異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百三十三話

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 夕闇が辺りを包み込む。クリンシュベルバッハ城の戦いは終わったのか。
 
 
 「あんっ、ミカエル…  気持ちいいぃぃ」
 
 クリスティンさんの翼賛の力を押さえ込み、僕は左手の義手と魔剣ゼブラを失うくらいで事なきを得たのは、普段からの行いが良いからか。
 
 「お…おぉきいぃい…    わたしの中で…   ああああ…あぁぁ…」
 
 クリンシュベルバッハ城から北に向かって走り、今から戦線に戻ってもプリシラさんが魔王の首を取って終わってる事だろう。
 
 「クリスティンの中は気持ちいいよ……」
 
 目の前で裸女神がいたら男子たるもの、ヤる事は一つだろう。戦争ばかりなんて詰まらないからね。功績は白百合団にあげるよ。僕は女神をもらうから。
 
 「そんな…    言わないで、恥ずかしいぃ、あっは…あぁぁんん…」
 
 残念ながらクリスティンさんの声はショートソードを突き刺した時に、鼓膜を破られ聞こえない。両親に聞こえない様にした、無音でエッチなビデオを見てる気分です。
 
 「い…いいぃ、あああぁ…はは…ぁん…っ」
 
 聞こえん……    せめてクリスティンさんだけでも、気持ち良くなって。神速と心臓マッサージはいつも通りだけど。
 
 「 し…ぬ…  しぃ…ぬぅぅ   あっ…いやぁぁ…」
 
 いぬ?    犬がどうしたって?    全てを聞き終わる前に僕の方が果ててしまった。さすがに七回連投完封勝利で、後はリリースに任せよう。僕の相棒は暖かい微睡みの中に放置し、そっとクリスティンさんの胸に耳を付けた。
 
 クリスティンさんの心臓の音が聞こえる。今は息も絶え絶えだが、しっかりした音だ。その音は僕の心臓の音と全くシンクロしているのは、本当に僕の心臓の中にクリスティンさんの具現化された心臓があるからだろうか。
 
 その割りに、心臓麻痺を喰らわせるのはどうだろう。僕が死んじゃったら、クリスティンさんも死んじゃうんだからね。心臓麻痺はほどほどに。
 
 スライムと化した相棒は抵抗も無く抜け落ち、クリスティンさんの秘部からは七回戦分の白球が流れ落ちた。
 
 
 
 「…………おはようございます、団長」
 
 微かに聞こえる女神のささやき。悪魔の血のお陰で鼓膜も治って来たようだ。クリスティンさんは僕のマジックポーチから出したブランケットを身にまとい、長いワンピースを着ているのが残念です。眠っている間にスリットを入れておくべだった。
 
 「おはようございます、クリスティンさん」
 
 僕達はクリスティンさんが作った爆心地の真ん中で眠ってしまったが、風が通らないのか空気が淀んでいるように感じる。七回戦分だからね。
 
 「…………これからどうしますか?」
 
 どうって?    これからクリンシュベルバッハに戻って戦況の確認かな。魔王も死んで、この戦もお仕舞いだよ。次の戦場を探さないとね。
 
 それより負けた時より、勝った時の方が色々とやる事が多かったよな。アンネリーゼ女王陛下の結婚を何とかしないといけないし、白百合団の新メンバー事もある。ダークエルフの六姉妹も解放してあげないといけないし、調整官としているサキュバスの二十五人はどうしたらいい?
 
 戦後復興もあるし準とはいえ伯爵になって……    アシュタールのメリッサ・マロリー準侯爵を結婚の話もあるし、ハルモニアのエルンスト伯爵との約束も果たしてない。
 
 現実逃避してぇ。帰りたくねぇ。このままクリスティンさんと二人で愛の逃避行してぇ。取り敢えず延長戦でもしてみようかな。
 
 「クリスティンさん!」
 
 「…………戻りましょうか」
 
 試合終了。爆心地の土は……    置いておこう。
 
 
 
