転生したし気楽にヤろうよ

神夜帳

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第5話 色づく世界

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 ベルは緊張していた。
 目の前にはレオンの敷地の終わりを告げる簡易なゲート。
 一歩足を踏み出せば、レオンの敷地から出て世界へとつながる石畳の道。
 自分の主人は、ゲートの一歩先で微笑みながら待っていてくれる。

 しかし、なぜだか足が出ない。
 2年間疑問にも思わず、いや疑問を挟めないほど忙しかったのは確かではあるが、それでもしかし、全く疑問が浮かぶことなく過ごしたレオンの邸宅。

 その外へ出る……。
 自分は外からやってきて、仕事の契約で2年間いただけ。
 居心地が良い家で、素敵な主人がいて、これからも働き続ける。
 その想いは変わらない。

 外に出てはいけないとは誰にも言われていない。
 それどころか、主人であるレオンからは外にデートに行こうと誘われた。
 嬉しい。とても嬉しい。

 こんな嬉しい日だというのに、空は曇天。
 今にも雨が降り出しそうで、少しもったいないような気持になったくらい。

 今日は素敵な日になる。
 大好きな人と結ばれて、新たな門出になる。
 そう思った。

 足を敷地と外の世界を繋ぐ境界ぎりぎりまで踏み出す。

 ばくんっ!

 心臓がうごめき、呼吸が乱れる。
 じんわりと冷や汗が噴き出て、ベルの白い肌をてからせる。

 足先が境界線に近づけば近づくほど、心に罪悪感に似た、胃をきりきりとさせ、そして生唾を飲み込むことすら重々しい感情が強く広がっていく。

(この家に来るまでは、外で過ごしていたというのになんで?)

 酷い表情をしていることだろう。ベルはそう思った。
 眉根に力が入り、眉間にしわが寄せられているのが自分でもわかる。

 ぐっと体に力を入れて、腰を据えて足に力を入れてもなかなか踏み出せない右足。
 まるで、超常の力を持つ存在に自分の影を地面に縫い付けられているよう。

「あっ、あの、旦那様っ……」

 今日はもうやめましょう。
 体調が悪いんです。
 ベルがそう思うことにして諦めかけたその時。

 目の前にレオンの手が差し出された。
 女性のように綺麗な手でありながら、男らしく厚い手のひら。
 自分にむかって広がる指、思わず自分の手を置きたくなる掌(たなごころ)。

 ベルが目を丸くして顔をレオンに向ける。

 きらりと心に光が差した。

 その顔は、まるで絵本から抜け出してきた王子様。
 曇天だというのに、きらきらと輝く上品なブロンドのセミロングヘア。
 サファイアのように綺麗な青い瞳。

 その瞳には情熱の火を揺らめかせ、それでいながら顔は朗らかに微笑んで手を伸ばしている。

 荒れた呼吸が落ち着いて、心が穏やかな海のように澄み渡る。
 恐れと安堵が引いては打ち寄せる波のようで、やがて、だんだんと安堵が占めていく。
 胸がぽかぽかと温かく、冷や汗でじめじめと冷えた身体が熱を取り戻していく。

 王子様が口を開く――

「ベル。おいで」

 短い言葉。
 シンプルな言葉。
 だからこそ、身体は自然と動いたのかもしれない。

 気が付けば境界線を越えた足。
 重なった手から伝わる穏やかな熱は、はしたないと思いながらも欲深く求めるその衝動に抗うことはできなかった。

 レオンの胸にすっぽりと収まる自分の身体。
 感情がばればれなのが恥ずかしくて、我慢したいというのに止まらない左右に激しく振られる狼の尻尾。

 お日様のような優しい匂いに包まれていると、レオンの手がベルの頭を優しくなでた。
 じわじわと胸、背中、腰、身体のいたるところから広がっていく幸せの波。
 どれくらい味わってしまっていたのか。

 恐れによる震えが歓喜の震えに変わり、それでもなお味わっていると、目の前が明るくなっていく。

 ふと、上を見上げれば、曇天だった空は、雲の切れ目から光の筋が降り立っていて、まるで二人を祝福しているかのよう。

 雲はゆっくりと、しかし、確実に流れゆく。
 震えていた腕をレオンの背中にまわし、衣服越しにレオンの生きた体温を堪能する。

「ベル。大丈夫かい?」
「えぇ……。大丈夫です。行きましょう。旦那様」

 あらゆるものが鮮やかに色づいて、ベルの世界に生きている息吹が駆け抜けていった。


 その1時間後――

「おぇぇぇええええええっ!」

 レオンは好きな女の子の目の前で、盛大に吐き散らかしていた。

 レオンの家から一番近い大きめの町は、サウスバーグという名の町で、町から少し歩けば海水浴ができる穏やかな海があるのが特徴だ。
 衛兵の実力もそこそこあるためモンスターも少なく、ローマンコンクリートさながらに、綺麗にかたどられた建築物の数々によって形作られた町並みは圧巻であり、日本人が想像するファンタジーの世界観を色濃く反映させながらも、下水道などのインフラが整えられ、トイレも当たり前にあり、かなり近代化した過ごしやすい町である。

