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第十四話
しおりを挟む男はシャワーを浴びている。さっきまでの事を忘れる様に身体を洗い、次の獲物の事を考えていた。
女は気だるそうに目を覚ました。さっきまでの事を思い出す様に頭を掻き、大きな喜びとそれに勝る……
「キャー!」
ミリアムさんが起きたのかな? 悲鳴に聞こえたけど、ちょっと待ってくれ。この頭の泡を流している最中なんだ。しっかり流さないと毛根が傷んでしまう。僕はそれでもほどほどに流してミリアムさんの元へ走った。
「ギャー!」
僕の姿を見て「ギャー!」は無いだろ。一応、心配してロッカールームまで走って来たのに。血だって流したし、恐がらせる様な事なんてしていない。
「ミカエル! 服を着なさい!」
通りで下半身に風を感じると思った。急いだあまり、裸で駆け付けて来たんだった。ミリアムさんには裸で迫る男にでも見えたのだろう。僕にそんな度胸はありませんから。
「すみません。僕の服はそこのロッカーなんです……」
気を失ったミリアムさんをシャワー室のロッカーが並ぶ中央の長椅子に寝かせ、僕は一人で血まみれの作業着を洗い身体も洗っていた。ミリアムさんの服に付いた血もと思ったけれど、まさか脱がす訳にはいかずに起きるのをシャワーを浴びて待っていた。
僕は大事な所を手で隠し、自分のロッカーの替えの服を取り出し着替えた。何か視線を感じない訳では無いけど、少しばかり身体に力を入れて筋肉質をアピールした。
「大丈夫ですか、副頭。あれから気を失ってた副頭をここまで運んだんです。もちろん何もしてません」
分かってはいるだろうけど、一応ね。僕は紳士なチキンだから、女性の寝込みを襲うなんて事はしない。いや、もちろん同意の元なら朝まで頑張っちゃうけど。
「あ、あれは……」
着替え終わって振り返ればミリアムさんの難しそうな顔が。解析をしたタートルの魔石の事を考えているのだろう。視線を感じたのは気のせいか。僕は身体に入れた力を抜いた。
「副頭、いったいあの魔石は…… 何を解析したんですか?」
「あれは…… 恐怖?」
疑問を疑問で返されても疑問しか残らない。僕は解析の事は少ししか分からないが、解析に恐怖なんて項目はあったのだろうか? これも疑問。
「ミカエルは魔石の解析についてどのくらい知っているの?」
「えっと…… 魔石の解析は質を調べる為に行います。その他には加工がしやすいとか、年代は色から分かりますね」
「魔石の質は年代によって変わるのがほとんどね。加工がしやすいかも調べれるけど、本当の解析はその魔石の歴史を見るのよ」
人に歴史有り。魔石にも歴史あり。色で分かるんだから、魔石の解析は難しい事がでも無いんだな。これで二級に一歩近付いたな。
「魔石の歴史は複雑だわ。魔石が掘り起こされた場所、加えられた力、与える影響、与えられた影響…… 魔石は複雑なのよ」
確かに魔石は複雑だ。火系の魔石からも水が作れる事もあるし逆もある。普段から気にしないで使っていると、魔石の複雑さを忘れてしまうよ。
「それで副頭はあの魔石の何を見たんですか?」
「あ、あれは…… あれは良く分からないわ。強いて言うなら「恐怖」のイメージを感じた、かしら……」
恐怖とはまた抽象的な。それに、「イメージ」を「感じた」なんて答えでは、試験に合格が出来そうもない。
「恐怖…… ですか。それでどうしましょう、これから」
ビーン副頭は足を組み、腕を組み目を閉じて考えて始めた。僕も少しは考えないといけないが、考えに当てはめるピースの数が足りない。恐怖を持った不明の土系魔石、これだけの情報で出来る事は一つくらいか。
「ミカエル、この事を知っているのは貴方だけかしら?」
「あ、はい。僕だけです」
ジョシュアは三型のパワーアームを取りに行ってから今まで会ってはいない。時間からすれば魔石の解析をしている時に帰って来てもいい。それが会わないと言う事は、僕とミリアムさんが一緒にいる所を見たのだろう。
責任を僕一人に押し付けて逃げたと考えるのが妥当だ。だけど、今はそれの方がいい。どうやら下船の事も勝手に魔石を回収しようとした事も有耶無耶になる。
「他の人には他言無用で。この事はラウラに報告をして指示を仰ぐわ」
「わかりました」
魔石の事は残念だけど仕方がない。皆が起きて来るまで一時間半はある。ジョシュアを見付けて口止めしてから寝よう。徹夜は仕事に響くから。
「そ、それと……」
まだ何か悪い事でもしたか? 胸に手を当てて考えても思い付かない。それとも勝手な行動の責任を取らされるのか?