 「疲れてませんか?    大丈夫ですか?」
 
 僕とクリスティンさんは爆心地を後にして、クリンシュベルバッハまで歩き始めた。左手の義手は壊れてバネが飛び出したりしているが、痛みを切り離している。
 
 オリエッタに作ってもらった魔剣ゼブラも、刀身が三分の一ほどしか残っていないし、魔物と出会ったら後ろ腰に着けたオリエッタナイフぐらいしかないね。
 
 耳の鼓膜はいつもの様に聞こえて来たが、何故だか身体が重く感じる。別にクリスティンさんを背負っている訳でも無いのに、昨日の頑張りが腰にきた訳でも無いのに。
 
 「…………団長はお疲れのようですね」
 
 自分の心配より僕の心配をしてくれるなんて、やっぱりクリスティンさんは女神だね。そんな貴女と一緒に歩けるなんて、早く夜が来て欲しいよ。いや、二人きりになれる場所があれば何処でもいい。
 
 「…………きっと私の分の心臓を動かしているから……」
 
 重い……    あの時はそれでいいと思ったけど、考えてみれば結構な重さの心臓を頂いちゃったよ。僕が死んだらクリスティンさんも死ぬなんて、白百合団が知ったらどうなるのだろう。
 
 「あはっ、大丈夫ですよ。僕は無敵の白百合団の団長ですから。このくらい平気です」
 
 クリスティンさんが僕の左手をつかむ。顔は項垂れてしまって表情は読めないが、きっと考える事があるのだろう。自分の命を他人に預けるなんて、しかも傭兵でいつ死ぬか分からない人に預けるなんて。
 
 「  (取り敢えず、クリンシュベルバッハに着く前にもう一回戦しませんか?)  僕は世界最強の一人だと思ってます。心配はかけますが、死んだりはしませんよ」
 
 「…………」
 
 「  (返事が無いって事は押し倒してもいいんですか?  もうすぐ森を出てしまうし街道までも近いから今がチャンスかと)  クリスティンさんの心臓が僕の中にある事は忘れません。いつも一緒ですよ」
 
 「…………」
 
 「……」
 
 「…………」
 
 「クリンシュベルバッハに着く前にもう一度したいなぁ。(クリスティンさんの事は僕が守ります)」
 
 やばっ!    心の声と発する声が逆になってしまった!    ここまでカッコ良く築き上げたイメージが翼賛の力で綻んでいく。
 
 「…………貴方って人は……」
 
 怒ってはいない、呆れられてもいない。と、思う。心臓を止められてないから。でも、これからは心臓麻痺も無いだろう。だって僕が死んだら、クリスティンさんも死んじゃうだから。
 
 「クリスティン!」
 
 僕は襲いかかる、野獣のように。そしてクリスティンを貪り喰う!    まぁ、分かっていたんだけどね、心臓麻痺。クリスティンさんの意思と関係なく感情の起伏で起こる心臓麻痺。
 
 モード・シックスまで昇華した僕の敵では無かったよ、三ラウンドまでは。その後はもう、気力と根性で立っていた。いや、勃たせていたかな。フルラウンドの打ち合いの末に僕はブランケットに沈んだ。  
 
 
 
 「干し肉なら少しあります。水も少しなら」
 
 辺りが暗くなってきた。クリンシュベルバッハを離れて一日が経とうとしているのに、僕達はまだ街道にさえ着いていなかった。
 
 何処で道草を食ったのだろう。クリスティンさんなら喰ったのだが、不思議な事もあるものだ。いつの間にか宇宙人に拐われたのかな。
 
 「…………頂きます」
 
 質素な食事をしながら、クリスティンさんは自分の過去を話し始めた。とても長く、とても辛い話しだが、長かったのは「間」が長かったせいか。
 
 クリスティンさんは、それなりに大きな城塞都市の商人の娘だった。小さな頃から美しく、末は国王に見初められるのではないかと噂が立つくらいだった。
 
 国王では無かったが、その街の領主の息子に見初められた。クリスティンさんの親としては、いい話しだし、クリスティンさん本人も最初は躊躇いもあったが、その男性は考えていたより好青年で二人は心を通わせていった。
 
