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第二百四十話
しおりを挟む走る。飛ぶ。転ぶ。そして、また走る。神速、モード・シックス! 僕の持てる力を振り絞り、城壁を飛び降り魔王軍へ向けて走った。
何で走ったかなんて決まってる、セリヌンティウスを待たせているからではない。この迫り来る圧迫感は下痢ピーでもない。
そんなバカなと思うけど、この感じに覚えがある。さっき、ほんの少し前の事で誰にも分からないだろうし、話してもいないのに何故分かるんだ! プリシラさんの「ドカンと一発」で確信めいたものを感じ、僕はひたすら魔王軍に向けて走り続けた。
五秒前……
僕は二千のオーガの群れの中央に躍り出た。
四秒前……
オーガもビックリしただろう。いきなり人間が目の前に現れたのだから。
三秒前……
「初めましてオーガの皆さん。僕は連合軍勇者のミカエル・シン、アシュタール帝国伯爵です」
二秒前……
「申し訳ありませんが、話をしている時間がありません。上をご覧下さい」
一秒前……
頭上には「小惑星イトカワ」が子供を連れて落ちてくる。神速、モード・シックス!
着弾……
大虐殺とはこれの事なんだろう。無抵抗なオーガさんに降り注ぐメテオストライクの大岩。いったい何処から飛んで来てるんだ。この惑星は土星の様なリングでもあるのか?
ただ少し違うのは、オーガに向かって飛んで来る訳では無く、目標は僕である事だ。オーガさんは僕の巻き添え…… ゴメンね。
余裕があるのは神速がモード・シックスまで上がったからか。どんどん射って来いや! 全部避け切って逃げ切って生き残ってやる!
オーガ二千を道連れに、ソフィアさんの怒りのメテオストライクが降り注ぐ。怒りの現況はあれだな。メレディス嬢との結婚が逆鱗に触れたんだ。
でも、ケイベックの話や絆の行いは少し前の事で、あれから直接こっちに来たんだ。誰に話す事も無く、誰かに見付かる事も無かったのに、何でソフィアさんは知ってるんだ。
考えてる余裕も周りを見る余裕もあるモード・シックスは、オーガを効率的道連れに巻き込んでいった。
ふと、避けたメテオストライクの大岩に目をやると「殺」とか「呪」とかの文字が刻まれている事に気が付いた。
魔法の事は良く分からないが、こんな文字を大岩に刻んでから射ち落としてるのだろうか。器用だと思うよりも一層の恐怖を感じるよ。ずいぶんと便利な魔法なんだな! いっそのことサグラダファミリアで働いて来いよ。工事日程が早まるだろ!
どれくらいの時間を避け続けたのだろう。以前のアルマ・ロンベルグの時間を遥かに越えたのだけは覚えている。もうオーガの姿も地面も見えず、あるのは巨石の山々。これもクリンシュベルバッハの新しい観光名所になるかもしれない。
「終わりですか、ソフィアさん……」
僕の斜め前方、浮かびながら立っているソフィアさんは神々しく光輝き、神か、天使か、悪魔の使徒か、人間離れしているのは確実だ。それにいつの間に飛べるようになったの?
「……」
目が神では無いね。まるで地上を這う虫を見ているような目付きに怒りを通り越し、人智を越えた何かがある様に思えた。
「ソフィアさん、誤解だと言ったら信じてくれますか」
正確には誤解では無い。メレディス嬢との絆を作ったのは間違いないから。絆の中出ししたのは間違いないから。
でも、ナイフを突き付けられたんだから仕方がないでしょ。怖かったんだよ、痛かったんだよ、ケイベックに連合軍を去られたら困るんだよ。まぁ、最後は相棒の暴走を止められなかったのは僕だけどね。
「ソフィアさん?」
メテオストライクはソフィアさんの魔法で作られているから、射ち切ってしまえば疲れてしまう筈だ。それより貴女は治癒魔法で疲れて寝込んでいたのでは?
