異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百三十二話

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 魔法とは違う力。クリスティンさんの翼賛の力は、もう超能力の部類に入るのでは?
 
 
 クリスティンさんを降ろし、震えや翼賛の力を押さえようと抱き締めた僕は、内側からの力で後ろに立っていた巨木まで吹き飛ばされた。
 
 クリスティンさんを中心に爆心地の様に地面が抉れ、その縁に立つ僕はモード・ファイブの心臓マッサージどころか身体中の筋肉まで震えだす。
 
 心臓だけではダメだ!    身体中にモード・ファイブを走らせ翼賛の力を中和する。周りの巨木や岩が塵の様に崩れ消え、爆心地がさらに広がった。
 
 ここにいてもいいのか?    モード・ファイブで逃げ出した方が良くないか!?    とてもじゃないが、僕の手に余る。逃げ出したいよ~。
 
 「ク、クリスティン!    頑張れ!    押さえ込むんだ!」
 
 逃げ出した所でクリスティンさんの力が弱まるとも思えない。僕が居た所で何が出来るかとも思えない。でも、やっぱり逃げられないでしょ、男の子だし。
 
 「……に、逃げて」
 
 女に逃げてと言われて、逃げる男は男じゃねぇ。と、思う。爆心地がさらに広がり翼賛の力が強まっていき、僕は一歩、一歩とクリスティンさんに寄ろうとしても、ジリジリと離され気を抜けば吹き飛ばされそうだ。この緊張状態が十秒か一分か過ぎた時、僕はキレた。
 
 「舐めんじゃねぇ!」
 
 神速持ちは伊達じゃないんだ。身体の中和なんて気にするな!   詐欺師のチート持ちは伊達じゃないんだ。身体が張り裂けようと、一気に突っ込み手刀を入れる!
 
 でも、やっぱり怖い。あそこまで、クリスティンさんの元まで辿り着けるのか?    距離は十メートルと無い、ファイブで移動すれば一秒とかからないだろうが、一秒で塵になるんじゃ……    怖いけど勇気を振り絞って僕は行く。怖いからカウントダウンでスタートしよう。
    
 スリー。
 
 ツー。
 
 ワン。
 
 零・五。
 
 零・四
 
 ……行ったれ!
 
 中和を解いて、神速を全て速さだけに注ぎ込む。おっと、忘れてた。僕の左手は超振動で盾代わりになるんだった。左手を突き出し超振動全開、神速もフルパワー!    
 
 なのに遅い。身体の動きが遅いんだ。いや、身体の神速は出てるのは分かる。膝を着いたクリスティンさんから滴る汗が空中で止まり動いていない。僕の神速は出てる。逆に速い、僕の精神の方が速くて身体の速さが追い付いていないんだ。
  
 半分まで迫った時、突き出した左手の超振動が抑え込まれ指先から崩れていく。義手とは言え痛みも多少はある高性能品、それが見た目にはゆっくりと、実際にはコンマ何秒だが、痛みだけは精神が速いだけ続いた。
 
 何か透明な力の壁が迫る気配が。これはヤバい。当たった瞬間に左手と同様に消し飛ぶ自信がある。引き込む左を返す刀に、右手で魔剣ゼブラの神速の抜刀。
 
 神速より速い抜刀は、透明な何かを斬る。分厚く粘土の様な斬り堪えを抜け僕はクリスティンさんの前に立った。
 
 「クリスティン……」
 
 手刀を入れる事も身体の痛みも忘れ、僕は立つ。ここまでやれた満足感が不思議と僕を包む。頑張ったんだよ、何もしてないけど。頑張ったんだよ、何かを……
 
 「一緒に死にましょうか……」
 
 僕は膝を着きクリスティンさんの頭を撫でる。悪く無いかなこんな死に方も……    クリスティンさんも、これ以上誰かを巻き込む事は望んでないだろう。止まらない力はいずれ自分に向くのではないかな。
 
