4 / 23
第1部 勇者と狼の王女
第4話 夫の先制攻撃
しおりを挟む
①
私が目覚めたのは、もう朝も随分と過ぎてからだった。
しまった!
やらかした!
旦那様より遅く起きるなんて…!
忍びの者と夜遅くに話し込んでしまったからだ…!
慌ててベッドから飛び起きる。既に旦那様はベッドにはいなかった。
これは、まずいとドアを勢いよく開けて、リビングへの階段を駆け下りる。
「おはよう。マリー」
台所から旦那様の優し気で爽やかな声が聞こえてくる。
「お、おはようございます!!」
私は、台所に立っている旦那様のところまで駆け降りると、そのまま深々と頭を下げた。
「も、も、申し訳ございません!旦那様より遅く起きるなど…!」
「え、いや、え?黒狼族の文化ってそういう感じなの?別に気にしないで。僕にそういう価値観はないよ」
「は、え、そうなんですか。いや、しかし、寝坊してしまうなんて…本当にごめんなさい」
「マリー。そんなことより一緒にご飯を食べようよ」
「は、え?ご飯まで作っていただけたのですか!?」
「うん。僕の作ったものが口に合えばいいんだけど」
「とんでもない…旦那様の作ってくださったものなら、どんなものでも美味しく食べてごらんにいれます」
「ははは。マリー。なんかテンションがおかしいよ。落ち着いて」
「は、はい…」
私は急に恥ずかしくなって、顔をうつ向かせる。きっと、真っ赤っかに染まっていることだろう。
尻尾の動きを抑えたいのに、ゆらゆら左右に揺れてしまうので必死に手で押さえる。
「そういえば、気になったんだけど」
「は、はい」
「僕がライバルと決闘しているときも、君の傍使えが尻尾を必死に抑えていたね。尻尾を動かすのはマナー違反みたいなのがあるのかい?」
「そ、そりゃ…!だって…自分の心が相手に丸わかりなんですよ?恥ずかしいし、はしたないじゃないですか…」
「なるほど…」
「なるべく、動かないように訓練はするんですが…旦那様にプロポーズされてから…ずっと尻尾の制御がうまくできません…」
なんだか、自分が急にすごいみっともない存在のように思えて、じわっと涙が浮かんでしまう。
あーあ、だめだめ。こんなことでいちいち涙浮かべちゃ…。
でも、旦那様の前だとどうにも感情が安定しない…。
「あぁ…泣かないで。ごめんね。変なこと聞いた」
そう言って、旦那様は私の頬に手を当てると、そっと唇を重ねた。
男女のキスではなく、挨拶のような軽い口づけ。
でも、なんだか心が急に落ち着いて、身体がしゃきっとする思いがした。
「すいません。こんなことで動揺して」
「価値観が違うから、色々細かいこと、大きなことあると思う。ちょっとずつ進もうね」
「はい。ありがとうございます」
そうして、二人で食席について…。
「だ、旦那様…?」
昨夜は向かい合って座って食べたのに、今朝は私の座った隣に旦那様が座ったのだ!
「マリーの傍にいたくて」
そう言って、旦那様は爽やかに微笑んだ。窓から差し込む穏やかな日差しが、昔は真っ黒だったという銀色の髪を照らしてきらきらと輝いている。
魔王を倒した最強の存在…その人が、自分の隣で優しく微笑んでいる…。
真横にいるせいか、旦那様のなんともいえない男の、それでいて甘く感じる匂いが心臓の鼓動を早める。
強さこそが全てだ!という一族の王女に生まれて、これに幸せを感じないのは無理がある。
「マリー?」
つらい…!
旦那様が尊くて…つらい!
