東京ネクロマンサー -ゾンビのふーこは愛を集めたい-

神夜帳

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第3章 星に願いを

第35話 ゾンビのふーこは愛を集めたい

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 ①

 拠点とするマンションの寝室のベッドに、ふーこは寝かされ右腕には点滴の針が刺さっている。
 ネクロ野郎と呼ばれる男は、ベッドの横に椅子をおいて座り、ずっと傍でふーこの目覚めを待っていた。
 窓からはすっかり夜の帳が下りた景色が見え、ぽつぽつと生きている街灯の明かりが荒れた街並みを照らしている。

 今にも死にそうとは決して見えないが、俺は不安に駆られ、ふーこに何かが起きたらすぐさま、多田がよこした石持健太(いしもち けんた)という医者を呼び出そうと、じっと椅子に座ってふーこの顔を眺めていた。
 昼から何も食べずにいたが、お腹は全然空かない。

 ガチャ

 ドアを開けて、例の医者が入ってきた。
 ボサボサに伸びた髪を後ろで縛って、維新志士のような髪とスラリとした体型、元気のないがそれでいて鋭い眼光を放つその男は、口元はわざとらしいにこやかな微笑みを張り付かせて言った。

「どうだい? 様子は?」
「変わらない。死にそうにも見えないが、このまま目覚めないということもあるのか?」
「うーん。わからないねぇ。ゾンビと人間はちょっと違いすぎる。僕は人間の医者だからね」

 鋭い眼光とスラリとした体型のせいで神経質のような印象に感じたが、口を開いてみれば穏やかで安心させるような魅惑的な低音ボイスが部屋に響く。
 石持は、部屋に置いてあった血圧計と赤外線体温計で、ふーこを計り始める。

「うーん。KT 33度。ゾンビにしては暖かいかな? あいつらは、もっと低いからね。そうは言っても、人間ではありえない体温だけど」

 石持はそう言いながら、体温計をしまうと血圧計の結果が出るまでの間、点滴の落ち具合を眺めて言った。

「ゾンビに点滴をするのは初めてだよ。ただのブドウ糖だけど、君が不安に思うエネルギー不足による餓死は、これで防げる……かな?」
「あぁ、たぶん。助かる」
「いやいや。まさか、人間の言う事を聞くゾンビがいるなんてね」
「人間だったころに嬉しかったことをすると、人間性をいくらか取り戻すみたいだ」
「ふーん。そんなことが……といっても、この子がそうなんだから嘘ではないんだろうねぇ。いやぁ、ゾンビが瞼を閉じているのも初めて見たよ」
「俺だって初めてだ」
「僕は、天国に合流する前は、4人の仲間とひたすら逃げて山の中で生活してたんだけどね」
「俺も山の中で生活していたときがあったよ」
「はは。そうか。君もか。山は鉄板だな。いや、しかし食べるものがなくてね。猟ができるわけじゃないし、食べられる植物を見分けられるわけじゃないし、大変だったよ」
「わかる。俺達も最後は、ゾンビを焼いて食べたよ」
「うへ。それは凄い。なかなか人型をしたものを食べるのは……うん、こういう言い方は失礼か。すまない」
「いや」
「結局、運よく天国の連中を見かけて助けてもらったが、その時は僕以外は……」
「そうか。食べたのか?」
「無理だったよ。だから、僕も死ぬところだった」
「そうか」

 血圧計が計り終わって、ディスプレイに結果を表示する。

「BP 80/41 P 57か。低いは低いけど、なんだか割と普通だ」
「そうだな」
「ふむ。全くわからんので何とも言えないが、たぶん大丈夫じゃないかな?」
「あぁ……」
「君も寝たらどうだい? 心配なら同居人と交代してみればいい」
「あぁ……」
「ふむ。これは。うん。随分と愛されているね。このゾンビは。いや、失礼。ふーこちゃんだったかな?」
「あぁ……」

 石持は、心ここにあらずな俺を見て、ため息を一つついて部屋から出て行った。
 隣の居室に、多田と平野がいるから、平野をみにいったんだろう。
 まぁ、あいつも死ぬとは思えないが。

