東京ネクロマンサー -ゾンビのふーこは愛を集めたい-

神夜帳

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第3章 星に願いを

第32話 マニア~偏執的な愛~

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 ドン! ドン!
 拠点としているマンションの一室のリビングにいる千鶴の耳に何者かが玄関のドアを叩いている音が聞こえる。
 いや、叩いているというには生易しい。
 文字通り蹴破ろうとしているような衝撃音だ。
 思いのほか玄関のドアというものは頑丈にできている。
 普通であれば爆薬でも使うか、もしくは蝶番を外すかなどしなければ突破されることはない。
 防犯を意識したマンションのようで、玄関のドアの蝶番は内側についていた。
 しかし、それらの常識は相手が普通の人間であった場合に限る話だ。

「あーあ。部屋を移る暇も無かったっすね」

 千鶴が愛に向かってぼやくが、愛は細かく震えながら玄関の方を見ていて聞こえていないようだ。
 ゾンビに敏感で、ふーことリンクしていた時期があったくらいだ。ゾンビに対して敏感なのだろう。
 リビングの掃き出し窓を開けて、ベランダに出る。
 ベランダに端にある災害時簡単に壊れるようになっている白い敷居に体当たりすれば、隣の部屋に行くことはできるだろうが、果たして……。
 恐怖に震える愛を見るに、千鶴には下手に動く方が危ないように思えた。
 宮本を下手に刺激せず、堂々と迎えてやればいいとそう思った。

「愛。大丈夫っすよ。大丈夫だから」

 千鶴は愛をそっと抱きしめてやる。

「……ちづる……どう……しよう……」
「大丈夫。きっとなんとかなるっす」

 やがて、激しい破砕音と、ガラガラと何かが地面に倒れてしばらく揺れた音がし、それと共に重たそうな足音が複数聞こえてくる。
 数秒の間と共に、千鶴達が見つめるリビングのドアの曇りガラスに、青白い男の手と腕が写る。

 ガチャ

 ギィィィ

 ゆっくりとリビングのドアの取っ手が押し下がり、高い音を響かせながらやがて開いた。
 靴のまま千鶴達の前に現れたのは、宮本。
 体中のあちこちに刀傷があり、そこからだらだらと血を流している。
 失血のためか、宮本はシャツを赤く染めながら重たそうに、億劫そうに身体を動かす。
 宮本の後ろには、女のゾンビが、これまた息も絶え絶えになりながらも宮本を護衛するかのようにぴったりとくっつきながらついてきていた。

 宮本が千鶴の顔を確認すると、小さな子供の用にあどけない笑顔を浮かべたかと思えば、その刹那の後に泣きそうな顔を見せながら口を開いた。

「千鶴……ごめん。千鶴……。ごめん。あいつをやれなかった……」

 囁くようにそう言いながら千鶴に一歩、また一歩と近づく宮本。

「千鶴……に……酷いこと……しないで……」

 愛が千鶴の腕の中で震えていたかと思えば、ずいっと千鶴の前に出てかばうように立ちふさがる。
 思いもしなかった愛の行動に千鶴が目を見開いたが、その瞬間、宮本の怒声が響く。

「邪魔をするなぁあああ!!!!」

 宮本は愛の懐まで一気に駆け寄ると、腹に一発拳を叩きこむ。
 愛が声にもならない空気を吐いて、そのあまりの衝撃と痛みにお腹を抑えながら前かがみに崩れようとすると、愛の下がった頭に宮本は裏拳をかました。

 愛が声にならない叫びと共に、わずかに吹き飛び床に転がった。
 お腹を必死に抑えて体を丸め、しばらく身体をくねらせていたがやがて静かになった。
 それを見て、千鶴が怒りに眉を吊り上げて叫ぶ。

「み……やもとぉおおお!!!」

 千鶴の叫びなど聞こえていないかのように、宮本は千鶴を抱きしめると唇を吸い顔や首を嘗め回した後に、大きな胸に顔を埋もれさせて匂いを堪能する。
 心底気持ち悪そうに千鶴が宮本を跳ねのけようとしても、戦う男の腕からは逃れられなかった。

「千鶴ぅ。千鶴ぅ。ごめんよぉ。多田を殺せなかったよぉ」
「あぁそう! だったら、あんたなんて何の価値もないわ!」
「そんなこと言うなよ! 今まで散々尽くしてきたじゃないかぁ。天国でだって、小川のスパイになって千鶴のために多田達の情報を流してきたんだ!」
「そうね。でも、あんたは私を助けてくれなかった」
「助けたじゃないかぁ!」
「どこがよ! あんたも嬉しそうに私を犯したじゃない!」
「僕は優しく抱いただろう? あんな獣たちのセックスなんかより、僕のほうがずっと気持ち良かっただろう?」
「気持ちいいわけないじゃない! したくもないことをさせられていたのよ」
「それは仕方ないじゃないかぁ。僕は、ずっと助けるチャンスをうかがっていたんだ。でも、あんな屈強な男達が傍にいたら、簡単に助けることなんてできないじゃないか!」
「勝手なことを!」
「勝手なのは千鶴じゃないかぁ! 散々気がある風に装って僕から色々なものを貢がせて! それなのに、僕以外の人とはセックスして! 僕だけのけもので!! それに、最後天国から逃げる時、なんであんな男を選んだんだ! 僕を捨てて他の男と駆け落ちするなんて酷いじゃないか!」
「散々、貢がせてって、あんたは!!!」

