異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百六十三話

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 勇者としてのお約束。それはダンジョンに宝箱があったら開けるし、他人の家のクローゼットは、女性限定で勝手に漁る。僕は嫌な予感がしたら、すぐに逃げ出す。僕の神速は戦う為ではない。全ては女性の……
 
 
 アンハイムオーフェンの北門近く、少し大きめの屋敷がある。そこから流れてくる妖気が僕の第六感を「あら、シャチョさんお安くスルワヨ」と刺激する。
 
 そんな所に入ったら最後だ。得体の知れない者が隣に座り、得体の知れない物を飲まされ、気が付いた時には財布は空に、僕は生ゴミと一緒に寝るハメになる。そんなのは御免だと、神速で北門に向かう足は何故かその屋敷に向かった。
 
 覚悟を決めよう。きっと何か引っ掛かる物がある筈だよ。もし無かったとしても、誰も見ている訳では無いのだから恥ずかしがる事はない、家主の下着チェックでもしよ。
 
 僕はそっとドアを開けると野性動物特有の臭いが流れ出て来た。これは魔物の臭いに違いない。中に居るのは魔物と分かった。よし、帰ろう。
 
 ここまで分かれば充分だ。魔物が間借りしている部屋なのだろう。もし誰かが残っていたら面倒な事になりそうだからね。僕は部屋の中に入って広域心眼で屋敷内を隈無く覗いて見た。
 
 当たりと外れ。当たりは魔物は居ないという事。外れは女が一人、ボロボロの服装で捕まっている事。おそらくは魔物の「食糧」か「慰み者」だ。
 
 今度こそ、「よし、帰ろう」だ。ここまで逃げて来て北門を通り、さらに北に向かって進み、頃合いを見てから南下して、シュレイアシュバルツに戻るのを、神速を使って自力で走らないといけないんだよ。
 
 シンちゃん長距離走苦手。短距離走なら神速でいいんだけど、サンダードラゴンも振り切らないといけないし、女の子を抱えて走るなんて無理。抱える所まではオッケー。
 
 帰りたい、だが思い残す事はないのか?  後悔はしたくない、だが見てからチェンジはデリヘルじゃないんだからさ。
 
 広域心眼で、俯せてしまった顔は覗き込めなかった。せめて、顔を見えたら判断材料の一つにしたのだけどね。もちろん「一つ」でしか無いが、その一つが「大きな一つ」か「小さな一つ」かくらいは僕が決めても良いだろう。
 
 僕は彼女の安否を確認する事にした。死んではいないようだが、動けないのは困る。サンダードラゴンの目を掻い潜ったら自力で歩けるぐらいでないと、一緒には逃げれない。どうしてもなら、先程の「大きな一つ」のキャパシティがさらに増える。
 
 僕は一つの部屋の前に立ちドアを開けた。荷物置場にでも使われている部屋は、正面に窓があり、荷物の谷間の真ん中に、薄汚れた女が横たわっているだけだった。
 
 汚れているだけでも減点対象だね。それと臭い。魔物の臭いより、この女の体臭が臭くてドアを閉めたくなる。やっぱり顔を見る必要なんて無いんじゃね。
 
 「おい、大丈夫か?」
 
 僕は一応の注意を払って近付いてみた。周りには問題が無くても、この女がいきなり襲い掛かって来ないとも限らない。女性に襲われるのは、嫌いではないが、この体臭は勘弁して欲しい。
 
 僕が女の肩を揺すって仰向けに寝かせると、髪の毛がハラリと解けて素顔を覗かせた。「じゃ、バイバイ」が、僕の第一印象だ。
 
 第二印象として、磨けば光るかなって感じだが、食糧を満足にもらえなかったのか、痩せこけてしまっていた。第二印象を確実な物とする為に僕はマジックポーチから水筒を出し、タオルを濡らして顔を拭いてやった。
 
 「おい、起きれるか?」
 
 顔を拭いてやると、返事は無いが目を覚ました様だった。薄く開いた瞳は力が無く、今にも閉じてしまいそうだが、僕はその瞳の奥の清んだ輝きを見逃さなかった。
 
 脳内妄想、ゴー!
 