「ミカエル……」
珍しく名前で呼ばれた。こんな時はどうなるか…… アディショナルタイムが決定だね。どちらかが一点を取った方が勝ちだ。
ソフィアさんの周りに漂うエイト・ライトニング・ボールが今までに見たことが無いくらいに膨らみ、エイトの筈のボールが無限の数に見えた。
ソフィアさんから放たれるプラチナレーザーなら避ける自信がある。レーザー自体は光の早さで飛んで来るから避ければしないが、良くソフィアさんの指先の動きを見て機先の心眼を使えば避けれる。
だが光の玉から放たれるレーザーは分からない。いつ射ってくるのか、どんな角度で射ってくるのか、まったくと言っていいほど分からんのです。
しかもソフィアさんは空を飛んでるし、どうやって撃ち落とすの? 対空兵器のシンちゃんガトリングガンの射程は短いのに。
「何でしょう、ソフィアさん」
「ミカエル……」
神速、モード・シックス!
話し合いは無しの様だ。周りの巨石群がプラチナレーザーで消え去り、僕の一人舞台が出来上がった。スポットライトはプラチナレーザー、脚本はソフィアさん。今度は本気で当てて来た。
逃げる、走る、歳を取ると膝が痛くなる。モード・シックスでもレーザーの早さには追い付けないが、射ってるのはソフィアさんだ。
ソフィアさんが僕を認識するより速く、より速く、ひたすらに速く、目茶苦茶速く、身体が溶けるほど速く、僕は神速モード・シックスを繰り出した。
せっかく出来た観光名所の巨石群は消え去り、広がるガラス質の砂漠。これも観光名所になるのだろうか。ラクダを調達しないといけないね。
「あぁん! あぁん…んあぁん……」
半日ほど逃げ回って、もう辺りは暗くなって来ていた。二人で見たマジックアワーの美しさに、僕は涙を流しそうになったよ。
「いやぁん! あ…はぁ… あぁん…… ん…」
今は穏やかに、ソフィアさんと愛を確かめ合ってる。何て有意義な時間なんだろう、さっきまでの嵐は過ぎ去り、美しいソフィアさんが僕の上に乗って腰を振っているかな…… 左目が良く見えないや。
「 あ…はあぁはあ… すごぉい…い…あぁ…ぁ」
ソフィアさんも喜んでくれてるようで良かった。今までの事は忘れてくれたかな、それならいいけど僕の両足の感覚がないな…… あぁ、そうか…… 両足共に炭化してるよ、真っ黒クロスケだね。
「いぐぅ……いぃぃっちゃあう…ぅぅ」
もう何回目だろう。満足するまでイって下さい。僕は動けないし、声も出せないよ。声帯を焼き切られてどれくらい経つかな。
「あぁああぁは…あ…ああぁっん…!」
イってしまったんだね。僕にもたれ掛かるソフィアさんの胸の柔らかさも、身体が麻痺して感じる事が出来なくなってるようだ。
それから朝日が昇るまでソフィアさんはイき続け、僕は生き続けた。やっとの事で僕を救出に来たプリシラさんに、中指の一つでも立ててやろうとした右手は、折れて立たなかった。
「良く、生きてたな! はっはっはっはっ!」
こんな場合、殺意の一つでも上がるのだろうが、今の僕にはそんな感情が沸き上がる事も無く、ベッドの中で無我の境地に達している、そんな感じだった。
「しかも、てめぇの「あそこ」だけは無傷とは、ソフィアもなかなかヤりやがる!」
ソフィアさんの怒りの矛先は僕に向かい、僕の一部にだけは向かわなかった。お陰さまで生き残った訳だが、今はソフィアさんも隣で僕を治してくれていると思う。
何かを詠唱して抱き付いたまま離れないが、傷の痛みも取れてきたし、そのうち炭化した足も折れた全身の骨も見えなくなった左目も切られた声帯も感覚の無くなった身体も…… そのうち治るだろう。
「まあ、今はゆっくり休め。マクレガー侯爵とは話を付けて来てやるからよ」
メレディス嬢も僕と結婚したら、この凶悪な白百合団も抱えると言っていた。それは無理だとクリンシュベルバッハの北に出来た砂漠を見たら破談にしてくれるだろう。後はプリシラさんに任せよう。僕は一ヶ月くらい有給をもらいたいですね。
「明日は朝一で会議だそうだ。それまでに治してもらっておけよ。じゃあな……」
僕とソフィアさんを残して部屋を出ていく白百合団の面々。明日は朝一で会議か。資料をマノンさんに作ってもらわないと……
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