ドキドキしてしまい、旦那様に顔を向けられない。緊張のあまり言葉がなんだか片言になってしまう。
「ダンナサマ、キョウハナニカご用はアルノデショウカ?」
「あぁ…ちょっと植物研究所に行ってくる。ちょっと早く完成させたいものがあるんだ」
「ソ、ソウデゴザイマスイカ。ソウシマシタラ、ワタクシモオデカケシテモヨロシイデショウカ?」
「あぁ、もちろん。町の案内がなくて大丈夫かい?」
「メーシェニアイニイクノデ、タブンダイジョウブデス」
「あぁ、あの侍女さんね。よろしく伝えておいてくれる?」
「ハ、ハイモチロン」
「何時に行くんだい?」
「十時にローズマイルというオミセデゴザイマス」
「そうか。あと30分くらいだけど、大丈夫かい?」
「え!?」
慌てて時計を見上げる。確かに9時30分を針が示している。
やっば…い!!
慌てて旦那様の料理を口にかけこむ。
「お、おいしい!!」
「そう?ありがとう」
なんだこの麺類は!?ミートソーススパゲティ?なんだそれは?!
なんだこのスープは!?なんだこのパンは!?
どれもこれも、深みのある味…私では説明する言葉がみつからない…!?語彙が…足りない…。
幾重にも襲ってくる味のハーモニーに、噛みしめるたび…飲み込むたびに身体を喜びが電撃のように走っていき、身体をくねらせてしまう。尻尾は抑えたくてももう抑えられない。ばっさばさとはしたなく揺らしてしまう。
私はあっという間に食べつくしてしまう。
その間も、旦那様は私を横から見てにこにこしている。
うーん。やられたぁ。私は旦那様を甘やかして甘やかして、とろけさせる覚悟をしたのにぃ。
先制攻撃…いや、不意打ちもいいところだ…!
「片付けはいいから。早く準備して行ってきな」
「は…はいぃぃいい」
私は泣いた。
初戦であっさり敗北したのだ。
旦那様は私を自分に次ぐ戦士だと言ってくれた。
好敵手だと言ってくれた。
なんだこのありさまは。これが好敵手だろうか?戦士のありさまだろうか?
泣きながら、洗面所に行き、腐っても王女ということで最低限のナチュラルメイクをし、何を着ていこうか迷う暇もなかったため、旦那様が渡してきた白いブラウスに身を包んで、慌てて家を飛び出す。
「昼は二人で好きなの食べておいでー」
そう言って、私の手に銀貨を数枚握らせてくださった。
旦那様の手に触れたことで、昨夜の想いでフラッシュバックしてまた、顔が真っ赤になり尻尾がはしたなく動き回る。
「だ、だんなさま…」
「うん?」
「これで勝ったと思わないでくださいぃぃぃいいい!」
私は、右目の端から涙をこぼしながら、地図片手にローズマイルへ走っていった。
後ろから、「夜はハンバーグだよぉ」と穏やかに言う旦那様の声が聞こえた。
②
昨日は色々なことがありすぎた。
結婚式をして、その途中でマリーとお互い全力の決闘。
魔力を使い果たして眠るマリーを新居にお姫様抱っこで連れて行き、目覚めてからは初夜の営み…。
そりゃ、起きれないよ。
時計の針は8時半を指し示しているが、妻のマリーはベッドで熟睡していて起きそうにもない。
ふむ…。
僕は、マリーを甘やかしつくしてやると決意したが…果たして、一体どういうことをしていけば良いだろうか。
例えば…。
マリーを抱きしめる…これは僕がしたいことだが、どっちかというとしてもらいたいことに近い。
マリーとキスをする…これも同様だ。
うん…したいことは出てくるは出てくるが…なんだかしてもらいたいことと同義なことばかりで、いまいち良いのが思いつかない…。
女の子を甘やかす…うーん。お姫様扱いをすれば良いということだろうか。
というか、そもそもお姫様なんだよね。僕のマリー。
結婚したけれど、マリーの立ち位置はどうなるのだろうか?
僕の家庭に入ったということで、王家の政とは無縁になるのだろうか?