 やがて、またガチャリと音を立てて、誰かが入ってくる。

「だ……い……じょうぶ?」

 愛だった。

「あぁ、あいつも大丈夫と言っていたし、俺も大丈夫だとは思う。ブドウ糖も点滴してもらってるしな。それより、愛はもう大丈夫なのか?」
「うん……」
「そうか。良かった」

 無事な愛を見て、自然と口元が緩んだ。
 それを見て、愛がかっと目を見開いて驚いている。
 失礼な。普段だって優しく微笑んでいるはずだ……。うん。たぶん。

「心配……して……くれて……たの?」
「正直、部屋にのりこんで、愛が床で倒れて動かないのを見たとき、一番腹が立った。宮本を殺してやろうと強く思った。なんでだろうな。こんな、ゾンビ好きに心配されても気持ち悪いだけだろうに。悪いな」
「そんな……こと……ない……」
「そうか」
「うん。それ……より……ごめん……なさい……」
「なにが?」
「わたし……なにも……役に……立てなかった」
「戦いは俺の領分だ。気にするな」
「でも……普段だって……いっぱい……いろいろ……してもらってる……」
「愛だって色々手伝ってくれるじゃないか」
「わたし……ちょびっと……」
「いいんだ。ちょっとずつ出来ること増えてるじゃないか」
「うん……ありがとう……」

 不意に愛が俺の手をとった。

「どうした?」

 俺の問いに愛はもごもごと口を動かして、身体をもじもじとさせている。

「その……。無理しないで……ね」
「あぁ。大丈夫だよ」

 愛が名残惜しそうに俺の手を離し、じゃあと部屋をあとにした。
 手に愛のしっとりとしたやさしい手の感触が残って、部屋は愛の甘い香りがわずかに残る。
 髪は少し伸びてきていて、活発なスポーツ少女の印象だったものが、このところは女の色香を感じさせる。

 それから、ずっとふーこの顔を眺めて過ごしていたが、疲れ切っていたのか気がついたら眠っていた。
 がばっと慌てたように顔を上げて、ふと時計を見ると、夜の11時頃だった。
 喉の渇きを感じて、部屋を後にしてリビングへ向かう。
 すると、千鶴と愛がベランダに出て、わいわいと何か話している。

「どうした? 何かあるのか?」

 俺が二人に近づいて問うと、二人は目をキラキラさせながら言う。

「見て見て! 流れ星! お願い事しなきゃ!」
「はやく……流れる前に……しなきゃ……」

 ベランダから夜空を仰ぎ見ると、一筋の光がすっと凄いスピードで過ぎ去っていく。

「早いな。あれじゃ、無理だろ」
「大丈夫! さっきから時間をおいていくつも流れてるの」
「いくつも? なんだろう。流星群ってやつなのか?」
「……きれい……」

 千鶴の言う通り、やがてまた一つ、そして、また一つと流れ星が夜空を駆けていく。

「ほんとだ。願い事か。ふーこが無事目覚めますように」
「ふーこちゃん、愛されてていいっすねぇ。私は、もっと可愛くなれますように!」
「……えっとえと……。私も……綺麗に……なれますように……」

 3人で手を組んで祈りをささげる。

「愛もそういうの気にするんだな」
「…えっ……」
「愛、美人なのに」
「えっ……えっ……」

 実際、顔は整っていて綺麗だ。スタイルだっていい。これ以上、どう綺麗になりたいというのか。

「ちょっと!! すごい! すごい!!」

 千鶴が夜空を指さして子供のように興奮してはしゃぐ。
 指さした先には、大量の流れ星。
 次から次へと流れていく。

「ちょっと、これは凄いが……大丈夫か。これ?」

 俺の不安は的中し、この日、この時から、衛星通信が使えなくなった。
 つまりは、あれは流星ではなく、墜落してく通信衛星だったわけだ。
 ああいうのって、壊れても永遠と地球のまわりをまわり続けているものだと思っていたよ。
 いつまでも使えるものだとは思っていなかったから、チェックしたい情報なんかは常常ダウンロードしてはいたが……しかし、これからはいよいよ世界が閉ざされたわけだ。
 まぁ、多田に通信機貰うまで、インターネットなんて使わず生きてきたわけだから、問題はないけどさ。


