異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百六十一話

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 アンハイムオーフェンで陣を構えたであろうユーマバシャールの所まで朝には着く。だけど、もう日が登りかけてる。  ……何故だ! 
 
 
 一睡もしないで乗馬を楽しんだからか?  確かに楽しかったよ、鞭を振るう事の無い乗馬は。さすがに性獣と言うだけの事はある。リングカリでさえ僕の方が飲み込まれそうになったくらいだ。
 
 「アイシャさん、ここからは走りますので後から追い付いて下さい」
 
 アイシャに乗って、ユニコーンに乗って、乗って乗られてはアイシャも疲れが見えて来た。僕はユーマ君が後方に用意した補給部隊と合流し、愛馬を置いて神速で走った。
 
 足がもつれる。モード・スリーが限界か……  本当ならユーマ君と朝食を一緒に出来る筈だったのに、僕も歳かな。昔なら、徹夜で仕事が出来たのに。
 
 それでも神速。息も絶え絶え、何とかユーマバシャールの陣に辿り着いたら、進撃の太鼓が鳴り響いた。
 
 
 
 「ユーマバシャール!  軍規違反だ!  すぐに撤退しろ!」
 
 はい。分かりました、勇者殿……  だろ、お前が僕に言える事は……
 
 「見てみろ、シン!  ゴブリンの前衛など我が騎士団が蹴散らしている。ここからだぞ!」
 
 突撃を開始してしまったユーマバシャールの騎士団はゴブリンなど紙を破るかの様な勢いで城門まで攻め上げた。
 
 このままならアンハイムオーフェンを落とせる。罠の可能性はまだ否定出来ないが、後はオーガが数体いるぐらいと聞いている。
 
 ユーマ君にアンハイムを落とさせて、想いを遂げさせてやる事も可能だ。アンハイムに配備された魔王軍は少なく物資は多い。時間差で攻めて来るのか、もう僕達が包囲の網の中にいるのか。
 
 「見ろ!  あの巨大さを!」
 
 城門の前に構えた騎士の前に、沸き上がる様に作られる巨人。リヒャルダちゃんのゴーレムか!?  まさかリヒャルダちゃんまで加わっているなんて思わなかった。
 
 リヒャルダちゃんはハルモニア軍に所属して、白百合団には「仮」だから、命令があれば僕に関係無く連れていかれてしまう。今度、正式に白百合団に入団させよう!  あっ……  でも……  輪番がなぁ……
 
 巨人ゴーレムは城門に蹴りを入れた。一回、二回、三回目でゴールが決まり城門は打ち砕け、観客は大歓声をあげた。
 
 「勝った!  全軍に突撃の合図を出せ!  俺も行くぞ!」
 
 僕としては複雑な感じぃ。命令違反を目の前でやられた上司なんですけど。このまま行けば勝てるけど、勝ってしまっていいのだろうか。このままユーマ君に武功を上げさせるのが、何だか複雑な感じぃ。
 
 仕方がない、僕も行くかと思ってみたものの馬が居ない。誰かを蹴り落として馬を奪おうと思った時に、これが罠だと教えてくれた。
 
 「軍団長!  北の空から何かが飛んできます!」
 
 「(待たせたな!)」
 
 頭に響くスネークさんのイケボ。こいつが罠か!?  遠くて見えないけれど、数は……  十くらいか。飛ぶので思い出すのはレッドドラゴン。大きさ的にはもっと小さいような……  それならハーピィだけど、それよりは大きそうだ。
 
 キマイラかな?  降りてくれたら勝負にはなる。空を飛ばれ続けたら……  神速で石でも投げようか。
 
 ユーマバシャール率いる後詰めが、空を飛ぶ何かを確認する事も無くアンハイムに移動し始めた。僕はただ立ち尽くし、お茶を飲むのであった……  飲みません。空を飛ぶ物の確認に目を凝らした。
 
 アンハイムの上空を円を描いて飛び続けるそれは……  ドラゴンちゃん?  大きさはキマイラより大きく、十メートルは越えてそうだし、首は細く見える。
 
 ドラゴンは厄介だね。アイツらは飛んでいるばかりで地面に降ろさないと剣も届かない。それに自前の火炎放射器を持っているからバーベキューには持ってこいだ。まぁ、炎くらいは神速で避けられるけどね。
 
 どうやって地面に降ろしたらいい?  僕ならどんな時に馬から降りるか?  僕だったら横断歩道にお婆ちゃんがいたら、手を引いてあげる為に馬からおりる。財布が落ちていても馬から降りる。ヒッチハイクなら女性限定で馬から降りる。  ……どれもドラゴンには効き目はなさそうだ。
 
 メスのドラゴンはいつか探すとして、今はどうする?  こんな時はだいたい飛んでるドラゴンが降りてきて「我は空の王!」とか言って炎を吐くのだろうけど、自分の長所を殺して地面で戦うなんて事は、僕ならしない。
 
 神速の無い僕に何の価値があると言うのか!  神速があってこその勇者ミカエル・シンだ!  ……言ってて落ち込みそうだよ。他にもきっと良いところはある。例えば……  
 
 思考の森に迷い込んでいるうちに、僕を無視して行ってしまった。ユーマバシャールと後詰めの部隊。この寂しさは言葉では言い表せないが、突っ立っている訳にもいかない。僕は唯一の得意技、神速でユーマバシャールに追い付いた。
 
 「ユーマバシャール!  ドラゴンだ!  引け!  撤退しろ!」
 
 「シン、もう少しだ……  もう少しでアンハイムは落ちるんだ……」
 
 罵倒で返してくれたなら、蹴りを入れて馬から落としたものの、悲しそうな目で言われたら、その奥にあるものを考えてしまう。セリーナ・ハッセ。アンハイムを守る為に戦い散った、ユーマバシャールの妹。  
 