それとも、逆で、僕が黒狼族の王になる義務が発生したということだろうか?
王であるマリーの父、ケルルトとも結婚の挨拶に行った際に、決闘しており僕が勝利している。
というより、黒狼族の実力者ほぼ全員と決闘し、全部勝利した。
黒狼族の王になってもおかしくない状況ではあるが…。
「マリーと普通の夫婦としてイチャイチャした毎日を過ごしたいなぁ」
と本音がこぼれたところで、はっと我に返り、誰かに聞かれているわけでもないのに、咳ばらいを一つ。
「マリーとのんびりした日常を送りたいな」
と言い直した。
お姫様扱いをするという発想が出てきたことで、なんとなく自分がするべきことが固まってくる。
料理や掃除など、炊事洗濯は僕がやったうえで、マリーが欲しがるものを与えて、喜ぶことを見つけるたび、それをどんどんやっていくのだ。
夫婦としての初めての朝である今は…。
「そうだな。朝食でも作るか。マリーの口に合うかわからないけれど…」
僕は鍋に水を入れ家電魔道具のスイッチを入れ、沸騰させる。
今朝は、ミートソーススパゲティでも作ろう。
朝から重いだろうか?
でも、マリーは狼だから、お肉が好きそうだ。
台所の横の棚から、スパゲティの麺を二束取り出し、投入する準備をする。
鍋の水が沸騰し始めたところで、塩を少々多めにいれてやり、麺を入れた。
マリーはどんな反応をするだろうか。
美味しいと言ってくれればいいのだが。
朝食が完成したころ、マリーは階段を駆け下りてきて頭を下げた。
そして、いくらか話をしたところで、出来上がった朝食を振る舞う。
マリーの食べたときの表情をよく観察したくて、マリーのすぐ隣に座った。
マリーは思っていることが頭からセリフが立ち上っているんじゃないかってくらい、わかりやすく表情をころころ変えて、僕が隣に座ったことで凄いドギマギしていた。
尻尾はばっさばっさと左右に振られていたから、僕を嫌がっているわけじゃないことがわかる。
僕にドキドキしてくれて、表情をころころ変えていると思うと、とてもとても愛おしくなる。
マリーの口から「美味しい」という言葉が飛び出した時。
僕はやったー!と握りこぶしでガッツポーズを決めて、飛び跳ねたい衝動をぐっと抑えて平静を装いながら彼女の表情を観察した。
最初は、びっくりして目を丸くして、一回ぴたっと狼の耳も尻尾の動きも止まった。
しばらくすると、尻尾は凄いスピードで左右に振られはじめ…。
やがて、蕩けたような恍惚とした表情で、スパゲティを飲み込んでいった。
時折、天を仰いで一瞬動きが止まる。
瞳はトロンと潤んでいて、口もだらしなく半開きになっている。
初めて見たな…この表情!
やった!この表情は間違いない!甘やかすことに成功した!!
なるほど。こういった感じにやっていけば良いのかとコツをつかんだような感覚になったが、よくよく考えれば美味しい料理を作り続けるというのも、好みもあるしなかなかに至難の業だ。
料理にしても、何にしても、彼女の口から彼女の好みを聞き出すのもそうだが、うーん、男には言いづらいこともあるだろうし…協力者が必要だろうか?
それからは、色々なころころ変わるマリーの表情を愛でながら、家を飛び出すマリーを見送った。
白いブラウスとロングスカートに、首元に青いリボン…マリーにとってもよく似合って可愛かった。
私が目覚めたのは、もう朝も随分と過ぎてからだった。
しまった!
やらかした!
旦那様より遅く起きるなんて…!
忍びの者と夜遅くに話し込んでしまったからだ…!