 ②

「ふーこ。星にも願ったんだ。目を覚ましてくれよな」

 俺は、ふーこの顔を眺めてつぶやく。
 時刻は深夜3時。
 ふーこは、目覚めない。
 ブドウ糖の点滴も終わって、片づけられた。
 点滴を片付ける時、石持は、ゾンビだから大丈夫だろうけど、背中の傷が治りが悪かったら呼んでくれと言い残して去っていった。

 ふ―この頬を手で触れる。
 今まではひんやりとした死体のような冷たさを返してきたが、今はどこか生暖かさを感じる。
 頬を優しく撫でてみるが、肌は潤いに満ちてしっとりと張りが合って、撫でていて気持ちがいい。

「やはり、死ぬわけじゃないよな……。なぁ?」

 ふーこの囁いて、ふーこの唇に自分の唇を重ねた。
 今まで抜け出せなくなる感覚に恐怖して、散々セックスしておきながら、一度も重ねたことが無い唇。
 まるでおとぎ話のように、目覚めるきっかけになるんじゃないかと思って、そして、ふーこを背負い続ける覚悟をして……俺は、ふーことキスをした。
 眠っているふーこに、自分勝手な一方的なキス。
 しかし、俺の腹の底に力がこもって、全身に心地よい緊張が走る。

「向き合うんだ。君と。そして、千鶴も愛も……」

 ふーこの手を握って、ふーこと出会ってからの思い出を振り返りながら、その時を待った。

 朝8時。
 窓から日の光がさしこんできて、俺とふーこを照らした。
 明るい日差しの中で見るふーこは、今までより血色がよく見え、まるで普通の人間のようだった。
 握っていた手が俺の手をぴくっとわずかに握り返す。

 そして……。

 やがて、ふーこの瞼が開かれる。

 


 むくりとふーこは上体を起こして、傍で椅子に座っている俺が握っている自分の手を見ると、その赤い瞳で俺の顔をじっと見て、にこりと微笑んだ。

 何かが胸で弾けた気がした。

「ふーこ……。大丈夫なのか?」

 俺がどきどきする胸のあたりの服の布を手でぎゅっと握りながら問いかける。
 しかし、その問いに、何の話? といいたげに、ふーこはきょとんとした表情で俺を見つめるだけだった。


 ③

 目覚めてみれば、いつものふーこであった。
 少し違うと言えば、今まではランダムな言葉を発しているだけのように見えたが、はっきりと言葉で意思疎通を取れるようになってきたことだ。

「ふーこ。お腹空いたか?」

 俺が傍にくっついているふーこに問いかけると、ふーこはじっと俺の顔を見つめてから言う。

「ス……イタ……」
「ご飯食べるか?」
「タ……ベ……ル」

 まぁ、片言なんだけど……。
 変わらず、意味がよくわからないことを囁くときはあるのだが、不思議とそう言う時の方が流暢であり、はっきりと意思を伝えようとするときだけ、妙に片言である。

 そして、なにより……。

 宮本の血だまりは掃除されたリビングルームで、テーブルを俺、千鶴、愛がそれぞれ食席に座って囲んでいる。
 俺は二人に話しかける。

「ふーこがあぁなってから、今日で4日目。ふーこは、夜の9時に眠って、朝の8時に目覚めるのを繰り返している」

 千鶴が神妙な面持ちで言う。

「うん。ふーこちゃん、なんて健康的な生活なのかしら……」

 愛も続けて言う。

「これ……って……つまり……」
「うん。そうだな。これ、ただの睡眠だ」
「そうっすね」
「……そうね……」
「ゾンビが睡眠をとるなんて、初めて見たし、聞いたことが無い」
「そうっすね。眠らず彷徨い続けるのがゾンビっすね」
「つまりだ。これは、何か条件を満たして、ふーこはレベルアップした。そして、睡眠を獲得したって思うのが自然だと思うんだけど……、一体何がそうさせたんだろうか?」