「それと、今後は私の事をミリアムと呼びなさい。私もミカエルと呼ぶわ。 ……貴方の魔力は……」
頬を少し赤らめながらの上目遣い。チキンじゃなかったら押し倒しているシチュエーションだが…… 皆が起きてくるまで時間はあるし魔力も残っていて二人きり。
「シャワーを浴びたら報告に行くわ」
一人でシャワー室に向かうミリアムさんの後を僕は追えなかった。僕は絶好のチャンスを失ったらしい。
「大変だったな」
わざわざ起こしてくれるなんて、ジョシュアは何時からお母さんになったんだ。結局、僕はシャワー室から整備仮眠室に移って一人で寝てしまった。
今からでもシャワー室に戻ろうか、それとも後から仮眠室に来てくれないかとか、色々な事を…… もちろん魔石の事も考えていたら眠ってしまったらしい。
「大変だったよ。何時からいた?」
「副頭がタートルの中に入って行くのが見えてから」
「いつまでいた?」
「副頭が「私の事はミリアムと呼んでね」って所までだな」
「うん、お前、後で、死刑な。あれがヤバい魔石なのは分かっただろ」
「魔石の解析で「恐怖」を見るってどんなんだよ。ヤバい魔石は足が付くから売れねえよ」
ジョシュアにも話が通っているなら早い。魔石は諦めるとして、下船の事も忘れられたし、昨日の夜の事は何も無かったで通すのが一番いい。
「ちょっとは惜しかったけどね」
「まあな。城船に乗ってれば、またチャンスはあるさ」
諦めない男、ジョシュア・ランバート。彼は後の世で英雄になったりなんかしない、ただの覗き魔で終わるだろう。僕の人生も後二秒……
「朝から仮眠室に引きこもるとは、いい身分だなぁ、ミカエル君」
何て言えばいいのか…… 言葉に表すなら「ズズズズズ!」とジョシュアの後ろから現れた、我らが敬愛する上司、戦慄の美貌、凶悪な鉄槌、ラウラ親方。
「は、話は聞いていませんか? 昨日は大変だったんです。あのタートルの魔石がヤバい物だってビーン副頭から聞いていませんか?」
僕が言えたのは最初の「は」だけ。残りは心の中で呪文の様に唱えるのが精一杯で、頭蓋骨を砕きそうな手刀が僕に打ち降ろされた。
「働け!」
働けと言っておきながら、僕に脳挫傷を負わせてどうするのか。言うだけ言って去り行くラウラ親方はジョシュアのケツも蹴り上げて行った。ズルい! ジョシュアの方が手を抜いて蹴ってる様に見える!
「だ、大丈夫か? さ、先に行ってるな」
僕は冷たく硬い床に倒され、テン・カウントのゴングを鳴るのを静かに待った。いや、待ってなんかいられない。僕は力の入らない足を叩きながらも立ち上がる。チャンピオンにノックアウトは似合わない。
立て! 立つんだ! 僕はナインのカウントで立ち上がる。まだ戦えるんだ! セコンド! タオルなんて投げ込むなよ…… と、言う一人芝居を楽しんで僕は整備室にフラ付きながら向かった。
整備室には全錬金術師が並び、これからの事を話しているミリアムさんが中央に立っていた。僕も七班の所に行かないといけないが、全校朝礼に遅れた人はどうやってバレ無いように列に加わればいいんだ。
一応、班長として班の先頭に並ばないといけないのだが、そんな事をしては目立ってしまう。良いことで目立つなら恥ずかしいで済むが、遅刻で目立つのは嫌だ。だから僕はこっそりと六班の後ろにならんだ。
今日は公爵様が見付けた魔石の塊に巣くう魔物の掃討が目的だ。魔物の数は不明だが、三十六機のウィザードで攻めれば午前中には終わるだろう。もしろ僕達の仕事は帰って来たウィザードの整備に時間を取られる。
「各自、部署に付け! 解散!」
ラウラ親方の叱咤激励に堪えて仕事を頑張ろう。とりあえず七班と合流して今日の持ち場を聞かないと。途中から入って来て班分けも話も聞いて無い。
「サラ、ローラ、おはよう。僕達七班は何処に配置?」
「「お早うございます。レッド・チームの出撃準備の後で待機です」」
振り返るタイミングも話す調子も一緒な双子の姉妹。仕事も分かってきた様だし便りになる初めての部下。どんな言葉がセクハラになるか分からないから気を付けないとね。
「了解。待機時間はここか整備室に居てくれればいいからね。じゃあ……」
「ミカエル・シン! ジョシュア・ランバート! あたいの所まで来い!」
僕だけが呼ばれるなら愛の告白なんだろうけど、ジョシュアまで呼ばれるなんて、もしかして恋のトライアングル、ラウラ親方を巡って二人で取り合うとか?
「何で俺まで呼ばれるんだ」
僕の背中に隠れるように前に押し出すジョシュアに、僕は腕を取って横並びで歩いた。ラウラ親方まで三十メートル。今のうちに目配せで辻褄を合わせておきたい。
──俺が居たのもバレたのか?
──それは無いだろ。僕もロッカールームまで気が付かなかったし。
──喋ったりしてないよな。
──当然。それの方が都合がいいだろ。今さら居ましたなんて言えないよ。
──それもそうだな。 ……今度の合コン来る?
──きっと魔石の事で何か言われると思うから、素直に「うん、うん」と返事をして。
──今度の娘は運航課だぜ。苦労したんだ。
──とにかくラウラ親方を怒らせるなよ。殴られるのは嫌だから。
──分かってるって。ちゃんとミカエル好みの娘が来る事になってるから。
──頼むよ。
──任せろ。
二人で殴られた……
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