 「……ふふっ、あなたって人は……」
 
 儚げに微笑むクリスティンさん、了承は得たようだ。まぁ、魔王はプリシラさんや白百合団がいれば倒せるだろうし、その後の事はアンネリーゼが何とかしてくれるだろう。
 
 神様との「面白いエンディング」が、これとは思えないけど傭兵をやってればいつかは死ぬ。早いか遅いか、満足か不満足かの違いくらいだろ。
 
 僕はとりあえず満足かな。出来ればプリシラさんの胸の中で死にたいけれど、サイズ以外はクリスティンさんでも充分満足だ。僕の身体までもが細かく震えて来た。目を閉じて神速を最大に、せめてささやかな抵抗ぐらいしてからと力を入れた。
 
 目の前で不意に立ち上がる微かな感覚。目を開ければ、クリスティンさんは魔剣ゼブラの刀身を握り、切っ先を自分の心臓合わせて倒れ込んで来た。
 
 「なっ!    ……なんで」
 
 最高の切れ味を誇るオリエッタの魔剣ゼブラは、力を入れずともクリスティンさんの胸に吸い込まれ、抱き止めた時には背から血の付いた刀身が……
 
 「……こ、これでいいんです……」
 
 神速の速さを誇る僕なら、刀身を握られた時に引ける筈だ。それより機先の心眼を持ってる僕には未来も見えて、クリスティンさんが何をするかも分かった筈なのに……
 
 「クリスティン……」
 
 目を合わせても、唇が震えて返事をしてくれない。抱き締めてる身体の力が抜けて、僕にもたれ掛かるクリスティン。
 
 「そ、そんな……     くっそぉぉぉ!」
 
 クリスティンさんの翼賛の力が周りから引いて来ているのが分かる。頬に手を当て僕の方を向かせても……
 
 「…………」
 
 あの幾人もの命を奪って、サンドドラゴンさえも倒した翼賛の力が、クリスティンさんの命の灯火の様に消えて無くなっていく。
 
 僕に出来る事は無いのか!?    神速持ちの世界最強だろうが!    今からソフィアさんの所に走れば間に合うか!?   心臓をゼブラで貫かれ、もう渇れはてそうな灯火のクリスティンさんを抱いて。
 
 「……ミ、ミカエル……    キ、キスを……」
 
 最後に言えた言葉はそれだけだった。微かに開けた、その瞳には涙を浮かべていた。僕はクリスティンさんにキスをして抱き締めた。
 
 途端にクリスティンさんの心臓を突き刺したゼブラを折って、最後の翼賛の力が爆発した。僕は離すまいと力を入れても衝撃波の前では紙屑の様に吹き飛ばされた。
 
 
 
 「はっ!」
 
 頭が痛い……     それなら、これは夢じゃないのか。爆心地のクレーターの外まで飛ばされた僕は、何とか這って中央で見たものは、折れた魔剣ゼブラと、身体を屈むようにしてボロボロになったクリスティンさんだった。
 
 ふらつく足に力を入れても、窪んだ中心にいるクリスティンさんの側に転がるように行くだけで精一杯だった。
 
 クリスティンさんの服は衝撃波で消え去り、背中にはゼブラが貫通した後が。あんなにも美しかったクリスティンさんは今や見る影も無い。
 
 「クリスティンさん……」
 
 肩を揺すっても返事は無い。あれだけの力を持ちながら、クリスティンさんは最後に自分に向けて使ってしまったのか。
 
 涙が頬をつたう。悲しみと無力感と喪失感が僕を襲う。いや、もっとあったのかもしれない。僕と……    僕達と過ごして来たクリスティンさんの想い出が……
 
 誰にも理解出来ない力と、それを持つゆえの孤独と、クリスティンさんの事を分かっていてあげたのだろうか。
 
 「クリスティンさん……    起きてください……」
 
 肩を揺する手に、無言の返事。僕は折れた魔剣ゼブラを手に取った。今まで孤独に生きて来たクリスティン。せめて最後には一緒にいてあげたいと、僕はゼブラを首に当てて……     心臓発作ぁぁ!!