 結婚も決まり、式まで数日の時に事件が起こる。二人は領主の息子の護衛を連れて湖へピクニックに行った。なんて事はない、式での事を話したり、普通の普通のデートだった。
 
 帰り際に護衛の目を盗んで、二人きりになった。若い男と幼い女、将来を誓い合った仲、領主の息子はクリスティンさんに口付けをしようとして、胸を押さえ苦しみの中で絶命した。
 
 これが初めてのクリスティンさんの翼賛の力。いや、不幸にも心臓発作が正しいか。クリスティンさんの感情の高ぶりが起こす力の最初の犠牲者は、将来を誓い合った人だった。
 
 護衛は見ていなかった。見た時には泣きじゃくるクリスティンさんと絶命した領主の息子。考えれば分かるが、クリスティンさんは魔法を使える訳でもないし、領主の息子を見れば傷一つ付いてない。
 
 護衛はクリスティンさんがやったものと判断し捕らえようとした。そしてクリスティンさんの不幸にもの力が発揮され、生き残った護衛は女の一人だけだった。
 
 護衛は領主に知らせるべく屋敷に戻り、全てを話した。領主はクリスティンを捕らえようと騎士を派遣したが、生き残ったのは女の騎士だけだった。
 
 クリスティンさんの死刑が決まった。裁判も無く、クリスティンさんの気持ちも口にする事も禁止され、ただ恐怖を押さえ込む為だけの判決だった。
 
 そこへ、どうやって入り込んだか、酒に酔って道を間違えたのかプリシラさんがやって来た。プリシラさんは縛り首になる寸前のクリスティンさんを助け、逃げ出した。
 
 そして作り上げたのが、傭兵白百合団だそうだ。たった二人の傭兵団。それからソフィアさん、アラナ、オリエッタ、ルフィナを入団させ、最凶の傭兵団が出来上がった。
 
 プリシラさんはクリスティンさんに「来るか?」と聞いた。クリスティンさんは「行く」と答えた。確か僕の時に掛けた言葉は「轢いちまえ」だったよな、プリシラ!
 
 
 
 身も心もお腹いっぱい。僕はクリスティンさんの話を聞いて心がいっぱい、身を頂いてお腹が一杯です。そんな冗談も街道に着くまでだった。本来ならある筈の物がそこには無かった。
 
 「…………また、ここでするんですか?」
 
 僕が地面にへばり着いているからって、寝るとは限りませんよ。僕は探し物をしているだけなんです。本当ならある筈の足跡が無い。
 
 「いえ、それはまた二人きりの時に……    それより足跡らしき物が見当たりません。魔王軍が逃げ出したなら、それなりの足跡があってもいいのに……」
 
 クリンシュベルバッハの戦闘から一日は経っている。城には白百合団が乗り込み、周りには連合軍が囲っているから、逃げ出すならこの北への街道を使う筈なのに足跡一つ残っていなかった。
 
 「…………おかしいですね。もしかしたら、まだ戦っているのでしょうか?」
 
 それは無いと思う。あそこまで追い込んで、戦況を引っくり返す力が魔王にはあったとは思えないし、白百合団が直接戦っているのだろうから魔王を討ち取っているに違いない。と、思う。
 
 「少し心配になってきました。背負って走ってもいいですか?    急いで帰った方が良さそうです」
 
 「………」
 
 んっ?    何故に沈黙かな?    シンちゃんが背負ってあげるんだから、早くクリンシュベルバッハに着けるよ。今ならお代はお安くしときまっせ。
 
 「…わたし…」
 「早く…」
 
 おっと会話が被ったか。早くクリスティンさんの「間」の長さに早く慣れないと。皆も初めの頃には話が被るんだろうね。
 
 「クリスティンさん、どうぞ……」
 
 「…………私は構いません。    …………出来れば、お姫様の様にしてもらえれば……」
 
 
 僕はクリスティンさんを抱き抱えてクリンシュベルバッハまで走った。途中の道にも足跡らしき物は無く、街の北門は敵も味方も屍で埋まっていた。
 
 
 
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