 レオンとしては、砂浜でのベルの水着を拝みたいという罪深き欲望もあった。
 最初は、騎乗動物を召喚する笛で飛竜を呼んで、空をひとっとびして最短時間で到達しようとしていたのだが、ベルが飛竜を見て目をまん丸にして驚いたのだ。
 その様子を見て、無駄に目立ってしまい厄介ごとに巻き込まれるのではないかと懸念したレオンは、二人乗りが楽々な大きな馬を呼び出した。

 馬の蹄が地面を蹴るたび、軽快な足音が響き渡り、揺れるたびに背中にぴったりとくっついているベルの豊かな胸が押し付けられる。

 柔らかな弾力を楽しみながら、森の中の石畳の道で馬を走らせていると、モンスターの小さな群れが前方に見えた。
 巨大な豚の戦士であるオーク、緑色の肌の小人のようなゴブリン。
 数にして5~6匹といったところであった。
 ゲームの時は、レベルに乖離があるとモンスターは逃げていき襲ってこない。
 しかし、今はゲームではないし、戦闘でゲームのように動けるのか確認したいという思いもあった。

 ベルと馬を木陰に待機させて、意気揚々と腰の剣を抜く。
 聖剣レーヴァテイン――
 ゲームでは最新のEP4のエンドコンテンツにおいて、ダンジョン深くに待ち構える強大なボスを倒すことで0.0001%の確率でドロップするレア武器。
 ゲームの名前を冠していることから、作中最強を匂わす。

 鞘から抜くと銀色の輝く刀身に、虹色の光の粒子があふれ、周囲に拡散すると、落ち着いたうっすらエメラルドの燐光をまとう。
 デザインとしては、派手さはなくちょっと高そうなロングソードといった感じだ。
 だが、その地味なデザインに玄人らしさを感じて男心は燃え上がるのだった。

 戦闘自体はいたってあっさりとモンスターたちに圧勝した。
 三人称視点のゲームから現実の一人称視点となった今では、感覚がかなり違う。
 身体だってコントローラーで動かしていたわけで、転生前に武術を嗜んでいたなんてことは全くない。
 しかし、戦うと心に決めたとたん、なにかのスイッチが入った。

 考えるより先に身体が動いて、息をするように身に着けたスキルを発動していく。
 足に魔力を込めて地面を蹴れば、何メートルも飛び上がり、剣を振れば、剣先がオークの腹を切り裂いて、その内臓を地面にこぼれ落とした瞬間、光の粒子で形作られた身の丈もあろう大きな剣が追加で突き刺さるのだ。

 エレメンタルブレイバーのパッシブスキルで、エンドコンテンツにいるような強力なモンスターには攻撃力の補助程度のダメージにしかならないが、今相対したモンスターには十分に致命的なダメージのようだ。
 刺さった光の剣はあっさりと地面までオークの身体を貫通して、そのあまりある貫通力は、オークに悲鳴を上げさせる暇すら与えずに絶命させる。
 刺さったところに大きな穴をあけ、それは急速にひろがり、まるでねじれきれるかのように巨大な体が真っ二つになって、地面に真っ赤な彼岸花を咲かせる。

 楽勝。
 やはり、ゲームで手に入れた力はそのまま使える! そう心が高揚したのもつかの間、びしゃびしゃと夥しいどす黒い血に、胃、肝臓、大腸、小腸、が盛大にぶちまけられていくにつれ、鼻をつんざく、生臭い嗚咽を催させる悪臭。

 何かが腐ったかのような匂いは、おそらく胃を切断して内容物が漏れ出たからであり、鼻がねじ曲がりそうな臭いは、腸にたまった便がまき散らされたからだろう。
 ありとあらゆる生きていた証の匂いが混ざりに混ざってレオンの鼻を突き抜けていく。

 声にならない悲鳴と共に、レオンの胃から喉に向けてせり上がってくるナニカ。

 必死に吐き気を押さえながら、残りのモンスターを狩りつくす。

 飛ぶゴブリンの首、つぶれて涙のように流れる目玉、倒れたオークの死体の重量で挽き肉となるゴブリン。

 焼けた鉄のような血の匂いもまた、生臭くて耐えるにつらく、すべてのモンスターを倒し切って、地面を真っ赤に染め上げたとき、レオンはたまらず道端の木に駆け寄って、根元に盛大に吐いた。

 鼻を抜けていく酸っぱい匂い、朝食で食べたサンドイッチのハムの匂い、それらが駆け抜け切ったとき、背中を誰かにさすられる。

 振り返るとベルが心配そうな瞳で必死に背中をさすっていた。
 もごもごと小さな口から悲しそうな言葉が漏れ出ている。

「旦那様っ……。やっぱり、戦いで心が……」

 レオンとしては、初めての現実の戦闘の残酷さに吐いただけなのだが、ベルのその態度は壮絶な戦いの末に心が傷ついてトラウマになってしまっていると解釈しているように見えた。

 PTSD――

 この世界にそんな言葉があるかはわからないが、戦いのある世界なのだから同じ症例はあるのだろう。
 ベルは今にも涙をこぼしそうに、黒曜石のようなきれいな黒い瞳をきらめかせて言う。