慌ててベッドから飛び起きる。既に旦那様はベッドにはいなかった。
これは、まずいとドアを勢いよく開けて、リビングへの階段を駆け下りる。
「おはよう。マリー」
台所から旦那様の優し気で爽やかな声が聞こえてくる。
「お、おはようございます!!」
私は、台所に立っている旦那様のところまで駆け降りると、そのまま深々と頭を下げた。
「も、も、申し訳ございません!旦那様より遅く起きるなど…!」
「え、いや、え?黒狼族の文化ってそういう感じなの?別に気にしないで。僕にそういう価値観はないよ」
「は、え、そうなんですか。いや、しかし、寝坊してしまうなんて…本当にごめんなさい」
「マリー。そんなことより一緒にご飯を食べようよ」
「は、え?ご飯まで作っていただけたのですか!?」
「うん。僕の作ったものが口に合えばいいんだけど」
「とんでもない…旦那様の作ってくださったものなら、どんなものでも美味しく食べてごらんにいれます」
「ははは。マリー。なんかテンションがおかしいよ。落ち着いて」
「は、はい…」
私は急に恥ずかしくなって、顔をうつ向かせる。きっと、真っ赤っかに染まっていることだろう。
尻尾の動きを抑えたいのに、ゆらゆら左右に揺れてしまうので必死に手で押さえる。
「そういえば、気になったんだけど」
「は、はい」
「僕がライバルと決闘しているときも、君の傍使えが尻尾を必死に抑えていたね。尻尾を動かすのはマナー違反みたいなのがあるのかい?」
「そ、そりゃ…!だって…自分の心が相手に丸わかりなんですよ?恥ずかしいし、はしたないじゃないですか…」
「なるほど…」
「なるべく、動かないように訓練はするんですが…旦那様にプロポーズされてから…ずっと尻尾の制御がうまくできません…」
なんだか、自分が急にすごいみっともない存在のように思えて、じわっと涙が浮かんでしまう。
あーあ、だめだめ。こんなことでいちいち涙浮かべちゃ…。
でも、旦那様の前だとどうにも感情が安定しない…。
「あぁ…泣かないで。ごめんね。変なこと聞いた」
そう言って、旦那様は私の頬に手を当てると、そっと唇を重ねた。
男女のキスではなく、挨拶のような軽い口づけ。
でも、なんだか心が急に落ち着いて、身体がしゃきっとする思いがした。
「すいません。こんなことで動揺して」
「価値観が違うから、色々細かいこと、大きなことあると思う。ちょっとずつ進もうね」
「はい。ありがとうございます」
そうして、二人で食席について…。
「だ、旦那様…?」
昨夜は向かい合って座って食べたのに、今朝は私の座った隣に旦那様が座ったのだ!
「マリーの傍にいたくて」
そう言って、旦那様は爽やかに微笑んだ。窓から差し込む穏やかな日差しが、昔は真っ黒だったという銀色の髪を照らしてきらきらと輝いている。
魔王を倒した最強の存在…その人が、自分の隣で優しく微笑んでいる…。
真横にいるせいか、旦那様のなんともいえない男の、それでいて甘く感じる匂いが心臓の鼓動を早める。
強さこそが全てだ!という一族の王女に生まれて、これに幸せを感じないのは無理がある。
「マリー?」
つらい…!
旦那様が尊くて…つらい!
ドキドキしてしまい、旦那様に顔を向けられない。緊張のあまり言葉がなんだか片言になってしまう。
「ダンナサマ、キョウハナニカご用はアルノデショウカ?」
「あぁ…ちょっと植物研究所に行ってくる。ちょっと早く完成させたいものがあるんだ」
「ソ、ソウデゴザイマスイカ。ソウシマシタラ、ワタクシモオデカケシテモヨロシイデショウカ?」
「あぁ、もちろん。町の案内がなくて大丈夫かい?」
「メーシェニアイニイクノデ、タブンダイジョウブデス」
「あぁ、あの侍女さんね。よろしく伝えておいてくれる?」
「ハ、ハイモチロン」
「何時に行くんだい?」
「十時にローズマイルというオミセデゴザイマス」
「そうか。あと30分くらいだけど、大丈夫かい?」
「え!?」
慌てて時計を見上げる。確かに9時30分を針が示している。
やっば…い!!