 「ユーマ!  セリーナはもういない!  部隊を壊滅させる気か!?」
 
 笑顔の無い微笑みで、僕を見下ろし馬速を上げるユーマバシャール。もう理屈じゃないんだな。  ……何とかドラゴンを倒す方法を三十秒以内に考えるか。
 
 ふと、目を落としそうになった時にアンハイムの上空で何かが光った。続けて轟音が鳴り響き、巨人ゴーレムの右腕が肩から砕け落ちて行った。
 
 何かが光った。良くは見て無かったけれど、光って音がしてゴーレムの右腕が落ちた。光らせたのはドラゴンか!?  炎なら目の前が赤くなるし、音も「ゴー!」てな感じだけど、ピカッと光って「ドンッ!」と鳴るのなんて……
 
 アンハイムの上空を旋回していたドラゴンは、最初の目標を巨人ゴーレムに決めたのか、急降下しながら光を発し、ゴーレムは動かぬ土塊に変わっていった。
 
 あれは雷だろ!  ドラゴンはドラゴンでも、あれはサンダードラゴンだ! 雷は不味い。光の速さで飛んで来る攻撃は、神速でさえ避けられない。
 
 やっぱり撤退だ。雷様を相手に戦うなら避雷針が必要だよ。ユーマバシャールの想いは遂げさせてやりたいが、今は撤退だ!
 
 僕はユーマの後詰めを追い越し、アンハイムの城門で戦ってる騎士達の中に飛び込んだ。
 
 「リヒャルダいるか!?  騎士団!  全員撤退だ!」
 
 ナニコイツ的な顔をしないで欲しい。みんなを助けに来たんだからさ。ピクニックはお仕舞い。荷物をまとめて帰ろうぜ。
 
 「勇者ミカエル・シンだ!  アンハイム攻略はここまでだ!  撤退するぞ!」
 
 城門が開き勝時を上げる手前での撤退命令。きっとサンダードラゴンには気付いてないのだろう。アンタダレ的な顔をするなよ。
 
 「連合軍、総司令ミカエル・シン、アシュタール帝国伯爵だ!  サンダードラゴンが来ている!  撤退しろ!」
 
 ゴーレムは壊されたが、アンハイムに入った者もいる。サンダードラゴンの雷が城門からアンハイムに入り切れていない者も襲い始めた。のに、何で誰も動かないんだよ。そこのバカ!  アンハイムに入るんじゃねぇ!
 
 「し、白百合団、団長、ミカエル・シンだ!  てめぇら、命令違反は後で覚えていろよ!  撤退だ!」
 
 使いたくは無い最後の切り札、白百合団。泣く子も黙る恐怖の対象、白百合団。その団長様の命令だそ!
 
 「あ、あれが白百合団……」
 「ヤバいんじゃねぇか?」
 「以外と小さいな……」
 「あれだろ……  一夜にして女百人切りした団長って……」
 「……惚れた」
 
 後半三つ、うるせえよ! 怖えよ!  白百合団の知名度なら勇者より知れ渡っている筈だ。その団長の命令さえ聞けんヤツは知らん。全員で電気治療でも焦げるまで浴びればいい!
 
 「ミカエル団長……」
 
 「リヒャルダ、無事か!?  撤退するぞ!」
 
 着いて来れない者は置いていく。もうサンダードラゴンが城門前にたむろしている僕達に目をつけたんだから。光と爆音が交差して、昼間のエレクトリカルパレードは騎士団を薙ぎ払い始めた。
 
 「撤退!  着いて来い!」
 
 「ま、まだ突入した部隊がいます」
 
 リヒャルダちゃん、僕は神様でも無ければ超能力者でも無いんだよ。人は狂暴な力の前に無慈悲に死んでいくものさ。
 
 「任せろ!  リヒャルダは撤退しておけ!」
 
 だ・か・ら、娘の前では父親は格好いい所を見せたいんだよ!  壊れた城門を潜り抜け、通りに入ればオーガと戯れる騎士達。騎兵のくせに馬から降りたら突撃力は何処にいく!    
 
 特定広域心眼!
 
 レーダーの様にハルモニアの騎士が居ないか調べれば、残っているのはオーガと戦っている城門の近くにしか居ない事が分かった。
 
 「全員撤退だ!  城門に取り付いた者は先に逃げたぞ!  撤退だ!」
 
 無視ッスか……  目の前のオーガを前にして撤退と言われても、背中を見せて走るなんて怖くて出来ないよね。それなら僕の本気を見せてやる!  ギャラリーが男だけってのが、やる気を削ぐけど……
 
 神速、モード・シックス!
 
 近くのオーガからと斬馬刀を振るえば、簡単に首を斬り落とす俺様の実力。せめてリヒャルダちゃんには見てもらいたかった。
 
 「怪我は無いか!?  撤退だ、早く外に出ろ!」
 
 一人を無理やり立たせて、戦っていた者達に言うと、僕は他のオーガに襲い掛かった。
 
 騎士と対峙しているオーガに対して、僕は神速を使って正々堂々と後ろから斬り付けた。真っ二つになっていくオーガ。別にズルじゃないからね。相手の弱点を狙うのは立派な戦術だ。
 
 
 半分も斬った所で悪寒が走る。風邪でも引いたのなら良かったが、北へ進む道の方から真っ直ぐにサンダードラゴンが爆撃機コースに乗ってやって来た。
 
 
  
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