「旦那様……ゆっくり、癒していきましょうね……。私、どんなことだってしますから……」

 それを聞いてレオンは、どんなことも? と水着姿のベルや、その小さな口で自分のペニスを咥えるベルを思い浮かべてしまう。

(下手に否定してもややこしい。そういうことにしておこう……)

 ゲームでは倒したモンスターはやがて透明になって消えていく。
 しかし、やはりここは現実のようだ。
 打ち倒された死体はずっと消えることなく悪臭を放っていて、やがて臭いに引かれた別の動物やモンスターが死肉をあさっていた。
 このまま放っておくと治安を悪化させそうだと思い、レオンは死体を簡単な炎の魔法で燃やしてからその場を去った。


 それから1時間ほど馬を走らせて、サウスバーグの町に着いた。

 数日は観光スポットを回ろうと思い宿もとった。
 どうせならと豪華な宿を選び、澄まし顔をした執事風の男がいる受付で、ダブルベッドの部屋を注文する。

 ベルがそれを聞いて、顔を真っ赤にしてうつむいて、しかし、尻尾は穏やかに左右に揺れる。
 宿帳に名前を記入すると、受付の男が意外そうな顔をしたのが少し気になったが、そのまま荷物を預けて、町を散策した。

「これが英雄のユウ様なんですね」

 町の大きな中央広場の中心に立派な彫像が立っていた。
 何か町の英雄かなにかなのかと思っていたが、ベルの言葉を聞いてレオンの胸が高鳴る。

 英雄のユウ――

 それは……。

「デフォルトキャラ……」

 思わず口から漏れてしまったゲームの言葉。
 そう、二人の目の前に立っているのは、この世界を救ったとされる英雄の彫像。

 真っ白で白磁のような表面加工がされた彫像。
 その姿は、中肉中背で、優しそうな表情を浮かべる整った顔の若い男を表している。
 しかし、整っているが、恐ろしく印象に残らない。
 多くの人の記憶には優しそうな男としか残らないのではないかと心配になるほどに。

 デフォルトキャラクター。
 プレイヤーの数だけ英雄がいて、主人公の姿は当然プレイヤーのキャラクリした姿であるが、最初のキャラクタークリエイト画面を開いたときに表示されるキャラクリのサンプルとしてのデフォルトのキャラクターの姿が、今目の前で英雄としてまつられている。

 この姿のキャラクターは、公式のムービーだったり、ポスターであったりでは中心に大きく描かれており、公式的にはこのキャラクターが主人公という扱いのようであった。
 名前はプレイヤーがつけるため、当然名前はないのだが、各エピソードの終わりに流れるスタッフロールの最後に「Special Thanks   and you」とプレイヤーのことを表記することから、文字って「安藤ユウ」とプレイヤー間では呼ばれ親しまれてはいた。

「となると、俺はどういう扱いなんだろう」

 この世界の主人公がユウであるならば、ゲームではプレイヤーとして主人公をやっていたレオンというキャラクターはこの世界ではどういう扱いなのだろうか。

「旦那様はユウ様と一緒に世界を救われたんですよね。ねぇ、ユウ様ってどんな方ですか?」

 ベルの言葉がその疑問の回答になっていた。
 つまりは、レオンはユウと一緒に戦った仲間であり、英雄の一人という扱いなわけだ。

 プレイヤーが主人公。つまり、プレイヤーの数だけ世界がある。とはいえ、ストーリーを進める際に、他のプレイヤーとPTを組んでストーリーのボスと戦うことは何度もあった。
 ストーリームービーでは自分のキャラクターが主人公のようにふるまい、他のプレイヤーのキャラクターはモブのように演出されるが、他のプレイヤーの画面では、レオンというキャラクターは背景にいるモブキャラクターである。

 マルチバースとでもいうべきなのか?
 自分は、公式のキャラであるユウが主役の世界に転生したのだ。
 そう悟ったとき、一抹の寂しさのような思いが沸いてはきたが、それと同時に安堵も感じた。

(俺は、この世界を好きに生きていいんだ)

 英雄の一人ではあるが、世界を救わなくてはならないという重責は背負わされずに、力や資産はそのままに好きな人と自由に生きていける。

 レオンは、じっと彫刻を見つめていた視線をベルの顔に移す。

「うーん。すまない。ユウは無口なやつでな。正直、話したことがない。ただ、まぁ、いいやつだと思うよ」
「孤高な方なんですね」
「うーん。でも、いつも周りに人がいたし、孤独ではないんじゃないかな」
「そうですか。ふふっ。こんなすごい話を間近で聞けるなんて私は幸せです」

 嬉しそうに目を細めるベルを見ているとなんだかレオンも嬉しくなってくる。

 レオンはそっとベルの手を握る。
 それに応えて、ベルが肩を寄せる。
 はたから見たら幸せそうなカップルに見えるだろう。

(まぁ、気楽にやるさ……)

 一瞬一瞬の幸せを噛みしめていこう、そう思ったとき、後ろから慌ただしい足音が自分に迫ってくるのが聞こえた。
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