慌てて旦那様の料理を口にかけこむ。
「お、おいしい!!」
「そう?ありがとう」
なんだこの麺類は!?ミートソーススパゲティ?なんだそれは?!
なんだこのスープは!?なんだこのパンは!?
どれもこれも、深みのある味…私では説明する言葉がみつからない…!?語彙が…足りない…。
幾重にも襲ってくる味のハーモニーに、噛みしめるたび…飲み込むたびに身体を喜びが電撃のように走っていき、身体をくねらせてしまう。尻尾は抑えたくてももう抑えられない。ばっさばさとはしたなく揺らしてしまう。
私はあっという間に食べつくしてしまう。
その間も、旦那様は私を横から見てにこにこしている。
うーん。やられたぁ。私は旦那様を甘やかして甘やかして、とろけさせる覚悟をしたのにぃ。
先制攻撃…いや、不意打ちもいいところだ…!
「片付けはいいから。早く準備して行ってきな」
「は…はいぃぃいい」
私は泣いた。
初戦であっさり敗北したのだ。
旦那様は私を自分に次ぐ戦士だと言ってくれた。
好敵手だと言ってくれた。
なんだこのありさまは。これが好敵手だろうか?戦士のありさまだろうか?
泣きながら、洗面所に行き、腐っても王女ということで最低限のナチュラルメイクをし、何を着ていこうか迷う暇もなかったため、旦那様が渡してきた白いブラウスに身を包んで、慌てて家を飛び出す。
「昼は二人で好きなの食べておいでー」
そう言って、私の手に銀貨を数枚握らせてくださった。
旦那様の手に触れたことで、昨夜の想いでフラッシュバックしてまた、顔が真っ赤になり尻尾がはしたなく動き回る。
「だ、だんなさま…」
「うん?」
「これで勝ったと思わないでくださいぃぃぃいいい!」
私は、右目の端から涙をこぼしながら、地図片手にローズマイルへ走っていった。
後ろから、「夜はハンバーグだよぉ」と穏やかに言う旦那様の声が聞こえた。
②
昨日は色々なことがありすぎた。
結婚式をして、その途中でマリーとお互い全力の決闘。
魔力を使い果たして眠るマリーを新居にお姫様抱っこで連れて行き、目覚めてからは初夜の営み…。
そりゃ、起きれないよ。
時計の針は8時半を指し示しているが、妻のマリーはベッドで熟睡していて起きそうにもない。
ふむ…。
僕は、マリーを甘やかしつくしてやると決意したが…果たして、一体どういうことをしていけば良いだろうか。
例えば…。
マリーを抱きしめる…これは僕がしたいことだが、どっちかというとしてもらいたいことに近い。
マリーとキスをする…これも同様だ。
うん…したいことは出てくるは出てくるが…なんだかしてもらいたいことと同義なことばかりで、いまいち良いのが思いつかない…。
女の子を甘やかす…うーん。お姫様扱いをすれば良いということだろうか。
というか、そもそもお姫様なんだよね。僕のマリー。
結婚したけれど、マリーの立ち位置はどうなるのだろうか?
僕の家庭に入ったということで、王家の政とは無縁になるのだろうか?
それとも、逆で、僕が黒狼族の王になる義務が発生したということだろうか?