 3人の間に一瞬の間。そして、千鶴がある本を取り出してテーブルに置いた。

『泣き虫神様と4匹の使徒』

 昔、子供向け番組の中でやっていた3DCGアニメ。
 そのアニメを絵本にしたものだ。
 使われているイラストは、3DCGアニメのそれぞれの場面のスチルの使いまわしで、文章が絵本調になっている。

 壊れた世界を愛あふれる世界に作り直そうとした神様だったが、うまくいかず、4匹の使徒、狼、鴉、兎、狐に相談し、4匹はまずは、愛を観察しようと地上に降り立つ。
 そして、結論を得た4匹は、神様にアドバイスするが、神がそのアドバイス通りに光で世界を変革させると、人類は滅びてしまい、怒った神様は世界を壊し、使徒たちを八つ裂きにし、そして世界から顔を背けて泣き続けるという物語。

「ふーこちゃんが眠るようになって、あ、これってレベルアップだなって思ったんすよ。でも、何が条件なんだろうって私も考えていたっす。それで、最初から考えていたんすけど、ゾンビが人間の頃、嬉しかったことをしてあげるとレベルアップするって、まぁ、合ってるけど、認識がちょっと違うというか、捉え方が違ったというかって思ったんすよ」
「うん?」
「あー、で、私と宮本がここで言い争ってる時、ふーこちゃんはじっとそれを見てたんすよね。そこで、丁度この作品の話を一例に出したんすよ」

 千鶴は、そのまま、宮本との会話をかいつまんで話した。

「なるほど。マニアか。そう言えば、そんな話もあったな。確か、4匹の使徒は8人の人間に出会って、それぞれの愛を観測したんだよな……」

 俺がテーブルに置かれた本をぺらぺらとページをめくりながら思い出しながら言う。

「そうっす。そもそもがっすよ」
「うん」
「人間の頃嬉しかったことをしてもらうとレベルアップって、それで、相手が嬉しいことをしてあげるって、これってさ、言い換えるなら、愛っすよね。一つの」
「お、おぅ。なんかちょっと重くなったが、まぁ、確かに相手が喜ぶことをするって、パワーがいることだし、そうだな。愛……までいかなくても、好意がなければできないな」
「そうっす。それで、私と宮本のやりとりを見て、倒れて、こうなったふーこちゃんを見て、思ったんすよ。もしかして、ふーこちゃんは愛を感じる、いや、違うっすね。どちらかというと、愛を観測するとレベルアップするんじゃないかって」
「ふむ。なるほど?」
「まぁ、それって、宮本のアレが、愛だっていうことになるんで、私としては気味が悪くなるっすけど、でもね。マニアってそういう話だったっすよね」
「確かに。マニアは、偏執的な愛の話だったな」
「そうっす。偏執的な愛を、ふーこちゃんが受けたわけじゃないっす。でもレベルアップしたなら、たぶん、ふーこちゃんは観測するとレベルアップするっす。今まで、ふーこちゃんが生前嬉しいと思ったことをしてあげるとレベルアップしたのは、ふーこちゃんが嬉しいを集めたからレベルアップしたんじゃなくて、あんたなのよ。あんたから愛を見つけたからレベルアップしたんすよ。たぶん」
「俺の中に愛……? いやいや、あの時、俺は、ふーこを玩具にしか思ってなかった。性欲の捌け口であればそれでよかった。ただ、言葉を話したから、そう、レアアイテムを手に入れたように浮かれていただけだ。愛なんて、俺の中には無かった。今だって……あるかわからない……いや、きっとない」
「そんなことないっすよ。だって、ご飯、風呂、髪の毛の手入れ、その他もろもろの世話を、毎日毎日してきたんでしょ? 正直、性欲だけで出来るとは思えないっす。だって、本当にセックスだけが目的なら、もっとふーこちゃんは、ぼさぼさの髪の毛で、悪臭を漂わせて、やせてガリガリだったっすよ」
「……それは……、ああいや、今はいいや。それで?」
「ふーこちゃんが、最初から人間を襲わなかったのは、既に誰かから愛を観測したからっすよ。それが何の愛かはわからないっすけど。で、ここからは漫画みたいな話になるっすけど……」
「うん?」
「この本、観測者って、ふーこちゃんのことだとして、愛を観測してレベルアップ……、なにより、読んでここ! 使徒が神にアドバイスするこのセリフ!!」

