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第二百六十二話
しおりを挟む炎ならレッドドラゴン、岩石ならサンドドラゴン、雷ならサンダードラゴン…… 名前の付け方が安易だね。
威力の方はレッドドラゴンを勝るのではないか!? サンダードラゴンが出す雷は、道路を派手に耕しながらこちらに向かって来た!
「逃げろ! ドラゴンだ!」
僕は逃げる。雷は苦手だから。家の陰まで逃げた僕は、そっと様子を観てみると戦争映画で見た様な機銃掃射が城門まで駆け抜けて行った。
まるで対地攻撃機の、サンダーボルトの三十ミリバルカン砲が通った様な有り様だ。だから「サンダー」つながりなのか!?
騎士もオーガも全滅した。たったの一撃でこれほどの被害をもたらすなんて…… どうやって倒すかより、逃げ切れるかを考えないと。
まだ息のあるオーガに止めを刺し、まだ息のある騎士には手持ちのポーションを与えたが、魔法と違ってすぐに元気に走り回れる訳ではない。
どちらかと言えば、命を少しでも引き止める方に働く。傷口は塞がらないし、痛みもある。何時もならソフィアさんがいるからポーション何て少ししか持ってない。
で、どうする? 助けたけれど歩ける者は少なく、命を長らえているだけだ。全員を抱っこして運ぶのか? それは生理的にイヤだ。重いし、臭いし、たまに変な所を触るヤツもいるし。
「動ける者は周りに手を貸せ! アンハイムを出るぞ!」
それでも動けた者は、自分の事だけで精一杯だ。フラフラと歩くくらいで周りには目がいかない。そんな危機的状況を楽しむが如く、北から第二波がやって来た。
せっかく助けたのに、次は死ねる。何だかとてもムカツク。爬虫類の進化系風情に舐められるなんて、シンちゃん、とてもムカツク。
来いや! 機銃掃射がなんぼのもんじゃい! 打つ手は一つだけあるんだ! 使ったらお仕舞いだけど……
僕は立ち塞がる様に道路の真ん中に立つ。斬馬刀の超振動を最大にして、振りかぶる様に構えた。
こいつを投げても届くのだろうか? 当たったとしても刺さるのか? 刺さったとしても掃射は止められるのか? 逃げた方が良くないか? 僕には待っていてくれる女の子がいっぱいいるんだ。それを残して死んでもいいのか!?
良し! 逃げよう! ただし投げ付けてからだ! これは「逃げ」じゃない、「避け」だ。戦略的撤退だ!
モード・シックスで投げてどれくらい届くのか分からない。出来るだけ引き付けて、人間の底力を爬虫類に見せてやる。
北から来たサンダードラゴンの雷掃射が始まり、道路が耕され始めた。もっと来い、もっと近くまで来い!
一瞬リラックスさせ、全身に力を込める。神速モード・シックスの斬馬刀の投擲。投げる前に膨らむ土の壁。巨人並みに高く積み上がった土の壁は、僕に少しの電撃を与えるだけで守り抜いた。
「リヒャルダか!?」
撤退と言ったのに、人の言うことを聞かない娘には後でお仕置きだ。後で二人きりでお仕置きしちゃうぞ。
「アンハイムオーフェンは落ちた!」
ユーマ君か…… 何を勘違いしてるのかな? 撤退と言ったのに、人の言うことを聞かない野郎は後で打ち首だ!
「ユーマバシャール! サンダードラゴンが来てるんだ! 怪我人を連れて撤退しろ! ──リヒャルダちゃん、ありがとうね」
「あの、あの……」
僕がユーマ君を怒鳴った事にリヒャルダちゃんも怒られるかと思ったのかな。そんな事はないよぅ。助かったよぅ。
「アンハイムオーフェンは我々の物だ! もう決して撤退などありえん!」
空を見てくれ。飛んでる爬虫類が何か分かるかな? イナズマを出すんだよ、雷様だよ。当たったら死んじゃうくらいのを出すのが十匹も空を飛んで、こっちを狙っているんだよ、バカタレ!