王であるマリーの父、ケルルトとも結婚の挨拶に行った際に、決闘しており僕が勝利している。
というより、黒狼族の実力者ほぼ全員と決闘し、全部勝利した。
黒狼族の王になってもおかしくない状況ではあるが…。
「マリーと普通の夫婦としてイチャイチャした毎日を過ごしたいなぁ」
と本音がこぼれたところで、はっと我に返り、誰かに聞かれているわけでもないのに、咳ばらいを一つ。
「マリーとのんびりした日常を送りたいな」
と言い直した。
お姫様扱いをするという発想が出てきたことで、なんとなく自分がするべきことが固まってくる。
料理や掃除など、炊事洗濯は僕がやったうえで、マリーが欲しがるものを与えて、喜ぶことを見つけるたび、それをどんどんやっていくのだ。
夫婦としての初めての朝である今は…。
「そうだな。朝食でも作るか。マリーの口に合うかわからないけれど…」
僕は鍋に水を入れ家電魔道具のスイッチを入れ、沸騰させる。
今朝は、ミートソーススパゲティでも作ろう。
朝から重いだろうか?
でも、マリーは狼だから、お肉が好きそうだ。
台所の横の棚から、スパゲティの麺を二束取り出し、投入する準備をする。
鍋の水が沸騰し始めたところで、塩を少々多めにいれてやり、麺を入れた。
マリーはどんな反応をするだろうか。
美味しいと言ってくれればいいのだが。
朝食が完成したころ、マリーは階段を駆け下りてきて頭を下げた。
そして、いくらか話をしたところで、出来上がった朝食を振る舞う。
マリーの食べたときの表情をよく観察したくて、マリーのすぐ隣に座った。
マリーは思っていることが頭からセリフが立ち上っているんじゃないかってくらい、わかりやすく表情をころころ変えて、僕が隣に座ったことで凄いドギマギしていた。
尻尾はばっさばっさと左右に振られていたから、僕を嫌がっているわけじゃないことがわかる。
僕にドキドキしてくれて、表情をころころ変えていると思うと、とてもとても愛おしくなる。
マリーの口から「美味しい」という言葉が飛び出した時。
僕はやったー!と握りこぶしでガッツポーズを決めて、飛び跳ねたい衝動をぐっと抑えて平静を装いながら彼女の表情を観察した。
最初は、びっくりして目を丸くして、一回ぴたっと狼の耳も尻尾の動きも止まった。
しばらくすると、尻尾は凄いスピードで左右に振られはじめ…。
やがて、蕩けたような恍惚とした表情で、スパゲティを飲み込んでいった。
時折、天を仰いで一瞬動きが止まる。
瞳はトロンと潤んでいて、口もだらしなく半開きになっている。
初めて見たな…この表情!
やった!この表情は間違いない!甘やかすことに成功した!!
なるほど。こういった感じにやっていけば良いのかとコツをつかんだような感覚になったが、よくよく考えれば美味しい料理を作り続けるというのも、好みもあるしなかなかに至難の業だ。
料理にしても、何にしても、彼女の口から彼女の好みを聞き出すのもそうだが、うーん、男には言いづらいこともあるだろうし…協力者が必要だろうか?
それからは、色々なころころ変わるマリーの表情を愛でながら、家を飛び出すマリーを見送った。
白いブラウスとロングスカートに、首元に青いリボン…マリーにとってもよく似合って可愛かった。
1
あなたにおすすめの小説
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜
タナん
ファンタジー
オタク気質な15歳の少年、原田湊は突然異世界に足を踏み入れる。
その世界は魔法があり、強大な獣が跋扈する男女比が1:20の男が少ないファンタジー世界。
モテない自分にもハーレムが作れると喜ぶ湊だが、弱肉強食のこの世界において、力で女に勝る男は大事にされる側などではなく、女を守り闘うものであった。
温室育ちの普通の日本人である湊がいきなり戦えるはずもなく、この世界の女に失望される。
それでも戦わなければならない。
それがこの世界における男だからだ。
湊は自らの考えの甘さに何度も傷つきながらも成長していく。
そしていつか湊は責任とは何かを知り、多くの命を背負う事になっていくのだった。
挿絵:夢路ぽに様
https://www.pixiv.net/users/14840570
※注 「」「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』
KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。
日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。
アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。
「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。
貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。
集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。
そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。
これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。
今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう?
※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは
似て非なる物として見て下さい
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる