって言ったろ」
「良い知らせは、首輪が無くとも奴隷化が出来る方法を見つけたのである」
「それは……」
聞きたく無い。ここまで来れば「懸命な読者なら」って話があるんだろうが、僕は全力で鉄格子と押し問答をして、まるで囚人かゴリラのようだ。
「ありがとうございます、ルフィナさま。後はこちらで……」
僕の後ろで頭を下げるリアが心眼で見れた。今頃、見れたって遅いんだよ。本当にヤるのか!? 二十五人のサキュバスを相手に……
「ルフィナ! ここを開けろ! 今なら冗談で済ましてやる!」
「……頑張るのである。調整官を手に入れれるかは、団長の双肩に掛かっているのである。 ……この場合はバスターソードであるか、ククククッ」
悪魔の笑いと共に去るルフィナと、残された哀れな団長は僕です。無理だろ、普通のサキュバスだって凄いのに二十五人だぞ。
「リア姐さん、こんな人間が凄いんですか?」
「……ジンジャー、貴女は今まで何人の男を喰らって来ましたか? 印象に残った男は?」
「ん? 今までなら五百くらいの男を喰らいましたけど、印象に残っているのは…… 三人くらいですね」
「今までの五百も印象に残った男も、今日すべてが消え去るのよ、このミカエル・シンによって。みんなも良く聞いて。私たちサキュバスは男を求め流浪の旅をしています。良い男も醜悪な男もいたでしょう。だか、その旅も今日ここで終わる! 私達の行き着く先にはミカエル・シンがいる!」
いや~照れるな。リアちゃんの言葉に乗せられてはいけないよ、僕はただの傭兵ですから。何で、そんな目で見るの? あんまり見詰められるとシンちゃん恥ずかしい。
「ルフィナ! 開けろ! 開けろ!」
必死になっても火事場の馬鹿力など出る事も無く、虚しく地下室に鉄格子の音が響き渡った。最後にルフィナが階段を登って去る時に笑っている様な気がした、悪魔のような優しい笑顔で。
「神よ、我らを導きたまえ……」
リアの言葉と共に襲いかかるサキュバス二十五人は、流浪の旅から解放されるべく全ての力を振り絞り、僕は神速モード・ファイブまでレベルアップした。
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