 ふと、もう一つ足音がした気がして、千鶴は視線を宮本からリビングのドアの向こうへ移した。
 ふわふわと気持ちよさそうに風に揺れる波打った栗毛色のロングヘアが見える。

 ふーこだ。

 ふーこに気づいた澪が宮本を守るように、ふーこに飛び掛かったが、ふーこは無表情のまま腰も入っていないように見える、下手すればそれこそ手を前に出しただけのように見えるパンチを澪に浴びせる。

 途端に、澪は吹き飛び血を辺り一面に飛び散らせながら、開いてた窓からベランダに転がり出されるとやがて動かなくなった。

「ひっ」

 宮本が短い悲鳴を上げたと同時に、ふーこが宮本の首根っこを捕まえ雑に投げた。
 宮本の身体はリビングの壁に叩きつけられ、身体の形にへこむ。
 壁紙の向こうにある断熱材、吸音材、その他もろもろの建材を凹ませて、その更に奥にあるコンクリートの壁にたたきつけられた宮本の背骨はミシミシと悲鳴をあげる。
 そのまま、力なく床に四つん這いに倒れ込む宮本。身体を少しでも動かすとあらゆるところから痛みが走った。

「あぐぁ……」

 四つん這いからなんとか態勢を整えようとするが、息があがってしまってうまく身体が動かない。
 なんとか激痛に耐えながら、背を壁にもたれかけて、床に座り込んだ。
 口から点々と血が垂れて、服を汚すのが見える。

「……はぁ?」

 宮本は、ふーこから追撃がすぐに飛んできて止めを刺されるかと思ったが、一向に次の攻撃がこない。
 怪訝な表情でふーこを見ると、ふーこは千鶴と宮本を視界に納めながらも、ただ黙って立っているだけだった。
 宮本は口元を歪ませながら言う。

「はは……。あの野郎、守れとしか命令してないな……」
「ふーこちゃん……。でも、そうだとしても、あとからあいつがきて、あんたなんて簡単に殺されちゃうわ」
「そうだな……。この状況だとそうだな……」
「おい。そこの女ゾンビ。ふーこっていったか? お前に知性はあるのか? 善悪の判断はできるのか?」

 宮本が問いかけても、ふーこは無表情のままじっと二人を見るだけだった。その赤い瞳の奥できらきらと輝くなにかがあるように見えるが、それがなんなのかはわからない。

「所詮はゾンビか……。おい、女ゾンビ。男女の中に入るなよ。僕たちは愛し合っているんだ」
「愛? 何の話っすか? あんたは多田を殺せなかったんだから、私はあんたを愛するつもりはないっすよ」
「どうかな。千鶴みたいな狡猾な女、僕にしか愛せないと思うんだよな……」
「随分と自惚れるっすね。あんたなんかに愛されなくてもいいんだけど?」
「いや、千鶴は僕を愛しているんだ。素直になれないだけで、だって、じゃないと独りぼっちになるじゃないか。そうしたら、誰が千鶴に可愛いって言ってあげられるんだい」
「あんたに言われなくてもいいわ」
「強がるなよ……。千鶴は一人じゃ生きていけないじゃないか。ゾンビしか愛せない男と、そんなぶっ壊れた女と、ゾンビの疑似家族の中で、ずっと孤独を感じていたんだろう?」
「馬鹿にしないで。愛は私の人間として生きていく誇りなの。そして、あいつは私達に優しくて、それが無関心の優しさとしても、それでも救われて、そして、ふーこちゃんは可愛いの。それで十分なの。わかる童貞さん?」
「ふっ……ははは。あれだけ愛し合って童貞扱いかよ……」
「あんたのはただのオナニーなの。オナニーを手伝わされただけなのわかる? あんたとセックスした女なんて誰一人だっていないのよ?」
「そうかな……。でも、そのまたぐらから愛液をしたたらせていたじゃないか……」
「傷がつかないようにね。いじられたら出るの。そういうものなの。感じたからじゃないの。勘違いしないで」
「そもそも、千鶴が僕を奴隷にしたんじゃないか……」
「そうね。千鶴はそうしたわね。でもね、千鶴はあんたが殺したのよ。覚えてないの?」
「殺した? 千鶴を? 僕が? 今そうやって生きている君はじゃあ誰なんだ?」
「思い出せないあんたに話す気は起きないわ。私はずっと、あんたに助けて欲しかった。私が悪いのはわかっている。私があんたが千鶴を殺すように誘導したのも確か。でも、天国が二つにわかれて、私が性奴隷にされていたとき、私はずっとあんたなら助けてくれると思っていた。なのに、あんたは記憶を都合よく変えちゃって、それどころか、小川の仕事を手伝って、報酬に私の身体を差し出されると、あんたは嬉しそうに飛びついた」