「ユーマ! 気持ちは分かるが諦めろ…… サンダードラゴン相手には戦えないよ。時期を……」
「はっ!」
馬を走らせるバカタレちゃん。本当にバカは嫌いです。バカに付ける薬は無いっていうから、ドクター・シンとしては処方箋に何て書いていいか困ります。
「リヒャルダ! ゴーレムを作ってコイツらを押し返せ。次が来たら無視して撤退してよし! 死にたいヤツは死なせとけ!」
「分かりました勇者さま。皆さん、ゴーレムのパンチは痛いですよ、早く戻りましょう」
リヒャルダちゃんも容赦が無くなってきたか…… 誰に似たんだ? 父親の僕は優しさを教えたから、その厳しさは母親似だね。
リヒャルダちゃんは自らドラゴンの的になる様に巨人ゴーレムを作りあげた。そのゴーレムで殴ったら本当に死んじゃうから止めてね。僕はユーマのバカタレちゃんを連れ帰るから。
僕はユーマ君の跡を追ったが、追い付かないでいた。ユーマバシャールの行く先のめぼしは付いている。おそらくはアンハイムの領主の館。セリーナが居たところ。
領主の館は荒れ果て、静まり返っていた。ここにはゴブリンもオーガも居ないのだろう。ただユーマバシャールのセリーナを探す声だけが響いていた。
「ユーマ…… もういいだろ」
大広間で膝を付き、床に拳を叩きつけるユーマバシャールの背中は泣いているのだろうか。
「くそっ! くそっ! くそぉぉ!」
ユーマバシャールにも分かっていた筈なのに、どうしても止められない「もしかしたら」という気持ち。分からない訳じゃない。嫌いじゃない……
「ユーマ……」
「お前のせいだ! お前が見捨てたんだ!」
胸ぐらを掴むユーマ。 ……てめぇ、いい加減にしろよ! クリンシュベルバッハ撤退の時に俺様の両足に傷を負わせたのを忘れたか!? 前国王暗殺の、てめぇの首を差し出すのを野菜に代えてやって守ったんだぞ! アンネちゃんの頼みが無かったらここまで助けたりしねぇんだ!
「ユーマ…… 戻るぞ。アンネリーゼ女王陛下がお前を待っている」
「セリーナ……」
もう精神科医にでも頼んでくれよ。僕はこいつの友達じゃないんだからさ。何でこんな無能な部下を勇者が助けないといけないの? 僕は連合軍の総司令でお伽噺に出てくる勇者とは違うんだ。
「戻るぞ、ユーマ」
今度は逃がさない様に肩をガッチリと掴み、引きずる様に領主の館の扉を開けると、ユーマの馬を食べているサンダードラゴンが目の前にいた。 ……馬肉は美味しいッスか?
