異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百三十四話

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 失敗した!    クリスティンさんを抱き上げて走り出してから気が付いた。何故、左手を背中に、右手を足に持って抱き上げたのか。右手が背中なら前の方まで伸ばして……
 
 
 クリンシュベルバッハ北門は戦士の屍で埋め尽くされ、どれ程の激戦が繰り広げられていたか容易に想像がつく。確か北門には巨人がいた筈だが、その骸も無く、騎士やオーガで千客万来だ。
 
 北門を抜け、街中に入っても同じ有り様だ。生きている者は見付からない。無人の街と言うより、屍の街が似合っている。
 
 戦が終われば敵であれ、手厚く葬るのが仕来たりになっているが、ここまで手が回っていないだけなのだろうか。死体は放置しないで、疫病などの二次被害を防ぐのが普通だが……
 
 「…………臭いですね」
 
 それ、言ったらダメね。暑さからか、普段の衛生観念からか、もう臭いだして来ていた。使えそうなオーガの死体はルフィナが喜んでアンデッドにするのに。
 
 「城まで急ぎます」
 
 僕はクリスティンさんを抱え直して、今度は右手を背中に回して走った。街中には巨人の死体や「ぼたん鍋」の材料が落ちていたが、この臭いでは食欲も無くなる。
 
 「あんっ…」
 
 食欲は無いが性欲はある。両手の他に、真ん中で支えがあった方が走り難いけど、クリスティンさんを抱いても安定走行で行ける。僕は神速で急いだ。
 
 
 
 「…………ど、どこか……    二人きりで……」
 
 やっと見つけた第一街人は、城の近くで遺体の回収作業に従事していたハルモニアの騎士だった。話をすると怪訝な顔付きになって白百合団の居る場所を教えてくれたが、総司令官たる僕に向ける顔じゃないよね。
 
 確かに僕は美しい女性を抱き上げていたし、その女性の胸に手を置いてもいたさ。話している間はずっとクリスティンさんからキスもされていて、話しずらかったかも知れないが、もう少し尊敬の眼差しが欲しいよね。
 
 僕達は街の南側、ケイベック王国が魔王軍と殺り合った場所まで少し時間を取りながら、遅れて急いだ。
 
 
 「てめぇは、今まで何をしてやがった!」
 
 この声を聞くのも久しぶりな気がするよ。何をしてたかだって?    クリスティンさんと二人きりで、する事なんてアレくらいでしょ。勿論、クリスティンさんの翼賛の力を止める為だけどね。
 
 「お疲れさま。ご遺体の回収ですか。お疲れさまです。    ……ところで他の人はどこに行ったんです?」
 
 「あぁん!    てめぇと違って働いてるんだよ!    ソフィアは怪我人の治療だしルフィナはアンデッド作ってるんだよ。オリエッタも義手やら義足で忙しいんだ!」
 
 「それでプリシラさんとアラナはこちらで働いていると……    クリスティンさん、そろそろアラナを解放してあげて」
 
 アラナさんは可哀想に、僕を見付けてダッシュして来たまでは良かった。アラナの包容は弾丸の様に鋭く迫り、僕の目の前で心臓を押さえて苦しみ倒れていた。
 
 「だ、団長……    大丈夫だったッスか?    クリスティン姐さんは大丈夫なようッスね」
 
 ごめんよ、アラナ。抱き止めてあげたいけど、今はクリスティンさんがいるから無理。これでもプリシラさんと話している間、僕は心臓マッサージを神速でしてたんだよ。
 
 「皆さんが無事で良かった。あまり心配はしませんでしたけどね」
 
 「そうでもねぇぜ……     ローズが死んじまったよ……」
 
 えっ!?    プリシラさんと同等以上の体格と筋肉を誇り、剣の腕前だって随一と認めていたローズさんが死んだって!?
 
 あの体格の割には乙女チックで、正常位でしようとすると「顔が見られて恥ずかしい」と言ったローズさんが……    バカな!
 
 「勝手に殺すなプリシラ!    このローズ様が簡単にくたばる訳がねぇだろ!」
 
 「おや、アンデッドのお出ましか。顔も直してもらえよローズ!」
 
 振り替えれば、顔の半分を包帯で巻いたローズさんと白薔薇団のメンバーが立っていた。リース、ノーラ、それと新しく入っていたメンバーが二人。
 
 「確か白薔薇団て、五人くらい入ってませんでしたか?    ニコールさんは?」
 
 「心配すんな、治療所送りだ。魔法使いの数が足りなくてよ、ニコールも少しは治癒が出来るからな」
 
 そうか……    取り敢えずは無事みたいだ。アラナも元気だし、プリシラさんはもっと元気だ。それに白百合団はどうなった?    僕の殲滅旅団は?    魔王の首は?
 
 「と、取り敢えず、クリスティンさんには降りてもらっていいですか?    首に回した手が絞まりそうで……」
 
 僕も降ろしたくは無いさ。ずっと右手の平で柔らかい感触を楽しんでいたいけど、そろそろ勇者らしく働かないと怒られそうだ。それにアンネリーゼ女王は何処に?
 
 「白百合団は死人は出てねぇが、戦場に戻れないヤツが多数だ。旅団の被害は六百は死んだぜ。後は重傷者だらけだな」
 
 六百!?    二千もいて六百人も死んだの!?    大損害じゃないか!    プリシラさんがいて、その損害だなんて……
 
 「チッ!」
 
 聞こえるほどの舌打ちは言うまでも無い。クリスティンさんは僕の降り際に「…………全滅してくれたら良かったのに」と、優しい声で僕の耳をペロリと舐めていった。
 
 「そ、それで……    魔王はどうしました?    首は検分中ですか?」
 
 「……」
 「……」
 
 なに?    スベった?    笑いも無ければツッコミも無い反応に僕は戸惑ってしまうよ。    ……アラナさん。今は包容のツッコミは入れないで。本当に痛いんだよ。
 
 「……どうしました?」
 
 「……いねぇ。魔王は居なかったんだ」
 
 衝撃の告白に、話は来週に続く……
 
 
 
 いや、続かねぇから。話は続くから。こんな事を聞かされてコマーシャルも入らねぇから。
 
 「なんで……    魔王は居るはずでしょ。クリンシュベルバッハを落としたんだから、ここに来るのが常道でしょうが!!」
 
 「あたいに怒鳴るなよ。いねぇもんはいねぇ。クリンシュベルバッハに一番乗りしたのに、あたい達が見付けられなかったんだ、魔王は城には居なかったのさ」
 
 「捕虜はどうです。何人かは捕虜にしたんでしょ。そいつらが知ってる筈ですよ」
 
 「……捕虜はいねえ。いねぇんだよ。あいつら死ぬまで戦いやがった。ゴブリン一匹に三十人が囲んでも、降伏なんぞしねぇで死ぬまで戦いやがったんだぞ。魔族なんざ……」
 
 目を伏せてしまったプリシラさん。数に任せて戦うゴブリンまでもが、一匹になっても死ぬまで戦うなんてあり得ない。
 
 「団長よぉ、あの魔族ってのは何者なんだい?   最後には爆発するヤツや変化するヤツがいて、この顔だって魔族に殺られたんだぜ。あいつらは強すぎだぜ……」
 
 考えてみた事が無かった。頭に角が生えていて魔力があって残虐で、出る所は出てて、引っ込んでる所は引っ込んでて、肌は冷たかったけれど、中に入れた時には「温めたくなる」くらいに頑張ったアルマ・ロンベルグ。    ……死んでてくれ。僕の平穏の為にも。
 
 「……分かりません。魔族に女はいましたか?」
 
 「居たんじゃねぇか。そこまでは覚えてねぇよ」     
 
 良し!    明るく平穏な未来が見えて来た。だけど魔王が居ないとなると、戦争はまだ続くのか?    魔王軍の主力と思われる一群はルンベルグザッハの魔導砲で全滅させたし、クリンシュベルバッハに残ったのも全滅させた。
 
 魔王が何かしようとしても手駒になる兵力は無いだろう。このまま押し返して北端のラウエンシュタインまで取り返せるのでは。被害はかなり出てると思うけれど部隊を再編成して追撃をかけたい。
 
 「団長、左手はどうしたッスか?」
 
 話題を変えるタイミングとしてナイスだ。僕の左手の義手は壊れたままで放置してるからね。義手を外そうにも肌と融着している所があるから、無理矢理に引き抜くのは痛いから嫌だ。
 
 「ちょっと無理したら壊れちゃったよ。オリエッタに……」
 
 「早くオリエッタ姐さんの所に行くッス!」
 
 僕の話は聞かれないのだろう。壊れた義手を引っ張ってアラナは城の方に走り始めた。
 
 「み、皆さんは仕事を続けて下さい。クリスティンさんは休んでいて構いませんから。後で女王陛下の所に行ってから旅団に戻ります」
 
 
 オリエッタの所に着いた時には義手は外されていた。

 
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