 千鶴は心底疲れた表情をして深い深いため息を一つ吐く。

「私は助けてくれると思ったあんたのペニスが、私の中に押し込まれたとき、あんたの存在は私の心の中から消えたの。ゾンビしか愛せない男? いいじゃない! あいつがふーこちゃんにだけ見せる優しそうな顔が、戸惑いながらも必死に向き合おうとジタバタしながら送る毎日が、自分に向けられたものだって妄想しながら、それでも、たまに自分に向けられる優しい仕草が! そこから幸せを感じたっていいじゃない! 愛だって愛おしい! ふーこちゃんだって愛おしい! あいつだって愛おしい! だけど、あんたは私の心の中にはいないの! はい! 残念! もう手遅れでーす!」

 千鶴は一気にまくしたてるとブラウスの胸のあたりの布を右手で必死に掴みながら、はぁはぁと息を乱し、肩を上下に震わせた。
 時折、気持ち悪そうな顔で嗚咽を漏らす。
 そんな千鶴の姿を見て、宮本はぽつぽつと語った。

「あぁ、そうか。確かに、そうかもしれない。初めて出会った千鶴はとてもきらきらしていて、凛としていて、僕をもてあそぶ悪いお姉さんに見えた。でも、今の君は子供が駄々をこねているみたいだ。そうか、千鶴はもういないのか……。でも、誰かはわからない君もまた僕は確かに愛していた。君が嫌だったと言っても、僕は、君のためにスパイをしていたときは、とても充実していたし、大きな情報をもっていった報酬に、君を一日中抱けたときは、本当に天国にいるような気持ちだった。知ってるかい? あれから、君を悪く言う女たちを随分と殺したよ。タカクラデパートでも、君に感じが似た女が君の悪口を言っているのが許せなくてね。散々嬲るように犯して、最後は首を絞めて殺してやった。射精するとき、君のことを想っていたよ。あれも気持ちが良かったけどね。でも、君にはかなわなかった。君とのセックスはいつだって最高に気持ちが良かったよ。だから、愛しているんだ。僕は君じゃないと気持ちがよくないんだ。本当だよ。君だけしか心が開かないんだ。本当に本当だ。だから、僕は君のことを愛している。千鶴じゃない? そうだとしても、僕は君のことを愛しているんだ。それでいいじゃないか?」

「一体、何がいいというの? 今の話、全く私は関係ないよね? あんたは自分のことしか愛してないのよ。だから、その全てはオナニーなの。ただマスをかいてるだけ。あんたに愛を語る資格はないの」
「資格? じゃあ、どうすれば資格を得られるのかな? 君に資格はあるのかな? エスパーなの? 相手の気持ちがわかるの? 君が愛しているっていうその気持ちも、オナニーじゃないの?」
「そうね。私もオナニーなのかもしれないわ。ふふ。そうね。あんたも私も似た者同士なのかもしれないわね。似た者同士は憎み合うのよ」
「僕は憎んでないよ。ずっと君のことだけ考えていた。君が何者でもかまわない。今からでも遅くない。認めたらどうだい?」
「なにを?」
「君が僕のことを愛しているってことをさ」
「いかれているの? あぁ、そうだった。既に何人も殺しているいかれたシリアルキラーだったわね」
「僕に多田を殺させようとした君がそれを言うの?」
「はぁ……。あんたを見ているとマニアを思い出すわ」
「マニア?」
「子供の頃、テレビでやってたじゃない。人間がお互いを愛し合うにはどうしたらいいか悩んでいる神様を助けるために、4人の使徒が地上にやってくるドタバタコメディ」
「あぁ……」
「4人の使徒は、8人の人間に出会って、それぞれの愛を観察したのよ」
「そうだったね。無償の愛……アガペーだっけ? あれがやたら人気があったけど、僕は……あぁ、そうか……マニア……偏執的な愛だったっけ……」
「そうよ。あんたはあのマニアの人間そのものよ。自分を癒したり満たしてくれる他者にとりつく……いかれたマニアよ。あんたは私にとりつかれていると思っているんでしょう? でも違うわ。あんたが私にとりついてるのよ」
「私が迷惑に思ってもおかまいなし。マニアなんて格好良くいっても、それはただの依存よ。愛じゃないわ」
「いや、愛だよ。僕の世界は君という愛に満ち溢れていた。ありがとう。幸せだ」
「勝手なことを……!!」

 二人のやりとりをずっとふーこは見つめていた。
 赤い瞳の奥で金色の粒子が泳いでいる。
 宮本のむせ返るようなオスの匂いと、千鶴の甘い女の匂い、そして、窓から流れてくる少し湿った空気の匂いをふーこの鼻をくすぐって、窓から差し込む暖かでさわやかな日差しがふーこの肌をあたためる。
 時折、吹く風が自慢の髪をさらさらとなびかせて撫でていく。

 それからしばらく二人の話は平行線のままいくらか時間を消費した。
 どれくらい時間が経ったのか……。
 玄関からもう一つの足音が聞こえてくる。

 ぎしぎしとフローリングの床をきしませながら、一歩、また一歩と足音はリビングへ近づいていく。
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