『犬の使徒が言いました。
 「愛を育むには時間がかかりますわん」

 鴉の使徒が言いました。
 「愛を育むには健全な精神と肉体が必要だカァ」

 狐の使徒が言いました。
 「優れた知性と知能は、猜疑心を呼び愛を育む邪魔となるコン」

 兎の使徒が言いました。
 「愛を確認するには、優れた観測者が必要だよ」』

「ね?」

 千鶴が絵本の該当のページのセリフを指さして言う。

「時間がかかる……、健全な精神と肉体……、知能は邪魔……、観測者……」

 俺がセリフを読んでみると、横から愛が怪訝な表情をしながら言った。

「なんか……ゾンビのこと……みたい……」
「そうなんすよ!! 健全かどうかはさておいて、瞬時に傷が回復し常に完璧な状態を保つ肉体! たぶん、病気にもならないっす! 精神は……まぁ、あるいみ安定していえるといえなくもないっす。そして、ダチョウ以下の知能! 時間がかかるって、これって、ゾンビはもしかしたら歳とらないんじゃ!? だって、常に完璧な状態を保つじゃないっすか!」
「まぁ、まだ老化するかどうかまでわかるほど時間が経っていないからここは何とも言えないが……、でも、ふーこを見ている限り、エネルギーさえ満ち足りていれば、もしかしたら……確かに」

 俺は、ふぅと深いため息を一つ。

「じゃあ、何か? 千鶴は、この世界は一度壊れて再生された世界だというのか? いや、この物語をそのままカウントすると、この世界は3周目ということか? いやはや、ちょっと神とかどうとかなってくると、急にうさんくささと……なにより、こじつけ感が凄い……」
「わかってるっすよ。言ってみただけっす。流石にねとは自分でも思うっす。でも、この物語に書かれていることがフィクションだとしてもっすよ? 愛を観測してレベルアップは有力だと思うんすよ。今までのことを振り返れば」
「うーん。まぁ、そうだな。うん、迷っていたけど、やはり、静岡の夫婦には会う必要があるな」
「静岡の、あぁ、妻がゾンビってやつっすか?」
「あぁ、そうだ。えっと、たしか、物語に出てくる愛は、全部で8種類だったな」
「そうっすね」

 千鶴は、ぺらぺらと絵本のページをめくる。
 8人の人間が4匹の使徒と出会い、物語を奏でるシーンが見て取れる。

 8人の人間が奏でる8種類の愛……。

 エロス(情欲的な愛)
 フィリア(深い友情)
 ルダス(遊びとゲームの愛)
 アガペー(無償の愛)
 プラグマ(永続的な愛)
 フィラウティア(自己愛)
 ストルゲー(家族愛)
 マニア(偏執的な愛)