 ……セリーナ・ハッセ!?  そんな馬鹿な!?  妄想の中で彼女に適材適所な肉を付け、髪を洗い、身体を一緒に洗いっこした所で思い出す。このアンハイムの街を守って亡くなった人。
 
 「セリーナ・ハッセ様ですか!?」
 
 印象的だったヒマワリの様な笑顔は何処にも無く、今は痩せ細ってダイエットに失敗した身体が残されてしまった。だから運動のダイエットを勧めたのに!  食べて動いて、健康的なダイエットをね。
 
 「わ、わたしは…… セリーナ……」
 
 やっぱりセリーナ・ハッセ騎士団長か!?  生きて捕虜になっていたのか!?  何にせよ、生きていれば、いつかは笑える日も来る!  僕は「助け出すから、待っていて」と、それだけを言って家探しを始めた。
 
 このままセリーナ嬢を連れ帰る訳にはいかない。仮にも女性だ。こんな体臭の臭い状態なんて、許せないだろうし、服だって髪の毛だって何とかしたい。
 
 櫛と使い古した石鹸は見付かったが、服は見付からなかった。他の家に探しに行けば見付かるかも知れないが、サンダードラゴンが飛んでいる現状では危険を犯せない。僕は外のドアを開け、上空に向けて広域心眼を使った。
 
 全力で広域心眼を使ったら、目眩がする程の情報量が脳ミソを叩く。あるじゃないか!?  二十件ほど隣のクローゼットの中に女物の下着が。それと、もちろん上空にはサンダードラゴンが周遊して……  二十頭だと!?
 
 いつの間にか仲間を呼んだらしい。SNSで拡散でもしたのかな?  暇な友達が多くていいね。こんな面倒な事に付き合ってくれるなんてな!
 
 ユーマバシャールは逃げ切れただろうか。妹が生きていると知ったら、アンハイムに戻って来るのは確実だ。ユーマ君に知らせる術は無いし、僕が出来る事といったらセリーナ嬢を安全な所に連れて行くだけだ。
 
 出来る事なら今すぐにでも逃げたいが、午後からは雷注意報が出ているみたいだし、もう少し暗くなってからにしよう。セリーナ嬢を抱き上げて逃げるには自信は無い。僕は窓に掛けてあるカーテンを取ってセリーナ嬢の元へと急いだ。
 
 
 
 セリーナ嬢は僕と別れたままの状態で、仰向けに眠っている様だった。近付いて見れば頬に伝わる一筋の涙が……  これは助かったと言う、嬉し泣きでいいのかな?
 
 「セリーナさま、ご無事で何よりです。僕は魔王軍が攻めて来た時にアンハイムオーフェンの守備をした者です。  ……最後にアンハイムの生き残りをシュレイアシュバルツに連れて行く様に言われた傭兵、白百合団団長のミカエル・シンです。覚えていらっしゃいますか?」
 
 「……あぁ、  ……覚えている……」
 
 おかしい……  この展開なら「きゃっー!  助けてくれてありがとう!」と言って抱き合って抱擁をかわすシーンなのに、横になったまま天井を見ているだけ。天井の染みでも見てるのかな?  あれは鯨に見えなくも無い。
 
 「すまないな……  手足の腱を切られてな……  動けないんだ……」
 
 だから窓のある部屋に押し込まれても逃げ出さなかったのか。きっと腱を切られたままで治されたのだろう。一度、治ってしまう手足を切り落とし義手にしなければ動かす事なんて出来ない。

 なんてアホな事を聞いたんだろう。「ご無事」な訳が無いだろ。魔物に捕まった女がどうなるかなんて知ってるのに。餌になるか犯されるか……
 
 このまま続けても、いい話になりはしない……  話題を変えよう!  確か心理学では「イエス」に持っていく話がいいんだっけ。
 
 今日は晴れてますね。  ……外の天気なんか見れないよな。
 食べ物の話は。  ……食べていたら痩せ細っていないよな。
 ファッション系の話は。  ……手足が動かないって言ってたろ!
 
 ……ダメだ。思い付かない。女心とか以前に、ここまで酷い目にあった人に掛ける言葉を僕は知らないじゃ!  
 
 手足なんて、義手にすれば良いじゃん。僕だって左手は特殊な義手だ。痩せてるのだって、この後で食えばいい。グラマーな方が男受けは良い。
 
 「セリーナさま。上空にはサンダードラゴンが飛んでいて日の明るいうちは脱出は危険です。ゴブリンどもは始末しましたが、残りがここに戻って来るかもしれません。危険かもしれませんが、戻って来たら静かに始末します。それまでは……」
 
 「任す……」
 
 任されましょう!  美女を救うのは勇者の役目ですから!  その後で美女と結ばれるのも勇者の役目ですから。
 
 この後、マジックポーチの中から少しの食べ物を分け合った。薄汚れた身体を拭いて、取って来たカーテンを掛けた。……薄汚れた身体の見える部分だけ!  セクハラにならない所まで拭いてカーテンを掛けた。
 
 ゴブリンもオーガも戻って来る事はなく、僕達は二人で静な時間を過ごした。セリーナ嬢は一言も話す事も涙だけを流していた。
 
 
 僕はその流す涙が枯れて欲しいと、少し思った。 
 
 
 
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