 「グ、グリズディンざん……」
 
 のたうち回る僕を他所に、立ち上がるこの世の女神。あまりの美しさに見とれて心臓が一瞬止まる。
 
 ぐるじいぃぃ、神速のモード・シックス!    電光石火!    臥薪嘗胆!    明鏡止水!    石ノ上にも十月十日!    何だって構わない、心臓を止めないで……        
 
 「…………おはようございます、団長。何だか生まれ変わった気分です」
 
 僕は死にそうな気分です。神速もモード・ファイブが限界と思っていたけど、努力しだいで人は成長が出来るんだね。成長するだけの寿命があれば、だけどね。
 
 「グリズディンざん……」
 
 「…………どうしました?」
 
 見れば分かるだろ!    痛てぇんだよ、心臓が!    悲しみの涙は引っ込んで、苦しみの涙が頬をつたうなんて、面白くもなんともねぇ!
 
 「…………団長」
 
 あっさりと解除してくれれば、抱き合って生きている喜びを分かち合えるのに、今までより「間」が少し増えてねぇか?
 
 「じんぞう……    じんぞうが、いだい……」
 
 神速もマックスなモード・シックス。それでも押さえきれない翼賛の力は、クリスティンさんの生まれ変わったと言う言葉は本当のようだ。
 
 そろそろカウントダウンに入ろうか。寿命が尽きるまで、五・四・三・二……    二と半分・二と三分の一・二と……
 
 「…………苦しいみたいですね」
 
 「間」が一つ増えた分、止めるのに時間が掛かったようだ。僕は全身を汗だらけにし、生涯余命が減ったことを確信した。
 
 「ク、クリスティンさんは大丈夫なんですか……」
 
 目の前に立ち尽くす、裸体の女神は僕に慈愛の瞳を向けていた。砂まみれになって苦しみ悶えていたのだから慈愛の……    同情の目線があるだけか。
 
 「…………私は平気です」
 
 しっかりと立ったクリスティンさんとは別に、今にも倒れそうになりながらも立つ僕。死にかけているのはどっちだ!?
 
 「良かった……」
 
 今度は喜びの涙を浮かべてクリスティンさんを抱き締めて、祝福のキスをしようとして心臓麻痺が……    さっきは貴女からキスをせがんだよね!?    忘れちゃったのかよ!?
 
 「…………心臓は正常に動いているみたいです」
 
 そう、それ!    クリスティンさんは魔剣ゼブラで心臓を一突きして翼賛の力を止めたんだ。心臓を刺されても生きているなんて、ビックリ人間ですか?
 
 「ど、どういう事でしょう……」
 
 「…………わかりません」
 
 分かってやったんじゃないのかよ!    心臓を刺すなんて自殺行為も甚だしい!    本当に死んでたらどうするの?    
 
 「…………おそらく、    …………以前、団長の心臓を見た時に、    …………私の心臓を具現化して団長の心臓に埋め込みました。    …………だからかも、    …………しれません」
 
 長い!    長いし説明になってないし。それに説明なら翼賛の力を解いてからにして欲しい。服は着ないで、このままで……

 目が眩みそうな女神を目の前にして、クエスチョンマークが踊り出す。心臓を見た?    心臓を具現化して埋め込んだ?    二つのマークが螺旋を描いて宙を舞う。
 
 「クリスティンさん、もう少し具体的に……」
 
 心臓の具現化なら見た事がある。その時は僕の心臓で、目の前で舐められたんだったか。クリスティンさん自身の心臓の具現化も分かるが、それを僕の心臓に押し込んだって?
 
 「…………分かりません」
 
 そうだろうな!    全て分かってやってたら犯罪じゃねぇの?    それにクリスティンさんの心臓を具現化して押し込んだって……
 
 「クリスティンさんの心臓はどうなってるんですか?」
 
 「…………おそらく自発的には動いてません。    …………心臓を刺しましたから。    …………でも、団長の心臓が動いている限り、私の心臓も動き続けると思います」
 
 それって、僕の心臓しだいでクリスティンさんの心臓も止まるって事か?    僕が死んだらクリスティンさんも死んじゃうよ。
  
 「…………死ぬ時は一緒です、ふふふっ」
 
 女神の微笑みに返す言葉が見付からない。でも、クリスティンの一つは消えた。もう一つ、僕の心臓を見たってなに?    恥ずかしがり屋の僕は心臓を見せたりしないのに。
 
 「…………ふふふっ」
 
 
 謎は謎のままにしておいた方が良い事もある?
 
 
 
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