「これで言うと、静岡夫婦からはプラグマかストルゲーを観測できそうだが、それで、ふーこに変化があるのか試してみたい。変化があるのならば、信じがたいがこの物語が何か鍵になっているのは確かな気がする」
「……ふーこちゃんは……ネクロさんを……弟のように……想っていた……から……もしかしたら……ストルゲーはもう観測……してるのか……も……」
「そうっすね。そもそも、あんたがふーこちゃんに出会う前に、世話をしていた人も、たぶん、ストルゲーな気がするっすね」
「なぁ。これさぁ、例えばよ、ストルゲーにしてもさ、たぶん人によって形違うよな?」
「そりゃ、そうっすよ。人の数だけ愛はあるっすよ」
「どれだけ見せればいいんだ?」
「うーん。でも、変化は見れると思うっす。今までの小さなレベルアップはそういうことな気がするっす」
「……うん……私も……そう思う……強さで変わるんじゃないかな?……」
「なるほど。よし、多田を頼るか」
「え? なんでここで多田?」
「簡単に静岡に行けないだろ。お前たちを残して旅に出るのは心配だ。でも、千鶴には旅は無理だろ」
「うっ」
「いいんだ。今回の報酬として、多田に静岡夫婦を確保してもらう」
「確保って、拉致っすか?」
「多田がそいうことはしないだろう。天国への勧誘に行ってもらうってことでどうだ」
「なるほどっすね」
「俺は、ふーこと向き合うって決めたんだ。お前たちも背負うって決めたんだ」
「あら」
「……あら……」
「だから、俺はふーこの過去を探す。この町で出逢ったんだ。きっと、ヒントがあるはずだ」
「ふーん。まぁ、いいんじゃないっすかぁ」
「……うん……いいと思う……」
「どうした? 二人ともなんで照れてる?」
「あんたが、照れさせたんでしょうが!!」
「お、おぅ……」


 ④

 3人で話し合いのあとは、みんなでピザを作って一緒に食べた。
 これから自分がどのように動いていくべきかが、ハッキリと示されて、なんだか心が軽くなったように思える。
 インターネットが使えなくなり、ぶつくさ言っている千鶴に聞いてみた。

「なぁ、千鶴と宮本の間に何があったんだ?」
「へ。急にどうしたんすか?」
「急もなにも、さっきの話もあるし、そもそもだ。俺はお前たちの痴話喧嘩に巻き込まれたとも言えるんじゃないか? というか、そうだろ! 俺には聞く権利があると思うんだよね」
「うげげ。まぁ、うーん。そうっすね。うん。まぁ、ゆくゆく話すっすよ!」

 それだけ言うと、千鶴は脱兎のごとくリビングから逃げ出した。
 愛は、片付けを手伝ってくれて、シンクで皿洗いをしてくれている。
 窓から夕陽が沈んでいくのが見え、段々と辺りが暗くなっていく。
 それと共に、窓が鏡の役割を果たし始め、自分達の姿がうっすらと映っていく。

 座っている俺と、俺にぴったりとくっつくふーこが映し出される。

 鏡となった窓越しにふーこの瞳を見つめる。
 ふーこは、今何を考えているんだろう。

「なぁ、ふーこ。ふーこは愛をたくさん観測して、そしてどうなるんだ?」

 俺の問いに、ふーこはきょとんとした表情で見つめ返すだけだった。
 意志が宿った長文は喋ることができなさそうだ。

 俺は、ふーこの手を握って、窓に向かってため息一つ。
 そして、つぶやいた。

「ゾンビのふーこは愛を集めたい……か……」

 全ての愛を満足いくまで観測したとき、ふーこは何者になるのだろうか?
 神にでもなってしまうのだろうか?
 それとも、人間に……それも、新たな人類の先駆けになるのだろうか?
 その時、俺はどうなっているのだろうか?

 まだ、全ては始まったばかり。
 心のどこかでわくわくする自分がいた。

 手から伝わるふーこの温もりが、どこか欠けた俺の心を埋めてくれている……そんな心持がした。







【作者コメント】
 ここまで読んでくださった皆様誠にありがとうございます。
 これにて、第3章「星に願いを」はお終いです。
 第2章のクライマックスも同様ですが、この話も、バージョンアップ時に大幅に加筆修正したいです。

 さて、次回から、第4章が始まっていきます。
 愛がネクロ野郎にアタックし始め、ふーこの生前の姿が明らかになっていき、千鶴もまた……。
 人間性を理屈に求める多田の行く末は?
 平野の秘密とは?
 神話は本当なのか?
 ふーこは最終的にどうなるのか?
 お楽しみに!

 今後も、変わらず更新は不規則なマイペース更新ですが、応援していただければ幸いに思います。
 お気に入り登録や、感想投稿、いいねは、とても励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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