「ユーマ、下がれ。一旦、中に入ってやり過ごすぞ」
「あ、ああ……」
一人だったら逃げれるのに。二人だけど見捨てれば逃げられるのに。アンネちゃんよ、面倒な仕事を押し付けてくれたね。
何事も無かったように扉を閉め、ドラゴンの食事の邪魔をする事は無かった。それよりも僕の昼飯はどうしような。
「ど、どうする……」
どうするって言われても食事の邪魔はしちゃいかんだろ。食べ物の恨みは怖いんだよ、稲妻が怖いんだよ。シンちゃん、ビリビリ嫌い。
「馬がなければシュレイアの街までも帰れん。まだ城門付近には馬が残っているかも知れない。それを奪って街まで帰ろう」
安易な作戦だけど馬が無い事には、僕はともかくユーマ君はドラゴンのお腹の中だ…… 事故に見せ掛けるにはちょうどいい。
「このまま裏から出て南の城門を目指そう。距離はあるけど、オーガは居ない。街の影に隠れてサンダードラゴンをやり過ごす」
僕達は裏手の門から出て南門に向かった。上空を旋回しているサンダードラゴンを見る事はあったが、数の少なくなった空飛ぶ爬虫類に見付かる事は無かった。
……見付からない筈だよ。みんなが南門で食事中なんだから。死んだオーガやゴブリンを腹に入れたのか、ポッコリお腹が少し可愛い。
騎士はと見れば、無視しているようだった。たぶん、騎士の着けた鎧が歯に挟まるのを嫌っているのだろう。好き嫌いは良くないね。
「馬はまだいる。あれを奪って逃げよう」
「あそこに行くのか! サンダードラゴンの真ん中を抜けるのか!?」
馬は逃げようとしても、周りの家が邪魔で走れない所に追い込まれていた。きっと後で美味しく頂くのだろう。お陰で僕達は逃げれる。
「分かってる。サンダードラゴンの注意を引くから、その間に馬を奪って逃げろ」
「シンはどうする……」
「僕の事は構うな! 生きて帰る事だけを考えろ。行くぞ!」
コイツを相手に格好付ける事はないのだけど、一緒にいたら二人で死ねる。コイツを守って死にたくはないが、爬虫類に食べられて死ぬのはもっと嫌だ。
神速、モード・シックス!
食事中にお邪魔をするよ。おっと、ごめんね。もう喉を通らないでしょ。首を斬馬刀が切り落としちゃったから。すかさず斬馬刀を左手に持ち代えて、もう一匹のサンダードラゴン目掛けて触手義手を伸ばした。
超振動の斬馬刀は軽い手応えで脳を貫き、ビクビク震えさせながら、二頭目を倒した。馬鹿め! 地上は僕のフィールドだ! 飛ばないドラゴンなんて、ただの爬虫類だ!
触手義手を戻し、斬馬刀を右手に持ち代えてもう一頭と狙いを定めた隣のトトロならぬ、隣のサンダードラゴンの一本角が銀色のスパークを放ち始めた。
ヤバくない? 神速で逃げ切れたのは日頃の行いがいいからと、ソフィアさんのおかげ。ソフィアさんは躊躇も無くプラチナレーザーを撃ち込むが、必ず僕の方に指を向ける。真っ直ぐ僕に向けてから撃つから、それさえ知っていれば避けられるんだ。
サンダードラゴンにも前振りがあるとは思っていたけど、その通りだった。一本角に力を貯めてから稲妻を出す。それさえ分かれば神速持ちの僕にだって倒せる事は、簡単に落ちたサンダードラゴンの首が教えてくれてる。
自画自賛。さすがは僕だ! 相手の弱点を短時間で見付けて効果的な戦術を考える! でも、飛ばれたら何も出来ないんだよね。三頭目を倒した時には、地上での不利を悟ったのか土煙を上げて上昇していった。
空の王のくせに! 王様なら正々堂々と地上で戦えと、僕は言いたい。だが、時間も稼いだし、ユーマ君なんか後ろを振り向かずに行ってしまったし、寂しいもんだね。
僕は落雷を避けながら街中を駆けずり回った。窓を破り扉を蹴散らし、たまに女の子の部屋のベッドで休憩したりと、頭上を飛び回るサンダードラゴンの目を掻い潜るために。
僕は南門には向かわない。囮が一緒になったらユーマが逃げられない。もちろん僕を無視してユーマ君を追い掛けてもらっても構わないのだけれど、いい男は人気者だからね。 ……数が増えてないか? 飛んでるだけで十頭はいるぞ。
やはり、これが罠だったんだ。サンダードラゴンの攻撃はレッドドラゴンの比じゃない。防御力は弱いけど、あの数と光の速さの攻撃は避けられたものじゃないよ。
僕は北門を飛び越す前に勇者としての「お約束」に逆らえなかった。
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